01 好きって、言って?
空から落ちてきた私の同胞はやはり既に亡くなっており、この村を管理する施設の者達の手によって身体も天へ召されたらしい。そして施設へ戻ると、大きな揺れの原因が判明した。ドローンの国との国境線、あの険しい山が悪の組織の攻撃に一部崩されてしまったというのだ。
あの山は、ドローン達の巣がある大切な場所。大きな衝撃に驚いた彼らは、今も警戒して空を飛び続けている。
その攻撃をした者が、あのメアーさんだというのだ。
負の連鎖、ショック。
この異世界に来て、こんなに心が傷付いたのは、もしかして、今が一番かもしれない。
(悪の組織空ビニールの仲間に、まさかメアーさんがなってしまったなんて、未だに信じられない)
メアーさんと始めて出会ったこの施設、更に北へ攫われた時にも見知らぬ場所での奇跡の再会に喜んだ。
(身体の治療、苦い薬を飲んだ後に、甘いクノーサをくれたメアーさんが、山を爆破したテロリストだなんて・・・)
緊張感ある犯人追求の会議。そこではティブさんが別人の様に厳しい口調できびきびと、山の下の現場に倒れていた複数の男達は、犯人に偽装するためにメアーさんが誘き寄せた無関係の被害者の可能性が高いという。
「俺がトライドの森まで乗っていたメアーの医療箱。あれを薬だと考えていたが、今思えば、大量の魔石を運ぶのに可能な大きさだった」
そうぷるりんが私の口を使い証言したのだが、私としては未だに何かの誤解だと、もしかして空ビニールに脅されてやむなく手を貸したのだと、そう思っている。
あれから数日後、寝床を揺さぶられ怒っていたドローン達は少し落ち着いたようで、メガネの講師のパルーラも彼の元へ戻ってきたようだ。
(よかったねメガネ。しばらく嫁に逃げられた亭主のようだったものね)
ドローンはメガネ達にとって家族のようなもの。実家に帰ってしまったドローンのいない間、あちらこちらで見かけるドローンロスにより、大きな巨人達が少し小さく見えるほど彼らは落ち込んでいた。
今、目の前では戻ってきたパルーラが、澄ました顔で短い足を必死に動かし、おやつを貰うためによちよちメガネの後を付いて歩いている。やはりあの姿、微笑ましい。
メガネは教育現場において、出来の悪い生徒の私のことを影では黒ネズミと揶揄り、凍てつく氷の瞳で威圧する。更に軽い言語ミスに歯を食いしばり、怒りを堪えることがあるのだが戻ってきた嫁にはメロメロのデレデレである。おそらく尻に敷かれるタイプなのだろう。
そんなメガネの意外な一面を垣間見たわけだが、とりあえず落ち着いたドローン達は置き去りに、私達はファルドへ向かうらしい。
そこではまた、メアーさんを捕まえる話をする事になるのだろう。気が重い。そしてとても憂鬱なのだが、痴漢皇子と変質者ティブ氏達と共に、アピーちゃん達の居るファルドへと出発する事になった。
**
大きな舗装道路での快適な馬鹿移動は、なんとぷるりんと私による一人乗りである。
(馬鹿に一人で乗りこなす私、なんか、良い)
鞍など、足を引っ掛ける場所が私には届かず、結局子供用が施設には無かったので、現在は裸馬に跨がり足はぶらつく不安定な状態なのだが、ぷるりんさんは見事に馬鹿を操っている。
目的地が近くなり、二度目の大きなファルド門を見上げていると、遠くから叫び声が聞こえた。声変わり前の少年の叫び。おそらくあれは、かっぱ少年だろう。
〈めいー!めいー!〉
彼を見て思い出すのは、望まないマウス・トゥ・マウス給水事件。溺れた者への人工呼吸は、逆流から身を守る為に当て布必須であるのだが、緊急事態にそんな気の利いた用意がなければ、患者の様子を見ながら呼吸を吹き込むという、高度テクニックが要される。
しかし私は溺れていた訳では無い。望まない大量水分補給により、窒息しかけたのだ。事件事故、その両面で捜査されかねない内容である。
(逆流どころか、逆噴射。そういえば、あの時のかっぱは、私の逆流から素早く身を引き、飲み込むのを防いでいた)
侮れないかっぱ少年は、やはり水に関してはプロフェッショナルのようだ。
人前での逆噴射という恥辱の失態を強いられた私だが、ここは異世界であり、それは旅の恥の範疇になるのだ。問題ない。様々な恥辱屈辱を味わってきた私だが、全ては旅の恥である。それはカキステラレルものである。
これがマウス・トゥ・マウス逆噴射事件の全貌なのだ。一見して、水場の無い場所での水中窒息死を目論む、まさにミステリー殺人になりかねない惨事だが、かっぱは今でも私に水を分け与えた善意だと思っている。
この善意と思いやり勘違いの匙加減が、とてもコミュニケーションにおいて難しいのである。
〈メーイー!!!〉
『ぎゃ!』
馬鹿から降りた途端かっぱから、ボディアタックで攻撃されて吹っ飛んだ。尻餅の哀れな私を支え起こしたのは、久しぶりのマスク代表だ。
「マス、トラーさん、ありがとうございます」
目だけで微笑むマスク代表のマスクは、未だ高級な黒マスク。彼のマスクを見るたびに、家宝だと偽り使用してくれない気遣いが、私にぶすりと突き刺さる。家宝が嘘も方便だと言うことは、さすがに私も理解しているのである。更にはマスクをフンドシだと表現し、それが既に拡散してしまった事実に打ちのめされたのだ。
〈フンドシのお兄さん、あんまり、メイに触らないでね〉
この様に、既に彼の口元に巻かれた物がフンドシだと、異世界での異国の人々へ既に定着しつつある。残念ながら姉さんと弟も、何気にマスクをフンドシ呼ばわりしていたことを、私は耳にしたことがあるのだから。
(言われた本人もフンドシが、古き良き下着の名だとは気付かず、傷付いてはいない。この我が国の言葉の真実を、知っているのは私だけなのだ。私さえフンドシの正体を口に出さなければ、全ては異文化コミュニケーションの誤発信だと、丸く収まるのである)
ーー(知ってたけど)知らなかったよ!
これは我が国、いや、我が星共通の逃げの一手である。
それを人は嘘や卑怯、思いやりや優しさなど、様々な理由付けをして評価するが、人間関係を円滑に回すには欠かせないものの一つなのだろう。
鼻くそ、付いてますよ。または、ワキ汗、滲んでますよ。などにこれを使用する事も可能ではあるのだが、やはり出来る限り、自分を逆切れ攻撃から最大防御しつつ、クールでスマートにさり気なく相手を救済できるプロフェッショナルになりたいものである。
ハラスメントと間違われずに、生理的難問を解決へ導く努力。思いやりのスキルとは、簡単に手に入りそうで入らない職人スキルなのだ。
そして今回は、異世界人の知らない我が国の言葉による、アダナ・セーフティー・ガードという保険が無事に発動した事は何よりである。しかしこれは残念ながら、私自身のスキルではない。あくまでも保険。私は思いやり職人の高みには、自分がほど遠いことは理解できている。
お城の中を歩きながら考える、そんなフンドシ・ヒロマール言い訳妄想中、何故か妄想仲間のネガ・ティブ氏に見つめられていたようで目が合った。
(やばい。負の妄想家、変質者ネガ・ティブと、人を貶める同じ周波数を出してはいけない)
去り際に私へ不気味に薄ら笑ったティブ氏。微かに零れ出た私の負の妄想電波を、傍受されてしまった気がする。気を付けなければ。
その後はぷるりんが私に巻き付くかっぱ少年から脱出し、厳ついおじさんを引き連れたフロウ・チャラソウとミーティングが始まった。
アピーちゃん達とのんびり会話をする暇も無く、おじさん達の間に挟まりミーティング。内容として私が気になったのは、もちろんメアーさんを犯罪者呼ばわりしている部分だった。他のことはまあ、戦争による様々な内容なのだろうが、言葉は分かるが専門的な事は分からない。そして何故かチャラソウよりもぷるりんが全面的にしゃしゃり出て、あれこれ指示をしている気はしたのだが、巫女という者は、この国ではそれほどまでに発言権があるのか疑問である。
(チャラソウも、こんなぷるりんに取り憑かれた、人々からは子供認識の私に発言権を与えて、なんで黙っているのかな?・・・おや?)
ミーティング中、隣に座るチャラソウの腰に注目。何故か不自然に真っ直ぐな姿勢。どこかで見たことのあるあの姿勢は、ぎっくり腰のお爺さんに酷似している。
(だが、彼の場合、他の要因も考えられる)
仕事上以外、その他要因としてあげられるものに、やはり彼の見た目と雰囲気からは、下世話な事を考えてしまう。経験の無い私としては、耳年増の聞きかじりなのだが、これはやはり。
(夜の街、お盛んですか?)
じろりと下世話な妄想に、チャラソウの良くない世間の噂を思い出す。幼女好き、女好き、男もオーケー?、更に穿った目で見てしまえば、彼の部下には変質者ネガ・ティブ氏を完備している。
(自由な社風、いや、国風ですね。ファルド国)
変質者を筆頭に国が成り立っている。実際、何処の国、何処のご家庭でも、何を基準に性風俗が何処までどうでふーんなのかは、各国、各ご家庭の個人の判断に任せられるのであろう。
守られる子供に手を出さなければ、成人男女が趣味趣向で何をしていようと本人達の責任なのだから。実際にカップルや結婚とは、それを目的に結ばれる事が大多数なのだと、人生の先輩達は言っていた。
(だからチャラソウさんがチャラチャラと、どこで何をして腰を痛めていようと、仮に婚約者だと言われた私には関係ありません)
ぷるりんがおじさん達と熱弁中、とても温かい目でチャラソウを見守る私。もちろんそこには婚約者に浮気されて悲しいと、ハンカチを噛みしめる可愛い私は居ないのである。事実、余所で腰を痛めている猛者に、見た目が子供の私が参加する事は野暮だろう。あの婚約者話は無かったという事に、そっとフェードアウトするのである。
それに今や、メアーさんや空ビニールの事でそれどころでは無いのだから。
ミーティングや若者達の体育授業見学を終え、ディナーから私はぷるりんと入れ替わり食事を食べる。そして寝る間際までかっぱちゃんとアピーちゃんとお喋りをして一日が終わる。
そんな数日後、私の本物の婚約者、巨人がファルドへ現れた。
(以前は偽装婚約者だと、強くぷるりんの詐欺を主張していたのだが、指輪も貰った私である。本当に、信じてもいいの?、巨人、だって、巨人と私、アレしてないよね?、出会った日に押し倒された事はあるが、アレは明らかにぷるりんへの嫌がらせだった。あの後は、一度もうふんあはんを求められてもいないのに、私は今も婚約者なの?)
「よく来たな。来訪、感謝する」
青空屋上会議場、そこに大きな黒のドローンが逞しく留まる。生意気なぷるりんの出迎えに頷いたオゥストロさんは、私を見下ろして首を傾げた。
手を出してこない、つまり、うふんあはん目的でも無い。もちろんこの異世界で、結婚による財産権の主張、両親の汗水流した結晶の家や土地など財産を狙われているという事でも無い。
ならなんで?もう決闘も終わったし、巨人に言い寄る困ったツインテールも居ないよね?巨人は白狐面みたく誤解せず、私がオラツケル性格じゃないって知ってるよね?ぷるりんが乗り移った私と本物の私を知ってるよね?
(巨人、ぷるりんじゃなくて、私に指輪、くれたよね?)
私、巨人のドローンの国では痴漢皇子の国みたく、巫女みこって騒ぐ事は一過性で、巫女はそんなに価値が高くもない事も、何となく知ってるよ。巨人や姉さんみたいな強い人が、ドローンの国では価値があるって知ってるよ。私は強くないのです。
(じゃあ、この未だに婚約者なのは、なんで?、私の何を目的に、未だに婚約者?)
性格?
フィーリング?
運命の出会い?
そんな奇跡の細い綱渡り、まさかその奇跡の一本線に、私は乗れたというの?
(巨人、私の、私のこと、・・・・・好き?)
「精霊殿、いや、メイか?顔が赤いがどうしたのだ?」
(!!!)
「顔が?、メイが何か、ああ、後ろの黒竜に久しぶりに会って、興奮でもしてるんだろう。体調に問題は全く無い」
〈フンッ!フンッ!〉
「・・・ドーライアか。ふふ、ドーライアもメイに会いたがっていたぞ。今も喜んでいる」
「そうか、良かったな、メイ。後で会議が終わったら、飛竜に遊んで貰うといいぞ」
(おや?・・・・これは・・・?)
デリカシーの無い青い玉は、奥手の私が一歩前に飛び出そうとした恋心を、黒色トカゲドローンへスライドさせた。
その後、不可解なもやもやは、ミーティング中に終始片方の眉毛が上がるという、今ファルドで注目の指名手配犯の真似をし続けていたのだが、その片眉の違和感に気付いたぷるりん氏が余計な気を利かせる事になる。
そう、ここで話は以前かっぱの時に出ました、善意と思いやりの匙加減、それが噛み合わないと迷惑という悲しいすれ違いに発展する、匙加減コミュニケーション・失敗というスキルの話へ戻るのだ。
フンフン、くんくん。
『・・・・』
くんくん、くんくん。
(なんで私は、この場でぷるりんと入れ替わり、黒ドローンに頭の臭いチェックをされなければならないのだ?)
ボンボン社長の退席後、程なく会議小休憩となったのだが、私は黒のドローンに頭の臭いを認識されるため、頭頂部を嗅がれる事となった。
(それを温かい目で見守る巨人、は、まだ良い)
半笑いの痴漢と、冷笑の貴族風。
チャラソウの社交的なお愛想笑い。
匙加減コミュニケーション・失敗にあきらめて頭を嗅がれ続けていると、弟とマスク代表や変質者、続々と見知った顔が登場し、嗅がれる私を哀れな半笑いで見物し始める。
(巨人、婚約者、こんな扱いで、良いの?)
フンフン、くんくん。
『・・・・まだなの?黒つるりん、』
フンフン、くんくん。
仮に自分の婚約者が、ワニの口に頭を入れてみたいと言いだして、それを止めずに見守るものだろうか?やりたいって言ったから、やらせちゃう?私は言ってないけれど。
止めない事が、愛なのか?
止める事こそ、愛なのか?
恋心、カップル、夫婦、その他もろもろ、この絶対領域には、未だ到達できない奥手の未熟者、それが私である。巨人にドキドキし、ぐらぐらの恋の綱渡りの先には、何が待っているのだろう。
ーー「好きだよ」と、抱きしめてくれる巨人?
(それとも、)
ーー「落人!お客様が待っている!次は逆立ちでもう一回!」
(・・・調教師、見世物の私、っていうかさ、いつまでこいつに頭を嗅がれ続ければいいのだ!)
ベロリッ!
『・・・あ、こいつ、舐めやがった、』
その後再開されたミーティングでは、黒トカゲに味見ベロリされ頭が湿ったままの私を、時折哀れに見つめる視線が突き刺さっていた。




