13 命令 13
その断末魔は、人の叫びには聞こえない獣の叫声だった。
ファルド王城にある大聖堂院第三区画に褐色の肌の美しい少女がやって来ると、耳を被いたくなるような悲鳴が数度響き渡る。
「お母様はね、クレイオルばかり可愛がるのよ。でもね、私がルデアを減らすと、とても喜んでくれたの。そして増えたら減らしていいって言っていたの。これはオルヴィアのお仕事だって、お母様を喜ばせてあげるのよ。さ、始めましょう」
何をしても要領の良い弟と比べられ、美しく聡明な憧れの母親に構われない少女は暇があるとその場所にやって来た。
並べられた美しい男達には表情が無い。だが少女が手にした名簿の中に、並ぶ青年達の真実の名が記されていれば頭や喉、胸を掻きむしって絶命してしまう。
死の名簿と呼ばれるその本は、グルディ・オーサ最前線で死した兵士達の名が記されているものだった。
ーーーーギヤアああ・ア、アアァー!!!
「今日は二人しか当たらなかったのね。残念」
倒れた二人の青年の死体。彼らは人では無いものの形相で毛足の長い絨毯の上に転がる。それを無表情で見つめる者達は、四十番から六十番と数字で呼ばれる者達が整列していた。
「・・・・」
******
「お前は一体なんなの?」
現れた北方の黒髪の少女は、オルヴィアにとっては奴隷と同じ位置づけだ。そんな者に屈辱な目にあわされた。
グルディ・オーサとトライドで二度もオルヴィアに不敬を働いた貧相な奴隷の少女は、今度は天上の巫女としてファルドへやって来たのだ。
久しぶりに帝都を走る黒い箱車。道徳的なエールダー公家が、悪の犯罪者を処刑台へ連行する車。それに乗る者が、黒髪の小さな少女だと噂で聞き付けたオルヴィアはわざわざ門へ足を運んだ。だがその場に現れたのは意外な人物だった。銀色の長い髪に紫色の瞳、珍しく機嫌の良い母はオルヴィアに、落人の黒髪の小さな少女が天上の巫女として現れたと言ったのだ。
自分には滅多に見せない嬉しそうな微笑み。エミーの顔を見たオルヴィアは、生意気な落人の少女を見ずにその場を後にした。
その後は放っておいても情報が手に入ると思っていたが、目障りな少女は総政大臣エールダーと第一師団騎士団長のヴァルヴォアールが完全に庇護している為、王城に入場したこと以外に情報が大聖堂院へ回ってこない。なので魔戦士を使って、少女の仲間である裁きの塔に捕らえられた者達を探らせた。
だがオルヴィアの使った魔戦士が次々と遺体で見つかり、それが貴族院の裁きに無断で介入したと糾弾される事になった。更に不機嫌なエミーからは大聖堂院の足を引っ張ったと言われ、オルヴィアは罰を受ける事になる。
その罰が魔方陣の監督者として、大魔法の完成までファルド国内に待機するという任務だった。
(何もかも、この落人と関わってから、私は酷い目にあっている)
*
(色黒馬鹿の、ほっぺパン女登場)
訝しむメイを余所にオルディオールは目の前の女を観察する。髪の色肌の色、特殊な瞳の色はかつての自分と同じ色彩を持つオルヴィア。失ってしまった自分の身体の使い道。その一つにオルヴィアは、オルディオールの子供である可能性があるとイスト・クラインベールに指摘された。
そしてこの場において気になるもう一つ、オルヴィアの言葉に挨拶してから無言になった、何を考えているか分からない数字持ちのエルヴィーを横目に確認する。消えた紫の石、失われた石の現場に現れたエルヴィーへの疑念は晴れてはいない。無表情のままオルヴィアを見つめるエルヴィーが、未だ大聖堂院に操作されていないか、その事をオルディオールは考えていた。
「お前が魔方陣を操作するものか?」
「操作?操作などしなくても、これは出来上がれば勝手に発動するのよ。私は魔法士が失敗しないように見守っているだけ」
「ならば残念だったな。ここにある陣は、無残に粉々だ」
「そうね。刻が無駄になったわね」
大魔法が阻止された事に、まるで衝撃を受けていない。想定内だと会話するオルヴィアにオルディオールは訝しむ。エルヴィーのすぐ後ろにはトラー、そして遅れてやって来たスアハは興味津々に大きく抉れた魔方陣を覗き込んだ。
「オルヴィア様!魔戦士がこの場にいません、もしや暴発に巻き込まれたのでは?この人数では、オルヴィア様が危険です、」
「・・・そうね。でも大丈夫よ。魔戦士は居なくても、玉狩りがそこに居るじゃない」
従者の言葉にも動じない、オルヴィアの指の先には今は外套を纏わずに美しい顔をさらした青年が立っている。
「四十五、何をしているの?まだおかしいままなのかしら?お母様も、お前の事を気にしていたわよ」
「エミーが?、僕の事を?」
「そうよ。その落人を捕まえてお母様に届ければ、きっととても喜ばれるわ」
(・・・オル、え?落人?私の事を言ってるの?あの色黒女、)
「・・・・」
「即答で断らないのか?」
下から見上げるつり目気味の黒目は、裏切りだと怒りを宿さず興味深げにエルヴィーを見つめている。
「オルディオールには関係ないよね」
「オルディオール?、その落人の名は、本当にオルディオールというの?、アレウスが嘘をついていたのではないのね?」
上から下まで改めてメイを観察すると、オルヴィアは赤い唇の端を吊り上げた。
「私、オルディオールと名乗る、その中身の身体を知ってるわよ。とても興味深いわね。真の名を知っても頭がおかしくならないなんて。さすがファルドの英霊様だから?」
(真の名?なにそのファンタジーな設定。・・・はっ!まさか、私のミギノ間違いは、ここで功を奏するのでは?、エルヴィーはこの真の名問題を知っていて、それで私の神名芽依を隠す為に・・・・)
「その個体はね、お母様のお気に入りだったから、特別に私とクレイオルの父親の血に選ばれたの」
(なわけないか。既に色んな所でカミナメイを名乗ってるしね。真の名問題よりも、ぷるりんの身体の在処をこの色黒女は知って・・・え?、父親の血?)
「今はファルド王城で保管してあるわ」
(ぷるりん、このほっぺパンの色黒馬鹿の、お父さんなの!?)
「それは、王城の隠し部屋に保管されていた男の事か?」
「知ってるの?ああ、ならもう無くなっちゃったわね、きっと。部外者が入り込めば、見張りが溶解するようになっているから。お前達があの場所を知ってるってことは、そういうことね。あれは良い魔戦士になると思ったのに」
「・・・大聖堂院で造られた、魔石で水の中の物を溶かすという技術だな」
「その通り。さすがオルディオール様。勉強しているわ」
(溶解って、溶かすって、何を?、今の話の流れなら、まさかぷるりんの身体の事に聞こえたんだけど、・・・待って隠し部屋?水の中のもの?このシチュエーションて、前に見た、断食修行僧のあの箱のことじゃない・・・?)
メイは王城内で自分が逃げるために飛び込んだ、薄暗い室内の真ん中に置かれていた棺桶を思い出す。
(部外者が入り込んで、溶けた?その部外者って、・・・まさか、・・・・・・・・・私?)
「・・・・」
「勝手に当家の保管場所に入るからよ。溶けて無くなったオルディオール様は、残念ね」
『なんて・・・?』
「まあ、仕方ないわ。ファルド国民の個体はオルディオール様だけだったし、エールダーに騒がれても面倒だものね」
「ミギノ、どうしたの?」
小さな両手はオルヴィアの説明に自分の両耳をふさぐ。子供が説教を聞きたくないとごねる様に、手の平は強く耳を覆っていた。
(・・・・・・・ごめん、ぷるりん、私の所為だ)
「・・・・」
オルディオールの身体がこの世に現存し、それを無くす切っ掛けとなったメイは自分の両耳を手で覆う。無意識に動き出したメイを、オルディオールもそのままにオルヴィアを見つめていた。
〈メイ、何してるの?〉
(・・・・)
「まさか、溶けた事、聞きたくなかったの?・・・お前、あの生意気な落人ね、なんだ。やっぱり不完全。だからそのルルは狂わずにいられるのかしら?入れ替わりがあるということは、未だに落人の身体を制御出来ていないのね。フフッ!二つ人格があるなんて、こんな間抜けな事は無いわね!、食事は惨めに取り合いかしら?」
言うと高らかに笑い始めたオルヴィアは、笑い声を地下道に響かせる。女の笑いに苛立つ神官騎士に焦るオルヴィアの従者の青年を余所に、ひとしきり笑うと満足したのか朱金の瞳はエルヴィーで止まった。
「奇妙、笑えるわね。さあエルヴィー、早くそれをこっちに連れて来なさい。ああ、そこの銀の髪の獣人もお母様の物だったわよね、それも連れて来て」
「オルヴィアさん、僕は・・・」
「早くして!!、でないと今度は足の爪を全部剥がすわよ!」
「!!」
『何、今の、』
「ああ、落人は知性が無いから分からないのね。説明してあげるわ。魔戦士は痛みが無いの。でも欠陥品の廃棄には痛みがあるのよ。だけどもったいないから、玉狩りとして仕事を与えて残してあげているの」
「痛みが、ある、?」
「そうよ。首の後ろに魔法で数字を刻み付けると、失敗作は痛がるの。痛がればすぐに分かるでしょう?・・・やはりね。本当に何も知らない無知な落人。ヴァルヴォアールが珍しい落人を飼う為に、お前を巫女だと偽ったことはお見通しよ。エールダーが奴隷反対だと言おうと、貴族達は奴隷が居たほうが便利だもの。ね?オルディオール様。あなたの過去の行いは、トライドも奴隷解放も無駄な事ばかりね。何故お母様があなたの身体を大切にしていたか、それだけは私にも分からないわ」
「まさかお顔が好みなのかしら?」と、高い声でクスクスと笑うオルヴィアに、未だメイの中で沈黙したままのオルディオールは目の前の女を見つめ続ける。
「さあ、おしゃべりは終わりよ。エルヴィー、早くして。でないと、お前の真の名を探し出して処分するわよ!」
強まるオルヴィアの口調に反して、エルヴィーの隣の小さな少女はぽつりと呟いた。
「エルビー、痛い?してたの?」
「大丈夫。今はミギノが居るから、全然痛くないよ」
自分を見下ろし柔らかく微笑む青年の言葉に、メイは彼の辛い過去を垣間見た。
「早くしなさい!お母様に言い付けるわよ!」
オルヴィアに怒鳴られビクリと体が硬直したエルヴィーを見て、メイの中で何かが落ちた。小さな少女は数歩オルヴィアに近寄ると、素早く手を振り上げる。
ーーぱんっ!!
「!!!」
「な、な、」
「痛い?、痛いはルデアと同じ」、
『言っとくけど、これはこの前の仕返しだから。ぷるりんやエルビーの話を聞いて、動揺したり突発的や感情的に暴行したわけじゃないから。業務的に痛みで人を支配する事に慣れた、あんたは頭がおかしいから自覚して。早めに通院したほうがいいよ。他人を虐げて嬉しいなんて、あんたの生育歴が憐れまれるだけだから』
「私を、叩いたの?」
「痛い?、メアーさん?呼びますか?」、
『でもメアーさんは居ないから』、
「椅子とクラウン・ヴェール医師」、
『略しておかま医師に診てもらって下さい。彼はメンタルカウンセリングもしてくれると言っていました。言葉はかなり悪いですが、腕は確かだと思います』
「私を、廃棄と、言ったの?」
呆然と頰を押さえてメイを見つめるオルヴィアは、身に起きた初めての暴挙に次第に全身が小刻みに震え始める。
『まさか、お父さんにも叩かれたことが無かった派ですか?、私もありません。人を叩こうと思って叩いた事も、今回が初めてです』
「・・・何を言っているか、分からないわ。そうよね、馬鹿なのだものね。英霊様、哀れなものね?そんな使えない実験の猿みたいな身体に入れられたなん『あんたが嫌味っぽいのは、説明しなくても丸わかりだから。今さら猿呼ばわりされても、すでにこっちはブスで馬鹿な黒ネズミだから。それを上回る動物じゃないと、衝撃受けないから』
メイに自分の言葉を遮られたオルヴィアは、歯の根が合わないほど震え始めた。
〈ねえ、フンドシのお兄さん、なんか霧が出ていない?〉
〈何?霧?、・・・霧が出ているか?見えないぞ〉
〈出てるよ。なんか暑い。じわじわしてるでしょ?〉
《宙を駆け巡れ、》
スアハとトラーが周囲の異変に気付くと、震え握りしめたオルヴィアの拳が開かれる。細い褐色の掌には赤い美しい魔石が一つ。それは呪文と共に輝き炎を上げると、地下道の中を舞い始めた。
[霧?、そうか!]、
「精霊殿!、この場は水の気が満ちています!水蒸気が発生します!視界にお気を付け下さい!」
『わわわ!、なんか、もくもく、何コレ!』
〈メイ!、早くオルディオールに代わって!!、なんか、スアハはこの水、熱くて嫌だよ!〉
「ミギノ、落ち着いて!」
《ファルド帝国英雄、名をオルディオール・ランダ・エールダー、その名に縛られしもの、肉の枷から解放する。天へ帰れ!》




