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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
双頭の王~ファルド帝国
166/221

24 戦意 24


 「放て!!」


 後退と見せかけて周囲の森へおびき寄せ、木々の影から無数に弓矢を空に放つ。更に続く投槍部隊の攻撃により、小賢しく空を飛び交う者達が失速する。


 上空より地上へぶつかる様に急降下し、盾で身を守る歩兵部隊を簡単になぎ払う。更に轟音と共に滑空し、騎乗する竜騎士の振り回す、大きな槍に止めを刺された。  


 「左軍でもルダスを超える歩兵隊、更に六百ロウロス馬犬ドーラ騎隊を、僅か五十ヴィース騎で翻弄するとは、」


 第四師団の参謀将校は驚愕に空を見上げるが、その横には平常でも青白い顔色の将軍、ウェルフェリア・ソアル・ディルオートが、いつになく生気の無い目をぎらつかせている。


 「狙いは竜体のみ。騎士は構うな。弓部隊、投擲部隊へ、天へ穴が空くほど撃ち放てと命じろ」


 圧倒的に総数で勝るファルド帝国が、実際じりじりと最前線を後退させられている。しかも敵の総数は五十騎なのだ。この事実に驚愕し、初めての竜騎士戦に怯懦し始めた自軍を、ウェルフェリアは奮起させなければならない。


 上空で鳥のように整列したかと思えば、四散し四方から急襲されて、地上の陣形を崩して逃げる。飛竜の巨体と共に屈強な竜騎士が、巨大な槍を片手で振り回すだけで歩兵部隊は次々と吹き飛ばされた。


 (歩兵と馬犬ドーラ騎乗戦の、力の差どころではないな。飛竜自体に、戦力と防御力が有りすぎる)

 

 羽あるものへの攻撃は弓部隊が主力となるが、その羽も硬くて射抜けず弓矢が通らない。しかし無数に放つ攻撃の中に、飛竜が身を捩り受けずに躱す癖をウェルフェリアは見つけた。


 「そうか、羽では無い、羽の付け根を狙え」


 将軍の指示に従い、天へ無数の弓矢は放たれる。槍よりも飛距離のある細い矢は、一斉に飛竜の弱点を狙うべく放たれた。




**




 〈テイファル分隊長!気付かれました!〉


 ファルド帝国の弓矢は、エスクランザ国の天弓騎士の物より軽くて弱い。飛竜の羽膜さえ貫通出来ない、素材の弱い武器は驚異にならず羽虫がまとわりつく様に払っていたが、胴体の弱点に気付かれた。


 〈目が良い奴がいるなあ、〉


 次々に傷付き後退させられる騎体を数えたテイファルは、想定より押し進めた戦場を見下ろして、背後の自軍を振り返った。


 〈右側の目立つ奴。あれ、取りたかったんだけどなあ、頃合だな〉


 見下ろした荒野の戦場、規則正しい左側とは違い右から迫る部隊は動きが荒削りで予測がつかない。しかも大将と思われる男は、先陣の先頭で飛竜を五体傷付け後退させた。


 〈ファルドで黒の戦闘衣を身に着ける者は珍しい。あれに赤い飾りが付いてたら、あいつは飛竜の的になったな〉


 〈確か第九師団とかいう、特殊部隊の連中ですね〉


 〈でも、黒いのあいつだけだなあ。他は違うのか?〉


 名残惜しそうに見下ろしたテイファルは、血を大地に振りまき、身体から引きずり下ろされた相棒の騎士へ叫んだ飛竜の悲鳴を耳にした。


 〈一番隊!!上昇!!〉




**




 空からの攻撃が止み、上空へ舞い上がり始めた飛竜を見上げたウェルフェリアは、初めより隙間の空いた隊列に目を細めた。


 「まだ空に穴は開かないが、飛竜は歯抜けになってきたな」


 「追撃準備を、」

 

 明らかに上空へ撤退したガーランド竜騎士達は、半数以下に減っている。竜騎士を仕留めて落とす事は出来ても、傷付いた飛竜は直ぐに上空へ逃げ、未だ竜体は地上には無い。傷付き揺らぐ飛竜を追えば、止めを刺して戦利品に出来るのではとの声が上がるが、それをウェルフェリアは許可しなかった。


 「本陣が崩されて補給部隊が半減した。昔の様に、トライドからの食糧支援が無い今、先に本隊を立て直す必要がある。それに、」


 ウェルフェリアの懸念は、背後に上がったトライド国の反旗。軍を持たないトライド国は脅威にはならないが、ここで背後から纏わり付かれても面倒になる。


 「ガーランド竜騎士、第一陣の撤退、これより左翼部隊は、「団長ゼレイス!、前線上空西に、新たな騎影を確認!」


 幕舎に慌ただしく飛び込んできた兵士に言葉は遮られ、報告内容に参謀陣営は腰を浮かした。



 「敵、総数、セルドロス!先頭は黒竜、オゥストロ・グールド!」



 「来たか!出るぞ!」


 黒竜騎士の名に身を乗り出したウェルフェリアに、次々に馬犬ドーラに騎乗した騎士達は続く。団長に並走する副官は、更に最新の報告を叫んだ。


 「これにより、右軍、メルビウス中将以下将校陣営側が、先ほど総攻撃を開始しました!」


 「左翼全軍、右翼軍と合流し、敵大将の頭を取る!」


 呑気に態勢を整えさせてくれる暇も無い。長期戦を見込んでいた戦線は、ガーランド黒竜将軍の出撃に総攻撃を余儀なくされる。


 (これを引けば、戦線の維持どころか、我が国まで容易に侵略を許す事になる)


 英雄オルディオールが残した遺産、小さいが属国であるトライド国が在るために、飛竜を駆る竜騎士の脅威が緩和されてきたのだ。ガーランド竜王国を攻め、大陸統一をする事は悲願であるが、逆に攻め入られる隙を与える事はあり得ない。


 五十年、想定だけの竜騎士団との演習は、実際の飛竜と竜騎士を前に苦戦を強いられている。


 「団長ゼレイスディルオート!、後方部隊より伝令です!本国へ撤退した第三師団の一軍が、トライド王国を名乗る破落戸に襲撃され、救援を求める信号が上がりました!」


 「重畳。第三が我等の後方部隊の盾になったな。現状維持で返信しろ」

 「総攻撃を目前にした最前線、そこから逃げたくせに、よく前線こちらに信号弾を発しましたね」


 呆れる部下を横目に見たが、ウェルフェリアも内心それに同意した。黒竜騎士に向かう昂ぶりに、今は心が支配されているので同意は頷くだけに留め置かれるが、そうでなければ間抜けな第三師団で、何度も妄想笑いが楽しめたのだ。だが、もう一つは良くない懸念の的中だった。警戒はしていたのだが、反旗と共にトライド国が、ファルド帝国騎士団へ立ち向かう戦力を持つとは思っていなかった。


 荒野を駆け抜ける、無敵のファルド帝国騎士団の力強い軍勢。だが今回は、いつもの戦場の空気とは違う。それを肌に感じたウェルフェリアは、唯一の誓約グランデルーサを思い出し、自身を奮い立たせた。


 (私は負けた事が無い。それは部下が優秀なだけの勝利。そして、私は負ける訳にはいかない)


 ウェルフェリアの敗北は、優秀な部下達の敗北。即ち死へ直結するのである。死は天へ帰ること。それはウェルフェリアにとって最大の安らぎであり、広大なディルオート公家の領地には、見晴らしの良い場所に自らの墓を用意してある。この男の奇妙なところは、部下達全ての墓も既に同じ敷地に用意してある事だ。


 ーー天へ帰る準備は、私が全て行う。だから安心して死んでくれ。


 入団すると第四師団隊員は告げられた。部下達はそれをどう捉えたのか、何故か全力でディルオートに尽くし始めたのだ。


 幼少期の頃から、ファルド国内では破落戸達との紛争が頻発し、墓にも入れず道端に転がる死者を多く目にしてきた。多くは下層貧民の死体であったが、身包み剥がされた裸のものは貴族であった。貴族の死体は軍が率して回収するが、中には取り残されて道端で朽ちていくこともある。更に戦場に出れば、回収出来るものたちが激減するのだ。


 墓に入ることが出来た安らかなる死者に憧れ、その最大の安楽を部下に提供する。


 墓はウェルフェリアにとっては、部下を死なせないための誓いなのである。これは、ウェルフェリアが空の墓穴と勝手に誓った、死すべき者との誓約グランデルーサなのだ。


 (簡単にあの安楽の地へは行かせない。私の心の安らぎの場所は、人が少ない方が幸せなのだから)


 部下への墓穴を誓約グランデルーサとしているが、人付き合いを得意としないウェルフェリアは、自分に架したその誓約グランデルーサにいつも苦しめられている。彼は死した者も生者も同等に苦手なのだ。故に戦場では、常に勝利を収めなければならない。ウェルフェリアが墓穴と交わした誓約グランデルーサには、破棄しても天が落ちる事は無い。ただ墓穴に入る部下が増えれば、自分が苦しめられるだけなのだ。


 (だが、今回ばかりは分が悪い、)


 敵国の黒竜騎士オゥストロ・グールドは、大竜騎士フランシー・ソートと共にファルド帝国でも知らぬ者はいない名将だ。ウェルフェリアはいつものように、根拠無き勝利の自信を感じなかった。初めての緊張が彼の両手に汗を滲ませる。そうして突き進んだ戦場の上空には、第一陣よりも威圧的に空に展開された一軍が、黒い輪となり浮かんでいた。


 

 




***


ーーーファルド帝国、王城内。


 

 



 巨大な獣人が死刑囚と共に王城内を逃げ回る。前代未聞の事態に駆けつけた第一師団の王城守備隊は、身の竦む様な大きな獣人の反撃により、簡単に一行を取り逃がしてしまった。


 大階段を駆け上がり、玉狩ルデアりを先頭に上階の一室を目指す。そして迷わず第一師団団長の執務室にたどり着いたが、そこには人の姿は一切無い。ヴェクトの怒りがアラフィアとエルヴィーへ低い唸り声となった刻、追っ手の守備兵の背後から、震える皇帝付きの従僕にか細い声で呼び止められた。


 「皇帝陛下のお言葉です・・・」


 先頭で震える従僕は、死刑囚から一転して他国の客人となった者達を連れて王城内を進む。王命とエールダー公家の保護されてはいるが、警戒に周囲を物々しく兵士に囲まれての移動となった。そして身を改める暇も無く、傷だらけの客人達が謁見の間の中央に案内されて直ぐにファルド帝国皇帝は現れた。




(なんだ・・・?)



 扉を数歩進んだ若き皇帝は、王妃を迎え入れる様に背後に手を差し伸べたまま動かない。それを不審に見つめていたアラフィアは、見慣れない真白い衣装に身を包んだ黒髪の少女が泣きながら兵士に連行される姿を見た。


 (どうしたってんだ、あいつ、)


 少女の顔は、深夜に青い星に祈りを捧げ、全身で嘆き悲しむ姿と酷似している。アラフィアの背後に控えた男達は少女の涙に反応し、エルヴィーは一歩前に進んだがそれをアラフィアは振り返り睨んで止めた。


 (ここで、騒ぎを起こすなよ)


 兵士から腕を解放された着飾った少女へ、アラフィアは確認の為に名を呼んだ。すると声を掛けられた少女の涙は嘘のように引いてしまったのだ。しかも涙の内容が、厠に関する下らない内容であった為に、後方のトラーも複雑な思いに目を伏せる。


 「ーさて、それよりも、」


 満身創痍のアラフィア達を見回して、黒髪の少女は何故か満足げに笑み頷くとファルド帝国皇帝を振り返る。ヴェクトを見ても動じず、憮然と口を引き結んだままの若き皇帝へアラフィアとトラーは使者として他国の王に形式的な挨拶の口上を述べた。それを頷き聞き流した者は、小さな身長を大きく見せようと生意気に顎を上げると胸を反らす。


 「これより、ファルド帝国皇帝陛下より、ガーランド竜王国との和平交渉へ向けて、お言葉を頂く」


 〈!!〉


 ファルド帝国王命により、アラフィア達への攻撃が抑えられ、天上の巫女の名に呼ばれこの広間についてきた。オルディオールと口裏を合わせ、捕らえられた口実に和平交渉の使者を唱えていたが、アラフィアは真実その道に至るとは思っていなかったのだ。それは北方セウスエスクランザ国のトラーも同じ気持ちで、何かの魔法に掛かった様な顔をして天上の巫女を見つめている。


 「皇帝陛下はお若くありながら、歴代のどの皇帝よりも平和への関心が強く、東大陸全体を見据え、先見の明により今回の英断をなされた」


 呆然と玉座の若き皇帝を見上げるアラフィアは、広間の左右壁面に整列し、自分達を怪訝に見つめる貴族の男達を見渡した。その横にはもちろん武器を手にした衛兵も居並んでいる。


 (我が国と、ファルドが和平条約?本当にか?)


 黒髪の巫女は、知りもしない皇帝の賛辞を長々と述べ続けたが、憮然と使者を見下ろしていたアレウスの表情に頷きが加わり始めた。そして少女が賛辞に交えて和平交渉を促す頃には、上機嫌にアラフィアに満面に笑みを浮かべる。


 「遠路はるばる、良く来た」

 

 〈・・・〉、

 「必ずや、両国の橋渡しとなりましょう、」


 笑う皇帝の真意は不明だが、これは願ってもない好機。大聖堂院カ・ラビ・オールを内側から崩し、自国の竜騎士が戦場で力を発する為にファルドへ潜入したのだが、それよりも歴史的に為し得たことの無い大きな機会が舞い込んだ。


 ガーランド竜王国に、ファルド帝国側からの和平交渉を拒む理由は無いのだ。この五十年、多国へ進軍する議案が上った事は無い。むしろ大陸統一を掲げ戦を繰り返すファルド帝国が、その方針を改める事をガーランド竜王は望んでいたのだから。


 「だが既に、グルディ・オーサ領内にて、我が軍とガーランド軍との戦は開戦してしまった」


 〈そんな!、何故、!?〉


 なんの合図も送ってはいない。大魔法を食い止めてもいない。驚愕に目を見開いたアラフィアと、背後のトラーも息を飲む。ファルド帝国とガーランド竜王国が衝突すれば、エスクランザ国皇太子であるアリアも否応なく巻き込まれ、同盟国として共に戦う事になるのだ。


 「これには我が軍第一師団騎士団長が、停戦へ向けて動いている。だが、一刻も早く和平案の事実を知らせた方が、両軍にとっても有益であろう。貴公、手傷が深いが、我が勅書を託して、これを戦場へ運ぶ力は残っているか?」


 進み出た従者が掲げた銀の盆には書状が一枚ある。それにアレウスは署名をすると、傍に控えた大臣が確認しファルド帝国の蝋印で封じる。アラフィアは正式な和平交渉の書状を厳かに受け取ると、ガーランド竜王国の最敬礼でファルド皇帝アレウスを見上げた。


 「伝令によると、ガーランド軍第一陣が後退し、それに続き第二陣が現れたとの事です」


 参謀大臣が進み出て述べた戦況に、アラフィアは顔色を変えた。


 「第二陣の出撃、急がなければ、和平交渉は手遅れとなりましょう」


 切迫した表情のアラフィアに、オゥストロ隊の出撃による戦況の進捗を計算したオルディオールは、総戦力では無いファルド帝国は、即座にグルディ・オーサ基地を奪われると結論づけた。


 (想像以上の好機だが、しかし戦況によって、この和平交渉案が失われる可能性もある)


 大掃上カ・リンガー阻止の合図を送らなくても、オゥストロは進軍した。トライドの反旗だけでは判別出来ない、大魔法が発動するかもしれない危険な賭に、進軍を決断したのだ。それはオルディオールとの約束によるものか、ガーランド竜王国の利益の為かは分からない。


 (ただ言えるのは、オゥストロはトライド王国の掲げた反旗に、脆弱なトライドを支援するために軍を動かしたという事だ。そして、ファルド国内で起きた紛争とオゥストロの進軍が、皇帝陛下を焦らせ、和平案への決断へ促し早めたのが現状)


 竜騎士であるアラフィアの姿に、黒竜騎士を重ねて見たオルディオールは、彼の英断に応える様に決意する。


 「ヴァルヴォアール将軍が停戦交渉に向かったが、直ぐにアラフィア殿も向かった方が良いな。俺も行こう。グルディ・オーサの衝突は、確実に止めなくてはならない」

 (この好機を逃さず、和平交渉を必ず成功させる。そしてトライド王国の独立を完成させる)


 天上の巫女の強い瞳にアラフィアも応え、一礼と共に足早に謁見の間を辞したが、それを追う侍従は急ぐアラフィアを客間の一室に案内した。



 「大聖堂院カ・ラビ・オール四十五エルヴィー番はその場に、」



 皆の後に続こうとしたが、強く命じられたエルヴィーは立ち止まる。そして初めて対面するファルド帝国皇帝に、敬礼をとることも無くその場に立ち竦んだ。若き皇帝を目の前に、今さら逃げることを諦めたエルヴィーは、アレウスの隣に佇む愛しい少女へ目を移した。


 「大聖堂院カ・ラビ・オールより、暴走し同胞を殺めたとの報告がある」


 「・・・・」


 読み上げられる罪状を無言で聞き流したエルヴィーは、自分だけ裁きの塔に戻されるのだと理解する。そして、皇帝アレウスの隣に立つ黒髪の少女の姿に、オルディオールが少女を大聖堂院カ・ラビ・オールから守れたのだと解釈した。


 (陛下の庇護下に入るなら、ミギノはエミーから痛い事はされないね)


 それに安心すると、自分の役目は終わったと、そう思えたのだ。


 「天上の者であるミギノ・メイ・カミナの巫女より、お前に命を何度も救われたと聞いている」


 「・・・え?」


 「そして暴走した六十六ロウロウ番より巫女の身を守った事、その功績により、同胞殺害については不問に処する」


 「・・・・」


 「この後だが、カミナの巫女の希望により、お前は大聖堂院カ・ラビ・オールには戻らずに、そのまま巫女の護衛の任務を命じる」


 「!」


 エルヴィーへ目を眇めた黒い瞳。天空議場から移動する前、エミー・オーラの居なくなった後に、黒髪の少女は玉狩ルデアりの事をアレウスに願い出ていた。


 (切り捨てる事は簡単だ。だが、お前はまだ、メイの為に留めておく)


 「・・・・オルディオール、馬鹿だね、君は」


 呟いたエルヴィーの声は、少女の耳には届かなかった。


 

 






 〈エスフォロス!なんでここに!?〉


 捕らえられたアラフィアに代わり、大聖堂院カ・ラビ・オールを攻略しているはずの副隊長エスフォロスが、不自然に傷だらけの姿でここに居る。姉は隊長として怒るべきか、再会の言葉を一瞬ためらってしまった。

 

 〈貴様、まさか私たちを追って捕らえられたのか?〉


 〈そうじゃないが、俺たち、ファルド皇帝に呼び付けられたんだ〉


 エスフォロスは曖昧に言い訳し、背後の椅子にはスアハが腰掛け、大きな瓶でごくごくと水を飲んでいる。その対面には、フェオがのんびりと長椅子に横たわっていた。そして離れた窓辺には、耳を下げて、こちらも傷を負ったアピーが俯き佇んでいる。

   

 

 『アピーちゃん!、どうしたの?大丈夫!?』

 「!、ミギ〈メイ!!!!〉

 『・・・ショートだね!いいなあ、顔が小さくて可愛いと、ショートは良いよね。私も髪切ろうかな?でもショートよりも、ボブにしようかな?丸顔安心ガードだとおーゴホンゴホン、グホン!!、ーゲヘン!!、ウェオホンッ!!』

 〈メイ!メイ!、どうしたの?お水飲む?〉

 『ありがとう、かっぱちゃん。大丈夫大丈夫。ここは絶対死守するから。アピーちゃんはね、怪我をして、治療のために髪が短くなっているの。そして首にラッパの様な丸を付けられることもある。でもアピーちゃんには付けないから大丈夫。かっぱちゃん、空気を読んでね。安静にしてあげて』

 〈また!『かっぱちゃん』て言った!ヤダヤダ!〉

 『はいはい。河童にダイレクトかっぱちゃんは、ヒネリもユトリも無い、適当で失礼なネーミン、ゴホンゲヘン!!グハッ!』 

  

 アラフィアがエスフォロスへ状況説明していると、エルヴィーと遅れてやって来たメイが飛び出て、アピーに異国語で猛然と話し掛けるが全く分からない。それにスアハも横から絡みつき、いつになく異国語の主張が強いメイは、しつこく咳き込むオルディオールと必死に戦っていた。


 『ゴホ、お前が一番、空気を読め。青い魔物め。アピーちゃんのメンタルが、傷付いているのが分からないのか、この、青いたゥゴホン、ヴヴンッ!!グハッ、ークソ、ガキ、今は下がれ!ゴホン!」


 オルディオールが成仏したと別れを嘆き、人前で悲しみ号泣した自分の思いを「大したことじゃないのは、間違いない」と片付けられた。その事をメイは根に持ち続けている。だが、謁見の間では空気を読んでアラフィア達とのやり取りを見守り、オルディオールへの反撃の機会を静かに窺っていたのだが、傷だらけのアピーを目にして冷静さは吹き飛んだ。


 (アピーちゃん、女の子らしくなりたいって、髪の毛きれいにお手入れしてたのに、こんな酷い切り方、しかもこんな、)


 『こんな、子供を怪我させーゴホン!』

  

 「ミギノ、オルディオールが何かしてるの?」


 「黙れ玉狩ルデアり、お前には、さっきの貸しがある。邪魔をすーゴホンゴホン」

 〈オルディオールなの?、メイなの?お水飲む?、喉渇く?〉


 『ウェホッ!!ゴホンゲヘン!ありがとう、かっぱちゃん』

 〈また言った!!〉


 ブチュッ!!


 『む!?・・・・うぐ、うぐ、うぐ、』

 (・・・・)


 メイに寄り添っていたスアハが、突然に口に吸い付いた。だが喉に大量に水が流れ込み、咳き込むどころか窒息と戦いながら飲み下す。突然の接吻にアピーは赤くなり急いで両目を両手で覆い、エルヴィーは身を強張らせたが、それを横目に見たアラフィアとエスフォロスは、目線を戻すと構わず会話を続けていた。


 〈・・・・〉


 〈・・・ヴェクト、あれ、放っておいていいの?〉


 少女の唇を覆うように被せられたスアハの唇は、頭を両手で固定して隙間が全く見られない。初めは興味津々と見ていたフェオは、青ざめていく少女の顔に死相を見る。


 〈・・・、〉


 溜め息と共にヴェクトが無言でスアハを引き剥がすと、離れた隙間から大量の水を口から噴射した少女はがくりと膝をつく。


 「巫女様ミスメアリ、大丈夫ですか?」


 未だ両手で目を覆ったままのアピー、為す術無く行為を見守っていたトラーは、呼吸を求めてゼエゼエと肩を揺らす少女の背中を不安げにさすり始める。珍しく狼狽えたエルヴィーは、何も出来ずにうろうろと未だ少女を見守るだけだった。


 「だ、大丈夫?ミギノ、」

 「巫女様ミスメアリ


 「・・・、問題ない。イーのガキに、礼を言う」


 〈喉治ったの?良かったね!〉


 引き離された不満でヴェクトに噛み付いていたスアハは、少女に憑いたオルディオールに褒められ胸を張った。メイはスアハからの大量水分補給により、水を噴水の様に逆噴射した事で完全に身を引いていた。そして今は、その事実に呆然とぶるぶる震えている。それは外身の全体に伝わって、唇は紫色になっていた。


 「巫女様ミスメアリ、お身体が震えていますが・・・」

 「問題ない。水の飲み過ぎだ」


 (ワタシ、ナニカ、シタ?、カルマ?、初めての望まない人間ポンプ、ワタシ?、水芸?・・・バイト先の美人の先輩が、酒の飲み過ぎでの大失敗の、人前での大嘔吐を、成人の通過儀礼だと豪快に笑いながら語っていた事を思い出す。店長は、飲みすぎは即死に繋がるから真似するなと窘めていた)


 「こちらにおかけ下さい」

 「いや、先を急ぐ。おい、アラフィア、俺も話にまぜろ」


 (サケ、マダ、ノンデナイノニ、ミズデ、シニソウニナッタ、)






***


ーーートライド王国、グルディ・オーサ交戦区域。

 



 ウェルフェリアが到着したグルディ・オーサ基地の本陣では、既に第三師団は散り散りになり、無断で本国へ撤退したものと、右翼軍へ吸収されたものに分かれている。


 「素晴らしい景色だ」


 「団長ゼレイス!、大将、出ます!」


 本陣の上空に不気味に浮かぶ円状の陣、その中から単騎、黒竜騎士が現れて、地上へ向かって一直線に滑空した。迎え撃つのは高速で馬犬ドーラを駆る、右翼軍大将メルビウス。


 大きな黒い飛竜、全身黒色の戦闘衣、灰色の長い髪に赤い血の様な羽飾りは風に舞い踊る。大きく長い黒の槍を振り上げたオゥストロ・グールドは、銀色の長剣を空に翳す同じく黒衣のメルビウスと激しくぶつかり、金属の衝突音が辺りに響き渡った。


 お互い重く長い武器を軽々と連撃し、黒竜の羽撃きと共に上空で槍を回したオゥストロは、それをメルビウスに素早く撃ち込む。竜騎士戦に改良されたファルド帝国騎士団の長い盾には、羽根の意匠が施され攻撃を流す装飾だが、それはオゥストロの一撃で盾ごと無残に砕け散る。更に受け流しきれなかったメルビウスの、左腕を深く肩まで切り裂いた。


 「ウォオオオッ!!」


 苦痛を感じる前に、即座に反撃を涼しい顔色の美丈夫へ斬り返したが、それは漆黒の盾に防がれ流されてしまった。


 「くっ、」


 〈・・・・〉


 メルビウスの怒りを煽るように、オゥストロは上空には羽ばたかず、常に馬犬ドーラの跳躍範囲内に浮かんでいる。そして血が流れたままのファルド帝国騎士に猶予を与える様に、次の一手を先に繰り出さない。侮られたと怒りに顔を歪めたファルド帝国中将だが、余裕に攻撃範囲に留まり続けるオゥストロへは直ぐには斬り込まず、慎重に間合いを取ると次の攻撃の機会を見極めた。


 その緊迫した大将戦の隙をつき、周囲で大将メルビウスを見守る兵から地上近くを浮遊する黒竜へ、背後から無数の弓矢と投擲が降り注いだ。


 ーー「「ぐわあ、あ、!」」


 悲鳴と共に叩き落とされた弓矢と投槍は、どれ一つオゥストロへは届かない。上空から素速い滑空と共に一軍へ槍を振り回した二騎の竜騎士が、無数の弓矢と投槍の盾になり薙ぎ払い、舞い降りた三騎めが、卑怯にも背後からオゥストロを狙った一軍を鋭い長槍で斬り伏せた。


 巨大な灰色の飛竜、それを自由自在に操り旋回した竜騎士は長槍の血糊を飛ばすと眼鏡を中指で押し上げる。そして積み上がった死体に後退った弓部隊を冷たい氷色の瞳で見下ろした。

 



 

 「団長ゼレイスディルオート、基地の魔石投石機が、まだ起動可能な物が数機、残っています」


 「・・・ああ、」


 少し離れた先で展開されるメルビウスとオゥストロの戦い。更に瞬殺された弓部隊。左右両軍の総攻撃を開始したとしても、空に円を描く竜騎士達にどれほど届くものかをウェルフェリアは考えた。


 未だ続く大将戦、それに無粋に手を出さなければ、竜騎士団は上空で腕を組み見下ろしているだけなのだ。


 (この余裕、まさに我々は、竜騎士戦を根本的に間違えて考えていた)


 信じたくは無いが、精鋭部隊とはいえ力有りきで集った各師団の結束の薄い右翼軍と、ウェルフェリア率いる左翼軍だけでは全く刃が立たないのだ。ロールダートの言いなりに、グルディ・オーサ本陣を明け渡している場合では無かった。


 (だが、それでも引くわけにはいかない。私は負ける事は出来ないのだ)


 上空に不自然に浮かぶ飛竜で作られた黒の円。昔、天教院エル・シン・オールで見た絵本の中に、天上の巫女姫の頭には金の輪が嵌められている絵があった。天へ帰れば、天上人が真実頭に輪を嵌めているか分かるのだ。空の輪にほくそ笑んだウェルフェリアは、それを確認するのは自分が一番先なのだとの決意を胸に秘め、大将戦の決着と同じくして本陣へ突撃する事を副官に伝える。


 だが、丘陵からメルビウスとオゥストロの姿を眺める左翼軍は、再び現れた大将戦に水を差す無粋な影に目を眇めた。ファルド帝国から伸びる軍道は、先ほど報告にあった通りならばトライドの破落戸達と第三師団が未だ小競り合いをしているだろう。


 それをかい潜り駆け抜けてきた者達は、第一師団の真白い隊服を先頭に、黒の戦闘衣が十人。彼等はグルディ・オーサ領地に入ると直ぐに四散する。


 「団長ゼレイス!あれを!!」


 明らかに援軍の数では無い第一師団と第九師団、彼等の駆け抜けた後には長い黄色の線が尾を引く。


 ーー「停戦ポロスの旗だ!!!」


 悲鳴のように誰かが叫んだ。黄色の長い旗は戦場の中に棚引き、誰しもの目に留まるように戦場内を駆け巡る。五十年前、ファルド帝国の為に身を投げ出して死んだ英雄オルディオールは、ファルド帝国の良心として、理不尽に命を奪う大魔法を止めに駆け抜けた。


 彼が大掃上カ・リンガーに飛び込み、トライド兵士と竜騎士と共に死んだ事で、ファルド帝国騎士団は公に大聖堂院カ・ラビ・オールを敵にする事が出来た。オルディオールの死は、ファルド帝国騎士団を、非人道的な大魔法に頼った卑怯者とはせずに、騎士団の誇りと良心を守ったのだ。

 

 だが今回は、その古の禁呪である大掃除カ・リンガーの発動を、阻止する事が既に出来ている。


 「何故だ、」


 正当な東大陸統一戦、その始まりに掲げられた停戦ポロスの旗。


 「先頭は、ヴァルヴォアール総指揮官です!!」


 ファルド帝国からトライド国を半日掛からず、休むことなく走り続けた騎士達は、停戦ポロスの旗を掲げグルディ・オーサ領を駆け巡る。その先頭、強靱な脚を持つヴァルヴォアール家の馬犬ドーラは、真っ直ぐに本陣へ突き進んだ。


 大空に不気味に浮かぶ黒い輪は、総数はセルドロスの竜騎士団。その真下、円の中央でぶつかり合うメルビウスとオゥストロの戦いに、黄色の尾を引く白い騎士は飛び込んだ。


 

 ーーギャリン!!!



 鈍い金属音は、オゥストロがメルビウスの首を刎ねる為に振り下ろした一撃を、横合いから銀色の長剣が遮り流した音。黄色ポロスの旗は目に入ったが、逸らされた槍を構え直して連続に隙間無く打ち込み斬り付けるが、それは全て受け流されて、最後の一打を銀色の剣は跳ね返した。


 〈ファルドのヴァルヴォアールか〉


 「黒竜騎士、オゥストロ・グールド。我がファルド帝国皇帝陛下の命により、我が国を訪れた、貴国の使者との交渉の為、一刻の停戦を受け入れる!」


 ぶつかり合う黒い瞳と、青い目は揺らぐことなくお互いを見据えたが、素朴な色の旗に目を落としたオゥストロは軽く翼を羽ばたかせて浮き上がる。


 〈停戦、それはファルドが負けを認めて、グルディ・オーサから撤退すると取ってよいのだな?〉


 「あいにく、私は東大陸共用語しか習得してはいない。ガーランド黒竜騎士が、この旗の意味をご存知ないとは思わぬが?」


 〈東大陸フラン、共用語?〉


 お互いの会話に不敵に笑い合う。平和を象徴とする黄色ポロスの花の旗を掲げるフロウだが、冴えた青の瞳は好戦的にオゥストロの黒い瞳とぶつかり続ける。

 

 〈このフラン大陸に、共用語があるとは、それこそ存じ上げないが?〉


 「・・・・」


 オゥストロの問い掛けに、それは分からないとフロウは微笑み返すのみ。鋭く黒い槍を突き出したオゥストロも、伝わらない言葉を繰り返す。


 〈黄色ポロスを掲げたということは、敗北に撤退し、停戦を願い出るということだ。ならばその証として、ファルドはこの地を去るが良い〉


 突き付けられた黒い槍、それにフロウは笑顔で返すと刃の代わりに旗を槍の穂先へ突き返した。


 「天上の巫女の願い出た和平交渉案、それをガーランド黒竜騎士が否定し、平和ポロスに槍を突き付けられるとは。我が妻、ミギノが悲しみます」


 〈・・・我が妻?、ミギノ?〉


 「ミギノをご存知ないでしょうか?このグルディ・オーサに降臨した天上エ・ローハ巫女ミスメアリ、ミギノ・カミナメイは我が妻。ヴァルヴォアール家のものです。彼女はとても平和を愛しーー!」


 槍が下から跳ね上がり、空に円を描く飛竜の中央に黄色ポロスの旗が舞う。ヴァルヴォアールの手から離れた旗は、上空で黄色の軌跡を残して落下すると、カランと地上へ渇いた木の音を鳴らした。


 〈・・・・!〉

 「・・・・!」

 

 それを合図に、停戦を宣言はしたが鞘には収まっていなかった銀色の剣は素早く振り上げられ黒の槍と鍔迫り合う。繰り返されるオゥストロとフロウの斬り合いに、地に落ちたままの黄色ポロスの旗は、馬犬ドーラに踏み拉かれ散り散りに引き裂かれていった。




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