ある魂と呼ばれし者 01
見慣れない山道だが、空に輝く星を頼りに帰り道を探す。岩肌の多い険しい崖を下り、自分の体を狙い襲う野生動物から身を潜め、ようやく懐かしい森へ辿り着いた。
空を見上げ、一息つくと穴が開いているかを確認する。そして変わり映えの無い空に落胆しつつも安堵して、再び先を進み始めた。
(怖い夢だった・・・)
長く長く、見知らぬ豪華な王宮で暮らす夢を見ていた。
(別に俺、そんなに実家の畑を継ぐの、いやじゃないと思ってたけど、なんであんな夢見てたのかな?)
銀色の髪の美しい女性を慕い、鏡の中の自分も役者の様に奇麗な顔をしていた。衣服も上級貴族の誂えで、同じ様に美しい顔立ちの役者達と王宮で暮らしている。
(ミルリー様とエールダー公爵の結婚話、あの話を女達が毎日うらやましがるから、それで?、でもなんで、俺が貴族の夢見たんだろ?)
母や姉と妹、近所の女達が毎日の様にファルドの大貴族に見初められた、プラーム家の令嬢の恋の話に夢中だった。
(まあ、ミルリー様は可愛いけどな。でも、俺はあのエールダー公爵は、遠目に見たけど怖かった印象しかねーし。どこがカッコいいのかな?、それならトル家のイエール様の方がよっぽど男らしいのに)
女達に王子様だと持て囃されるオルディオール・ランダ・エールダー公爵は、黒髪褐色の肌に鋭い金朱色の瞳、鍛え抜かれた引き締まる身体に凛と伸ばされた背筋。ただ立っているだけで存在感が主張され、彼は田舎町では不自然に浮いていた。
(実は、エールダー公爵、みたいになりたかったのか?俺?)
長く長く、貴族の様な暮らしをしてきた夢を見ていた。だが、それは突然恐怖の夢に切り替わる。
噂には聞いていたガーランドの竜騎士達、彼等と戦う自分の身体は次々と崩れていく。だが、どんなに傷付けられても止まることが出来ないのだ。
美しい銀色の髪の女性を裏切りたくはない。彼女に失望させればもう生きていけないと、頭の中はそれだけが支配する。その思いだけで動き続け、敵を殺さなければと立ち上がる。だが、斧を振り回す巨体の竜騎士に一撃をくらい、若い騎士に首を跳ねられ両手両足を断ち切られると何も出来なくなった。
竜騎士達に持ち運ばれる貴族の青年の身体。それをぼんやりと眺めてから空を見上げた。そして穴が開いていない事を確認すると山へ向かって歩き出したのだ。
そんな夢を見ていた。
(はあ、マジで怖かった。俺、ああいうの嫌いなのに、フィル様が怖い話するからだよ)
領主のティルオー伯爵の跡取りフィルは気取らない青年で、子供の頃から妹のミリルを連れて、農地の子供達のところへ遊びに来ていた。そして彼と青年は成人するとトライド国民の慣わしである、五年間の騎士団への入団期となり今は城下町に同部屋で住んでいる。
小国であるトライドは、有事の際には国の男達は全て兵士と見做される。そのため男は皆一度入隊するのだが、入隊しても体力作りと称しての農業が待っているだけなのだ。もともと農家の青年には仕事に何も変化は無い。
フィルは騎士団の入隊後、休日になると領内の子供達に読み書きの勉強を教える為に帰っていた。子供達はそれをとても楽しみにしており、勉強が終わると始まる、騎士団の話や怖い話目当てに通う子供達も多く居る。
子供達の勉強を教える手伝いをしていたのが、青年とプラーム家のミルリーであった。
(そういえばフィル様、妹のミリル様と名前が似てるからって言い訳してたけど、ミルリー様に惚れてんの、皆にバレてたよなー・・・)
ミルリー・プラーム令嬢とエールダー公爵の婚約話に、無表情を装っていたフィル・クラインベール。彼は男所帯のティルオー家の中、年が離れて生まれた妹、ミリルをとても大切にしていた。騎士団除隊後はティルオー伯となり領主となる幼なじみの恋を出来れば実らせてやりたかったのだが、ミルリーには他に恋する者が現れてしまった。
(まあでも結局、戦争に駆り出されちまったしな、俺たち・・・・・・あれ?)
葉の茂る森の中をカサカサと突き進み、そこで青年はふと思い出した。
(俺たち?、俺も、そういや、イエール様やフィル様と一緒に、この森の近くに待機して陣を・・・)
サラサラと流れる小川。暖かい陽射しが差し込む森の岩場に辿り着いた。見慣れた場所の温もりに、大好きな陽の光の中に干したふかふかの布団を思い出す。ぽとりとその中に飛び込んだ青年は、目の前に置かれた青い玉に目を留めた。
(これ、見たことある。・・・・ああ、・・・そうか、そうだった。俺、・・・俺は・・・)
暖かい陽射しが全身を優しく包み込む。きらきらと目の前が輝き、光が満ち溢れた。
「・・・・」
穏やかな小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、大好きな陽の光に包まれて、一つの魂は天へ帰っていった。
******
王城の軍執務室、フロウの元へ早駆けで来た報せを受け、足早に皇帝アレウスの元へ駆け走る。誰より先に報せを受けたはずの騎士団長フロウだが、アレウスの元には既に先客が居た。
「これは、エールダー議長。陛下、至急報告がございます」
フロウは、明らかに蒼白な顔のアレウスと、それを心配せずに机上を挟んで距離をあけ、立つだけのグライムオールに違和感を覚えた。だが事が急を要する為に構わず先を続ける。
「グルディ・オーサ領、トラヴィス山脈が攻撃を受けました。これにより、犯人の可能性のある人物の捕縛に、既に捕らえる指示を出したこと報告させて頂きます」
「・・・・」
聞き流して良い、変化の無い定時報告では無い。和平条約締結に大きな障害となる今回の攻撃。だがその報告にアレウスは関心無く未だ蒼白に言葉無く腰掛けたままだ。
「陛下、どうされましたか?」
「お前の言う犯人とは、オーラ公家の者達のことであろう」
言わずとも誰しもがそう判断する。和平条約締結後、不気味に沈黙していた彼等の事を、フロウや騎士団が見逃すはずはなかった。周知の事実に頷くフロウへグライムオールも頷き返す。
「ヴァルヴォアール公、其方にもこの場にて、私より報告がある」
「?、議長、」
「オーラ公家は本日を持って、独立国家となることを公主であるエミー・オーラは宣言した」
「!!」
「大聖堂院も既に解体されて王城には無い」
「その報告は、騎士団には下りてきていませんが、」
「そうだろう。私が止めたのだ」
「・・・何故ですか、貴族院の議長でも、この情報操作は越権行為となりますが、」
「その通りだ。故に責任を取り、我がエールダー公家一族は、本日をもってファルド帝国の貴族院議会から身を引く事とする」
「!?、何をおっしゃっているのですか?、」
「既に陛下には報告済みである。では」
颯爽と皇帝の間から辞するグライムオールへ、フロウは愕然と振り返り声を荒げた。
「それでは!、貴族界、いや、ファルド帝国から、エールダー公家は追放されたと見做されますが!」
仲間であった者からの、引き留める悲鳴に聞こえた問い掛けにグライムオールは振り返る。そして今や、アレウスと同じ顔色になったフロウへ軽く頷いた。
「・・・・・、!、」
拳を握り締めたフロウに背を向けて、壮年の男は静かに立ち去る。
「陛下、」
トラヴィス山脈への攻撃よりも、更に大きな衝撃を残し立ち去る男を見送ったフロウへ、弱々しい声でアレウスは呟いた。
「エールダー公家は、オーラ独立に、追従すると、言っていた・・・」
**
ガーランド領域上空に、陽の光を遮るほどの飛竜の群れが舞う。暗雲の様に浮かぶ者達を遠くから目視した空長は目を眇め、それを海から眺める海長へ視線を落とした。
目が合った二人の真存在の長は、無言でその場を後にする。陸地で彼等を迎えた地長へ頷くと、三人はこの世の今後の審議のために森の奥地へと消えていった。
**
ーーメアー・オーラ医療師団長を捕らえよーー
軍事機密を持ち出し消えた、メアー・オーラは緊急手配されたが、未だ消息は分からない。トラヴィス山脈の爆撃に、和平条約調印式は延期される事となった。
「今回の和平条約の破棄を目的に、爆撃を企てたテスリド・メアー・オーラは指名手配されましたが、既に独立を宣言したオーラ公領へ逃げたものと推測されます」
各国から招集された者達は、ファルド軍の報告に一様に重い溜め息を漏らす。天空議場に新しく設けられた円卓には、それぞれの国の代表者達が揃っていた。
「今すぐ、オーラ公領を攻め落とすべきでしょう」
灰色の長い髪の編み込みを結い上げ、それは長く背中に広がる。長身の美丈夫は目の前の若い皇帝を黒い涼しげな瞳で見据えた。
「エスクランザもガーランドを支持します」
神官服の皇太子は対角線上の貴族の男をひたりと見つめる。新しく認められた独立国家、トライドの代表は優しげな目付きの青年だ。
「もちろんトライドはオーラ公国への進軍は賛成ですが、現在は余力が無く、自国の復興に専念したいと思います。ですが、オーラ公の全ての情報は提供致します」
これに頷いたのはファルド帝国皇帝ではなく、彼の隣に不自然に居座る小さな黒髪の少女だ。
「日を刻めば刻むほど、大聖堂院の企みは増えていく。大陸間を和平で繋ぐ条約を否定し、国境線であるトラヴィス山脈へ攻撃を仕掛け、ファルドとガーランドへ亀裂を生じさせる結果へと導こうとした。これを許してはなりません陛下」
「オルディオール、落人の巫女よ。この世を和平へ導く事を期待する」
**
[ファルド帝国の皇帝は、想像と違うね]
アレウスが円卓から席を立ち残る者で会話が続く中、不意にエスクランザの皇太子はオゥストロへ語りかけた。
[代替わりされて間もないと聞く]
[ふーん。だからって、あんなに他人事でよくこの場に出られたね。まあ、王なんて者は、所詮周囲の意見に頷く人形の様なものだから。彼はまだ、その人形になりきれないから、和平条約が進んだのだろうと思ったけど、今日は精霊殿の操り人形だ]
[このファルド帝国は、東大陸公用語しか話さないと、よく口にする者がいますが、その実はガーランド語も北方語も、話せる者が騎士団にはいると聞きます。そうでしたよね?ヴァルヴォアール公]
トライドの田舎小国、その一貴族でしかないアールワール・ノイスは淀みなく北方の言葉を話し始めた。それにアリアは軽く目を見開いたが、問われたフロウは名を呼ばれたと微笑むだけ。
「お気遣いありがとう。でも大丈夫。別にファルド皇帝の悪口なんて言ってないから。賛辞だよ。だよね?オゥストロ殿」
〈・・・・〉
「おい。ここまで来て、おかしなやり取りをするなよ。最高大神官殿は、北方語を控えてくれ。俺が分からない」
少女は大きな黒目を不満に、三角に睨み付ける。全く凄味の無い威圧に笑うアリアは微笑み首を傾げた。
「君こそ、心ここに非ずのあの方は、不安ではないの?まあ、軍を指揮するのはそこのヴァルヴォアール殿なのだし、関係ないのかな?」
「・・・・貴重な刻を無駄には出来ない。オーラ公領の問題に集中しよう」
[貴重な刻、ね]
アリアに指摘された皇帝アレウスの揺らぎ、失った双頭の衝撃に立ち直れない青年皇帝は、自らの指針が大きくぶれてしまっている。エールダー公爵の離反に伴い、ファルド帝国の貴族院議会も二つに割れてしまったのだ。内部からの崩壊、それを覆い隠す様に先頭に立ったのは、嘗てファルド帝国でエールダー公爵を名乗っていた英霊だった。
***
ーーーファルド帝国王城、天空議場への回廊、扉前。
〈つまらない!!〉
「だ、駄目だよ、ねえ、ミギノはお仕事してるんだよ、邪魔したら、駄目だよ、」
少女の居る会議室、その扉の前で衛兵と小競り合う銀色の髪の少年。勇気を持って苦手なスアハを止めたアピーは、逆に睨まれ威嚇音を鳴らされた。
〈こらスアハ!アピーの言うこと、正しいぞ〉
「エスフォロスさん!」
現れたエスフォロスの姿にアピーと衛兵は安堵し、スアハは憮然と自分より大きな竜騎士を見上げる。怪我の後遺症は殆ど無いエスフォロスは、上官オゥストロと再会し彼の指揮下に戻ることを心から喜んだ。
〈お前が我がまま言って、衛兵の人達を困らせてるって、メイに言っとくからな。全く、子供だな。〉
〈!!、ヤダヤダ!!ていうか、メイに会いに行くならスアハも行く!!!〉
〈駄目だ。ここから先は、大人の世界。会議。仕事。お前、無理。〉
〈ヤダヤダ!!行く!!だって、無人を殺しに行くんでしょう?、ならスアハは無人の敵だから、連れて行かないと駄目だよね!〉
〈・・・?、お前、俺らの敵なの?、ならメイも、お前の敵だよな?・・・待てよ、あいつ天上人?・・・いや落人だっけ?それって人?〉
〈メイはスアハの番だから殺さないもん。あんたは・・・、そこの弱い奴と番にでもなれば?なら殺されないかもね〉
〈は?〉
碧い瞳は、腰を押さえて倒れる衛兵を心配して覗き込むアピーを指す。室内でも頭から外套を被ったままの少女は、突然の注目を察して素早く振り向いた。
「な、何?、アピーの何が、気になるの?」
怯えて潤む大きな緑色の瞳。未だ痛々しく細い咽に巻かれたままの包帯に目が留まったエスフォロスは、少年の呆れた発言に溜め息を吐き目を伏せる。
〈分かった分かった。お前を戦力にするかしないかも、隊長に聞いといてやるからな。スアハがメイの役に立ちたいって言ってたって、メイにも言っとくからな〉
〈メイに褒められるかな!?、ますますスアハの事、好きになっちゃうね!!〉
こくり。にこり。
扉の前には腰を砕かれた衛兵が、未だ開閉を死守するように寄り掛かる。エスフォロスの目の合図と共に、扉を開いて一名だけを議場へ滑り込ませる事に成功した。
〈あーーーーーーーー!!!、
ズーールーイーーーーーーー!!!〉
その後扉の向こう側から、何かの鈍く折れる音がしたがエスフォロスは衛兵の安否を祈るのみで、足早にその場を立ち去った。




