12 解答は無限大
ドローン語で愛とは〈クライ〉と言うらしい。そしてこのファルド国では愛とは「エイル」と言うのだが、私の脳内の『クライ』と言えば、魔法の万国共通語の〔泣き叫ぶ〕や我が国の〔暗い〕が真っ先に脳に浮かんでしまう。
真面目な顔の大きな巨人達に囲まれて見下ろされ、慣れない異国語で「ろあ・ウォウオート・ほす・クライ」と問われれば、最後の〔クライ〕ぐらいしかはっきりと聞き取れないのだ。
見下ろされる威圧感、その場をやり過ごす為に必死になり、『何チャラ、暗い?』と聞かれれば『あー、ミー?、それともアーユー暗い?オーケーオーケー、ユーは暗くない』などなどの、やり過ごし適当異国語会話が頷きと共に成立してしまうのである。
ちなみに私は巨人達に『何チャラ、暗い?』と質問されて、我が国の思いやり文化が体に染み込んでいるせいか、相手をおもんぱかって『暗くない』と否定を返した。
我が国では否定として使われる〔何何ない、なんとかナーイ〕などの『ない』は異国語では〈おい、おーい!〉、「これ、これはー?」などと使用されるため、彼らには私が『暗くない』と言った事の意味が分からなかったらしい。しつこく突っ込みを入れられた。
例えば『暗くない』を、ドローン語で訳してみます。
〈愛す、おい!〉
〈愛、おーいっ!!〉
(会話が成り立っていません。見えない愛に一人で問いかける、孤独な愛追い探求家。そして見えない愛からはもちろん応えが返ることは無い。無限のループから抜け出せない。不毛、)
お互いはっきりと通じない事が分かっているため、そこは寛容にやり過ごす事がマナーとなりつつある異世界コミュニケーション。後に「ろあ・ウォウオート・ほす・クライ」とは〈あなたの愛、試します〉という難解な意味だと教えられた。
この人生において、最大のテーマとなる難問。
『愛って、ナニ?』
と、同じような命題を、何故か私は初対面の断食修行僧に問われていたという事なのだが、やはり常日頃、この世の煩悩と向き合い瞑想し、食欲という欲望を封じ込める事に成功した修行僧は一見さんへのお題にも容赦ないのである。
そして次なる難問は、木の枝から落ちた私を助けてくれたニューフェイス。どこかで見たことがある気がしたのは、目つきの鋭さなどが色黒おじさんに似ているのだ。想像するに、彼の親戚かほっぺパン女の親戚だろうと結論づけている。
そのニューフェイスが何故か私にまたもや〈愛〉を問いかけた。しかも今回は完了形。
『ろあ・エストにすす・ほす・クライ』
愛について何か言ったことは分かったのだが、アピーちゃんに後から教えてもらうと「あなたの愛を受け取りました」との意味合いだと言う。
またもや〔愛〕。
(流行ってるのか?しかも色黒おじさんのような威圧感を持ちつつも、初対面の私に愛を問いかける愛追い迷子)
食修行僧も別れ際に愛について問い掛け、そして色黒ニューフェイスも愛に迷う。
だがこの愛についての問い掛けは、自分を物だと主張するマスク代表にはあまり楽しい話題ではないらしく、私が色黒ニューフェイスの迷いをそのまま口にするとマスク代表の顔色が変わった。
たまに居るよね。自分に興味ない話題が出ると、興味ないが顔に出てしまうタイプ。
無言になり私を見下ろすマスク代表。カッパ少年の頰もフグのように丸くなり、慌てるアピーちゃんは横目に見えたが現場の温度がヒヤリと下がったので、私はそれ以上口を開かずやり過ごす。天性空気・カミナメイのスキルが上手く機能しているのだ。
普段はあまり怒らない人が怒ると怖い。
ギャップにビリリと目が覚める。
そこに萌えは無い。
(マスク代表、いつもは物のフリをしつつも私をフォローしてくれるのに、無言、目だけでも不愉快を語っている)
ドローン語の発音を間違えていたのか、それとも以前にマスク代表の事を暗いと宣言した事を根に持っているのかは分からない。
サワラヌ・カミニ・タタリナシ。
まあその後、直ぐにぷるりんとくろちゃんがやって来て、愛と暗いについての話はうやむやになった。
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ぷるりんが何やら若社長を勇気づけていた。内容は誓約についての事なのだが、どうやら過去に先祖が交わした誓約を若社長が清算したらしい。
(親の借金を子が返す、的なあれだろうか?)
遺産相続とは全てプラスになるものではないらしい。遺産と聞けば、ドラマなどで資産家のお屋敷での親戚間の財産をめぐるドロドロを想像してしまうが、実際にめぐるのは正の財産だけでなく、負の遺産も遺族には降りかかるらしい。
この話は友人の親戚間で起きた事をチラリと聞いただけなのだが、私は負の遺産の相続なんてあるんだと、聞いた当初はかなり驚いたのだ。
友人の家は、プラスもマイナスも相続を放棄したらしいのだが、愛人の子供が資産家の財産相続権利があるのなら、その逆に発生する血の履歴を追い掛けて、ブラックな借金取り立て屋だけではなく、市や国が故人の借金を遠い親戚から回収するシステムもあるのだろう。
血の系譜とは、単に自分の出生を辿るなどの歴史ロマンにはならない、お金の現実が突き付けられる事もあるのである。
遥か昔に親族や血族を把握し、国民を管理するために発生したと言われる宗教の檀家システムよりも、いまやペラリとしたカード一枚で個人情報を一括管理の時代。縁を切るときも、タッチパネルにひたりと指をワンプッシュで完了しそうな気がしてならない。
(若社長もきっと、遠い先祖の負の遺産について悩まされていたのだ。血族という系譜、奥深い)
などと項垂れる若社長を感慨深く見つめていたが、彼はぷるりんに勇気づけられたようで、会議室にて社員の前でファルドホテル社の今後の方針を述べていた。もちろん台詞はぷるりん氏が言っていた内容を丸暗記の、ぷるりんプロデュースによる社長演説なわけだが、とりあえずおじさん達とのミーティングが一段落したようで何よりだ。
(色黒おじさんもカツラ氏も居なくなり、知らない顔ぶれが増えて、少し、退屈でした)
若社長からエミー社長の経営する打倒オーラホテル決意表明、その後も周囲は慌ただしくお城の中を歩き回っている。ぷるりんに身体を貸している私としては、相変わらずただ事の流れを傍観し食事の時間に入れ替わるを繰り返しているのだが、気になる事は若社長よりもあの色黒ニューフェイスの事である。
後にマスク代表がニューフェイスの話をチャラソウにしていた内容で、ニューフェイスさんの名前はクレイオルさんと言う事が判明した。
彼はあの、美魔女エミーの息子さんらしいのだ。
(今のところ彼に悪イメージは無いのだが、ニューフェイスを思い出すと色黒おじさんかほっぺパン女が背景に現れる。彼の所為では無いのだが、色黒・・・)
そこには何故か、同じ種類の黒豹ストーカーは参加してこないのだ。顔立ち的に、黒豹はニューフェイスとの血のつながりは無さそうである。
「・・・確かに、陸路でオーラ領に行くよりは、トライドから飛竜で飛んだ方が楽ではあるが、だが俺は皇帝陛下より第一師団の指揮下に入れと言われている」
「オルディオール殿、巫女様はファルド国の象徴では無いのです。天上人は我が国の天樹の使い。そして巫女様のトライド行きは選択肢ではありません。決定です」
「・・・オゥストロとエスクランザ皇太子の意向か?」
色黒妄想中、気づけばぷるりんとマスク代表が、トライドへ行く行かないで揉めていた。ぷるりんとしては故郷で若社長やチャラソウと共に行動をしたいそうなのだが、トライド国では巨人達がドローンと共に私達を待っているらしい。
私は彼らのやり取りに聞き耳を立てているだけなのだが、マスク代表の話の中にはトライドには弟も姉さんもメガネの講師も居るそうだ。
(久しぶり・・・。皆に会いたい・・・)
そんな私の願望が届いたのかは分からないが、渋々ぷるりんが折れたようで若社長に別れを言う事も無く、急にお城を出る事になった。準備は既にマスク代表やチカンのお供の元気な少年がまとめてくれていたらしく、馬車が三台用意されている。私とぷるりん、くろちゃんアピーちゃんにカッパ少年で一台、チカンが一人で一台、荷物に一台、そして馬車の周辺には馬鹿に乗ったマスク代表と元気な少年、エルビーと警備の人達が併走しているのだ。
「出発、ファルド」
「馬車でトライドまで行けるなんて、素敵」
「アピーちゃん、馬車、好き?」
窓から流れる景色を見ているアピーちゃん。うふふと照れた。嬉しそうである。
「今はミギノも皆も一緒だからね。家族は、一緒がいいよね」
『!』
〈そうだね。スアハは子供はたくさん欲しいな。ね、メイ。・・・どうしたの?〉
「・・・俺は少し寝る。騒ぐなよ」
〈あ!!オルディオールだ!!トライドまでメイとおしゃべりして良いって言ったのにいっ!!!〉
カッパ少年が文句を言ったが、これはぷるりんによる気遣いなのだ。
ーー家族は一緒がいいよね。
この言葉に、異世界ではなく離れてしまった家族を思い出した。涙が出るかと思うほど胸がグッと苦しくなり、アピーちゃんの言葉に即答出来ない私に変わり、ぷるりんが前に出てくれた。
(・・・ありがとう、ぷるりん)
この異世界で、私を家族として認識してくれたアピーちゃんとカッパ少年。彼らには感謝するべき事なのだが、直ぐに言葉が出て来なかった。
例え話でアピーちゃんや弟や姉さん達を家族だと言った事はあるのだが、改めて言われると心が否定に苦しくなった。
私は、この異世界からいなくなるのだから。
(ごめんね、アピーちゃん・・・)
アピーちゃんの優しい心に何も返せない自分。突然ぷるりんと入れ替わった私を探して、彼女の大きな三角のお耳がへたりと下がった事に罪悪感でまた胸が締めつけられる。私の後悔に気付いたのか偶然か、ぷるりんの目線は狭い馬車の中、アピーちゃんから離れて流れゆくファルドの街並みに移った。その時、街中に大きな爆発音が響き渡った。
「何だ!?」
急ブレーキで止まる馬車はガタリと揺れる。馬鹿達の鼻息が辺りから響き、馬車の周りを慌ただしく歩き回る音がする。直ぐに窓に馬鹿を横着けにマスク代表が現れて「近くで、魔石による爆発がありました。西に二百ギガル圏内でしょう。迂回します」と、鋭い声がした。
「ファルド軍は目視出来るか?」
「いえ、ここからは見えません」
「現状を確認したい。馬犬をよこせ」
「いけません!危険です!」
「皇子達はこのまま進んで避難すればいい」
「皇子の話ではありません!巫女様の安全を第一に「何隊か分からないけど、数騎大通りから向かったよ」
平坦なエルビーの言葉にぷるりんへの忠告を遮られたマスク代表が怒りに後方を振り返ると、私の身体は馬車から飛び出し近寄ってきたエルビーの馬鹿の背中に飛び乗った。
「オルディオール殿!!」
〈メイ!!〉
「行けっ!直ぐに戻る!」
エルビーに先を促し後方のマスク代表を振り返ったのは、もちろん無責任のぷるりんではあるのだが、カッパ少年の不満の叫びとマスクの上の怒りの瞳は私へと向けられた。
「君に命令されたくないよね。ミギノならいいけど」
走りながらも呟いたエルビーの言葉をぷるりんは無視。更に直ぐに追い着いて、無言で隣を併走するマスク代表からの圧迫感。
(現場の空気は最悪である、)
その中、辿り着いた古びた住宅街には数人の兵隊さんが彷徨いており、なんの通行許可証も持ち合わせていないぷるりんこと私は、素知らぬ顔で爆破現場を突き進む。
崩れ落ちそうなアパートのような建物に踏み込むと、地下へ続く階段があり迷わずぷるりんは駆け降りた。地下道に出ると、中は意外と明るく周りがよく見える。
(でも土壁がむき出し、外れ落ちそう、)
私のハラハラを全く感じないのか、これでもかと先を進むぷるりんを先頭に地下道を突き進むと不安は的中した。しかしその不安は、壁が崩れるなどの問題ではない。
よりによって、この現場に奴は現れたのだ。
(最悪。最近、思い出し過ぎて、まさかの引き寄せ効果?)
「何でここにいるの?・・・ああ、エルヴィー。お前が連れて来たのね?」
好きな人、気になる人が目に留まる事と同じくらい、会いたくない者ほど目に留まる法則、発動。
そう、色黒ニューフェイスは、この女を呼び寄せる布石だったのだ。
(ほっぺパン女、再び、の巻・・・。いや、要らない要らない。望んでないし・・・、)




