10 ノー・修行、ノー・ライフ!
「にゃん?」
〈これは、食べ物、違うぞ〉、
『カモン、リピート、アフターミー?』
〈これはたべもの、ちがうぞ。クァモン、イピートアウたーみぃー?〉
『繰り返し、繰り返し、何度でも』、
〈これは、食べ物、違うぞ〉、
『カモン』
〈・・・・分かったー。もう、そいつ食べるって言わないからー、つまんない。止めようよー、もう何回もヤダヤダ!!〉
くろちゃんを食べると言ったかっぱ少年に、私は何度も同じ言葉を繰り返させている。これは私がこの異世界で教育を受けた、フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール式詠唱学習方法である。
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今しがた、エルビーに言葉を遮られたくらいでマジ切れし、大人気なくチカン王子が部屋を出て行った。更に話の腰を折られたぷるりん氏が沈黙した隙を狙い、表面化する事に成功した私は、これを機に人とはどういう物を食すのか、カッパ少年を教育することにしたのだ。
食物連鎖の頂点に立ち、様々な文化、飽食の時代を生きる人類たが、くろちゃんという一線だけは、カッパが越えることを防がなければならない。
これは異種動物を飼う・・・、ゴホン、失礼。飼い主を改め、共に旅をする仲間たちの鉄の掟なのである。
(なので人として、在るべき姿をお経のように唱えさせるという、ヴァルヴォアール式詠唱術を、テキスト使用いたします)
ーーその結果。
さすが粘着学習法、同じ言葉を繰り返させたことにより、効果は直ぐに現れた。カッパは詠唱七回目で音を上げ、くろちゃんを食べないことを私に約束したのだ。スピード成果、勝利に拳を握りしめ、思わず客席のエルビーとアピーちゃんを振り返る。
(おや?エルビーはにこにこと微笑んでいるが、アピーちゃんの表情が険しいな?何故だ?私がカッパ少年を虐めているように見えたのかな?)
『誤解誤解。ノー虐待。虐待・駄目・絶対ダメ!!』
*
「ミギノさっきからあの子に、くろちゃんと猿の話をしているの?」
「そうだね。きっと、猫と猿は食べ物じゃないよって、魚の子供に教えてるんだよ。ミギノは子猿に似てるからね。黒鼠なんかより、よっぽど似てるよ。・・・あ、呼び方も似てるよね子猿。ふふふ、」
「・・・・?、何のこと?、??」
**
見た目は大人、中身は子供というエスフォロス弟の様なかっぱちゃんを見ていて、不意に今、思い浮かんでしまった。
それはママとのお風呂問題だ。
私のいた頃はまだ、地域により年齢に差があると言われていたあの問題。スーパー銭湯によるところの、子供は何歳まで異性の親と同じお風呂なの?疑問である。
このカッパに関して言えば、中身は十一歳のお子様に間違いないのだが、見た目は男子高校生以下には見えない造りとなっている。異世界では子供のお風呂事情はどうなっているのだろうか?以前はカッパと共にお風呂に入っても、同郷の鳥男達は特に何も言わなかったのだが、そもそも公衆大浴場などが一切無いので、比較参考にするものが無いのだ。
(見た目は完全アウト。混浴家族風呂でなければ、カッパは我が国では通報されるレベル)
更には他人の美乳と、カッパマミーのおそらく巨乳を言葉によって鋭く比較指摘するのだ。まさに子供だけに許される特権。情報量は豊富だが経験の無い言葉の暴力を軽々と使用してくるので、周囲の大人もフォロー仕切れない状態は目に見えているのである。
お風呂アドバイスなんて必要無いんじゃない?銭湯なんて、体を洗ってお湯にドボンすればいいだけでしょ?などという、安易な考えも求めてはいない。これは未来を見据えた問題提起なのだ。
海外からの観光客が我が国の誇るべき先進トイレを、ぬるま湯がお尻を攻撃してきたと衝撃を受けるように、この先、大入浴場に何が設置されるか分からないのだ。
一人で入れるよと親から離れ、勇気を持って足を踏み入れた小さな子供が、一人ぽつんと掛け湯システムに困惑する。あの小さな桶は、子供用?などなど、細かい疑問は積み重なり、更にこれから先の機械時代、お年寄りには困難なタッチパネル式操作が導入されれば、子供よりお湯の出し方も分からなくなるかもしれないのだ。
考えすぎ?考えすぎかな?
エーアイさんという、人工的知能を持つもの達が我が星の労働の主軸となった時、彼らに奪われる職種の人々が転職を余儀なくされてスーパー銭湯に辿り着けば、そこにはシングル子供に入浴方法を教えてくれ、お年寄りにはパネル操作を教えてくれる、人にしか出来ない優しいフォロー職人が新たに雇用形態として確率されるのだろうか?
(受付に一人、温もり職人を配置。ホスピタリティー検定取得、フェアネス検定取得必須。過去に暴力歴、各種ハラスメント歴、性犯歴無し。学歴不問。人生でホトケサマだと拝まれた事のある経験者優遇。・・・温もり職人になれる範囲が、最後の一項目でぐっと間口が狭まった・・・)
出会った人が全て優しい人達で、困っている子供も老人も、さり気なく助けてくれているのが現状なのかもしれないが、世の中はそれが全てではないだろう。何かに余裕の無い人には、他人を助ける余裕は無いのだから。しかも悲しいことに、気をつけなければいけないのは、無償の親切を詐欺利用する悪人も存在するのだ。
等々と、スーパー銭湯お子様風呂年齢から、老人とエーアイさんについて思い耽っていたのだが、そんな私の温もり妄想は、しょげ返る目の前のカッパを見たことにより幕を閉じた。
(私、温もり、足りていませんでした。温もり職人とは、人としての善なるものを集結させたハイ・スペック。死後に拝まれる特殊職業、聖人。足下にも及びません)
だけどくろちゃんを食べられないことで、元気の無くなったカッパ少年を気遣う優しさを持っている私は、おやつタイムを開始したいと思います。
『お茶にしましょうか』
心優しい大人の女を演出し、颯爽とお茶セットを取りに行く。だが気取る私の足は、フカフカの絨毯の毛足に躓き前のめった。道を一人で歩いていて、中途半端にツンと躓き浮き上がる恥ずかしさ。その躓いた私を、カッパ少年が紳士のように手を差しのばしキャッチしてくれた。つい最近まで少女の様だったかっぱちゃん。日に日に大人びて青年化してきているのである。
〈スアハくん、ありがとう〉、
(いつの間にか手も大きく、本当に背が伸びた。やっぱり、もう女風呂は絶対無理だね)
〈メイが怪我したら、スアハはこの絨毯の毛を全部毟っちゃうからね!〉
絨毯に飛びつきぶちりと毛糸を引き抜いた。カッパ少年はやはりまだまだお子様なのである。躓いたから足を取った絨毯の毛を毟る。その地味な作業の八つ当たり発想が、お子様かわいいのである。
「大丈夫?ミギノ疲れたの?、オルディオールも中に居るなら、いい加減こんな無駄なこと止めさせてよ」
(・・・・)
『ん?、エルビー今、無駄って言わなかった?人として大切な事を教えた食物授業が、無駄だって言ったの?』
私の言葉が通じたのかは分からない。だが微妙に真面目な顔で頷いたエルビーに大きく衝撃を受ける。雷にうたれたように硬直したままの私を庇うように前に進み出たのは、我が生徒であるカッパ少年だった。
〈・・・無表情のお兄さん、もう精霊の喧嘩は終わったの?喧嘩が終わってなかったら、危ないからメイに近寄らないでね〉
「精霊の喧嘩?」
〈たまにすごく魂がぶれてるよね?それって、身体の中の精霊が、お互いつんつんしてるんでしょう?オルディオールやフンドシのお兄さんは同じ水の精霊だからスアハも仲良しだけど、お兄さんは木の精霊だよね。木はね、力が強いから危ないよね〉
「・・・・・木の精霊。ああ、魔素のこと?確かに僕は木の魔素だね」
〈メイの周りには水の精霊が多いよね。水の界の住民は、優しいものが多いんだよ。スアハも優しいでしょう?〉
「魔素、私はありません」
〈スアハも精霊は憑かないよ。でもスアハは、水の界のもの達とは仲は良いからね。・・・あとは、メイの悪口言うお兄さん、あの無人は珍しいよね。メイみたいに、オルディオールみたいなものに取り憑かれて無いし〉
(・・・・)
「悪口、ブスガキ」、
『イストおかまの事だよね?』
〈それは口の悪いお兄さん。精霊の居ない無人は、性格の悪いお兄さんの事だよ〉
「・・・・口の悪い、性格の悪い?」
「ミギノ、そこのイスト・クラインベールが口が悪い方。性格が悪い方はエスクランザの王子の事だよ」
的確な表現を納得に頷くと、未だエルビーに熱視線を送り続けているおかま医師は、私をチラ見して鼻で笑った。
『コブタちゃん』
『!!!、子豚・・・?私のことか?』
「お、通じた?、スズ爺さんが小さくて丸いガキ見たら言ってたの。子豚のことなんだってな」
『鈴木医師、おかまに余計な我が国の情報を・・・』
眼鏡の講師に黒鼠と陰で呼ばれていた事にも衝撃を受けたが、目の前でおかまに子豚と呼ばれる事も、気分が良いものでは無い。しかも久しぶりの我が母国語での呼びかけが、なぜ私を貶めるあだ名なのだ?
〈『コブタ』?、失礼な事を言わないで!メイはスアハのものなの!真獣達、ただのお肉と一緒にしないで!〉
『・・・肉って聞こえた。まさか、私の事か?』
「まあまあ、怒るなって。コブタちゃんは愛称だろ?小さくて丸い、お前にぴったりと当てはまるもんな。で、魔素の話だろ?俺は火。いいだろ?火は一番使えるからな」
〈そうなの?火は水に弱いでしょう?別に良くないよ。そういえば、メイのお姉さんも火の精霊だったかも。でも短足の事が大好きなお兄さん達の国は、やっぱり風の精霊が寄り集まって居たよね。黒いブサイクの事が好きな、強い無人も風だったよ〉
「黒い不細工って、なんの話だ?黒い奴って、黒竜騎士とヴァルヴォアールの奴の部下しか思い浮かばねえ」
「オゥストロ殿の事では無いはずですが・・・。南方の者達の美醜の判断は、基準が何か分かりません」
再び始まった属性談議。おかまとマスク代表は、我が婚約者の事を何故か話し始めたが、属性が付属されている彼らはカッパ少年の話に聞き入っている。羨ましい。
「魔素、良いですね」
本当に羨ましい。ファンタジーの王道である属性。それがあることにより、石を使って火を点けたり治療をしたり出来るのだ。くろちゃんの治療に歌い始めたチカン王子も、ただのおまじないでは無く根拠があって行っていたのか。
(合理的。魔素、属性、私も欲しい。・・・?)
そういえば、チカンは私と同じく無属性のはずなのに、なぜ癒しのおまじないが使えたのだ?
「アリア、皇太子、使えます。私と同じく魔素はありません。何故ですか?」
「皇子は全ての魔石を守護石として身に付けています。なので全ての石を使えるのです」
ナンデスト?
無属性、オールマイティー装備可能?
「私も、私も魔素、使えますか?」
両手に握りこぶしでマスク代表に詰め寄るが、彼は目だけで困った顔をした。同時に嫌味な笑い声がおかま方面から響き始める。
「コブタちゃん、欲深いな。わかりやすい。お前もエスクランザ皇子のように、全ての魔石を使えると思ったのか?さすが天上人。ぷぶっ、さすが落人。考える事がとんでるぜ。天上だけに?プププッ!」
『・・・おかまって、意味、知ってますか?』
「ん?何だ?、挑戦的な顔しやがって、生意気だなコブタちゃんのくせに。」
思わず大人気なく嫌味に嫌味で応戦してしまった私だが、マスク代表に止められ宥められ、そしてやんわりと真実を知らされた。
「魔石を使用するには、修練が必要なのです。そして四属性を支配する事は、長く年月が掛かります。あ、でも家庭用の小さな石ならどんな属性でも使えるのですが、その、」
「魔素が少しでも無ければ使えないよ。あと赤の魔石は石の力が強いから誰でも火薬的に使えるけど、ミギノには絶対に触らせないからね」
「そうですか、・・・・長く年月が掛かります・・・。わかりました。私は」
つまり修行か。そうか、魔石という物は、魔素の無い私が持つだけでは使用出来ない代物らしい。そしてそれを一個も使用したことの無い子豚の私が、ハイスペック・王子レベルの魔石を持つという傲慢発言に、マスク代表は困り果てていたのだ。
(ちょっと、恥ずかし・・・、はっ!)
僕たち、子供でも知ってるよ。そんなこと。
振り向けば、言葉は無くカッパとアピーちゃんの揺るぎない瞳が、傲慢で無知な大人に突き刺さる。それを教えてくれたマスク代表は、なんとも申し訳なさそうな表情で私を見下ろし、味方であるはずのエルビーは普通のいつもの無表情。
異世界常識が欠如した私の発言を、この場の者達は誰一人聞き流してはくれずに、笑うおかまの完全勝利に終わった。
「ブブブ、ブブブ、ぷっ!」
『・・・・・・・・』
おかまの豚真似鼻笑い。私が自重し沈黙していると、よそよそしい空気を見かねたぷるりんが現れて、魔石繋がりで盗まれた魔石の話をしていたのだが、未だに仲の悪いぷるりん氏とエルビー氏の喧嘩別れにより、青い玉はくろちゃんとお散歩に出掛けてしまった。
よそよそしい空気はぷるりんの敵前逃亡により、更によそよそしさは増すばかりなのである。
『敵に背を向けるとは、武士の風上にも置けないぷるりんめ・・・。見てよエルビー、まだなんかしてるよ・・・。最後まで、付き合ってあげてよ、かわいそうじゃないか・・・』
後に残されたのはエルビーの『脱・ぷるりん独り芸』なのであるが、私からズルリと抜け出たぷるりんに何を触発されたのか、突然この場で何かを吐き戻そうと口に手を詰め込んだり、私の口や鼻の穴を医師のごとく観察したりなど、自分にぷるりんが取り憑いた想定で吐き出そうと試みている。
(ヤメテ、ムリムリ・・・)
しかし、残念ながら見ていてあまり楽しいものではなかったので、客席におかまを残して私達は部屋を後にすることにした。
**
「おーいっ!」
暇があると足が向かうようになった中庭。そこへ続く欧風ホテルのような通路に、何故か奴らが現れた。
(ヤカラ三人組。小奇麗になってる・・・)
白狐面とハゲテルとヤセテル。忘れた頃にチラつく彼らだが、残念ながら今はビーエール担当のぷるりん氏が不在のため、私は距離を取ろうと思います。
「ミギノ!奇麗になったな!」
しかしそうは簡単はいかないのが、私にトラウマを刻み続ける白狐面なのである。大股で距離を詰められる。このままでは私をぷるりん氏だと勘違いした白色の奴に、私はホールドからのプレスをされてしまうのである。
(圧死!回避!、ムリかも!勢い強めかも!)
奴を見ると、黒歴史が蘇る。
つるりと剥かれて、まるでヒヨコのオスメスを見分けるかのごとく、私をひっくり返したあの悲劇。
トラウマ!!ヤラレル!!
そう危機感に身構えたが、結局一歩も逃げられず硬直してしまった。これがいわゆる心的外衝撃後のストレス障害なのだろうか?その逃げ腰の私の前に颯爽と進み出たのは、今度はカッパ少年ではない。いつもトイレまで尾行してくるあの男。そう、マスク代表だった。
だが彼らは私では無く、珍しく大人しいかっぱちゃんを見ながら言葉を交わすと、白狐面の男からの私へのプレス攻撃は繰り出されることなく、代わりに頭をぐりぐりと撫でられる。
「こんにちは。」
社交的な私を笑い見下ろす赤い瞳、怖い。
相変わらず色素は無いが、小奇麗な姿をしていることにより、少しヤカラ怖さが半減している。白狐面の後ろにはハゲテル。そして少し離れてヤセテル少年は、照れながらアピーちゃんに何かを話し掛けていた。
(あの子はアピーちゃんのこと、前から気にしてたものね。一途だねヤセテル少年。何だか・・・・青春・・・)
「ーーーでは、後ほど」
マスク代表の声に我に返った。
少し羨ましく若者たちの恋模様を眺めていたが、最近よくアピーちゃんとコミュニケーションを取っているカッパ少年が気になった。番宣言により私に纏わり付いているのだが、彼の恋心が若さ故の一過性のものだと理解している。
私を気に入る白狐面にも威嚇せず、大人しくこの場を静観していたカッパ少年の目線の先には今、アピーちゃんと話し込み、立ち去る事を名残惜しく振り返ったヤセテル少年が居た。
(カッパ少年、年相応、本当の恋に、気づいたのではないの?)
〈メイ、早く行こう!〉
私の手を引くカッパ少年は、アピーちゃんとヤセテル少年から逃げるようにこの場から走り出す。それを微笑ましく思いながらも、私からそのうち離れていくカッパ少年の成長を、少し寂しく思う自分が居た。




