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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天へ帰る歌~オーラ公国
191/221

過去の残像 10


 身体に掛かるのは地面の振動、硬い鱗に被われた飛竜の外皮とは違い、馬犬ドーラのしなやかな背は頼りが無く、身を預ける力加減を間違える。


 〈すまないな。乗り手が未熟なだけで、お前はとても良い馬犬ドーラだ〉


 濃い茶色の毛並み、斑点の模様が首筋に浮き出た馬犬ドーラは、軽く労いに叩かれた事に栗色の鬣を振りかぶる。


 〈もう直ぐで、砦の鐘塔が見えるはずなんだが・・・〉


 崩壊した山脈の一部分、和平交渉は結んだが正式な書面には残されていない中途半端な条約。そのせいか未だ捕虜は引き渡される事は無く、完全に国交が回復したとは言えない。そしてトラヴィス山にガーランドとグルディ・オーサを唯一繋げる山道は、一般国民や商人には封鎖されたままである。


 軍関係者としてその道を通り抜けたエスフォロスは、陸路で失われる移動の刻に辟易しながら砂利道を進んでいたが、遠くから響き聞こえた懐かしい鳴き声に空を見た。


 蒼天を地上から見上げ、慣れ親しんだ山の空気に安堵する。だが乗り慣れない馬犬ドーラで地上を走る自分の姿を思い出し、第三の砦上空に見え始めた黒い飛影を縋るように目で追い続けた。すると、その中の小さな一つが何故か方向転換し、エスフォロスに向かい滑空を始める。


 (あれは、まさか、)


 期待と緊張に身を引き締めたが、近寄る影が求めているものよりは遙かに小さい事に落胆して、上空で笑う鳥族の男を思わず睨んでしまった。


 〈遅い遅い!友達の家が攻撃されたのに、お前達ガーランドの無人ハグが、一番先に来ないと駄目だろ?〉


 開口一番に竜騎士を叱りつけたフェオだが、久しぶりの顔を見つけてへらへらと笑っている。


 〈あんた達こそ、メイを置き去りに居なくなったよな?もう南方に帰ったかと思ったぞ〉


 笑いながら肩をすくめ、黒い羽を大きく何度も羽撃たかせたフェオは、自分もつがい候補であったことをすっかり忘れていた。


 〈メイなら大丈夫だろ?この先、何が起きてもきっとヴェクトがあの子を護るだろうからね。俺はほら、メイは旅行の後付けだから〉


 〈大獅子セブンもまだガーランドにいるのか?〉


 〈そうだよ。ほら、あんたの前に帰ってきたここの長、黒いのを待ってたんだ〉


 〈オゥストロ隊長の事か?〉


 〈今回の山への攻撃、その事でうちの長達の話し合いがあってね。こんな大惨事の今後、どうするのかってやつ?〉


 〈確かに大惨事には違いないが、あんた達に関係無いだろ?隊長の話では、飛竜にも砦の皆にも被害は無かったみたいだしな。山を崩されたのは痛手だが、むしろファルドが整地した山道の一部が崩落したみたいだから、奴らの自爆だろ?〉


 確かにと笑い頷くフェオは、馬犬ドーラで駆けるエスフォロスの上空にぐるぐると纏わり付く。道中、白い小さな小鳥が数匹訪れ、フェオの頭の上を踏み台に方向を変えて飛び立って行った。


 〈まあ、長達の話し合いの結果はさ、驚きの内容だったんだけど。ていうか、ヴェクトはそれで俄然やる気出したしね〉


 〈?〉


 フェオと話しながら辿り着いた第三の砦。馬犬ドーラを繫いで長旅の報酬に水桶と干し草を運んだエスフォロスは、門前に見覚えのある大きな獣人ゴウドを発見して息を飲んだ。


 オゥストロと話す彼の隣に立つ者はヴェクト。背丈は弟とそれほど変わりは無いが長衣に身を包んだ大獅子セブンは、表情は優しげだが人を寄せ付けない威厳を放っていた。


 〈あれ、地長グードじゃないのか?なんでここに?〉


 〈さっき言ったじゃないか。聞いてなかったの?ここの黒い長の裁決を待ってたって〉


 頰を膨らませた鳥族を無視して彼らを見ていたエスフォロスだが、その後すぐ砦を後にした地長グードエイグを見送り我に返って横を見た。


 〈で、何だっけ?なんであの人、ここに来たの?〉


 〈・・・・もういいよ。それより、あんた、友達、待ってるよ〉


 〈は?友達?〉


 隊の仲間、飲み友達、だがどれも鳥族のフェオに促される者が思い浮かばない。外套を脱いで木の柵に放り投げ、水場に向かったエスフォロスは何かに気付いて振り返った。少し離れた所で笑う鳥族の男は、黒い大きな羽を浮かせて首を傾げた。


 〈俺が魔戦士デルドバルからあんたを助けてやったのは、あんたの友達に、あんたを宜しくねってお願いされてたからだよ。じゃなきゃ、つがいでもない無人ハグなんて助けない〉


 〈友達、?、〉


 〈竜族にお願いされる事なんて、死ぬまで無いと思ってた。フミィ達に自慢できるよね〉


 目を細めたフェオは空に舞い上がり、彼の飛び去った後の石壁の上には、大きな黒い影が地上のエスフォロスを興味深げに覗き込んでいた。


 〈・・・・・、〉


 翼と背は陽を浴びて灰色の鱗は虹色に光る。日陰でも大きな金色の瞳は輝き、一度口を開けたのに不自然に何かを飲み込んだエスフォロスを見つめていた。



 〈・・・・・、フエル〉



 〈ギャギャギャ!〉




 久しく離れていた相棒の上に、大きな灰色の巨体はバサリどさりと音を立てて舞い降りた。








******



 





 いつ発動する分からない大魔法を阻止するために、フロウは王都守備隊第二師団と自身が指揮を取る第九師団を機動させ、地図に記された公領に報せなく押し入った。そこでは私軍との激しい衝突により、半ば内乱紛争となる。



 

 「いつ発動するかは分からない。陛下へ話した内容を変えて、公領に魔方陣は無いかもしれない」


 「猶予はありません!」


 「この三日、各地を隈無く探したが、未だ魔方陣も魔石も、何一つ大魔法の手がかりが見つからないのです」


 「もしかすると、エミー・オーラは大掃上カ・リンガーを企ててはいないのかも」


 「それはあり得ない」


 「魔石が使用される場所は、酷使された精霊セーレによりその地が呪われると魔法士から聞きました。その呪いから、何か探す手だてはありませんか?」



 一つも魔方陣は見つからない。その焦りに議場は荒れ、ファルド貴族院の大臣達は天教院エル・シン・オールの最高大神官であるアリアに頼り縋り付く。



 「呪い・・・、まあ、術の発動と共に魔石から怨嗟が零れ出るから、使用後は土地が穢れるというだけだよ。だから発動後でなければ穢れは出ない」


 「・・・そうですか。それはそうと、盗まれたファウスの石の事ですが、あれを失った事での損害はどの程度になりますか?」


 「そうだね、正直、僕にはあの石からは何の力も感じなかった。呪いの類いもね。まあ、医師スクアードクラインベールが成分分析しようと砕こうとしていたから、損害は医師スクアードに聞いたら?」


 ざわざわと各自で失われたファウスの石の事を語り始めた大臣達を眺めていたアリアは、この会議でも空席のままの王の椅子に向かって語りかけた。


 「それよりも、いつ何処で大掃上カ・リンガーが行われるのか分からないのならば、ぐずぐずせずに敵の領地へ先制することだね。この王城は真っ先に調べたから大丈夫だと誰かは安心していたけれど、オーラ公領を基点とした範囲がファルド帝国を覆い囲うものならば、この国の者は全て死すべきものの対象内だ」


 皇子の言葉に静まり返った議場、その中アリアは空席の王座に語り続けた。


 「それを真っ先に予想して、今はこの場にご不在な方が国外へ避難されていない事を祈るよ」




**




 [発言をお許し下さい]


 [やはりお前でも気になった?国王国外逃亡説]


 強い花の香りが立ち上るお茶の香りを楽しんだアリアは、いつになく神妙な表情の守護騎士テハを見据える。


 [多分まだ、国内には居ると思うよ。大方、王族にありがちな、下々の者達には、気軽に御尊顔を拝謁させたくない矜持か何かではないの?お若いのに、我が国の王と同じだね]


 アリアの父親であるエスクランザ国王は、王宮殿の奥から出て来ることは殆ど無い。国民の前に顕れるのは豊穣祈願の式典などで、天樹に祈りを捧げるくらいである。息子であり皇太子であり、エン・ジ・エルという特別な称号を持つアリア、永くエスクランザに降臨する事がなかった天樹の使いである天上人、その二人の出国にも顔を見せなかった国王を思い出し、少年騎士は哀しげに言葉を飲み込んだ。


 [まあ、初めから、あまり議場には姿を見せない方だったしね。国政に極端に興味が無いか、自信がなさ過ぎなのか、どちらかだろう]


 [ですが国外避難のお話しこそが重要です!このファルドの国王が姿を見せない危険な場所、死の魔方陣の内側に、皇子を留める事は出来ません。私は皇子をお守りする為にここにあります]


 [まだまだお前は未熟だね。僕に仕える者なのに、僕の言葉に真っ先に振り回されてどうするの。オーラ公領を基点とする大魔方陣、そんな巨大な陣を引くなら一月程では足りないよ。確実に成功させるためには、半年以上、更にオーラ公領に逃げ出した魔法士全てを動員しても、数的に陣を維持する事が出来ない]


 [・・・ならば先ほどのお話しは、?]


 [国王が国事に手を出さないのならば、その下の神官や大臣、将軍達がこの国を動かす事になる。さっき僕が言った言葉によって、今頃王都や各領地の貴族達は国外逃亡の為に動き始めるよ]


 [・・・魔方陣から逃げる為にですか?そんな、国民全てが逃げ始めたら、それこそどうなるか、]


 [本当に、お前は子供で未熟だよ。・・・まあ、羨ましい純粋な感性だね]


 [?]


 黙り込んだアリアは、少年騎士と天上人の少女を重ねて見た。黒髪の少女は、使い捨てられた死者へ祈りを捧げる事が自然に身についていた。そして目の前の従者であるアリアの守護騎士テハは、救われるべき命が国民全てだと無意識に口に出したのだ。


 [貴族達は、初めの段階で国民には報せる事は無い。先ずは自分達の避難を優先させて、余裕があれば下の者達に教える者が現れるかどうかだろう]


 [・・・そんな!!]


 [だからさ、一言一言の声が、いつも大きいよ。うるさいな。魔方陣の範囲は未だ分からないだろう?それを阻止するためにファルドの軍が動いている。・・・僕の言葉に振り回されて、軍の足手まといになりながら西へ東へ逃げ惑う、哀れな貴族達を見るのは暇つぶしになるだろ?]


 [・・・え?、暇つぶ、]


 [血迷って北のオーラ公領に鞍替えする者も居るかもね。ファルド国内は更に乱れに乱れるよ]


 窓の外、王都を見下ろして笑い始めたアリアを焦り見守るテハだったが、少年騎士の反応に白けた皇子は振り向いた。


 [・・・・?]


 [やはり純粋が過ぎると逆に苛々するね。この僕が、わざわざこの死臭が満ちたファルドへ足を運んでいるのに、自分は隠れたままの国王と、それを当たり前とする貴族達を掻き乱してあげたのさ。会議前には四十五エルヴィーに苛々させられたしね。捌け口が見つかって良かったよ]


 [・・・皇子!そんな!それでは、皇子の誠が疑われます!!]


 [嘘などついていない。魔方陣や危険性を話しただけだ。ファルド国内全土が大掃上カ・リンガーの攻撃対象になる、こんな想定は、オーラが反旗を上げた刻に真っ先に気付くもの。だから黒竜騎士がファルド入りした日に、気になる外周拠点は調べさせてある]


 [え!?オゥストロ殿に?、そのような、斥候まがいな事をお願いしたのですか?]


 [だって初日、彼は部下をトライドに待機させて、王都には単騎で来たでしょう?他に頼めないじゃないか。それに、メイ様の安全確保の為でもあるし、なんの文句も無く真夜中にファルド外周を回ってくれたよ。空から見れば、あんな巨大な陣は夜目だろうと直ぐに見つかるからね]


 [・・・・・・・・・・、]


 [でも調べさせたのはファルド外周。その範囲では怪しげな物は無かったそうだよ。だから範囲はファルド全域ではないのは分かっているから、ここで呑気にお茶を飲んでいるのさ。まあ、国内も彼を飛ばせたら直ぐに分かっただろうけど、さすがに空賊の赤蛇デウス・ローダの再来だって面倒くさいことになりそうだからね。そう思ったから国内は将軍達に任せたのに、遅すぎるよね]


 [・・・・・・・・・・、]


 ファルド国内では魔方陣を探すのに内乱が起きている。今現在も軍を動員して魔方陣を探しているファルド兵士達は、アリアの気分を害した事により、貴族達の無駄な国外退避という新たな混乱に巻き込まれる事が想像出来る。更にはガーランド竜王国とエスクランザ天王国では恐怖と憧れの象徴である黒竜騎士を、アリアが気軽に使い走りした事実により、テハは想像が追い着かず軽く目を伏せた。


 [それよりも、あの蛇魚メアハの少年から得た情報は有力だった。この地では落人オルと虐げられる天上エ・ローハの方、そして数字持デルドバルちの仕組みが見えてきたよ]


 素早く身をただして頷く少年騎士に薄く微笑むアリアは、見た目には変化の無い王都を再び見下ろした。



 [でもそろそろ、本格的に大掃上カ・リンガーの始動期間に差し掛かるからね。念のため、僕たちもメイ様を連れてトライド王国に移動しようか]





***


ーーーファルド帝国王城、尖火花フラビアの間。

 



 「石なんて、知らないよ」



 無表情のエルヴィーは、片方の眉毛を上げて口を不満に歪めた黒髪の少女を見下ろした。


 「僕たちは仕事以外では殆ど関わりが無いし、エミーの愛は羨ましいなと思ったけど、エミーは玉狩ぼくたちりには関心が無かったしね」


 「・・・・」


 「なんだか、お前の話し方を聞いていると、腹が立つ。前にも似たような奴と会った事がある気がするな」


 黒目を眇める小さな少女を、無表情に見下ろしていたエルヴィーは少女と同じように目を眇めた。


 「オルディオール、そういえば、君に聞きたい事があったんだ」


 「?」


 「どうやって、ルルになってミギノから外に出るの?」

 

 「あぁ?、何言ってんだ、?」


 「・・・・」


 「オルディオール。そろそろ、ミギノの身体を使うのを、止めてくれないかな?僕がルル化出来るなら、僕がミギノに入るよ。それで君は安心でしょう?」


 「・・・・」

 (・・・・)

 「・・・・」


 「オメェの言ってる言葉の意味が、さっぱり全く噛み合わねぇし!」

 (右に同じく!あ、右では無く、中味も同じく!)


 「だって君がミギノと誓約グランデルーサしたのなら、この国でのミギノの安全確保が含まれるでしょう?なら、僕が代わりにミギノに入ってその子を守ってあげるから、大丈夫だよ。だからルル化の方法を教えてよ。きっと僕にも出来ると思うんだ。何回かやってみたけど、全く出来ないんだよね」


 「・・・・・メイ。俺、少し出かけて来る。もしエルヴィーから青い奴が出て来たら、絶対に口にも鼻にも入れるなよ」

 (あ、おい)、

 『クシュッ!ぷるりん!敵前逃亡か?』


 ずるりと少女から抜け出した青い液体は、ぼとりと床に落ちると丸まり駆け寄った黒猫の頭に飛び移る。すると黒猫は未だ包帯を巻かれているが、軽やかに人々の足の隙間を駆け抜けた。それにスアハは碧い瞳を眇めてアピーに文句を呟き始める。


 〈ほらね。あれは怪我したふりしてたんだ。あのスピル、血が出やすい場所を噛ませて、メイに心配してもらおうと思ったんだよ。計画的。性格わる。スピル族って、ワガママで卑怯だって、有名なんだよね。メイのつがい候補に居なくて良かった〉


 「くろちゃん、きっと皆と一緒に居たかったんだね。元気になって、良かったね」


 黒猫と共に部屋から出て行く青い玉を見つめていたエルヴィーは、その後しばらく少女の目の前でルルが出るかを試みていたが、程なく観客は彼を観察し続けていた医師のみとなった。




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