11 やる気!意気込み!裏返る。
ケモミミさん達や美人のお姉さん達が、このファルド後進国では善くない扱いを受けている事は入国して直ぐに分かったが、ただ見過ごす事しか出来なかった私に対し、私を利用しているぷるりんは、問題の現場を素通りしなかった。
ぷるりんは舌先三寸で又もやクルリと現場を丸めたのだが、これによりケモミミさん達は教会に保護される事になったのだ。アピーちゃんの様に、可愛いお耳とフサフサのしっぽがついている皆さん。彼女たちはあの普通の顔の青年に、日常的に虐待されていたという。
我が国でも、ニュースで心無い虐待が日々報道されていた。
幼い子供、年老いた老人、人に寄り添う動物達、生まれ付き身体の不自由な人達。彼等と関わる人達の虐待行為が事件と表面化されれば報道されるが、そうでなければ日常的に陰湿に続けられているという事だ。残念なことに、身近に関わり合う者達への虐待を行ってしまう加害者は、ストレスという言葉にモラルを救われるのだ。
(なんか、寄る年波が恐怖、)
私がまだ我が国に居た頃、少子高齢化と騒がれていたのだが、正直あの頃の私は、将来にふわんとしたマイナスイメージが浮かんで、即時に結婚出産、ハッピーライフの連想は出来なかった。恋愛にさえ憧れよりも嫌悪感と恐怖リスクが勝っていた学生時代も経験し、人よりもかなり慎重な自覚はあるのだが、経済大国ランキング上位である我が国なのに、何故あんなに不安だったのだろう。
トライド国の様に、貧困では無かったはずなのに、将来に漠然とした不安が付きまとっていたのだ。
私の考える不安要因としては、幸せな老後の想定が出来ない事にあった。お金持ちしか良い終末を迎えられない印象。それはどの国でも同じなのだろうが、最終的に病院か施設に入れても、職員さんのストレス解消に虐待コースは悲しすぎる。どこかの国では老後に心配が無く、社会福祉や老後の病へのサポート体制も整っているとか。それをぼんやり羨ましいと思っていたあの頃が懐かしい。
力無い幼い子供や動物を虐待してしまう加害者は問題外として、実際、力有るお年寄りや身体の不自由な方への対応は、職員さん達の苦労がとても大きいだろう。それは国が企業をサポートし、スタッフの労働を尊重して見返りを増やさなければ、モチベーションも下がる一方の悪循環ループが悲しいのである。
過去には姨捨山、今や自宅介護崩壊、そして介護施設での心無い職員のビシビシ。悲しい老いの坂道である。
(私もお婆ちゃんになって、施設でビシビシ叩かれたくない・・・。それが世の中なんだよって言っちゃうお役人さん達は、自分がボケてビシビシ叩かれても同じ事が言えるの?ボケてるから分かんないよって、終わらせられるの?)
老い、怖い。
幸福度ランキング?何位何位?
未来、怖い。
考えすぎ?考えすぎかな?
ここまで考えなくても、大丈夫なのかな?
何故か虐待されていたケモミミさん達を見て、私が戻った後の我が国が頭に浮かんだのだ。しかし、虐待という理不尽な環境から、被害者を救い出したぷるりんは凄いのである。
(ぷるりんは凄い。でもきっと、後先考えないで、火の中に栗を拾いに行くタイプ・・・過度の心配性の私、身体レンタル中として、不安です)
そんなぷるりんは、今はくろちゃんと教会の中を探検しに出かけている。祈りも会議も夕食も終わり、蒸し浴場で身体も清めた。既に就寝中のアピーちゃんの隣に潜り込んだ私は、寝る前にもやもや考えている。
ケモミミさん達に頻りに話し掛け、彼女たちを安心させたのはアピーちゃんだと思うのだ。しかも教会に着いてからも、アピーちゃんはお姉さんや子供達の様子を見に行っていた。あの子は子供なのに、自分が囚われていた恐怖の経験を乗り越えて、現在の被害者達へ救いの手を差し出している。
空から落ちて身体の機能が不自由になっても、北方の王国に形を残した天上人。トライド国で医者として人の助けになった鈴木医師。出来ることを実行しているアピーちゃんと、ぷるりん。
(この場所で、私は何か残せるのかな、)
ーーー私は何が出来るのかな・・・。
旅の道中、私が自らした事といえば、マスク代表の端布で何枚か替えのマスクを縫った事しか思い浮かばない。それもマスク代表の端布を、マスク代表の持っていたソーイングセットを借りて作成した。
彼は花粉症らしく、夜中になると隣の部屋や廊下からくしゃみを連発し始める。あの黒の布の内側を想像し、洗濯用に簡易マスクを旅館滞在の暇な時間で縫ってみた。
(・・・でも、一回も使ってくれない・・・)
ハイクォリティーの高級刺繍黒マスクとは違い、ただの波縫いマスクでは失礼だったのかもしれない。仕方の無いことだ。せめて不要に処分する時は、私の目の届かない所でポイしてほしい。
優しい手作りの物を生理的に受け付けない人は、受け取ってしまった以上は目の前で捨てては欲しくない。これは優しさと言うよりはマナーである。他人への優しさや気遣いとは、本当に匙加減が難しいのだ。
鼻毛が出ている人に、鼻毛出てますよと言わない優しさは、優しさでは無い。言われない間、鼻毛は人目に曝され続けるのである。だが、ダイレクトに指摘された鼻毛に、逆ギレアタックを返して来る人も中には居るだろう。その場合、ダイレクトした人の立場によって、セクシャルかパワーのハラスメントだとオーバーブロックしてくる選手も居るので気を付けたい。
(話が鼻毛とバレーボールに逸れた、寝よう、)
先に布団に包まるアピーちゃんの温もり。かっぱちゃんもそうなのだが、彼等は体温が高くてとても温かい。気持ちのよい洗い立てのシーツ。久しぶりの安心に身体を伸び伸びと眠る私。
(明日、起きたら、出来ること、しよ、)
まずは、そこから始めよう。
**
深い眠りからの爽快な目覚め。久しぶりの心地よい眠りに、頭はすっきりと目覚めたが、外はまだ日の出前のようだ。
(よし、)
当たりを見回しぷるりんとくろちゃんが枕の傍に丸くなるのを発見し、アピーちゃんを起こさない様にベッドから抜け出した。顔を洗い口をゆすぐ。着替えて廊下を覗いてみるが、たまに出会し付いてくるマスク代表が居ない事を確認。
抜き足・差し足・忍び足。
我ながら自画自賛、忍者の如く慎重だ。ギシッとも音を立てずに廊下を過ぎ去ると、教会の重い扉を慎重に開けて外に出た。辺りは暗く肌寒い。だが少しずつ空が明るくなり始め、朝日がそこまで迫っている。
(行くぞ!)
私に出来る事の手始めに、ぷるりんに言われていた体力作りを継続することにした。旅が始まり、しばらく早朝マラソンはサボっていたのだが、ぷるりんに何も突っ込まれない事を理由にやっていなかった。それを自主的に再開したのだ。
些細な事だが、私にはかなり大きな前進である。
(今日は、教会の、回りを、一周、)
一周といえど敷地は広いのだ。大きな学校校舎グラウンド以上はあるのだ。そう一周を過大評価しながら突き進む。校舎の半分ほど過ぎた頃、背後に別のランナーの気配を感じた。
(軽い足音、マラソン仲間?挨拶だけは、するべきか?)
息も上がり、そろそろ歩こうと思っていたのだが、後ろの人が通り過ぎるタイミングで挨拶してからのウォーキングを計画。だが、なかなか後ろの人は私を抜いてはくれない。こちらは気を遣い、さっきから少し横にずれて道を譲っているのに。
フゥ、ヒィ、フゥ、ハァ。
「脱走か?ならばもう少し早めに走らないと、意味がないぞ」
「ハア、フゥ、ん?」
いつの間にか伴走していた人に、親しげに話し掛けられた。横に並んだ人を見上げると、こいつは。
「チャラソウ!ハア、えー、ハァ、フロウ、ハア、チャラソウ、ハア、ヴァルヴォアール、ハア」、『三世、ハァ』
「・・・異国語が混ざったが、まあいい」
久しぶり!昨日、パレード見たよ!
そんな気の利いた久しぶりトークは、残念ながら無理である。息切れと共に笑顔が精一杯なのである。隣を走るチャラソウは、昨日とは違いシャツ一枚の朝帰りだ。黒の長ブーツに黒パンツをインして、シャツの前は疲れたサラリーマンの様にボタンが数個外してある。彼も笑顔で久しぶりの私を見下ろしていたが、教会をぐるり一周する前に、荷物の様に担がれた。こいつの背中を逆さに見るのは二度目である。
『な、ハアッ、おい、ちょっと待って、ハアッ、ゼェ、』
そして道に路上駐馬してあった、黒い鹿擬きに乗せられる。手際よし。疾走する鹿擬きにあっという間に連れ去られ、考える間もなく何処かの大きな館の一室に閉じ込められた。
その間、チャラソウは一言も喋らず、奴の背中だけ見ていた私は、不穏な行動にようやく攫われた事に気が付いた。部屋の一つに入れられて、説明も無く扉を閉める前にヘラリと愛想笑いだけを残して施錠。ガチャリ。
『・・・やばい、これ、マジでやばいやつだ』
爽やかな朝の目覚め、日の出前の自主練。いつもはやらない私のやる気の空回り事件は、即時皆の足を引っ張った事は明白だ。それくらい分かるのだ。姉さんの怖い顔、エルヴィーの無表情に続くマスク代表の目だけの嫌悪表現。何故か弟は、一番フォローしてくれそうな気がする。鍵まで閉められた扉に、為す術無く俯いた私。だが、二階のはずの窓からトントン音が響いた。
『やばい、・・・ん?』
顔面蒼白の私が振り返る。窓の外、そこには何故か、かっぱちゃんが窓枠に張り付いている。何かを察する暇も無く、躊躇無く窓ガラスがぶち破られた。
魔人にダニを移されていた私の後ろで、派手にガラスが割れた事があった気がする。確かあれも犯人はかっぱちゃんだった気がする。
〈メイ!何やってるの!?〉
怒られた。物凄く今かっぱちゃんに怒られた。顔が本当に歯を剥き出しに怒っていた。しかし扉からのガチャガチャ音を聞いたかっぱちゃんは、言い訳を口にする間もない私を担いで窓から飛び降りる。そしてそのまま大きな川にダイブした。
ドボン!!!
ガボガボこぼ。
ガボガボガボガボ・・・。
物凄い水圧だ。鮭の川登り、滝つぼ、いや、洗濯機。未だかつて無い速さで水の中を突き進む。しかし、ここで忘れてはならない、最重要課題があるのだ。
(息継ぎ、ヘルプ、息継ぎ、死ぬ、)
もう、
駄目だ。
ーーーザバシャーーーッ!
『ウェホ、グェホッゴホッ、ハァッハァッ!』
水の中の自分の限界。死を感じたその時、酸素は肺に流れ込んだ。
『ハァッハァッハァッハァッ、』
酸素は最高である。この世に無くてはならない、最高の存在である。落ち着く間もなく私は再びかっぱちゃんに担がれて、何処かの庭の井戸の前にたどり着く。
〈臭い臭い!ほら、メイも臭いの落とそうね〉
滝行か?水垢離か?何度も頭から冷水を浴びせられる。脳裏を過ぎるのはプールでの紫色の唇の子供。年寄りの冷や水は、即、死に繋がる恐れがあるので、心頭を滅却しても冷水はおすすめ出来ない。
〈ーーーー、****、〉
姉さんの幻聴が聞こえる。
〈この国の川の水、すごく汚いね。スアハ、初めてあんなに汚い場所で泳いだよ。ペッペッ!〉
〈いや、だがら、〉
私もここで一言、と言いたいところだが、身体中が重くて怠くて、脳内は予期せぬアトラクションの連続により、まともな会話を出来る気がしない。
(落ち着こう。いったん、まずは整理しよう。何故いま、私は水をかけられたのだろう、)
そこからか?そうぼんやり一人突っ込みしていると、黒猫に乗った青い玉が近寄って来た。
分かってる。分かってるよ、ぷるりん。
私が全て、悪いんだ。
自己反省、自虐に頷く私の口に、許可無く玉が侵入する。私は、疲労感と共に表舞台からすみやかに退場したのだった。




