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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
魂の眠る森~グルディ・オーサ
18/221

ある魂の考察 09

 


 屋敷の離れ、広大な庭の隅に立てられた石組みの小屋。


 普段は庭師の剪定ばさみや箒などが置かれいるだけの用具小屋に、家人はやって来ない。小屋の中には地下に降りる階段があり、降りれば暗くて狭い部屋に二つの檻が置いてある。


 一つには背の高い大柄な若い男と小柄な少年が入れられている。二人は、共に立ち上がれる高さがない檻に膝を抱えて蹲る。もう一つの檻には若い少女が横になり、こちらも膝を抱えて扉から背を向けていた。


 光は一切射し込まない。


 排泄の為の部屋も何も無く、たまに扉が開けば食べ物と思える何かが檻にぶつけられる。三人はここに何日前に入れられたのか覚えておらず、酷い悪臭に鼻が麻痺をしてしまっていた。


 その地下に、足音が響く。


 音に怯えた三人は、檻の隅へ隅へとふらつく身体で移動する。大きな金属音と共に乱暴に扉は開かれて、暗闇に慣れた瞳にゆらゆらと揺れる炎の明かりが突き刺さった。


 ガアン、と金属を叩く音が響き、大きな声がした。


 一つの檻の錠が外され、外に出るように怒鳴られる。青年は少年に残るように言い、自分が出ようと身動きすると、更に怒鳴り散らされて硬い革で叩かれると下がるように命じられた。


 ーーガチャリ。


 青年の代わりに小さな少年が連れて行かれ、また、重い扉に金属の錠がかけられた音がする。暗闇に残された二人は、お互いに声を掛け合う力も無いまま、ぼんやりと暗の中を見つめていた。


 連れて行かれた少年が、生きて戻る事だけを願って。




******




 得体の知れない何かに変わって、見知らぬ少女の衣服の中に閉じ込められた。


 嘗て英雄と謳われた、オルディオール・ランダ・エールダーは、この、人では無い身体の自分が、本能で逃げるべき対象の気配を傍に感じる。


 それは常に少女につきまとう。


 しかし今の自分にはどうする事も出来ず、オルディオールは少女の衣服の中でまた眠りについた。 



**



 次に目を覚ますと、懐かしい匂いの場所に居た。


 (ここは、見覚えがある。…この建物は、兵舎だ。そうだ。俺は、以前、この場所に来たことがある…)


 オルディオールは自分を握り眠る少女から離れて、室内や窓際に移動し外を見た。そこには兵士達の訓練所があり、見覚えがありそうな人々が歩いて居る。


 (兵舎、兵士、騎士団、訓練…!)


 突然、背後から気配も無く殺気がした。本能が知らせる敵に襲われる。咄嗟に逃げ出し、オルディオールは窓枠から寝台の上に素早く飛び移った。


 振り返り見上げると、薄金の髪、灰色の目を微かに眇めた若い男が立っている。


 (こいつが…《《俺たち》》を捕まえる敵)


 森では、この透明な身体のもの達は情報を伝達しあっていた。傍によると、生きるための情報が共有されるのだ。その情報に、自分達を痺れさせて捕まえる危険な奴が居る事を知った。


 それが今、目の前に現れた。


 袋を持った奴らが来ると、皆と必死で逃げなければならない。しかしどういう訳か、敵は気配を隠す事に優秀で、気付けば近くに居る事が多いらしい。まさにその通りだった。


 男は更に手を振り上げる。手のひらに鎖で括られた赤い石が見えた。そこから嫌な魔力を感じ、寝台から隣の寝台へ飛び移る。


 それを繰り返すと、眠る少女の腹の上に着地した。


 (しまった!)


 無関係の子供を巻き込むのは不本意である。


 「………」


 しかし、攻撃をされることは無かった。無表情にオルディオールを睨んだ男は、音も無く居なくなる。


 (なんなんだ、)


 その後様子を見て分かったが、どうやらあの男はこの少女に弱く、手を出さないらしい。オルディオールはそれを利用する事にした。


 男の名前はエルヴィー。

 数字をあだ名にしているようだ。


 (あの男は危険だが、この少女の傍に居れば手を出される事もない。情けない話しだが、しばらく様子を見よう) 


 少女は名前をメイと名乗っていたが、この隊舎ではミギノと呼ばれているようだ。オルディオールは、自分の身体になるはずだった少女に、どういう気持ちを持つべきかも分からなかった。


 (この軟弱な子供に、自分がなるとも想像出来ない。だが、あの森の中に居た頃は、強烈に身体を欲していたことは覚えている。たとえそれが、どんなものでも)


 何故こうなってしまったのか、オルディオールは自我が甦ってからは、そればかり考えていた。自分を自覚すると、あの森での仲間との共有意識は今は全く途切れてしまっている。


 (とりあえず、現状を把握するか)


 オルディオールは少女メイに身を任せ、彼女が行動する範囲から情報を学んだ。話せない少女と違い、オルディオールにはこの国の言葉が理解出来る。


 周囲から聞こえてくる言葉、少女に見せられる文章や本、それにより現在が自分が生きて居た場所よりも、五十年経ってしまっている事を知る。


 (五十年…)


 何故か不思議と、衝撃も動揺も起こらなかった。もう既に、自分の身体の事が最大の衝撃だった。


 おおよそ現状を把握すると、オルディオールは初めて自分を保護している少女に向き合った。


 ルルと呼ばれ、魔物認定されているオルディオールを偏見無く保護しているのは、メイなのだと、この数日間で彼は理解した。


 メイの周囲を観察する。


 エルヴィーという危険人物や騎士団の者達は、少女に対して不穏な気配は今のところ無い。彼女は彼等の保護対象にあるらしいのだが、どうやらメイは間者の疑いもかけられているらしい。


 (しかし尋問も脅迫めいたものも無く、年代が変われば軍も穏やかになるものだ)


 今すぐに、少女に危険は無いだろう。


 メイが聴取で呼び出される最中、資料室に居る間に、オルディオールはメイを利用して五十年間の歴史をある程度知る事が出来た。少女はオルディオールが本棚に並べられた本の背表紙を見ていると、それを手にして中を開いてくれるのだ。


 「本、私は見ます。大丈夫?」


 「いいぞ。でもこっからここまでな。この上は駄目だぞ」


 隊員に許可をとり、勝手に室内を物色することもない。絵本を与えられた子供の様に、大人しく手にした本を読むふりをしている。


 (変わったガキだな。でも使える)


 子供が母親の真似事遊びの様に、オルディオールを手に乗せてページを開いてみせた。初めは意思の疎通に感動さえしたが、よく観察してみると、メイはフロウという男と聴取を兼ねた勉強が嫌で、逃げる為にオルディオールを利用していただけだった。


 『共存共栄、共存共栄』


 異国語で呟きながら本を開く。おそらく碌な意味ではないだろう。


 周囲の者達は、彼女がオルディオールに本を見せている姿を見て、子や孫を愛でる瞳でこちらを見ているが、メイが開く頁は図案や絵柄が多い物ばかりなのが難点だ。


 見たい場所には、小さな体を張って本の頁が移る前に飛び込む。そうすると少女は「ここ?」と、覚えたての言葉で話しかけ、しばらくその部分を見る刻をくれる。


 (しかし…俺たちの法案が通って、おまけに第三十条のおまけ付きだ。悪くは無い…が)


 オルディオールが居た時代、まだ奴隷被害者救済法は無かった。彼が第一師団の団長になり、仲間達と共に天教院を巻き込んで、貴族院を飛び越えて、奴隷保護法案の制定を王に直訴に行った記憶は新しい物として蘇る。


 (五十年経っても、奴隷制度が根絶していないあたり、甘い)


 ーー第二十九条、奴隷被害者保護法、本人の意思以外に拉致、及び誘拐、または親族それに該当する保護者等の人身売買、金銭それに該当する物による交換を一切禁じる。


 被害者は天教院が保護し、生活の基盤を整える補助を行う。


 追記。現時点に於いて、被害者とされる対象を親しい家族とし、本人の意思による残留は、これを除外とするーー


 (追記? なんだこの抜け穴。こんなんじゃ、本人の意思が恐怖や洗脳支配にあったら、なにも解決しないな。まあ、この抜け穴に対応する為に、三十条を作ったのか…)


 ーー第三十条、二十九条に正当な理由無くこれを妨害、又は拒否した場合、これを行使できる最高責任者により強制排除を執行できる。


 (乱用だな。俺だったら、三十条は職権乱用してやるな)


 オルディオールが本に挟まって熟読していると、不意に体を掴まれた。


 また無粋な小さい娘かと、目は無いが睨んでやる。しかしそれは男だった。


 「魔物ルルは法律に興味があるのか?それともただの枝折り代わりか?」


 金の髪、碧い目、白い肌。

 フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール。


 この男のしつこさは、他には無い。


 あの名前の復唱には、さすがにオルディオールもメイに同情し、天教院が神に捧げる祝詞よりも永くて本当にうんざりだった。


 この男が、今は同じ役職についているのかと、誇り高く思っていた嘗ての自分が懐かしくも物悲しい。

 

 (それにこいつ部下からは、メイのような少女に恋慕していると、陰で言われているが大丈夫なのか?)


 掴まれた状態で、彼は大きなフロウを見上げるが、現団長はルルと呼ばれる魔物にはさほど興味が無い様に見えた。オルディオールはメイに手渡されると、彼女から椅子に滑り移りまた本棚の背表紙を探し始める。


 『ぷるりん、行かないで、』


 非難めいた少女の声。気に入らない形容の音を無視する。背後ではヴァルヴォアールの執着に、言葉の学習が始まっていた。



**



 二週間ほど経った。


 誘拐被害者の保護、間者疑惑の聴取。

 言葉が通じず難航。


 (理由は分かるが、メイにかける時間が長すぎだ。お前、仮にも団長ゼレイスだろう? …こいつ、マジでメイに興味あるな。メイの十九セルドライ宣言に一番動揺してるし。…娼館通いの末に、公爵で二十八ルスミアにもなって妻も婚約者も居ないって…時代が変わればこれが普通なのか? だとしても、最終的に五十ヴィースガルも身長差のある、見た目幼児にたどり着いてんじゃねえよ)


 オルディオールはここ最近、エルヴィーよりもフロウに対して危機感を持ち、メイの肩に待機している。


 (変態に、俺の保護者は渡す気はないからな)

 

 オルディオールの観察では、フロウは自分がメイを管理したいと言い出すだろう。今までの態度から見え見えだった。



 更に会議の話しは年齢で無駄に長引き、メイは厠と偽って外に出る。オルディオールもそれがいいと納得したが、こんな小娘に簡単に抜け出された門番の質の悪さに、無い眉を寄せた。


 遅い足で走り抜け出した正面門扉。確実に捕まるだろうと予測していたメイの鈍足だが、無事に田舎の通りにたどり着く。


 振り返ったグルディ・オーサ基地、それから流れるように見渡した見慣れない出店通り。軍人や商人を目的とした猥雑とした通りには、昼日中から娼館の客引きが彷徨いている。


 (五十年、平和が保たれた事は良いことだ。…しかし…いや、これで問題なければ今の方が良いのだろうか)


 緊張感の無い、欲に忠実な人々の笑顔。少しづつ、戻る記憶と変わった風景を照らし合わせ、五十年前は農村地帯だった閑散としたグルディ・オーサ領と今を見比べる。


 液状の魔物になって、固形物を食べることはなくなったが、一度メイの身体に入ってから、五感はなんとなく戻っていた。オルディオールはメイの風除け帽に隠れながら、そっとグルディ・オーサの村を眺め続けていた。


 (そうだ、あの山脈、ガーランドとの国境線。ということは、ここは西の平原か。…本当に何も無い農村地だったが建物も増えた。だが顔立ちが、トライドの人々ではなさそうだが。…トライド…?)


 そこでオルディオールは何かを思い出した。


 (俺は、トライド国へ何かを告げに走ったんだ)


 ガーランドとの国境線での戦いの日。


 オルディオールは必死にトライド王国内を、ファルド最速の馬犬ドーラで駆け抜けた。西方前線を指揮する友の元に。


 その思考は、悲鳴によって断絶する。


 (なんだ?)


 全く周囲に気を向けていなかったオルディオールは辺りを見回す。ここは住宅街のようで、大きな屋敷が数軒並んでいた。人気は無く、静まり返った石畳の道に異様な甲高い悲鳴が聞こえたのだ。


 (嫌な感じだ。これは善くないモノだ)


 オルディオールは気配をたどる為に集中する。すると意外にも、メイが声の方向へ歩き出した。


 彼の中で、メイというのは、何も知らないただの子供だ。


 本人は十九歳と言ったが、形も中身もオルディオールの知る十九歳の女性とはかけ離れている。彼の婚約者のミルリーは十八だったが、見た目も中身も成熟した大人の女性だった。


 メイは、怖がりで無知なただの子供。


 その証拠に、夜になるとオルディオールを握り、泣きながら眠るのだ。


 そのメイが、不穏な悲鳴の元へ足早に近寄って行く。場所は近かった。


 (成金趣味の、品の無い造りの家だ)


 歴史を刻んでない明るい色の建物は、大きいだけの張りぼてのようで風景から浮いている。柵越しに中を見たメイと共に、オルディオールも伸び上がって覗き込んだ。


 これも趣味の悪い彫像が並ぶ広い庭に、水をかけられた裸の獣人の子供が棒で撲たれていた。殴っている方も、少し大きいが子供に見える。


 (躾のなってない、馬鹿なガキだな)


 思ったオルディオールだが、メイの行動に驚いた。異国語を呟きながら、その場に向かって走りだしたのだ。


 オルディオールは趣味の悪いこの家が、どういった生業の者かを理解している。


 柵に棘の鉄線、典型的な破落戸の首領の屋敷だろう。そこになんの備えもなく、いくら人助けとはいえ、見た目子供のメイが乗り込んでどうにか出来るものではない。


 (……)


 「なんだお前、邪魔しやがって」

 「…こいつ、北方セウスの奴隷じゃないの?」


 想像通り矛先は少女に向いたがメイは以外と冷静で、喚き散らす少年達を余所に、蹲る裸の獣人の少年の元に歩み寄る。憐れな少年は、冷たい水をかけられ、全身に打撲痕が鬱血していた。メイはそれを見て、素早く上着を脱ぐとそれで少年を包む。


 (危ないぞ!)


 背後から、大型動物用の調教革で叩きつけられた。オルディオールの声は当たり前の様にメイには届かず、倒れる小さな少女の背に二度目の衝撃が走りオルディオールは草むらに放り出された。


「お前も、飼ってやろうか?」


 少年の嘲笑。少女の甲高い笑い声が辺りに響く。


 (ガキは馬鹿なくせに、経験が無くても見聞きしただけで、自分は何でもできると勘違いする生き物だ)


 硬い革の調教棒は、当たり所が悪ければ死ぬのだ。おそらく考え無しの子供の親は、それを教える考えも思いつかないほど無能なのだろう。


 もしくは、生き物を殺しても、その意味が分からないくらい、人である意味の無い生き方をしているか。


 (本当に、駄目だな)


 倒れたメイを更に打ち続けようと少年が腕を振り上げた。その僅か前に彼女にたどり着いたオルディオールは、首回りに流れる赤い血に触れた瞬間、突然身体の支配権が漲った。


 想像通りの手の流れ、オルディオールが実行しようと思った動きは、目の前の少年の首筋を強く突いた。


 的確に、急所を。


 (入った)


 実感し、満足そうに指が動く感触を握り開き確かめると、目の前で呆然と口を開けたままの少女に向き合った。どう見ても十二、三歳の少女は、十九歳と宣言した自分の身体の持ち主と、同じ目線、同じ背丈だった。


 (小さいな。やっぱり十九セルドライは嘘だろう)


そのメイの身体で、正面の少女を見据える。


 「おい、ガキ。お前の親を連れて来い」


 「何なの? こんなことして、許されると思っているの?」


 赤毛で緑の目の少女は、黙っていれば美しい少女になるだろう。しかし、奴隷被害者を黙認するつもりはオルディオールには無いのだ。


 「第二十九条を発令したと言え」


 法律が出来たのであれば、それを行使する事は当たり前。


 「お父様、誰か、こいつを殺して!」


 甲高い耳障りな少女の叫び声。程なく騒ぎに保護者達がやって来た。想像通り数人の破落戸を引き連れて。中でも少し使える者は、白髪赤目の男だけだろうと推測する。長い外套の腰には、二本の長剣が差してあった。


 (あれが模造刀でなければの話しだが)


 「これはずいぶんと、お若い方ですね」


 笑う顔には嘲りが見える。肥えた親は少年に向かって騒いでいるが、オルディオールが殺す訳は無い。


 (そのガキには、これから死んだ方がマシという罰を与える予定だからな)


 見下ろした親子、更に破落戸達を睥睨し、つり目の少女は薄く笑った。


 「中央第九師団の者だ。獣人暴行容疑でこのガキと、後ろに隠れているメスガキを連行する」


 「なんだとこのガキがぁ!!!」


 周囲の怒号、倒れる少年の太った親を鑑賞していると、目の前の白髪から動きを感じたので先手を打った。腰の二本を抜き取り、喋る声が煩い親と白髪の首元に刃をあてる。意外と手入れの良い刀身は、彼らの咽が嚥下で動く度に切れそうになった。


確実に、動脈にあたったことが伝わっているようで動きは無い。


 「第三十条は浸透しているのか? 二十九条を妨害、及び阻止行為が正当で無い場合、強制排除しても良いというあれだ」


 肥えた身体の男親が息を詰めたのが分かった。どうやら法律は破落戸達にも浸透しているようだと判断する。


 (重畳だな。職権を使用させてもらおう)


 オルディオールはメイの顔で晴れやかにニコリと笑い、眇められたままの赤いつり目を見上げた。


 「今すぐ、執行しても構わないか?」


 そしてこの場に居る人数を数え始める。剣は二本。血糊、刀身に脂が回る事を計算し、問題無いと判断した。初めは嘲り笑いながら見ていた外野も、小柄な少女が男二人に刃を突きつけ、自分達を射程に入れた数え歌に、身構え戦慄し始める。


 「テルイド、あのガキ、やばくない?」

 「頭が動いてないからな。マジで来るぞ」


 焦り呟いた破落戸達、少女は軽く後ろに飛び下がり、腰を軽く落として身に不釣り合いな長剣を二本構える。右腕を前に、左腕は背に回した、見たことの無い長剣の型。


 「……」

 「白狐レイシシンさん! 殺っちゃって下さい!」


 唾を吐きがなり立てる太った男、だが睫毛に縁取られた少女の黒い瞳は、目の前の無言のソーラウドしか映していない。オルディオールは、体力と力が極端に低いメイの身体を計算していた。


 (今使う型は、以前の自分が疲労した時に使用した技だ。流れに乗り遠心力で叩きつける剣技なら、体力の温存が出来るだろう。こちらも余裕は一切無いからな)


 筋肉痛などで寝込んでしまう、メイの身体では無理が効かない。ひたと見つめたままの赤い瞳は、同じ様に大きな黒目から離れない。


 (こいつを初めに始末すれば、後はどうとでもなる)


 白髪の破落戸、目を逸らす事も身動きも出来ないソーラウドは、息を飲んだ。


 (殺られる。確実に)


 少女には全く隙が無い。それが分からず騒ぎ立てるサザスを、煩わしく思う事も出来ない程に緊迫している。更に腰が沈み、右脚を軸に左が出ようとしたその瞬間。



 「執行は、団長ゼレイスの許可が必要です」



 響いた声に主を探せば、軍服を纏った褐色の肌、黒髪黒目の男が屋敷の影から現れた。


 全身黒の軍服は、第九特殊師団だけの制服。英雄オルディオール・ランダ・エールダー将軍を讃えて、第九師団しか隊服として使用出来ない禁色。しかもそれを着ている者は、この地に赴任して以降、このサザス家にリマの使いで頻繁に出入りしていた金に汚い男。


 「エスク・ユベルヴァール中尉…」


 この男が来てからリマが更迭され、グルディ・オーサ領地内でサザス家は一切の商売が出来なくなった。故に金策の為に他所の組織と手を組む羽目になったのだ。


 闇組織でもあまり良い噂の無い、危険な白狐レイシシンソーラウドと。


サザスは怒りに奥歯を鳴らす。それにエスク・ユベルヴァールは慇懃に笑った。

 

 「おや、サザスさん。お久しぶりですね」 


 「この、裏切り者め!!」 


 「リマの私財計算が済んだので、貴方の所にもそろそろお邪魔するつもりでしたが、まさか別件でお会いするとは思いませんでしたよ」

 

 ちらりと横目に獣人の子供を見たエスクは、表情を変えないまま、サザスに向き合って周囲に「連行しろ」と、命じた。


 いつの間にか隊士達に包囲されていたサザス親子は、喚き叫びながら連行されて行く。暴行虐待現行犯は子供でも罪は重い。獣人を不当に捕らえていた事も追求され、余罪は山ほど出てくるだろう。サザス本人は、もう二度とここへは戻って来ることは出来ない。


 (それよりも…)


 これは大変な事になったと、エスクは問題の少女を振り返った。




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