26 接触 26
明らかに決闘している、緊迫した現場に放り投げられた。むろん、やる気のぷるりんが、自らその危険な現場に飛び込んだ訳なのだが、大きな男達の間に挟まれて、強い圧迫感と共に金属の擦れる不快な音が響いた事は分かった。
身を捩って何かを足場に飛び上がり、そしてスタッと地上に着地。結構な高低差、足がビリリと悲鳴を上げた事はぼんやり感じたのだが、まさか、この両手・・・。
(両手の平の、皮がズルリ。肩もみしり?これ、やばい。絶対、やばい)
ーー絶対、痛いことされるよ。
不意に脳裏に蘇る、エルヴィーの恐怖の呟きがフィードバックし、更に全身がぶるりと震えた。
殺伐としたサバゲーアウトドアのチャンバラ劇場。私のズルリを見たその後はコミュニケーションの少ないオゥストロさんとフロウチャラソウだったが、手の平へ簡易的な応急処置は姉さんがしてくれた。そして混沌とした現場の中から移動をし、私達は懐かしいあの施設へやって来たのだ。チャラソウ施設長を先頭に、空にはオゥストロさん達、山岳救助隊員も揃っている。
(なんだか、ホッとするこのメンバー、)
その中には懐かしい顔ぶれが多々あり、両手の平や重たい右肩の事は一旦置いておき、私は内心そわそわしていた。
(眼鏡の講師、朝練の仲間達、フロウ・チャラソウの施設の皆さんと、あれは、どこかのパーティー会場で見たかな・・・ん、?)
メアーさんを発見!
(メアーさん!メアーさん!)
久しぶりに再会したメアーさんだが、この後、なんとメアーさんが、ぷるりんに無茶をするなと叱ってくれたのだ。自分の事であるにも関わらず、丸で他人事の様にぷるりんを笑った私だが、なんだか様子がおかしい。
おかしいな、メアーさんて、ぷるりんの事、知らなかった?
「お前、不審者だとは思ってたけど、間者にしては、お粗末な身体の作りしてるよな。で?、正体は?、エスクランザの何処の田舎の貴族だ?まさか西大陸とか言わないよな?」
「・・・・メアー・オーラ、お前、もしかするとオーラ一族なのに、魔戦士とか、その製作方法には、全く興味ないのか?」
私の顔できょとんとするぷるりんだが、その言葉に治療をしながらきょとんとしたのはメアーさんだ。
「あ?、なんでここに、数字持ち、出てくんだ?、お前の怪しげな素性に数字持ち、関係ねーだろーが、それよりも、実力の伴わない、剣の型だけ教え込まれて戦場に投入させられた、お前の組織がやばいだろ。北方じゃねえなら、実力主義のシオル商会じゃねえだろーし、エリドート?海渡る人形辺り、絡んでんのか?」
「・・・すぐに分かる事だから今言っとくが、この小さなガキ、メイに取り憑いて身体を使ってるのは俺。オルディオール・ランダ・エールダーだからな。正体というか、今の実態は魔物。そこのトライドの森にけっこう転がってる、あの青い奴」
「・・・・・・・・・・は?、」
「お前、ファルドで一番頼ろうとしてたのに、しっかりしてくれよ。なんで一番、大聖堂院の近い場所に居て、大聖堂院の情報が一番薄いんだよ?・・・まあ、もう、今更だな。あんたの言うことは理解出来る。このガキは安静にしないとまずいよな。だから、宜しく頼むぞ」
証拠とばかりに、奴はズルリと口から抜け出した。
『!?』
「あぁ?」
私の膝の上にどろりと落ちると、くるくる丸まりぷるりんはメアーさんを見上げた気がした。
「ルル、?」
呆然と青い塊を見つめるメアーさん。
つまり?
肩の激しい打撲の痛み、そして両手の平のズルリは全て、私自身が引き受ける事となったのである。何故である?
『痛ったたた、ぷるりんめ・・・』
***
ーーートライド王国、グルディ・オーサ中立区域。
衝突から数日。正式な和平条約が締結され、両軍共に駐留軍の数を減らし、各大将は部隊を引き連れ自国へ戻って行った。そしてトライド王国領はファルド帝国からの独立を宣言し、反旗を示した者達を国土へ受け入れ始めたという。
未だファルド帝国内は、反旗を掲げた者達の鎮圧に奔走している。和平条約は締結したが、積年の戦争関係を直ぐに解消出来る訳では無い。両軍が緊張状態にあるグルディ・オーサ領では、駐留するガーランド軍へ常にファルド帝国騎士団は目を光らせていた。
この絶対的な好機に、ガーランド軍は静観し沈黙したまま動かない。人々は何故ガーランド軍がファルド帝国へ進軍しないのか、それを考えるようになった。突然の和平条約、不安定な緊張状態が続く中、不思議に広がりを見せない戦況。人々は徐々に和平の思いを念頭に、ガーランド竜王国の侵攻を真に止めたのは、天教院の神樹の使い、天上の巫女の存在によるものだと、そう口にし始めた。
「これは僕が画策した事では無いよ。信者が自ら広め始めたものだ」
殺伐とした戦場へ、小さな身を投げ出して両軍を止めた巫女。騎士団から噂は人伝に、今やファルド帝国とガーランド竜王国の国民の間では、尾ひれを付けて話は大きく広まっていた。
「両軍の大将が天上の巫女を取り合い、グルディ・オーサの戦いは五十年後、再び始まった。その悲劇を止めるため、絶世の美女、ミギノ・メイ・カミナの巫女は、荒ぶる戦場にその身を投げ出した。・・・ぷっ、絶世の美女?ふーん、他人の幻想って、面白いよね」
「・・・絶世、分かりません」、
『美女と併用されたということは、美女を高める何かか、美女を否定する何か、どちらにせよ、カミナメイの前に、美女がついた時点で、様々な不安が過ぎります。痴漢が私を見て、プフッと笑っています』
「うんうん、はいはい。笑えるだろ?絶世の美女様。オゥストロとヴァルヴォアールが君を取り合って戦争を開始したって、異種動物争奪戦みたいだよね」
『痴漢は疑問に答えてくれません。更に半笑いで人を馬鹿にしています。辞書、辞書を下さい』
「ここで話は分かれるんだよ。殉教好きの者達は、天上の巫女は戦地で亡くなったと天へ祈る。そうでない恋の話が好きな者は、オゥストロとヴァルヴォアールが異種動物を取り合って、動物は今でもどっちを選ぼうか悩んでいる。まあ、どっちも違うけどね。あ、精霊殿は何処かへ行ったの?」
「精霊、オルデオールはお散歩です」
天教院の新聞を片手にお茶を飲む。アリアの暇つぶしに付き合わされるメイは、現在メアー・オーラの医務室にいる。
グルディ・オーサ基地でメアーと再会したメイは、基地での安静を言い渡されて療養する事となった。そこで少女の体調の管理を引き受けたメアーは、身体の主導権を持つオルディオールへメイへの侵入不可を命じたのである。ルルが他人の体内で主導権を握る事に驚愕していたメアーだが、即座に理解しオルディオールをメイから遠ざけた。
抜け出たオルディオールは、現在何処かに潜伏しているのか、数日メイの前には現れてはいない。
「そうか、居ないのか。戻ってきたら、僕に会いに来てって伝えてね。・・・そうだ、そろそろ厠行く?」
「?、・・・厠、行きません」
「我慢しなくてもいいよ。今は女騎士も居ないし、ファルドの医療師団も、殆ど男ばかりだろ?僕は他の男に婚約者が介抱される事は好きじゃ無い」
『痴漢、何を言っているのか分かりません』、
「厠、行きません」
「僕、これから戦地を慰霊に巡らないといけないから、数刻は戻って来ないけど、我慢出来るの?、ファルドの男を介添えに、厠に行ったら許さないよ。・・・これなら彼女の希望通り、テララ女官長を連れてくれば良かったな。あ、そうか、テハ置いて行こう」
「患者の面倒はこちらで見るから、皇子は早く慰霊祭へご出発を」
「メアーさん!」、
『良かった。痴漢、突然何を言いだしたか意味不明だったんだよね。助かりました』
[・・・・]
下位の隊員ではなく、医療師団長の登場に不満に目を眇めたアリアだが、医療従事者を信用しろと強く促され少女の居る医務室から外に出る。メアーは腹違いの兄へ繋がりがあるため、アリアは少し距離を取り様子を見ていた。
(この話をしに来たのに、精霊殿が不在なんだもんね。メアー・オーラ公家の者は、大聖堂院と敵対している。まあ、大丈夫だとは思うけど)
北方エスクランザ天王国、紛失された禁書、精霊使いの書物の行き先は、東ファルドの分かたれた天教院だと判明している。
そこから更に、過去に魔法国家であったオーラ公家が天教院の禁呪を解読して、禁じられた身体保護や魂の分離を実行してしまった。
オーラ公家が母体となる大聖堂院。それをファルド帝国は軍事利用するが、一方では実験を非人道的と否定した。だが公然と利用するためにオーラ公家を分離させ、ファルド王族の分家、メアー家を取り込ませたメアー・オーラ公家を作ったのだ。
(研究、実験は同じだが、人々の役に立つ医療、それのみに特化したメアー・オーラ公家。その跡継ぎである彼は、オーラ公家とは本当に関係ないのかな?)
[その後、大聖堂院の動きは無いの?]
[はい。報告では、ファルド皇帝が休戦、和平条約を国民へ宣言されてから、大聖堂院は一切動きが無いとの事です。明日、エグト神官がここへ到着予定ですので、その後の詳細が手に入ります]
[トラーは随分と足止めされたね。まあ、ファルド帝国も、国内の騒動で大騒ぎだろうし、その元凶がお隣のトライドなら、出国も厳しくなったのかな?]
(ファルド皇帝の真意は謎だけど、現実に和平条約は締結された。大聖堂院が拍子抜けで、気持ち悪いくらい大人しいから、メアー・オーラも怪しんでみたけど、僕の気にしすぎかな)
双方が譲らないグルディ・オーサ基地内は、現在ファルド軍とガーランド軍で二分されている。東館と西館で区分けし、中央と医療師団長のある棟だけは両軍に解放されているが、お互い顔を合わせない様に、空気はピリピリと張り詰めていた。アリアはガーランド軍に組みされているが、エスクランザ国、天教院大神官として中立の立場でここに居るのだ。
巫女メイの負傷に駆け付けただけでなく、少なからず失われた両軍の兵士達の合同葬儀の為に訪れた。東ファルド天教院神官達と共に、初の合同慰霊祭をグルディ・オーサ領で行う為に。
メイの医務室を後にしたアリアは、司祭達の待つ中央棟へ守護騎士テハを伴い歩く。軍用施設の薄暗く飾り気の無い廊下を曲がると、目の端にぼんやりと何かが揺らめいた。
[っ!、誰だお前は!?]
背の高い幽鬼の様な男が、生気の無い顔で薄暗い廊下の端に佇んでいる。窓も無く、肌寒く暗い通路の片隅で不審に佇む怪しい男にアリアは目を見開き身構えた。
「・・・・」
[無礼者め!この僕が、誰だと聞いているんだ!]
[皇子!、こちらはファルド帝国騎士団長のお一人です!、第四隊の、ディルオート殿!、現在の、この基地の責任者です!]
不審者との間に割り込んだテハは男の正体をすぐに理解したが、何故か主を護る様に盾になる。敵国とはいえ、現在は和平条約により休戦している。その将軍となれば、下位の兵士より分別が有り、ここでアリアを傷付けるなどの問題行動を起こすような真似はしないはずなのだ。なのにテハは、不気味な男から主を遠ざけようと自然に身構えている。
「・・・・」
[なっ!、?、]
他国の皇子へ挨拶も無く、名を当てられたが興味なく通り過ぎる不気味な影。
[なんなのだ、奴、頭がおかしいのか?]
[皇子、刺激してはなりません。あの手の者は、そっと見守るのです。構わぬのが、一番なのです]
幽鬼の様に去る腰までの長い金髪。騎士なのに髪を結いもしないその異様な風体に、アリアは訝しみ眉をひそめた。
**
(絶対安静、まあでも、おトイレは一人で行けるし、食べ物もパン系なら問題ない)
メアーの処置により、薬液と手に巻かれた包帯で痛みは緩和されている。両肩も大きな打撲に皮膚の色が青黒く変わっていたが、幸い痛んだ足は骨に異常は無かった。
(ぷるりんめ、勝手に男の現場に飛び出して挟まり、私を負傷させた。そしてその後の治療を私だけに押し付けるとは、なんて非情な青い玉め、・・・まあ、でも、)
自分と少女のこの世界での存在について、ぽろりと零した言葉を、メイは聞き逃さなかった。
『必死だったよね、ぷるりん。存在の意味、私とぷるりんの存在意味が、これで何か変わったのかな・・・?』
一人ぽつりと残された医務室。メアーの診療室に、特別に寝台を用意され他の患者とは引き離されている。グルディ・オーサ戦から数日が経ち、メイは初めてこの地へ訪れた日を思い出し、ぼんやりと施設の窓から外を眺めていた。
(懐かしい、初めてここに来た時も、この窓から外を眺めてたんだよね。あの時と比べると、今は言葉もなんとなく、殆ど分かるし、これってすごい事かも)
異世界に落とされてメイが失った物の中に、肌身離さず身に付けていたものがある。故郷では、手放した事の無いそれも今は無い。
(家に忘れた日は一日中不安で、スマホが無いと、やる気も何もかもが下がっていた。あの頃の自分が懐かしい。うちは食事中のテレビは許可されてたけど、スマホはダメだった。そういえば、学校でも何をしていても常にスマホ操作をしてしまう子と、相手の顔を見て話す子は半々に分かれていたかも)
思い出に自然と頬が緩む。海外旅行にも行った事の無い、まさか自分が異世界で、身長の大きな異世界人の顔色を窺って過ごすとは思っていなかったあの頃。この世界の人々は、常に相手の行動と表情を読み、それは命に関わる駆け引きになる。
(中学の時、ご飯中にスマホ見て怒られて、今、返信しないと友達が居なくなるとか、友達のお母さんはご飯中も良いって言ったとか、くだらないケンカが懐かしい)
そんな事で居なくなる友達は、きっと初めから友達では無かったのだ。ただ自分の都合の良い暇つぶしに利用されるだけの、返信依存系であったと、そんな事にも気付けずに、小さな事が大きく自分を支配していた過去を懐かしく振り返る。
(あの頃は、画面上の珍しい花を見て喜び、道端に咲いていた花の匂いに興味が無かった。そしてスマホの無い今は、異世界で咲き誇る花に、故郷の面影と香りを探し求めている私・・・)
窓を開けると、風とともに舞い込んだ花の香りに地面を見下ろす。
(あ、あそこにも大きな花が咲いてる、?)
外の景色には、初めて異世界へたどり着いた日と変わらない荒れ地、そしてヴェクトの背の上から見たグルディ・オーサの森の全体像。
(そうだ、私が落ちてきたあの場所、あそこに帰る手掛かりってないのかな?考えてみると、言われるままに流されて、ドローンの国とか異国異世界のあちこちを巡って来たけど、あの言葉があるじゃないか!)、
『灯台下暗し、?、なんか違うな。リハビリ兼ねて行ってみよう。ぷるりんは忙しそうだし、のんびり田舎のお散歩なら、大丈夫だよね。早朝マラソンで攫われた大失敗。でもあれは、物騒な都会の街中だったからだよね』
寝台から降りると身体への負担に肩がズキリと痛んだが、歩けない程では無い。メアーは早く体調改善させるために、少女へ安静を強いているが普通に歩けるのだ。メイは足を軽く回して伸ばしてみる。
(お散歩問題なし、行ける。そういえば、料理長のおじさん、まだここで働いてるかな?、途中、挨拶にでも行ってみようかな?、お仕事の邪魔にならない程度なら、いいよね)
メイは着替えを探すため、ぐるりと医務室の中を見回した。その中、開け放たれた扉の前に、人物の影を見た気がして二度見する。
「・・・・」
『わ、わっ!、人、本物だった!、あ、すいません、』
エルヴィーに雰囲気は似ているが髪の長さが違う。細身の男は無言で少女を見下ろしていた。
(お客様、だけど)、
「メアーさん、今はいません」
「・・・・」
(・・・・なんだろ、すごく、こっち見てる)
「・・・オル、」
「?、あー、オルデオール、今はいません」
「落人の巫女だ」
「!?、あ、あー・・・、はい。私は落人です」
(そっちか、ていうか、また初対面なのに落人って言われた・・・。オルって差別用語だよね?)
不審な男は大股で医務室に入り込むと、メイの座る寝台の横に腰掛けて、青白い顔のまま少女を見下ろした。
「柔らかそうだね」
『・・・、?、』
「僕はね、統括騎士団長とは違う。子供に対して性的興味は一切無いんだ」
(・・・なんだ、こいつ、なんだか、目が怖い。子供がなんだって?何かを否定したけど、団長否定した?団長、フロウチャラソウ?早すぎて聞き取れない)
鼻息が荒くなり始めた不審者に怯え、ジリジリと寝台の縁を回り込む様にずれる少女へ、ふらふらと男は近寄る。
『・・・・なんか、やばい、』
「・・・・触っても、良い?」
『??、?』
ハアハアと一歩前に出た不審者を、メイは必死で躱し逃げ走る。不審な男は、そう広くは無い医務室内を必死で逃げ回る小さな少女を玩ぶ様に笑っていたが、逃げる少女は遂に窓際の隅まで追いつめられた。
『め、め、メアーさん、メアーさんを呼んで下さい!』
「ハアハア、ハアハア、」
***
ーーートライド王国、グルディ・オーサ基地。
「占領されたのでは無い。これは和平条約の為に、我等がガーランド軍に、この基地の滞在を認めて場所を貸し与えているのだ」
そう主張するファルド帝国陣営に対して、明らかな勝利の占領を宣言するガーランド陣営。両者の主張は食い違うが、グルディ・オーサ基地を二分出来た要因は、ガーランド軍の滞在数の少なさにある。
グルディ・オーサへ派兵されたままの第四師団が全て残るのに対して、ガーランド軍は五十に満たない小隊を残して引き上げた事に、ファルド帝国騎士団は占領ではない、敗戦にはならないと主張していた。
「裏を返さなくても、それは竜騎士達が、あの数で足りるって、こっちを馬鹿にしてんだろ」
グルディ・オーサの厨房を長年任された料理長バクスは、第十医療師団と同じく中立の中央棟で全ての食事を管理する。事実上の敗戦とも取れる基地の占領、それを鼻で笑った男は叩き降ろした包丁の手を止めて、食堂の入り口を見た。
「おお、問題児登場か!久しぶりじゃねえか!、!?」
「久しぶりじゃねえか!、こんにちは!料理長さん、あの、この、この人は、何故ここですか?」
小走りにやって来た黒髪の少女を見たバクスは、背後に佇む現在の基地の管理者を見て訝しむ。
「団長ディルオート、どうしたんですか?」
「・・・・この子と森へ行ってくる。携帯用のクラウを用意してくれ。野菜は多めに。味は甘めに」
「はあ。了解です。?、」
『駄目だ、変質者という言葉が分からない。それに料理長、この変質者と、知り合いみたい』、
「・・・料理長さん、メアーさんは?」
「ああ、医療師団長は、患者の治療で夕食まで戻らないらしい」
「・・・分かりました。ありがとうございます・・・」
二人分の携帯食を手にしたウェルフェリアに連れられて、黒髪の小さな少女は肩を落として食堂を後にする。振り返り振り返り、何かを言いたげな少女に首を傾げると、バクスは膨大な昼食の準備へ取り掛かった。
**
(やばいやばい。特に何もされはしなかったが、追い詰められて、一人で脱出計画を自白させられた。その流れで変質者と、薄暗い森へお散歩コース。危険大。料理長へ間接的に助けを求めてみたものの、全く伝わらなかった、)
何故か自分に纏わり付くおかしな男を見上げたメイは、逃げ道を探して辺りを見回す。
(魔人はよーいドンを鳥男に負けた事を認めずに、新たなハンティング競技へ出掛けていないし、こんな時に限ってぷるりんも、マスク代表も頼れるエルビーもいない。姉さんは療養中。ピンチ、私、ここにきて、地味なピンチ到来、)
「どうした?何か探しているのか?・・・それとも、見えない何かが見えるのか?」
(来た!!)
「やはり巫女となると、凡人には見えない精霊や、人によっては幽鬼が見えると言う。うらやましい。こう見えて、私は一度も幽鬼を見たことがないのだ。人はよく、陰で私を幽鬼と例えているそうだが、幽鬼は私に挨拶をしたことが無い。今いるのか?何処だ?何処にいる?私達を見ているのか?」
(早口でところどころ聞き取れないが、この人も妄想に逃げ込むタイプ。でも、私の妄想とは別種類の妄想家。さっきも医務室で、何処かの誰かの失敗談を、関係ない私に話して笑っていた。他人の失敗を笑う。そんな悪癖も薄毛を笑ってしまう私と重なるが、私とは違う種類のネガティブ、一緒にしないで!)
「素晴らしい、うらやましい、恨めしい。どうすれば、落人や巫女になれるのだろう。いや、方法はなんとなく分かるのだ。落人になりたければ、高所から落ちればいい。だがそれでは、天へ帰るだけになってしまう。この場を楽しめなくなるのだ。まだ墓には入りたくはない。そして次に、巫女や神官は、天教院へ入信すればいいだけのこと。だがこれも違う。宗教にのめり込んだところで、見えないものは、見えないのだ。それを高位の神官は、信心が足りないと信者を励ますが、盲信の先にある、心の幻想や疲労の幻影を見たい訳ではないのだ。奴らの中には、見えると嘘を利用する者もいる。そんな曖昧なものは要らない。そのもの、はっきりとした形、精霊や幽鬼との、分かりやすい交流を望むのだ、分かるよな?」
(・・・全く、分かりません。だけど、あなたが善くない妄想を口に出していることは、そこはかとなく感じます。ネガ妄想の達人、ネガ・ティブさん)
怪しげな男の雰囲気に、反意の刺激は危険と素直に同意を頷く少女。それに満足したウェルフェリアは、携帯食を片手に基地を後にする。だがそれを、上空から遮る声がした。
「待たれよ!巫女を連れて何処へ行く?」
『眼鏡の講師!助けて!』
「竜騎士か、・・・気晴らしだ。本人の希望により、その先の森へ散歩へ行く」
「魂の眠る森、私は行きます。ですが、ですが、一人で行きます」、
〈お願いします!お願いします!〉
(この、ネガ・ティブ氏を、引き離して!お願いメガネ!講師!)
「・・・・そうか、今日は慰霊祭も行われる。少し距離がある。巫女はこちらで引き受けよう」
両手を勝利に握りしめそうになったメイだが、痛みに気付いて思いとどまる。だが何故か、頑なにウェルフェリアは竜騎士への引き渡しを拒否し、結果、少女は幽鬼の様なウェルフェリアの、主によく似た細い馬犬に乗せられて、上空をセンディオラが伴走する事となった。
『・・・・、なぜ・・・』




