誓約に囚われる者達 12
貴族の私軍にここまで手こずるとは思っていなかった。若き皇帝を侮り、エールダー公家を慕う彼らの抵抗は激しく、戦いで失われた死者の中には先陣に立つ当主自身も含まれている。
この事態に軍の統轄であるフロウ・ルイン・ヴァルヴォアールは、抵抗貴族達が一様に唱える若き皇帝への不信感、それを払拭させるために王の居城へ踏み込んだ。
「このファルドの建国の詩を、思い出して下さい」
フロウがアレウスの私室に入室許可の合図をしようと扉を叩くために手を上げると、中から清んだ少女の声が聞こえる。それに上げた手を止めて少し開いた扉の隙間から、様子を窺うために耳をそばだてた。
「遥か昔、このファルドが小さな国であった頃、赤い空賊により血の雨が降った」
寝物語の冒頭のように始まった言葉に、アレウスは関心なく眺めていた窓の景色から少女に目を向ける。
「空から地上を焼き尽くした赤蛇を倒すと決意して、それに立ち向かうために周辺諸国を統一し、同じ悲劇を繰り返さないためにファルドはここまで大きくなった。それが今回は、武力による国土統一という方法ではなく、かつての敵と手を結ぶという、歴代皇帝には為し得ない、最良の結果を貴方は選択したのです」
「その決断の所為で、私の大切な師と思い人が、共に居なくなってしまった。こんな事を、望んではいなかったのだ、」
「ですがそれにより、武力行使で必ず発生する遺恨を残すことなく、ファルドに再び空賊を呼び寄せる可能性を防いだ。しかし建国の詩にある敵であった赤蛇の国を、武力ではなく陛下の求心力により封じ込めたと皆に伝える必要があります。そうでなければ、敵と嫌悪していた者達を、簡単に受け入れる事が国民には出来ません」
ファルド騎士団長である自分の思いをそのままに、少女の声は真摯に皇帝に語り続ける。扉の前でそれを聞いていたフロウは、表に立つことに自信を無くしたアレウスを説得する少女を、そのまま見守る事にした。
「グライムオール先生の、エールダーの居なくなった私の言葉を、誰が信じると言うのだ?」
「陛下のお言葉を信じない者など、このファルド帝国には居りません」
「嘘だ。・・・・大臣達は、やはり私が参加しなくても、勝手に会議を進めてしまうではないか。・・・私は、奴らが決めた書状を読み、王印を押せば良いだけなのだ。その話も、私にでは無くエスティオーサに話し、書状にして持って参れ」
この言葉に沈黙した少女の声、いつまでも同じ考えを繰り返す青年に憤り、拳を握り締めた騎士団長は扉に手を掛けた。
「陛下、ファルドの誓約の事をご存知ですか?」
少女の静かな言葉が室内に響き、それに扉を押す手を止めたフロウは、聞き慣れないファルド帝国の誓約に耳を傾ける。
「ファルド帝国建国初代のファルド国王と、エールダー公家が交わした誓約を」
ーー(!!)
何故エールダー公家が双頭と呼ばれるのか、今まで人々の憶測でしかなかった秘密の領域にフロウは息を飲み込んだ。
(やはり、エールダーが双頭と位置付けられた意味は、国民への良心、道徳的行いの役割だけでは無かった。王族とエールダー公家は誓約を交わしていたのだ)
「そんな誓約、私は知らぬ」
空賊に襲われ、血の雨が降った。空から製油を撒かれ、無数の槍と火矢で小さな町が次々と炎に焼かれる。そして空賊が去った後には、隣の国から破落戸が押し寄せて生きる糧を奪い合う。この惨状の繰り返しを、嘗てのファルド王族とエールダー公家は憂い嘆いていた。
「先ほどお話ししました、赤蛇に国土を襲われた遥か昔、空賊だけではなく近隣諸国の争いが絶えなかった東大陸で、小国ファルド国王と彼の傍に居たエールダー公家の公主は誓約を交わしたのです」
「・・・・、」
「この東大陸を、ファルド国の名で一つに統一し強国となる事を」
「・・・なんだそれは、そんな当たり前の目標が、誓約になるというのか?」
「はい。初代様はそれを悲願と誓約し、その相手としてエールダー公家が彼を支えて統一を目指す事となりました」
「だがそれは、そんなことあり得ないではないか?初代様は、それを成し遂げずに天へ帰られた。片方の死、それにより誓約は無効となる」
「そうです。一代では成せない偉業の誓約は、統一の達成を果たすまで、子々孫々と受け継がれる血の誓約なのです」
ーー東大陸統一を果たすため、
我が身、この血が果てるまでーー
(・・・?!血の誓約だと?まさか、)
扉の向こう側、少女の声は誓約の根本をフロウへ問いかける。ファルド帝国の建国、それに関わるエールダー公家の双頭鳥の真相は、ファルド国王との誓約に縛られた忠誠。
「誓約者の皇帝陛下かエールダー公主が亡くなれば、残る者が新たにその後継である子孫と誓約を交わす。これが東大陸統一を果たすため、連綿と続くのです」
「・・・そんなものがあるのなら、エールダーは、グライムオール先生は、その誓約を、何故!私に教えてくれなかったのだ?・・・・、何故、すぐに私と誓約をしてくれなかったのだ?、いや待て、東大陸の統一とは、統一は同盟では為し得ない。ガーランド竜王国、そしてトライドも国として他国が独立した、なら、?」
「・・・先のファルド皇帝陛下が亡くなり、この誓約の継承はグライムオールが伝えるべき内容ではありますが、機会を逸したのでしょう」
ある重大な事に気付いたアレウスは、少女の声も耳に入らずただ虚空を見つめている。
「では、・・・他国との同盟を選んだ私が、エールダー公家との、血の誓約を、破棄した事になるのか?」
英霊オルディオールを名乗る黒髪の少女の沈黙の肯定に、アレウスの顔は蒼白となっていく。そして青年は愕然と顔を覆って俯いた。
「オルディオール、エールダー公家の英霊よ、その誓約を知っていたなら何故、いや、そうか、これは先代様が亡くなった事で、既に引き継がれていない方がおかしいのだ、」
「陛下は、平和的解決へファルド帝国を導いた。そしてエールダー公家は誓約に従い、陛下の前から立ち去ったというだけなのです」
巫女である少女の冷静な言葉。冷徹な現実に顔を上げたアレウスは、声を絞り出すようにようやく呟いた。
「これが、我が身に天が落ちるということか?、私が未熟だから、先生もエミーも去って行った?」
「陛下、」
「ならば英霊オルディオール、エールダー公家の者よ、お前も、私の元から去るというのか?、だから天上の巫女も、天へ帰ると言い出したのか?、皇帝なのに、誓約を知らず破棄した、愚かな私に愛想をつかせて、」
「メイ、巫女は直ぐには天へは帰りません。・・・・そして私の身体は既にこの地に無いのです。王家とエールダーの誓約に縛られた、かつてのオルディオール・ランダ・エールダーという者は、この世に存在しません。その役目は、グライムオールが引き継ぎました」
「・・・・・・そうか、去らないのだな、」
静まり返ったアレウスの私室。フロウは、二人の会話、盗み聞いた誓約の誓約内容に扉を開くことなく背を向けた。
(この帝国の建国の祖は、皇帝陛下とエールダー公家の誓約。それを皇帝アレウスは違えた。それにより天が落ち、ファルド帝国は掻き乱される事になった)
近衛兵が配置される長い廊下、その中央を表情を変えることなく足早に突き進むファルド帝国騎士団長は、自身の破られた誓約を思い出す。
(誓約とは、権力を持つ者の矜持。だがそれが、ファルド帝国の礎となっていた。ならば私とエルヴィーの破棄された誓約により、落ちる天は一体何だ?)
ーー違った者には天が落ち、
死で二人を引き離すーー
この後、ファルド皇帝アレウスは天上の巫女の言葉を天の託宣として、逆臣オーラ公家討伐を国内外へ宣言した。
***
ーーーファルド帝国王城、正門へ続く並木通り。
「・・・確かに、陸路でオーラ領に行くよりは、トライドから飛竜で飛んだ方が楽ではあるが、だが俺は皇帝陛下より第一師団の指揮下に入れと言われている」
「オルディオール殿、巫女様はファルド国の象徴では無いのです。天上人は我が国の天樹の使い。そして巫女様のトライド行きは選択肢ではありません。決定です」
「・・・オゥストロとエスクランザ皇太子の意向か?」
「貴男はファルド帝国の英霊殿ですが、巫女様は、天上の方の顕現なのです。ファルド帝国の悪しき誓約により、貴男は巫女様を束縛していますが、本来はこの方の意思こそが最優先なのです」
「束縛、ねえ・・・」
「私は必ず巫女様をお守りします。この地の、オーラ家の者に、これ以上巫女様を触れさせません」
「クレイオル・オーラの事か、何故やつが、メイと関わり合うのかは分からんが、それは俺も気にしておく。だがそれとトライド行きは別の話だ」
「・・・オゥストロ殿や南方の方達が巫女様をめぐり決闘するとの話がありましたが、巫女様は我がエスクランザ天王国の象徴。必ず私が我が国へ連れ帰ります」
「はは、まるでお前が決闘するみたいな言い方だな?」
「はい。私が皇子の代わりに、皆様との決闘に参加致します」
「へ・・・・?」
「全てはオーラ家の掃討が済めばの事です。さあ、箱車の準備が整いました。ファルド王とヴァルヴォアール将軍には、こちらから報告しておきます。お乗り下さい」
「あ、おい待て、俺は、」
トラーに慌ただしく追い立てられたが、オルディオールは英霊と巫女に依存することでようやく立ち上がった若き皇帝を思い踏み留まる。しかし始まるオーラ公領の進軍に、飛竜と共に攻め入る事に異論はなかった。
「精霊殿、アレウス殿には僕の方からも言ってある。その身はファルド国が独占出来ないことを、彼も承知だと思うよ」
旅支度に埃避けの長い外套を身に纏うアリアは、黒髪の少女に箱車に乗るように促す。一度王城を振り返った小さな少女は、先に獣人の子供達が乗り込む車に足を掛けた。
*
[お前、僕の代わりに婚約者候補を名乗る彼らとの野蛮な決闘に、メイ様を賭けて参加してくれるんだってね]
[皇子、御身を決闘などという、穢れの場には触れさせません。巫女様も、必ず私が勝ち残りエスクランザへお連れします]
[期待してるよ]
薄く笑うアリアは次の箱車に乗り込む前に、見送りに顔を伏せたままの神官騎士を振り返る。
[そうだ、トラー!]
[は、]
[お前、エトゥの巫女に、ならないようにね]
[?、エトゥの巫女とは、・・・昔、この東のファルド国へ移り分かれた白兎の供の者では?]
[そうだよ]
[エトゥの巫女は、白兎を慕っていたそうだよ。だから彼と共にエスクランザを逃げ出した。東への土産に多くの禁呪を持ち出してね]
[・・・?、はい]
[白兎は、先代の天上の巫女様に恋して国を追われた、地の下の神官の一人だ]
[・・・!!、恋など、私は、巫女様にそのような、不敬な気持ちは、]
[そうだね。お前はメイ様へそのような気持ちは持ち合わせる事は出来ない。先代の巫女様は、白兎と思い合っていたからこそ、彼はエスクランザ国を追われたんだ]
[はい・・・]
[お前は、エトゥの巫女になるなよ]
[・・・・]
エスクランザ国では地の下と呼ばれ、遥か昔の天上の巫女に白兎と名付けられた男は、東ファルド帝国オーラ公領で天教院の初代会主となった。共に東へ渡った巫女のエトゥは、王都へは渡らずオーラ公領に残った。その地で大聖堂院の祖となる魔法院で禁呪の復活を研究したという。
[エトゥの叶わなかった恋。それがこの地に歪んだ誓約を広めさせたと、僕は考えているよ]
[!?]
[恋し愛する者と、生涯を共に誓い合う。我が国では神聖な思いの誓いが、この東のファルドでは違えた者を死で別つ呪いとなっている]
[エトゥの巫女は、オーラ公領で高位の祭司となったとファルド国の天教院の者達は言っております。人を導く最高神官が、そのような呪い事を広めるものでしょうか?]
[・・・さあ、そんな面倒事は僕には分からないけど、人を思う情念というものは、全てに良い作用とならないからね。特に誰かを強く恋しいと思う気持ちは、周りも自分も見失うみたいだし。叶わないものであるのなら陰鬱と魂が滞るのではないの?、王宮殿の多くの巫女達は、僕に構われないからって、寝所に上げた巫女を影で虐げて発散したりしてたよね]
[・・・・]
[エトゥの巫女は、天上の巫女様に恋する白兎に異国の地でも叶わない恋をし続けて、思いの誓いをねじ曲げた誓約で憂さ晴らししたのではないの?]
[・・・・]
[この東の者達が、親しい者や愛する者と、死で引き裂かれるようにね]
[・・・・]
[トラー、]
[はっ、]
[お前は、エトゥの後を追うなよ。天上の者はお前の主だ。彼女の魂には、決して触れるな。お前自身も、その身は血で穢れていることを忘れるな]
**
「ファルド国内に、オーラの長男が潜伏している可能性がある?」
「はい。第八の者が王都の住民から得た情報ですが、黒髪褐色の肌の貴族が下町を彷徨いていたとの事です」
「潜伏先は?」
「それがその者は王城付近で姿を消しましたが、その後は第九より王城内に不審者が現れたとの情報が。后宮庭園に単独で侵入し、巫女様に接触した者の風体が、黒髪褐色の肌、金朱の瞳の男だったそうです」
「では確かに、クレイオル・オーラに間違いない。金朱の瞳の者など、このファルドではオーラの姉弟以外居ないのだからな」
エールダー公家で代々受け継がれた金朱色の瞳。オルディオールを失った以降は、一族でも特殊な色の瞳を継ぐ者は現れなかった。その瞳が何故かエミー・オーラの二人の子供に現れて、彼らの父親がエールダー公家と関わりあるかと噂されていたのだ。それはオーラ公家の独立にエールダー公家が追従した事により、人々はやはり子供の父親はエールダー公爵であったと世間では決め付けられている。
「団長、あれを、」
うらぶれた食堂、その二階から薄暗い裏通りを見張っていた第四師団のウェルフェリアは、部下の指摘に階下に目立つ白い男を目に留めた。
「白狐、いや、今はトライド軍の部隊長ソーラウドか?」
「もうここは奴らの縄張りではないなずだ。なのに何故」
「民家の中に入って行きますね。知り合いを訪ねて来たのでは?」
「あそこは今は、空き家です」
「・・・付けろ。気付かれたら拘束しろ。罪状はなんでも構わない。このファルドでは、奴はただの犯罪者に変わりは無いからな」
***
ーーーファルド帝国下町、
地下通路エスティー基線。
「当たりだ」
地下住民の姿が全く無い。通路から居住空間を通り抜けるとイド通りに繋がる分岐点に辿り着く。他より大きく広がる空間には、長衣を纏う魔法士が数人地面に這い蹲って文字を書き込んでいた。
「頭、あの奥、魔戦士が居ます」
ひそめられたテルイドの声、示された方向には貴族の美しい青年が椅子に座っている。
「おー、丁度良いな。・・・潰すぞ」
「魔戦士と殺り合うんですか?マジですか?この人数でですか?」
「まー、そうだな。前にこっちも派手にヤラレタだろ?報復だよ」
「それはそうですが、相手は魔戦士ですよ?」
「しつけえな。そうだっつってんだろ?」
笑うソーラウドの赤い瞳は、拓かれた空間に大きく描かれた円を見つめる。
「前にトライドで、ミギノにくっついてた玉狩りが赤い魔石を暴発させただろ?あれで思いついたんだよ。アルドイド、持ってるか?」
ソーラウドに促された少年は、頷くと懐から二本の細長い瓶を取り出した。
「魔石?アレですか?でも、大した威力出ないんじゃ・・・」
「あれ見ろよ。魔法士の下の模様。魔石が地面にすげー刺さってるだろ?あの量使ったら、どーなんのかなぁー?」
薄くなった顔の傷、端正な白い顔の中に赤い唇は裂けるように笑う。
アルドイドの手にあるのは、ただの透明色の風石と朱い火石。それぞれにそよ風と篝火程度に生活使用されるもの。他属性の魔石をぶつかり合わせると、小さな爆発を生じる事故が起こるのは誰しもが知っている知識だ。
高級で強大な攻撃威力を発する赤の魔石を持っていたとしても、それ一つで魔戦士を攻撃して彼らを一撃で仕留める事は難しい。
魔石による攻撃の最大の問題点は、命中率が極めて低い事である。動き回る相手を直撃する事が難しいのだ。相手が同じ殺傷能力の高い魔石を身につけていれば相乗効果で確実に誘発出来るが、魔戦士相手では急所一つ穴を開けたところで死なないと分かっている。
「竜騎士の姉さんに聞いた呪文ったって、あれは相手に身に付けさせなきゃ意味無いじゃないですか。しかも拘束系って、魔戦士に効きますかね?」
「・・・おいハゲ。頭ん中まで涼んでんじゃねーよ。地面に刺さってる魔石、アレ使うって言っただろ。竜騎士のネーチャンから聞いた、面倒くせえ呪文なんて忘れたし。いちいち覚えてねーし。それに、魔戦士にこんな火花みたいな攻撃や、地の錠なんか仕掛けるワケねーから。てか魔戦士、地の錠つけてねーし。今からつけられねーし、」
「はあ、はい、え?、で?、どうすんですか?」
「アルドイド、どうだ?」
「準備完了です」
少年の手の中、魔石は一つの瓶に二つ入れてあり初めより色が変わって発光し始めている。
「俺たちは、後は走って逃げるだけ。やれ、」
笑うソーラウドの言葉の終わりに、少年は全力で魔方陣の中心に手の中の瓶を放り投げた。
ーーーカツン、。
硬質な音に円の中央を振り返った魔法士達、侵入者に気付いて立ち上がった魔戦士は走り去る人影に動き出す。だがそれと同じくして円の中央に転がる瓶がパアンと弾け飛んだ。
「誰だ!なんだこれは?」
「魔石だ!!」
「発光している!まずい!!!」
「誘発するぞ!!」
「逃げろ!!!」
・・・・ドンッ!!!ドオンッ!!
*
「大当たりー!」
後方から続く爆発音から逃げ、笑い走るソーラウドだが空を切る刃鳴りの音に素早く身を伏せた。直後に前方の木柱に長刀が白い毛先を掠めて突き刺さる。
「頭!」
「クソ、外れてた、魔戦士が来るぞ!」
地響きに揺れる地下、むき出しの土壁には支え程度の木枠の柱が通路を支えている。飾り彫の長剣を躱したソーラウドは、振り向きざまに二本の剣を抜き構えた。未だ続く破裂音と爆風の砂煙の中、魔戦士と想像した人影が走り現れたがその姿にテルイドは悲鳴を上げる。
「何だ、あれ!?」
現れた人影、爆風で飛ばされ火の魔石に炙られた魔戦士と思われる美しい青年は、人で在る形を成しているだけの肉塊に見える。
怯懦に後退るアルドイドは真っ先に体当たりで突き飛ばされ、激しく土壁に身を打ちつけ倒れ込む。それを魔戦士は骨が突き出た左の腕で留めを刺そうと振り降ろしたが、横合いからテルイドが木っ端となった材木を振り回し弾き飛ばした。
「コレが魔戦士かよ。目とか無いのに、なんで動けるんだ?」
**
「何の音?」
「オルヴィア様!二の陣の方角から噴煙が上がっております!」
「噴煙?まさか、魔石を暴発させたの?」
地響きに訝しみ、屋敷の窓から王都を見下ろしたオルヴィアは、古びた住宅街から立ち上る煙に金朱の瞳を眇める。振り返り居並ぶ玉狩り達へ苛立ちをぶつける長い黒髪の女は、これから始めようと用意した遊びの名簿を床に投げつけた。
「信じられないわ!あと少しで完成だったのに!陣は絶対に軍には見つからないってクレイオルは言ったのよ?自信満々に自分はお母様と帰国したのに、どれだけ私に迷惑をかければ気が済むの?」
無表情に居並ぶ玉狩りは、苛々と部屋を行き来する女を無言で見つめている。美しいオルヴィアの収まらない怒りに恐々と見守る青年従者は、先ほど料理長から聞いたばかりの噂話を思い出した。
「オルヴィア様、その、クレイオル様のことですが、今朝市場でお姿を見かけた者がいると聞きました」
「クレイオルが?・・・そう、初めからあの子がファルドに残れば良かったのに。でもきっと、お母様に言い付けられたのね」
褐色の肌を引き立てる白の長衣。滑らかな生地には繊細な金色の刺繍が所狭しとあしらわれ、微笑みを浮かべるオルヴィアは美しい。その表情に安堵した従者は、箱車の用意を命じた黒髪の女に問い掛けた。
「オルヴィア様、どちらへ?外はまだ、騎士団が彷徨いております」
「二の陣を見てくるわ。軍が来たってあそこには魔戦士が居るのだし、平気よ。それにきっとクレイオルも居るはずだわ。あの子の初めての失敗を確かめにね。ふふ、どんな顔をしているかしら、」
嬉しそうに笑うオルヴィアに、同じく愛想笑いを浮かべた青年従者は主を追って部屋を後にする。広間に居並ぶ十人の玉狩りは、女が華奢な腕で床に叩きつけた名簿を無言で見つめていた。
自分達の真実の名が記された、死の名簿と呼ばれるものを。
***
ーーーファルド帝国下町、地下通路イド通り三線。
斬り付けても殴り付けても立ち上がる、人とは呼べない肉塊となったものに留めを刺したのは、ファルド騎士服に身を包んだ異様に細身の男だった。戦場でも結わない流れる金の髪をそのままに、ソーラウドの横合いから突如現れた男は銀色の長剣で肉塊の腕と足を切り飛ばしたのだ。
「第四の、墓守?」
「墓守?、それが民草の私の呼称か?・・・悪くない。事実である」
肉塊を斬り伏せた生気の無い将軍に、ソーラウドは目を見開く。折れた足を引きずり立ち上がったアルドイドは、突然現れたウェルフェリアも人では無いと錯覚し、思わず中刀で牽制した。
「白狐ソーラウド、いや、今はトライドの使者だったな。破落戸の頭領も、魔戦士と対峙する事は初めてだったか?」
「初めてじゃない。・・・ん?初めてでもあるのか?」
以前に攻撃されたのは、遠目にクレイオルと魔戦士の姿を見ただけだった。ソーラウドが疑問に首を捻っていると、背後から野太い男の叫び声が地下通路に響く。胴だけとなった肉塊は、未だずりずりと地を這っていたのだ。それに留めを刺すためテルイドが何度も太い角材を叩き付けているが、それでも肉塊はテルイドの方向へ進み止まらない。
「なんだこれ、気持ち悪いな!」
「頭!、魔石、使っていいですか!?、ぶっ飛ばしちまおうよ!」
「やめておけ。中途半端に弾き飛ばすと、残った肉片に魔物が移るだけだ。火があるなら、製油をかけて焼き尽くせ」
第九師団の大聖堂院調査により、今や全ての騎士団に魔戦士の対処の仕方は伝達されている。魔戦士が敵と化した今は、軍事機密ではなく広く一般国民にまでこの情報は伝えられていた。
「あんた達、ずいぶんと来るの、早かったな」
「そうだな。かつての破落戸の頭領は、薄暗い地下道でもよく目立つ。お陰でこちらの探し物も一つ見つかった。トライドの使者。同盟協力を感謝する」
「付けてたんだな!」
「汚ぇっ!」
ウェルフェリアの背後から続々と現れた騎士達に、ソーラウドは赤い瞳を眇めたが、手際よく燃やされた肉塊から青い塊が現れてそれに目を移した。
「魂、」
大切な黒髪の少女の肩には同じ魂が乗っている。英霊オルディオールというファルド帝国では大きな存在に、ソーラウドは彼の後継である騎士団に救われた事を苛立ちにそれを見つめた。
***
ーーーファルド帝国下町、
地下通路エスティー基線。
捕らえた破落戸の一味を拷問し、地図を作らせ把握したファルド王都の地下区域。薄汚い地下通路を最短距離で進んだオルヴィアは、未だ砂煙が収まらない爆破現場に辿り着いた。
「何番だったかしら?五十!、それとも十八?、何処なの!?」
周囲の瓦礫には大聖堂院の魔法衣の残骸が紛れ、魔法士達が吹き飛ばれた事を物語っている。オルヴィアの足下には日をかけて呪文を書き記した魔方陣が、半分以上吹き飛んで地面が抉れていた。
(水の呪文だけが残ってる・・・。火の魔石を暴発させたんだわ。出来の悪いファルド生まれの魔法士達、本当に、使えない)
オルヴィアは苛々と崩れ落ちそうな地下通路を睨み付けて、再びこの場所に配置していた魔戦士を呼ぼうと砂煙に目を向ける。すると軽い足音が奥から走り寄ってきた。名を呼ぶ前に目的の者が来たと砂煙を見据えていると、近寄る小さな影に違和感を覚える。
煙の合間から見えた黒髪、丸く白い少女の顔。間抜けにもこちらを見つめるつり目気味の黒い目を、オルヴィアは驚愕に睨み付けた。
「何でここにいるの?・・・ああ、四十五。お前が連れて来たのね?」
オルヴィアにとって忘れる事の出来ない屈辱。飛び込んで来たのは目障りな少女。その背後には狂った数字持ちが佇んでいた。
「こんにちはオルヴィアさん」




