25 それは本当に、亀だったの?
ーー位置についてー、よーい、ドーン!
そう、心の中で声を掛けてみたが、もちろん誰も聞いてはいない。この異世界では珍しい広く整地された道路に出たと思ったら、走者魔人、その上空には鳥男という陸空よーいドンが開催された。
数時間前に先に出発したフロウ・チャラソウ・ヴァルヴォアールを追い掛けて、トライド国の僻地へ行く事になりこの舗装道路を進みなさいとボンボン社長に言われたのだが、今、何故か魔人に私が付属装備され、鳥男には姉さんが乗っている。
(でも姉さん、すごく傷だらけ、大丈夫なのかな?)
アピーちゃんもそうなのだが、旅の仲間はケモミミさん達以外、皆が酷い傷を負っている。特に酷いのは弟で、アピーちゃんエルビー、マスク代表と共に今は医務室で治療を受け、安静にしているだろう。
姉さんも全身傷だらけなのに、急いで社長の手紙をチャラソウに届けないといけないらしいのだ。姉さんとぷるりん(私)が、その速達便を引き受けたらしく、初めは鹿擬きに乗ろうと馬鹿達の元へ行ったのだが、横で見ていた魔人が急に怒り出したので「じゃあ、お前が俺を乗せて走れよ」と、丸めるぷるりんの口先交渉復活により現在に至るのであるのだ。が。
(羞恥心、恥じらい、種族は違うが男性からの、抱っこ、うふふ)
憧れのお姫さま抱っこ。少し照れくさくはあったが、異世界の旅の恥、では無くこの羞恥心は、故郷へ戻った私にはなかなか出来ない、良い経験だと前向きに考えたのだ。ただでさえ、恋愛に対して偏見を抱き奥手な私なのだ。このお姫さま抱っこは、人生で唯一の貴重な体験となるかもしれない。なのに。
(魔人、私をお姫さま抱っこして、走ってくれようとしたのに、ぷるりんが、それを拒絶しやがった)
うふふと笑っていた中身。しかし、魔人に抱っこクレームを付けたぷるりんに従い、意外にも魔人は生真面目にあれやこれやと持ち方を変え始めた。
左肩に担ぐ、却下。右小脇に抱える、却下。首元に、風呂上りのタオルの様に二つ折りで担ぐ、もちろん却下。結果、ぷるりん(私)が背中に飛び付いた。そして魔人は鳥男と、よーいドンしたのだ。
(に、しても、魔人、早、)
現在、トライド王国を横目に通過中。ヤカラ達が集団で揉め事を起こしているようだが、魔人の走る速度が早過ぎて、見知った顔にも挨拶無しに通り過ぎる。私は魔人の背中におんぶされ・・・、おんぶ?、いや、ぷるりんが魔人の首飾りをつかみ、広い肩や背中に膝をつき、魔人の頭越しに前方は快適に見えるのである。
(立ち乗り?いや、立ち膝乗り?)
逞しい男性の背中にひしっとしがみつく、か弱い女性像では無く、ケモミミパパの背中に飛び付き、それをロデオ遊戯風に乗りこなしている子供だろう。
(そして私の背中には、長い剣がくくり付けられている。しかも、二本、)
ケモミミパパをバイクの様に乗りこなし、休日の肩車よりも危険な、背中膝立ち大疾走。更に子供の背中には二本の剣。
(我が国ならば、逮捕である。不安定な肩車は、直ぐにエスエヌエスに投稿されて、危険な親子と揶揄られる。そしてそれを証拠に、警察は動き出すのだ。子供の背中には木刀ではなくの二本の剣。銃刀法違反確定である)
だが、逮捕されるのはパパである。子供は危険な何を強請ろうと、法律に手厚く保護をされてしまうのである。そして危険を熱望してしまう子供に、危険の良し悪しを伝えられない、親の精神スキルが大人に達していないと、一家離散の悲劇が待ち構えているのである。
大人に成るというのは、ただ二十歳となり、年数を重ねること、または子供を産めば必然的に成れるものではないのである。
(ハタチ、オトナ、奥深いのである。のである、ノデアル?・・・なんか、ノデアルって、店の名前みたいじゃない?ノデアール・・・ありそう。何屋だろう?)
カフェ・ノデアル。
建築会社ノデアル。
レストラン、ナノ・デ・アール。
アクセサリー、ナ・ノ・デアル。
お食事処、菜野である。
途中から、ナノデアルへと変化した、なのである。
(飲食店が多いな。・・・ベーグル屋さん、店長、先輩、もう、さすがに新しい子、雇ってるよね、)
例えば今日、もしかして故郷に帰る事が出来たとして、私の居ない空白には、既に別の誰かが補われているだろう。仕事の関係上は、欠けたら補充は当たり前のアルバイト。行方不明からの復活を、店長達の人柄から喜んでくれるとは思うのだが、新しいバイトさんが頑張って慣れた頃、バイト先に私が突然戻り入る隙間はもう無いのだ。
これは悲観的な感傷では無く、現実的な話である。
数年前から問題となっていた、育児休暇や産休制度。大手企業や政治家は、この取りにくい休暇を先立って取り入れたとの話題をニュースでやっていたのだが、バイト先の店長達の飲みの話では少し問題内容が違っていた。
ニュースで多く語られていた内容は、その制度や休暇を取得した事による虐め、又は取りにくい環境、そして取得した側の職場復帰の環境整備問題だった。
店長や先輩は未婚で子供が居なく、ベーグル屋さんの前職でそれを取得していた人達の話をしていたのだが、店長達の意見は、ニュースなどでは取り上げられる、取得した社員の悲劇ではなかった。もちろんその制度には賛成だし、自分も使える立場なら使用したいと私も思ったが、店長達の勤めていた会社では、産休明けに戻ってきた人達の、人柄によると言っていたのだ。
新制度、取りにくい環境での挑戦的な取得ではあるのだが、休暇後、一年程の空白を得て、同じ立場で復帰し仕事内容も空白の期間があるのに、上から目線で現場に戻ってきた産休ママスタッフに、不満が巻き起こったらしい。
制度の取得は当たり前。更には子供を産んだから、産んでないあなた達より少子高齢化社会で、優遇されるのは当たり前。空白はあるけれど、産休前にはこのポジションだったから、仕事は分からなくてもあなた達より上司なのよ。でも、保育所の時間内には帰るし、月給は少し減るけどボーナスは当たり前なの。と、言った事により、職場内の人間関係に軋轢が生じたとか。
これに同じ時間で働く、非正規社員の怒りは彼女へ冷たい対応となり、なんならあなたも正規社員になって子供を産めば?と言った産休ママ社員に、未婚上司も非正規社員との板挟みになり、為す術無く沈黙したのだという。ちなみにベーグル屋の店長は、それを違う部署から見ていた外野だ。
もちろん働く女性社会の為の、産休制度や育休制度を取得したからといって、すいませんと下手に出なければならない事も意味が分からないが、「当然でしょ?」と、言いながら戻ってきた人の、空白の間を埋めてチームワークを温めていた人達からすれば、「当然でしょ」では無くチームワークを壊す邪魔者なのである。
人事異動や退職による抜けた穴への再雇用では無く、充実したチームワークを産休明けで戻ってきたからと引き裂き、更に短時間で早めに帰ります、子供が居るから当たり前でしょ?「権利」だからと言った言葉に、彼女の負担を請け負う現場のスタッフはブチ切れたとのことらしい。
もちろん穏便に産休ママとなり、仲良く復帰出来る人も居るとは言うが、人柄による、と店長も先輩も口を揃えて言っていた。
ーー人柄による。なんて曖昧なシステムだ。
空気の読める、人に気を使える者であればあるほど、取得出来ない「権利」。これなら妊娠計画のある人は、強制的に産休取らせるから、そして産休明けは、産休明けの部署があるから、と、初めから言われた方が取りやすい。今はもっと、上手く育休産休問題が解決しているのだろうか?この異世界では分からない。
店長は、子供を産んだから産休とかでは無く、普通に子供を産んでいない正規社員や非正規社員にも、それに近い休みの取得や制度を解禁すれば良いのでは?、無駄に拘束時間だけは長い会社は多いからね。と語っていたが、結局それは全て、大手企業の話しだから、人数ギリギリのベーグル屋では無理だから、産休育休問題は、ごめんねと笑っていた。
(難しい、産休ママ。問題は保育所の待機児童だけでは無いのだ。世の中は、とても産休ママや育休パパに厳しいのである。もちろん上からママじゃない人達の方が多そうなのに、現場の空気感、難しい)
既存の会社ルールに、育休産休制度を横から差し込んでも、現場ではギスギスと、皆は腹に溜め込んでいるのである。上長から、会社は育児をフォローするから、そうでない人にも、別のフォローをしっかりするから、と力強く言われる、夢の大企業に就職しなければ、空気を読んで現場フォローが待っている。
大丈夫。私のまわりは皆、とても良い人だから。
この上から勘違いは、有難く思っても、口に出してはいけないのである。そんな中、せっかく産まれて来たのに、ボッチにされる子供達の事は、誰が考えているのだろう。子供の為に働いているのだから、とは、子供の所為にはして欲しくないのである。自分の幸せの為に子供を作ったのは、親と呼ばれるものの行為の結果なのだから。
社会の一員として、とりあえず、産めや増やせやと言われて産んだところで、パパもママも朝から晩まで働く我が故郷。なんだか、とても息苦しい。でもその荒波を渡りきる、逞しいパパとママと子供達、私にとっては賞賛すべき憧れのファミリーなのである。
そう考えてみると、我が両親や、それを成し遂げ維持している普通の家族、普通の親達は、本当に偉大である。
(話は逸れたが、これは空白に関する疑念なのだ。産休ママでも無い私、ただの失踪、行方不明、なのにこの空白から、我が国へ戻れば、ナチュラルにベーグル屋に帰れると思っていた私、甘かった。でも、・・・どうなるのかな・・・)
心が弱くなるので、家族の事はあまり考えない様にしていたが、私の家族はきっと、絶対に探してくれている。戻れば喜んでくれる。だけど、失踪していた空白は、一体どうなるのだろう。
就職活動や様々な現実的問題が、この不自然な空白により、どうなるのか想像出来ない。というより、初めは先送りしてきたこの大きな問題を、最近ようやく考えられる様になってきた。
(私、本当に、どうやって帰るの?、帰ったら、私、どうなってしまうの?)
昔むかしある男は、助けた水陸生物にラチられて、水中世界にて、女をあてがわれ軟禁された。そして解放された時、不穏な細菌兵器を手渡され、それにより老化して幕を閉じる。
(我が国でも有名な、あの人生の老いを凝縮したお伽話。しかし、今の私に置き換えれば、他人事では無い)
どうやって戻るの?
そして戻ったら、時間はどうなっているの?
(こちらは一年五百日。でも、そもそも、一分一秒が、同じ時間の流れなの?)
例えば、我が国に戻った私が極端に若いとか。
または逆に、極端に年上になっている。とか。
考えたくない話題。先送りにしてきた大問題。
(私の家族や友達は、今、どうなっているの?)
〈見えた!〉
「おい、上の奴に、負けてるぞ」
(!!)
先送り大問題、それと深く直面した私の前に、見たことのある風景が広がった。魔人が走り、乗ったことは無いのだが、バイクで流れ見る様な景色の一つに、あの森を発見する。
(私が異世界に、落ちてきた時の森だ、)
「魂の眠る森、グルディオーサ」
呟き漏れ出た私だが、ぷるりんはエヘンゴホンと追いやらずに、夕陽に染まる森をしばらく見せてくれた。
「メイ、言っておく。お前の事は信用しているが、ここから先は、俺が良いと言うまで、何があろうと出てくるな。戦場域に入る。下手したら死ぬからな」
(!?)
そんなこと、分かっているよぷるりん。
今更だよ。
『だって、誓約してるからね』
呟いた私に、ぷるりんが笑って応える。
「そうだな。俺は今まで、自分から誓約を違えた事が無い。だが今回、その一つを破棄しようと心に決めたのだが、それを甥に押し付けてしまった」
(・・・?)
珍しく、ぷるりんが長々と私に話し掛けている。これは魔人では無く、私に話し掛けている。
(珍しいね、ぷるりん。よく考えたら、ぷるりんと私、この異世界では一心同体みたいなものなのに、あんまり、おしゃべりしたこと無いよね)
ほぼ業務連絡と、ほぼぷるりんからの叱責。そして脅迫だけの気がする。
(いつかのんびり出来たら、ぷるりんとゆっくりお話出来るのかな?)
客観的に見ると、それは全て、私の独り言になるのだろうが、それはまあ、良しとしよう。
そんな事をのんびりと思っていた私だが、ここが戦争の現場であり、更にその火中にぷるりんが栗を拾いに行くとは、想定していなかった。




