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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
双頭の王~ファルド帝国
144/221

二つの天教院 11


 通りに人が更に増え、今や二重三重に人垣が出来ている。黒髪の少女の言葉に躊躇した、警護人の男達は法令違反の自覚に主の青年を振り返った。


 奴隷保護法により実際に保護された者達は、それ程多くは無いのだ。公に人身売買をする店や、それを支持する者達は逮捕され、奴隷を持つ事は非人道的だと世間に非難される事は事実だが、家族や使用人として過ごした者達の立場と職を守る為に追記した部分を悪利用する者達も多くいる。


 言葉や肉体的暴力による支配、これを愛情だと盾にして世間に曝されない家の中で洗脳するのだ。たちの悪い事に、これは被害者もこの支配から抜け出る事に長い刻が必要になる。


 (この抜け穴、逃げ道を塞ぐ、新たな法が必要だ)


 声を上げる事の出来ない被害者を、加害者から完全に切り離す為の法、そして偽物の愛情という都合の良い洗脳と、そこからの脱出へ導く切り離しの強制的法的離別。


 (しかしこの場合、加害者を庇おうとする被害者への、情無き圧力も必要となる)


 顔を赤くしてがなり立てる貴族の男、それを怯えながら見守る被害者達は、自分達を逃げないように見張っていた男達の目が逸れているのに逃げる素振りは一切無い。しかし今回は、加害者への依存支配だけではないようだ。


 (全員、足の同じ処に傷がある。走れない様に手術されているのか)


 醜い傷では無い。足首にほんの少しの傷がある。獣人の女達が身を竦めて動く度に、革の枷からずれて見えるのだ。犯罪者が逃げないようにするために、オルディオールも嘗てその部分を切って使用していた事がある。


 (この、茶番を見守る者達も、飾り立てられ怯える獣人達には目もくれない。震える彼等の姿が、当たり前だとの認識)


 それに笑いがこぼれた黒髪の少女に、男は今にも倒れそうな程に大声を張り上げる。貴族の青年は少女のみすぼらしさと、宗教信者がいかに子供を使って物乞いをして成り立っているかを語っていたが、内容を殆ど聞いていなかったオルディオールは、改めて奴隷を持つ男と対峙した。


 「第三十条、二十九条に正統な理由無くこれを妨害、又は拒否した場合、これを行使できる最高責任者により強制排除を執行できる。・・・ファルド帝国、現在も、法を即執行出来る最高責任者は、軍でも騎士団長の位だろう」


 「そうだ、騎士団、騎士団を呼べ!この無礼者を、逮捕させるのだ!」

 「ですが、その、」


 先ほど少女から、雇ってくれた主と共に犯罪者として追従出来るか問われた警護人の男達は、常日頃、貴族の青年が些細な事で獣人達を肉が削げるほど鞭で叩き、性的に弄んでいる事も知っていた。昨日、顔に傷が付いたから不要だと、一人の娘の処分を命じられて、自分で殺すのは後味が悪いから破落戸に引き渡したばかりなのだ。


 見せかけの奴隷保護法など、効力は無い。自分達は命じられた事をしているから、非人道的であろうと関係ない。


 そう思っていたのに、小さな少女に今の現状を突き付けられた。男達は、雇われたが主と心中するつもりは初めから無いのだ。効力の無いはずの奴隷保護法が、本来の効力を発揮すればどうなるのか、自分達の立ち位置を考える。


 騎士団を呼ばれて自分達が無事でいられるか、そう逡巡していると清んだ声は見透かした様にそれに応えた。


 「最高責任者、騎士団長、ヴァルヴォアール公家が頂点に立つ今、それを呼ぶ事は大袈裟だろう?」


 「!!?」


 大きすぎる公家の名に、周囲からざわめきが起こる。


 「お前如きが、あの方の名を口にするな!物乞いめ!」


 未だに状況を把握していないのは貴族の青年だけで、それより少し年上の護衛人達は、毅然と自分達を見つめる少女を見下ろした。主は物乞いだと何度も少女を貶しているが、よく見れば、見たことの無い繊細な作りの腕輪と指輪を身に付けている。金属で形を整えない石だけの指輪など、青年の屋敷に来る貴族の令嬢の指には見たことも無い。


 「おい、あの珍しいイー族の子供を連れたり、やばくないか?」

 「それにあの男、」


 ぼそりと一人の男が呟き、もう一人は少女の後ろに控える鼻まで顔を隠した男を見る。宗教信者の巡礼、その割には男はただの信者に見えなかった。まるで少女の護衛の様に背後に控え、その立ち姿はーーー。


 「まさか、騎士、」


 こぼれた声に、隣の男も目を見開く。伸びた背筋、外套の下には長剣、よくよく見れば男達は彼の攻撃範囲内に立っている。嘗て騎士を目指して、挫折に身を落とし護衛人となった男達は、学舎を訪問した本物の騎士を幾度となく目にし手合わせをした。その数手の学びの手合わせでさえ、本物の騎士との違いを痛感したのに、向き合う口当て布の男はこちらを敵として見据えている。


 鋭い薄茶色の瞳と目が合い、男達は緊張に汗が吹き出た。それと重なるように、この場には相応しくない少女の高い声が呟き続ける。


 「騎士団長、格としてはエスティオーサ、ディルオートもその対象か?あとはラウドと、」


 名だたる公爵家が敬称無しに流れ出る。聞き覚えはあるが、雲の上の存在過ぎて声を掛けられた事も無い。ようやく口を閉じて不審に少女を見た貴族の青年は、最後に呟いた公家の名に青ざめた。


 「まあ、結局はメアー・オーラに任せようか」


 オーラ公家から分かれ、皇帝より新しく公爵家を与えられたメアー・オーラ公家。ファルド帝国の医療を全て担う医師と研究者の一族を知らぬ者はいない。それを呼び捨てた少女は、驚愕に立ち竦む青年を見据えた。


 「お前の所持する奴隷は、全て天教院エル・シン・オールが保護をする。第二十九条の優しき抜け穴、これを改正の必要があると、良い問題提起をしてくれた。速やかに、全ての保持する奴隷との関わりを断てば、あるいは罪の軽減となるかもしれない」


 「な、何を、お前、誰の名を口にしたのだ、」


 動揺にこの場から立ち去りたくなったが、衆人環視がそれを許しはしない。物乞いに貴族の矜持を穢されてそれを断罪しなければ、貴族の青年の方が世間に家名ごと馬鹿にされるのだ。


 しかし、小さな少女の出した公家に、僅かでも関わる事の方が危険がある。彼らへの些細な不敬で、力ない一族は簡単に断絶させられるのだから。この事が終始頭を巡り、青年の怒りに染まる顔が青く変わってきた。


 「こんな道の真ん中で、あの方達の名を出すとは、命が無いぞ。ほら、お前達、さっさと、この小娘を、不敬罪で懲らしめろ!」


 あくまでも自分は、公爵家を無知に貶めた、宗教信者を騙る物乞いの少女を諫めたのだ。そう切り替えた青年は、護衛人にその事実を作れと促すが、騎士を目指した経験のある護衛人達も、公爵家の名前を呼び捨てる少女を暴行するのに躊躇いをみせる。


 「諸君!聞いた通りだ!この男の所持する奴隷は、全て天教院エル・シン・オールが預かる!なお、今聞いた、お前達がこれに協力せず、この男の奴隷隠匿に手を貸した場合、同じく罪に問うとされる事と心得よ!」


 ザワリ、周囲の貴族の見物人はこれに非難の声を漏らしたが、青ざめる貴族の青年同様に、得たいの知れない少女が並べた公家の名に警戒し、否定の声を大きく挙げる事が出来ずに困惑している。


 「現奴隷保護法の抜け穴、近く、これを是正する法案が発令される前に、自らそれを改めよ。さもなくば、お前達の財産は等しく国庫に収められる事になる!」


 青ざめる貴族の青年だけでは無い。家族と称して奴隷とされる人々を使う者は、等しく処断すると無力な少女は周囲に宣言した。それを鼻で笑う者も中にはいたが、心当たりのある者は出された公家の名に訝しむ。この少女が、万が一にでも彼等と知り合う者ならば大変なのだ。


 「いい加減にしろ!物乞いが、公家を騙り、彼等を侮辱するとは、何事か!そもそもお前は、何様だ!!」


 気を違えた様に、貴族の青年は大声を張った。この場の全てを代表して、少女の口を塞がなければならない。だが、眉間に青筋を立てて叫んだ大人の男に、少女は晴れやかに笑顔を見せた。


 「何様ときたか?そうか、そうだなぁー、名を問われずに何様か、」


 笑う少女はちらりと背後に控える神官騎士を見上げると、片方の眉を上げて首を傾げる。そして逆を振り返り、エルヴィーを見た後に、不機嫌さを顕わにこちらを睨むアラフィアから目を逸らした。


 「巫女様ミスメアリもつまらないが、〔奴〕の婚約者と宣言するのも危険がありすぎる。落人オル落人オルは笑えないしなあー」


 [・・・・]


 背後のトラーは何も言わなかったのだが、聞こえた呟きに動いた気配をオルディオールは感じた。再びトラーを見上げると、にやりと笑った黒髪の少女は、ざわめく周囲を見回してこちらを睨む青年を見据えた。


 「テスリド・メアー・オーラに聞いて見ろ。ミギノ・メイ・カミナが、奴隷保護法は穴だらけだと、不満を漏らしていたとな」


 第十医療師団長の名を、公然の場で少女は呼び捨てた。その事で、ざわめく周囲が静まり返る。身分の無い者からの不敬罪。それに眉を顰めたが、これに関わる事の方が危険だと少女へ嫌味を叫ばずに口を閉ざしたのだ。


 「それに!」


 だが逆に、通る声は静まる周囲へ大きく向かう。侮り嘲り、妄言を吐いた少女を内心見下す観衆へ。奴隷を影で飼う事は暗黙の了解。自分には関係ないと、物見遊山で買い物途中の貴族達を見回した少女は、怒りに目を眇めた。



 「これを発案した者の名を知っているのであれば、この現状は、その者自身を欺いたものとして、決して許しはしないと心得よ!」



 小さな少女から放たれた怒りの言葉は、侮る事を許さない威厳を発した。そしてその内容に、発案者を英雄と仰ぐ者達は口を開く事は出来ないのだ。


 奴隷保護法発案者、人道的な左翼、皇帝と双頭を成す公爵家。今は亡き、英雄オルディオール・ランダ・エールダー。


 彼自身を嘲り欺いた、そう言われた貴族達は、良心に咎める事の無い者以外、そうしていないという事は出来ない。大切、家族と名を変えて、玩具の様に扱われる奴隷達が居ることを知っていても、公然と見て見ぬふりをしてきた事実がある。


 王族と同列の名に貴族達は一様に沈黙し、下級貴族が関与できない大貴族、エールダー公家に震撼した貴族の青年は、呆然と自分を見据える黒い瞳をただ見つめていた。


 「行くぞ」


 渦中の青年と周囲の沈黙にアラフィアが促すと、護衛人の男達の前を横切り、エスフォロスが数人の獣人の女性に話し掛ける。彼女たちは恐怖に顔を横に振り、エスフォロスとの同行を否定していたが、進み出たアピーが天教院エル・シン・オールへ共に行こうと優しく声を掛けて説得した。


 「待て!何を言ってる!そいつらは、私の、」


 叫んだ貴族の青年を引き留めたのは、意外にも護衛人の男達だった。


 「いけません。騙りにしても、あの者達に関わり合う事は危険です」


 自分達に火の粉が掛かる前に、仕える主を止めなくてはならない。既に何度か首を飛ばされても、おかしくない家の名前が出ているのだ。その発端となった貴族の青年は手遅れかもしれないが、騎士を目指した事のある男達は、嘗て憧れたエールダー公爵の真意に従って青年を止めた。 


 歩き出した獣人の奴隷達に、更に青年は大声で「恩を仇で返すのか」と怒鳴ったが、その前に進み出たスアハが硝子を引き裂く様な異音を発し、まともにそれを聞いた青年は耳を抑えて蹲る。同様に青年の背後にいた人垣も崩れて、耳を塞いで跪いていた。怪しげな一行は同行者を増やしてその場を立ち去り、異音に耳を塞いだ者達は、覆った手のひらに付いた血に怯えて散り散りに逃げて行く。


 大金を注ぎ込んだ奴隷を失った青年は、憎々しげに黒髪の少女の去った方向を睨み付けると、役に立たなかった護衛人達を振り返り彼等に奴隷を取り返せと喚いていたが、困った顔の男達からは何の言い訳も了承も返答は一切無い。


 「・・・・、・・・・・」


 しかし口は動く彼等に違和感を感じた青年は、辺りが妙に静かな事に気が付いた。そして再び血の付いた手のひらを見つめ理解する。彼にはもう、聞こえる音は一つも無かったのだ。






***


ーーーファルド帝国、天教院エル・シン・オール北方派。


 


 「目立った事は、厳禁なはずなのですが?」


 しゃしゃり出たオルディオールに眉間を寄せたアラフィアだが、獣人ゴウドの者達を救う事が出来た事に異論は無い。被害者の彼等は未だ恐怖に怯え、救われた現状が把握出来ていない。貴族の青年の元に戻ると主張していたが、訪れた先の天教院エル・シン・オールで少し身体を調べられ、大人から子供まで全身痣だらけの状態に、教会シンシャーの者は彼らの説得を続ける事を約束した。


 彼女たちが保護された建物を、アピーは不安そうに見つめている。ファルド帝国の現状に溜め息を吐いたエスフォロスは、天教院エル・シン・オールの神官に話を付けたアラフィアと、天上の巫女が戻ってくる姿を捉えた。


 華美では無い。質素だが美しい教会シンシャーの内部。与えられた一室、お忍びで各地の教会シンシャーを回る事になっているが、この場所で数日滞在し神樹に祈りを捧げる事になっている。高貴な貴族の為のファルド訪問では無い事を強調している為、神官達は心得たと、密かに庶民の信者を集めると言っていた。

 


 「巫女様ミスメアリ、降臨。ありがとう、宗教。喜べ愚民ども。このペラペラのお陰で、しばらく只でここに泊まれるぞ」


 天上の巫女の噂は既に信者の間で広まっており、訪れた教会シンシャーは、喜んで一行を迎え入れた。その功績に薄い胸板を得意気に張った黒髪の少女だが、それを見たエスフォロスとスアハは半目になる。


 「精霊殿、呑気な事を言ってるが、あんた、悪目立ちしすぎだろ?」

 〈そうだよオルディオール。そんな事しないでよ。メイのおっぱいはまだ小さいんだよ。かわいそうでしょう?頑張っても、谷間が無いんだよ〉

 「〈ん、?〉」


 (・・・・)


 ずれた諫めに銀色の少年を見つめたが、それを無視してエスフォロスは少女を見下ろした。


 「あそこで騎士が一人でも居たら、こんなんじゃ済まないだろ?次回はアラフィアに従ってくれ」


 隊長からの命令を違反したオルディオールは神妙に頷く。


 「だけど、俺はあの場は見過ごさないぞ」


 しかしぼそりと呟いた少女を見下ろした副隊長は、金色の瞳を厳しく眇めた。


 「あんたの魂胆は見え見えだった。あの頭の薄い男を出しに、周囲にたかった奴らに意見したかったんだろ?」


 「・・・・」


 若造に見透かされたオルディオールは苛立ちに横目を逸らしたが、更にエスフォロスは腕を組んでそれを見下ろす。


 「結果ヨシ、じゃ、ねーから。あんた貴族の名前、出し過ぎだから。おかしな奴に、目ぇー付けられたら、困るから」

 「・・・・」

 〈わかったの?大きくなるまで、もう見せびらかさないで〉


 「〈?〉」

 (・・・・)


 気付けば同じ様に自分を見下ろす碧い目に、オルディオールは慎重に頷き返した。





***


ーーーファルド帝国、天教院エル・シン・オールファルド東本院。




 「婆さん、一回だけ、ここの宗教事に参加してやるよ」


 度重なる宗教勧誘に、ソーラウドは一度だけ信者として式典に参加してやると上から言った。だが、およそ二十年近く勧誘し続けていた年老いた神女は、涙を流して頷き喜ぶ。


 「生きてた甲斐があった。やはり、天樹ハハキの教えは素晴らし、えぐっ」


 縋り付いて泣き出した老婆に困ったソーラウドは周囲に助けを求めたが、部下を含めて巫女や神官は温かい瞳でこちらを見つめている。


 「ばーさん、一回だけだからな。で、それは噂の巫女が、ここに来た刻に祝うやつだけ、」

 

 うんうん、と孫を見る目で見つめた老婆から、ソーラウドは気まずくなって顔を逸らした。



 「あと、俺の部下に名前を貰った礼だ」


 

 それにも老婆は頷いて、ソーラウドの横顔を見つめて天へ祈りの印を組んだ。そこに慌ただしく現れたのは少年イーファ。彼はお決まり通り合図も無く扉を開くと、部屋の中央のソーラウドを見つけて声を上げた。


 「頭!頭の女、来たよ!」


 何事かと振り返った者達は、少年の言葉に訝しむ。それに応えるように「間違えた」と、居ずまいを正したイーファ。


 「来ました!天上エ・ローハ巫女ミスメアリさん」


 驚いた人々は、どこだどこだと少年に前のめりに詰め寄るが、恐れたイーファは逃げ腰に更に大声で叫んだ。


 「わ、なに、迫って来ないでよ、巫女ミスメアリさん?ここじゃないよ!街の入り口の、北方派の教会シンシャーだよ!」


 「「え?!」」


 伝令の少年に詰め寄った者達は、急いで鏡に向かい身形を整えた白い男を振り返る。そしてイーファの背後を見てから、ソーラウドは首を傾げた。




 「あ?・・・え?、北方派?ここって何処だ?」

 「頭、」


 「・・・・」









*********









 ファルド帝国の東口、北方派の天教院エル・シン・オールは積極的に奴隷達を保護している。この東の教会シンシャーでも保護された者達は、教会シンシャーの収入源となる機織りと小物作りの就労をしていた。


 その中で奴隷だった頃の心の傷を癒し、洗脳状態にあった者達は加害者からの攻撃の防御として依存していた心から、少しずつ自立していくのだ。人により被害者だった自分の自覚が早いか遅いかはあるが、神官と巫女は気付くまで温かく見守る。それを天教院エル・シン・オールが担っているのだ。



 被害者施設を横目に、教会シンシャーの外にやって来た外套の者が一人。暗闇に隠れる様に現れて、待ち受けたアラフィアと言葉を交わしてまた去って行った。

  


 「やはり大聖堂院カ・ラビ・オールへ、表から入る事は無理だな」


 教会シンシャー内の室内には、被害者施設に行っているアピーを除く者達が集まっている。先行していたアラフィアの部下によると、大聖堂院カ・ラビ・オールに入るには働く者も厳しい審査を受け、更に王城の門からしか入れないという。


 「それは教えたじゃないか。絶対に入れないって」


 呟いたエルヴィーを睨み付けるが、意味の無いやり取りになると放置した。数字持ちの男は、大聖堂院カ・ラビ・オールに関して話せる事は話すのだが〔入れない〕、〔無理だよ〕と、結論しか言わないので参考にならないのだ。


 「後は極端に情報が少ない事だ。噂話でさえ、住民は恐れて奴らの話を滅多に口に出さないらしい」


 「うちの〔ハイン〕でさえ手が出せないんだもんな、・・・どうすんだ?城で働く者に紛れるのは、刻が掛かるしな、かと言って、内部に入れない情報は意味が無い」


 「やはり、ここは天上エ・ローハ巫女ミスメアリの立場を利用するしか無いだろうな。それにはまず、数多くの教会シンシャーを巡って足場固めが必要だ」


 神官と巫女、それにファルド帝国国民の天教院エル・シン・オール信者に天上の巫女を印象付け味方にする。貴族を避けて身分の低い者達を渡り歩く事で、金と権力に媚びない聖なる者を演出する。


 「聖なる者、庶民の味方になる巫女を〔最後の良心〕と呼ばれるエールダー公家は見過ごさないだろう。必ず、あちらから何かしら接触して来るはずだ。大聖堂院カ・ラビ・オールと正面から当たるには、この家が適任だろう」


 (俺はその家にこそ用がある)


 黒髪の少女は生意気に腕を組み、短い足も組んではいるが、やはり両足は床には届いていない。その横に座るスアハは、日に日に少しずつ身長が伸びて、メイとの差が開いてきていた。

 

 「まあ、出来れば貴族との接触は、もう少し後にしたい。奴らの匙加減で、こちらは捕虜となるか殺されるからな」


 敵国への潜入による死罪。その可能性もなくはない。貴族や騎士団との接触と交渉は慎重に行わなければならない。


 「そうだぞ、精霊殿。いや、もう、あんたのことは、オルディオールと呼ばせてもらうが、昼間の様な無茶は止めてくれ。しかも、貴族を呼び寄せる様な真似も、止めてくれ」


 うんうんと適当に頷いた黒頭に、エスフォロスはそれを掴みそうになったが堪える。


 「大丈夫だ。メアー・オーラは問題ない。奴はむしろ大聖堂院カ・ラビ・オールとは敵対関係にあるだろう。早めに繋ぎを付けとく方が、むしろ貴族院対策に壁として利用できる」


 頭の上から落ちたエスフォロスの溜め息を無視した黒髪の少女は、手元にある懐かしい母国の香りの花茶を優雅な手つきで口に運ぶ。呑気なそれを見てアラフィアも溜め息し、王城内の地図を折り畳み仕舞い込んだ。



 「とりあえず、明日の朝にもう一人〔ハイン〕の情報を持ってくる。それを待ってから行動するぞ」



**



 そして朝になり陽は昇り始めた。朝食前、熱心な信者達が早朝の祈りの為に教会シンシャーに訪れ始めた頃、アラフィアは部下を待つ為に庭に降りて待機していた。すると不審な水音に気が付いて、気配を殺して裏手の井戸に回り込む。



 〈な、何してるんだ、お前達は、〉


 井戸の前、まだ肌寒い早朝に頭から水をかぶる二人の少年少女。一人は浴びた水に、元気よく銀の髪から水滴をまき散らして振り向いたが、黒髪の少女はぐったりと、滴り落ちる水も拭わずアラフィアを見上げていた。


 〈この国の川の水、すごく汚いね。スアハ、初めてあんなに汚い場所で泳いだよ。ペッペッ!〉


 〈いや、だがら、〉


 何をしたのかは分かったが、何故、こんな早朝から教会シンシャーの裏手の川で二人仲よく泳いだのかは分からない。子供のやることに、今更目くじらを立てないアラフィアは、自分が日々成長していると考えた。意味の無い内容の追求を止めて、部下を待つ為に二人に背を向けようとしたが、そこに素早く柵を飛び越えた走る黒猫に乗った青い玉がやって来る。


 〈?〉


 見た目は青い玉なのに、なぜかそれが怒っていそうだと思ったアラフィアは、メイを見つけて口元に飛びついた玉を見守った。吸い込まれる水の様に消え去った後に、生気無く傾げていた身体は力強く漲る。そしてアラフィアに大きな黒目を見開いた少女は、顔を強張らせて低く呟いた。



 「移動するぞ。直ぐにヴァルヴォアールが来る、」


 


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