28 破棄 28
もう二度と、この場所には戻って来ないと思っていた。
負傷したメイの療養のため、数日前に少女の身体から抜け出したオルディオールは、一人基地内を散策し外に出た。馬犬舎の横に聳え立つ大きな木へ登り、荒れた大地を眺めていると東の奥の森で視線を止める。
(トライドの森、魂が眠っていた森)
ある感慨に森を見ていた青い球状のオルディオールは、馬犬舎からの物音に下を覗き見た。大量の医療箱を括り付けた馬犬で、一人出掛けるメアー・オーラを発見し思わず箱の一つに飛び付いてみる。
(医療隊は人員不足か?こんな雑務まで、大将のお前がやるなんてな。真面目な野郎だぜ)
晴天の空の下、明らかに薬を運ぶ仕事中のメアー・オーラの後ろには、のんびりと景色を眺めながら箱に乗る青い魔物がゆらゆら揺れる。そしてオルディオールは目的地の場所、魂の眠る森と言われた入り口付近でポロリと自ら転がり落ちた。
(ご苦労!あとでガーランドに暇な奴がいないか、運搬係を探しとくぞ!)
相乗りに気付かず立ち去る医療師団長の背に、聞こえない労いを発すると森へ踏み出す。かさかさと葉の上を滑るように渡り、オルディオールは奥へ奥へと進んで行った。その道すがら、身体を求めて空を見上げては穴が開くのを待ち、森を彷徨っていた頃の自分を思い出す。
そして誰よりも早く空へ飛び出し、少女へ辿り着き、念願の身体をオルディオールは手に入れたのだ。
(だが必死に手に入れた身体は、結局は、自分の身体ではなかったのだがな)
青い液状の不安定な身体では想像に笑うことも出来ないが、オルディオールは身体を共有する黒髪の不思議な少女を思い出し笑う。
(俺が逆の立場なら、自分の体内へ侵入する異物を目の前に発見すれば、もっと大騒ぎで魔物を消し去ろうと躍起になった。だがメイは、この丸い魔物を衣服に仕舞い込んだんだよなぁ・・・)
ぷるぷると震え笑いながら先を進むと、自然と身体が跳ね上がる。
ホント、おかしなガキ。
魔物である自分を撫で、食事を与える。子供のように親を想いながら泣いて眠るのに、自分は成人していると主張する。
ーーオトウサン、オカアサン、ジュン、
オネェチャンハ、ココダヨ、
ココニイルヨ・・・タスケテーー
初めてあの言葉を聞いたのは、オルディオールを掴み泣きながら眠った初日だった。フロウとの東言語の習得に加え、夜にはエルヴィーと発音の練習をする。
そこでエルヴィーは少女の落人語を学び、横で聞いていたオルディオールも、徐々に不思議な少女の真意を知った。
(メイは、父親、母親、妹の名前、この場所での自分の存在、そして、彼等に助けを求めていた)
それが分かった日に、オルディオールは落人語習得をする事を止めたのだ。家族に甘え保護を求める少女を、誓約で強制的に縛り付けた現実から目を逸らす様に。
ぺたんぺたんと葉を飛び渡り、木々を潜り抜けると懐かしい岩場に辿り着いた。
(ここで俺は、メイと哀れな姿の自分を認識した)
今は陽の当たる岩場はおそらく暖かい。少女と過ごし、その事も分かるようになったのだ。人であった頃を忘れていた自分は、怖いものから逃げること、隠れること、そして身体を欲する欲求しかなかった。
同じ存在の魂達は、未だそれに支配されてここに留まって居るのだろう。無数の気配は不審なオルディオールを警戒し、葉や木々の陰から様子を窺っている。
彼等の存在を感じながら、オルディオールは陽に曝された岩場の上によじ登った。そこで一人様々な感慨に耽り、メイと出会ってから進んだ道のりを思い起こす。トライド王国、ガーランド竜王国、エスクランザ天王国、南方大陸、そしてファルド帝国からこの地へ戻って来た。
(五十年前なら、例え俺が生きていたとしても、ここまで早く事は進められなかった)
ファルド帝国から黄色の旗を持ち飛び出したあの日、まさかこうなるとは思っていなかった。停戦を宣言し、大魔法を使用した魔法院を糾弾する。王命を破り停戦を宣言した責任を取り、オルディオールは騎士団長を辞しようと心に決めていた。
(甘かった。残るエールダーの血族、弟たちへ責任を押し付けただけだったのにな)
辞した後はトライド王国へ渡り、そこでミルリーと結婚し、トライド王国騎士団長のアレと共に隣接するガーランド竜王国と交渉しようと考えていた。五十年前から構想していたガーランドの盾の内側に入る思惑があったからこそ、現在の行動に直ぐに繋がったのだ。
だが五十年前の構想は、数年間では済まない月日を想定する途方も無い計画だった。
(それがこんなに早く事は進み、戦争を止める事まで出来た。これは、メイが俺に身体を貸し与えてくれたからだ)
オルディオールにとっては、大きな犠牲を払った和平交渉案。だがそれは、東大陸統一を戦争回避で成し遂げる素晴らしい結果となった。
(俺とメイの、現在の存在の意味は、この歴史的和平交渉の為にあったのではないのか)
哀れな姿の自分、空から落ちてきた異物メイと共に、永きに渡るファルドとガーランドの和平交渉に関わる事が出来た。問題視していた大聖堂院も皇帝の言葉に沈黙し、残る気がかりは二つの誓約のみ。
(グライムオールに押し付けてしまった、エールダー家の誓約、そして、メイとの誓約)
アリアからエスクランザ天王国で聞かされた、誓約の本質。それにより、オルディオールの心は揺らぎ初めていた。
(違えたものには天が落ち、死で誓約者を引き離す)
実際に天が落ちる事は無い。死で引き裂く行為も誓約者達が関係を破壊して、死で結末を強いる死刑の様なもの。そして、貧困弱者は誓約を使用できないのだ。
仮に貴族と力無き庶民が誓約を交わしたとして、破棄の点で必ず殺されるのは力無き者なのだから。
(誓約とは、誇り高き矜持。破棄をすれば矜持が傷つけられ、それに対する報復を死で償わせるもの。そして力ある者が生き残るという仕組み)
遥か昔、身分の差に苦しんだ庶民が、天教院という天の威に縋り金を持つ貴族に対抗しようした。我が物顔で権力を振るう理不尽な貴族の行動に人として立ち向かったものたちは、天と道徳を主張して愚かな貴族たちの不道徳を律する。その力無きものたちの対抗手段を、貴族が矜持を傷付けられたと、更に天の威を利用したものが誓約なのだ。
自らを対等と認める者達しか、交わす事が出来ない誓約。
それが腕力なのか財産なのか、志なのかは人には寄るが、メイの様に無力なものを縛り付けたオルディオールは貴族の間でも邪道とされる。だがオルディオールにはそこに後悔はみじんも無かった。身体を失った力無き存在は、メイと同等だと思っている。ただ騎士だった頃の残る思いが落人語から目を背けさせた。
(まあ、エルヴィーが、怒りに俺を侮辱したことにも納得できるがな。・・・そういえばあいつ、トライド王国の誰だったんだ?俺の事を知っていたみたいだが)
正直、オルディオールはトライド王国で婚約者のミルリーと騎士団長のアレの事しかはっきりと記憶に無い。その世代の王でさえ、存在感の薄さから顔も何となくしか思い出せないのだ。
(・・・おそらくアレの周りに居た騎士か)
不愉快な数字持ちエルヴィーの事を考えている途中、ペタリペタリと音がして、オルディオールはそちらを振り返った。
(・・・ん?)
鬱蒼とした森の中、岩場によってぽかりと空いた場所には陽の光が充満している。水場や暗闇に身を潜める魂達は、何故か光を好まず日中はこの岩場には現れない。だが個人の意識を取り戻したオルディオール以外に、その一つは現れた。
ペタリペタリ、ペタリ。
暖かい岩場、その上に青く透明な魂の中は、きらきらと金色の光が輝いている。自分と同じそのものを見つめたオルディオールは、交わす言葉も無く、動きを止めたものと対峙した。
目聡い鳥や山猫、玉狩りの位置を伝え合い、危険の回避を協力しあう。一つの身体を奪い、魂が混ざる事は望まない。肉の身体を奪い合い、お互いを押し退ける以外は、傷付け合う事はしない存在。
(こいつも、あの戦場で死んだ、誰かの魂)
オルディオールより少し離れてこちらを見ていた魂は、陽の光に曝されて空を見上げた。暖かい陽射しを浴びた青い球体の内側に、きらきらと光る反射が増えていく。
(なんだ?)
初めて見るルルの状態を呆然と眺めていたオルディオールは、増える光の充満と引き替えに、背景に薄く透け始める青の膜に気付く。そして輝きが満ちて陽の光に溶け合うと、目の前の魂は消えて無くなった。
(・・・・・・・・)
*
薄暗く静寂な森の中、その一角は岩場となり陽射しが射し込んでいる。小さな川の流れる水音のみが響く岩場には、珍しく青い玉が陽射しに照らされ二つ乗っていた。
だが一つは陽射しに溶けるように消えてしまい、残った一つも岩場から木々の中へと隠れて居なくなる。
それを木々の枝の上から見ていた小鳥達は安堵した。青い玉がころりと転がり出てくると、強い鳥や獣達、それに人が騒ぎ出して森の中が騒がしくなるからだ。
不安が去った小鳥達は身を寄せ合い体温を分け合うと、食後の休息に穏やかな眠りについた。
******
ファルド帝国皇帝アレウスの決断により、永きに渡る東大陸の戦争は幕を閉じた。
その中で、独立を宣言したトライド王国、同盟国とされるガーランド竜王国との交渉は未だ難航し、議会はそれぞれの立場と利益の主張に議場の戦争が開始される。
反旗を示した元東大陸諸国の貴族達は、トライド王国を地盤として力による祖国吸収を否定し、それを議会で主張する立場を武力で行使しようとするが、トライド王国騎士団、新たに立ち上げられたトライド商会議員の者達が、破落戸達を牽制し治安の維持を担っていた。
和平条約締結後、日にちを置かず各貴族議員達はグルディ・オーサ領にある没落貴族の屋敷を集会場とし日々議論を重ねている。その中、天教院による慰霊祭の為に、最高大神官のエスクランザ皇太子がグルディ・オーサに来訪した。
不浄の血で穢れた戦地の慰霊祭には、地の下と呼ばれる神官騎士は更に穢れが増すとされ慰霊祭には参加できない。最高大神官を守る神官騎士達は聖布を目視出来るだけの離れた森の中だ。限られた守護騎士のみを供として始まったグルディ・オーサの式典だが、慌ただしく乱れ始めた聖布を異常事態と判断した神官騎士隊は、皇太子アリアを護るべく祭壇へと駆け出した。だが、それと同じ刻に大きな地鳴りと爆発音が辺りに響き渡る。
[テハ、何事だ!、何故ほかの者が居ない!?ファルドの守護神官はどうした!?]
[東ファルドの神官たちは、既にこの場を離れました]
[皇子をお残しになってか?あり得ない、]
[先ほどの地鳴りといい、一体、何が起きたのだ?]
[それが、空を見て下さい!]
[空?]
[あ、あれは!、空が歪んで、まさか!]
[天上人の降臨です!]
[そんな、]
[ファルド神官は無知故に、空を見て落人が来ると怯懦に逃げました。ですがあれは天上への入り口、天上人の降臨に他なりません!今から、巫女様が新たな天上人をお迎えに向かわれます!]
[なんたる僥倖、まさか、天上のお方の降臨の場に、生きて立ち会えたとは]
未だ続く地鳴りと震動はあるが、エスクランザの神官騎士達は一様に天上人の降臨へ膝をついて印を組んだ。
[我々も、お供をさせて下さい!]
だが乗り出した十余名の守護騎士を見たメイは、それに気付いて慌てだした。
『ちょっと待って!!』
「なんだメイ様。案ずるな。降臨は僥倖、慰霊祭とは違い地の下の者達の忌むべき穢れも関係なく浄化される。この者達は敵では無い。天上人の降臨ならば、お迎えが少なすぎるくらいだ」
『痴漢、本当に言葉が分かりません。聞いて下さい。これはとても重要なことです!』、
「落人、人を、怪我人にします。たくさんの人は集まります。落人は危険です」、
『場合によっては、そっと見るだけ。大勢でぞろぞろ行くのは問題あり。とりあえず、こっそり様子を見たいだけなのです』
通勤途中にすれ違う、見知った男性が落人となって人を襲っていた。メイはオルディオールと遭遇したことにより、あの狂気の存在に自分がならなかったと自覚している。
[オル・・・?、なる程、そういえば、この地で落人とは、空白の天上の方の事であったな。そうか、・・・ならば足の速い馬犬を!私とテハとメイ様でお迎えに上がる。お前達は、影となり待機せよ]
*
(大丈夫。遠くから見て、様子がおかしければ逃げよう。だけどもしかして、私や鈴木医師の様に、この異世界に落ちて途方に暮れてる可能性も、無くは無い)
祭壇から少し離れた場所、森というよりは防風林の様な木々へ落下した異世界人を追いかけて、メイとアリアは馬犬で荒れ地を駈け抜けた。供は少年騎士のみの頼りない人員構成であるが、少し後ろには護衛騎士達が控えている。馬犬を降りたメイ達は、足音を立てずに慎重に木々の中を進む。森よりは見通しの良い林。しばらくすると、テハの小声での鋭い声掛けに振り向いた二人は、木々の合間に倒れる人影を発見した。
「大丈夫?」、『じゃなかった』
「いや、待て」
「お二人共、周囲を御覧ください、」
「あれは、ぷるりん?、ぷるりんが沢山います」
「・・・ぷるりんとは、精霊殿の事だよね。でもあれは・・・!」
倒れる人影は、女か男かもこの位置からは分からない。だが息を潜めて様子を見ていると、取り囲む青い魔物は、一斉に倒れる人物の穴という穴へ潜り込んだ。
『っ!!!』
「・・・・これは、・・・酷いね」
ビクリビクリと大きく波打ち、そしてムクリと上半身を起こしたが、両手両足をバラバラと動かしては転び、立ち上がる事に刻を要している。
「そうか、魂は、複数重なり合う事で魂がぶつかり合い落人化する。それを大聖堂院は何かで制御して魔戦士としているのか?」
「アリア様、天上人の様子がおかしいです」
「ああ。あれはもう、経典に名を記すことの出来ないお方なのさ。このまま逃げるよ、メイ様、あれ?居ない!」
「み、巫女様!!?」
アリアの洞察中、話を聞かないメイは少し離れた場所なら大丈夫だと、自己判断で木々の合間から少し進み出ていた。
[あの子、僕たちに、危険だから注意しろって、言った子だよね?なんで一番足の短い子が、先頭に出てるの?]
[私が、お連れします。皇子はお先に馬犬へ]
強く告げたテハは、主の返事も待たずに黒髪の少女の元へ駆け出した。
*
『こ、こんにちは、ハロー?、何処の国の人かな?』
『・・・・・・・・』
『エクスキューズミー?大丈夫かもしれませんよ、入りたての今ならまだ、ぺってはき出してみて下さい。こうです・・・、うっ、っペッ!!』
『・・・・・・・グッ、』
『大丈夫ですか!?』
ドサリと転がる異国の女に、メイは慌てて手を差し出したが肘を強く引かれて止められた。
「巫女様!いけません。この方は、既に正気では無いのです」
『でもまだ入ったばかりだし、なんとかなるかもしれないし。それに、これは入りすぎだと思う。一個くらい出した方が身体に・・・!?、』
ーーーべちゃべちゃべちゃ。突然目の前の女が青い液体を吐き出した。それをメイは良かったと見つめたが、吐き出され丸まった数個の魔物と、落下してきた人に入れず周囲に未だ転がり落ちていたもの達は、新たに現れた〔空〕の身体に気が付いた。そしてゆっくりと黒髪の少女と少年騎士を取り囲み始める。
[これは、精霊殿に、囲まれた?]
『・・・あれ、これ、なんか、こいつらこっち見てない?』
テハではなくメイが一歩後退すると、ぞろりと魔物は揃って移動する。そしてじりじりと、距離を縮めて近寄り始めた。
ーー「巫女様!お逃げ下さい!!」
叫びと共に群れを成した青い塊は飛び掛かる。駆け出すが、少女の足は遅すぎて先へなかなか進まない。目の端では、未だ立ち上がり倒れるを繰り返す女を構う余裕も無く、襲いかかる魔物から逃げるメイとテハは、必死で森の中を駆け抜けた。
[御身を穢す事を、お許し下さい!]
無数の青い魔物は小さな少女だけを狙い襲う。メイを担ぎ上げ、襲いかかる青いものたちを剣でなぎ払うが直ぐに次から次へと沸いて出た。
[巫女様、もう少しの辛抱を、]
「こっちだよ!」
馬犬に騎乗したアリアは、テハに担がれ森から飛び出たメイへ大声で呼びかける。少年騎士は主の馬犬にメイを押し上げると、後ろに引かれるもう一頭へ飛び乗った。
[来ます!、やつら、巫女様だけを狙っています!]
[天上のお方ではなく、何故英霊精霊がメイ様を襲うんだ?]
[分かりません、先ほど影へ信号を放ちました、周囲の者達が直ぐに来ますが、それまではご辛抱を!]
背後には流れる川か、獲物を狙う蛇のように迫り来る青いもの達。それから逃げる二頭の馬犬の間に、素早く神官騎士隊が割り込んだ。想像よりも早い兵士達に安堵したアリアは、速度を緩めると振り返る。だが目に映るのは遮った騎士達を飛び越えて、頭上に迫る青い塊だった。
『飛んだ!!』
[結界を!!]
[間に合わん!]
[[ああ!!!]]
『えええっ!?』
声と共に無数の魔物は騎乗した少女へ落下し、攫うように飲み込んだ。アリアを避けて、腹の前に抱えていた少女に降り掛かる青いもの達を手で払い除けて引っ張り出すが、ぐにゃりと為すがままに引かれた身体に力が無い。
[皇子、メイ様は?]
[・・・分からない]
だが不意に腰へ回ったアリアの手を押し退けて、少女は憮然と目を眇め睨み付ける様に皇子の顔を見上げた。
[・・・メイ様?]
これは明らかに、メイでは無い。
「森へ帰れ」
黒髪の少女の清んだ声が放たれると、未だ縋り付くように付着していた青いもの達は一斉に引いていく。不自然な精霊の後退、自分へ目を眇めた少女に不審を感じたアリアは、彼女の中へ何者かが確実に侵入したことを悟った。
「あなたは、・・・どなたですか?」
慎重なアリアの問い掛けに息を飲みこむテハ。不機嫌に目を眇めたままの少女は、逃げ去った青いもの達を目で追い、そして再びアリアを見上げテハを睨んだ。
「なんで逃げるんだ。俺、常に先頭に居ただろう」
[[!!?]]
「・・・・まさか、精霊殿ですか?」
「オルディオール様ですか?」
(あのぷるりんの群れの中に、まさか本物のぷるりんが紛れていたとは・・・。はあ、焦ったよ。私もさっきの人みたいに、たくさんのぷるりんに襲われたかと思ったよ。さすがに目鼻や耳、その他デリケートな穴からの侵入は、乙女以前に人として、ご遠慮願いたいのである)
「メイを追いかけてんのに、剣で払いやがって。他の奴らにこのガキ、取られたらどうすんだよ」
「・・・精霊殿、居るなら居ると!言って下さい!!」
「よ、良かった・・・、」
(・・・というか、この数日間、一体何処へ行っていたのだ!)
「式典で歌が始まった頃、近くの森から慰霊祭場へ立ち寄った。俺はずっと、祭壇に分かりやすく居ただろう!間抜けなお前らが、のこのこと落人探しに出掛けて、俺を置いていくからこうなるんだ」
「・・・・祭壇・・・?」
「供物と共にまき散らしやがって。しかも、俺が乗った馬犬の隊士を置き去りに、まさか弱者三人組で別行動するとはな。お陰で追い着くのに手間取ったぞ。ようやく追い着いたと思ったら、剣で払いやがって」
[・・・・・・・・]
そう未だオルディオールは悪態をついたが、歌が始まり、アリアが天樹を背にした祭壇へ祈り初めて直ぐに、空が歪み上空を見上げていた。それから祭壇なんて見ていない。
「・・・・そうですか、あの場に、」
(なんだ?珍しくぷるりん愚痴っぽいな。祭壇て、あの転がった果物の中に居たのか?紛らわしい奴め。しかもそれをグチグチ愚痴るとは)
「まあ、お前らにも、間抜けなメイにも言いたいことは山ほどあるが、基地へ戻るぞ。トラヴィス山脈の爆撃が気になる」
(間抜けなメイだと?、おい、玉「先程の、天上の方はどうされますか?あのままでは、」
「あれをこの地では落人という。見た目はあまり崩れていなかったが、本体は既に生存していない。地面へ広がる出血が、致死量に達していた」
[・・・・、残念です]
(・・・・、)
「あれが動き出せば、この人数と武器装備では無駄に戦力を欠くだけだ。グルディ・オーサへ報告して軍へ対応させろ。それよりも、まずはトラヴィス山脈だ!」
***
ーーートライド王国、グルディ・オーサ中立区域、
多国籍会議場。
爆発音に館を飛び出た者達は、空を覆う飛竜の数に息を飲む。見上げた西の空は、羽撃きと奇怪な嬌声に耳を覆う惨状となっていた。
〈ファルドめ!!〉
〈またもや卑怯な急襲を!!〉
ファルド、ガーランド、トライド、エスクランザ、慰霊祭の終わりと共にこの地で開かれる和平条約調印式、その主席の為に各国の使者が揃い、会合していた最中に爆発は起きた。
憤るガーランドの使者達だが、責められるファルド帝国の者達も呆然と飛竜と粉塵の舞う山脈を見上げていた。
*
爆発音と共にグルディ・オーサ基地から飛び出た二つの軍は、先を競うように現場へ疾走する。地上を駆け走る第四師団の馬犬隊よりも、上空から煙舞う粉塵の岩壁に辿り着いたのは竜騎隊の者達が先だった。彼等は未だ崩れる岩壁、砂煙の奥に人影を発見し襲いかかろうと槍を構える。
「止めろ、もう死んでいる」
片手を上げた人影は、姿を現すと幽鬼の様な細い男。グルディ・オーサ領で知らぬ者はいない奇妙な指揮官を目にした竜騎士は、彼の足下に転がる数人の男達を捉えた。
「殺したのですか?」
口封じに、そう飲み込んだがウェルフェリアは首を横に振る。
「この者達は、私の与り知らない者。既に息絶えていた」
信じられるかと竜騎士はファルド帝国指揮官を見下ろしたが、上空からの飛竜の悲鳴に空を仰ぎ見た。
〈酷い、こんなに山が、抉れちまってる、〉
遥か上空を見上げても先は見えない高い山並み、頑強な壁の様に聳え立ち、ファルド帝国とガーランド竜王国を分かつ巨大な一角が、無残に抉れて崩れ落ちている。
「団長!!」
遅れて到着した第四師団も惨状に息を飲み、そして倒れる死体の調査に眉をしかめた。
「この男達、兵士ではありません」
「そうだ。服装も、まるで野草か何かを取りに来た、そんな感じに見える」
「偽装、」
訝しみ見ていた竜騎士は、ファルド騎士隊とウェルフェリアの言葉に首を傾げた。
「それは、ファルドが無関係だとの言い訳ですか?」
「・・・・」
**
トライドの森を駆け抜け、グルディ・オーサ基地へ戻ったアリアを始め神官騎士達は、地上に佇む騎士を乗せずに上空を舞う数頭の飛竜に首を傾げて空を見上げる。その中には祭壇で別れたセンディオラの姿もあり、ファルド騎士団とガーランド竜騎士隊で基地内では衝突が起きていた。
「状況の説明は、誰か!トラヴィス山脈へは向かったか?」
「メイ、いや、精霊殿か?」
各所で起こる衝突には加わらず、自分を慰霊祭壇に置き去りに、先に戻った相棒を呆然と見上げていたセンディオラは、黒髪の少女の姿に駆け寄ってきた。
「トラヴィス山脈の攻撃に、基地内の両軍はお互いを敵だと混乱している。指揮官以下、上の者達は現場に・・・あれは第四のファルドの指揮官だ!」
未だ騎乗するアリア達の背後、早駆けで基地へ戻る者達をセンディオラは捉えた。その先頭は、砂埃舞う荒れ地でも結わない金色の髪を靡かせている。
「ディルオート将軍!」
アリアの馬犬から飛び下り、自分の元へ駆け寄る黒髪の少女を迎えウェルフェリアも馬犬から飛び降りる。
「状況は!?」
「・・・魔石黒による、連鎖爆破発動。犯人は逃走したと思われる」
「・・・お前がここに居るということは、これは皇帝陛下の命ではないな?」
「・・・・無い」
「ならば、大聖堂院、」
黒髪の少女の言葉に、確信を持って第四師団長は頷く。
「そういえば、獣人の奴らはどうした?一緒じゃないのか?」
「ゴウド?」
「獣人だ。貴殿と共にトラヴィス山へ向かっただろう?」
珍しくメイを構わず逆方向へ走り出した二人の獣人。それに違和感を持って見たオルディオールは、共に向かったウェルフェリアへそれを問う。
「獣人、・・・彼等とはトラヴィスの麓で別れたきりだ」
「・・・そうか」
いつもの気まぐれか、そう頷いた黒髪の少女は魔物の自分を乗せて外出した、メアー・オーラの姿が見えない事に気が付いた。
「おい、医者は?医療師団長はどうした?まだ戻ってないのか?」
「そういえば、居ないね。乱闘騒ぎで怪我人が増えて忙しいんじゃないの?」
アリアもメアー・オーラの名前に彼の姿を探すが、士官の戻りに収まり始めた基地内の乱闘騒ぎの中に、未だ医療師団長の姿を発見することが出来なかった。その替わりに、慌てふためくウェルフェリアの部下が、団長の帰還に正門前に走り出て来た。
「団長!!大変です!!医療師団長、メアー・オーラ将軍が、見当たりません!」
「メアーは昼前に出掛けただろう?俺は共に出掛けたぞ、途中まで」
黒髪の少女は進み出て伝令の言葉を遮るが、更に焦る言葉がウェルフェリアへ向かう。
「医療師団長は、本日、夕刻まで診療中との事でしたが、診療棟に姿は無く、」
「ならば執務室に居るのだろう」
「それが、大地の震動に緊急事態と判断し、医療師団長の執務室、資料室へ許可無く入室したのですが、滞在の様子は全く無く、」
「?」
「全てが何も無いのです!医療資料も何もかも!、副団長以下、この事態を把握している者も、一人も居りません!」
これには少女よりも更に早くアリアが反応し、ウェルフェリアは蒼白な顔のまま、何を考えているか分からない。その刻、更に別方向、ファルド帝国へ突き抜ける軍道から走り来る慌ただしい伝令がやって来た。
「報告致します!!」
尋常では無い早駆けに、馬犬は口の端から泡を吹き崩れ倒れた。それから投げ出され転がり降りる伝令は、ウェルフェリアを始め集う者達へ声を上げる。
「オーラ公国が、独立致しました!」
「な、何だと?」
「どういうこと?オーラ公国と言うことは、オーラ公家がファルド帝国から抜け出したの?」
「それにより、大聖堂院は解体され、オーラ公国は聖導騎士団の結成、魔戦士を筆頭騎士団とする、魔法国家の樹立を宣言!」
「皇帝陛下が、それを許すはずがない」
「既に貴族院議会は通過しております!」
「馬鹿な!」
この一連の会話に目を見開いて聞いていた黒髪の少女は、思い当たるある事に愕然と伝令を見た。
「それは、まさか、エールダー議長が通過させたということだな」
息切れと共に頷く伝令の兵士、それに少女は両目を瞑り天を煽いだ。
ーー「天が、我が頭上に落ちてきた」
力無く空を見上げた少女は、エスクランザ皇子とガーランド竜騎士、そしてファルド帝国第四師団長を見渡す。
「精霊殿、今のはファルド式、誓約の話をしているの?」
「そうだ」
「天が落ちたということは、誓約が破棄されたと、そういうことか?」
「そうだ」
「分かるように言え。それとトラヴィス山への、いや、我がガーランド国への攻撃と、何か関係するのか?」
それぞれの男達の疑問に、黒髪の少女の瞳は強く輝く。
「オーラ公国の独立宣言、それに追従したのがメアー・オーラ。メアーがトラヴィス山を魔石黒で攻撃した」
「!!」
アリアは軽く目を伏せ、誰かの息を飲む声がしたが、少女は構わず続く最悪を口にする。
「それを許可し手助けした者が居る。おそらく、ファルド帝国の双頭の片割れ、エールダー公爵だろう」
(エールダー?それって確か、ぷるりんの身内ではなかった?)
訝しむメイだが、オルディオールのかつて無い強い支配により身体の主導権は一切無い。
「まだ、俺は天へ帰る訳にはいかないようだ」




