10 フェアプレイとフェアチアー
ドローンの国への不法入国、偽エンジェルの国への同意無き連れ去り、未開の森への乗船ミス、などなど、様々な国境を踏み越えた私だが、ハンコをパンと押して渡航履歴を振り返る事が出来る、あの小さな手帳を持っていないのは異世界では当たり前なのだ。
(どこに申請するの?パスポート、)
そもそも私は一体、この異世界に於いて、何処の国の住民となるのだろう。流れ着いた流民?他国に入る手続き待ちの難民?
(よく間違われているのは、偽エンジェルの国の国民。南国アジア風、日焼けしてないバージョン・スリーが私)
ワン・ツーは色白王子兄弟に譲ってあげた。しかし、本当にどうするのだろうと思っていたが、ぷるりんに根暗殉教者と悪口を言われていたマスク代表が、私の腕に嵌まった腕輪を怖そうな門番に見せた。すると何故だかその門番は頷き、胸の前で拳を握り通してくれたのだ。
不思議である。痴漢男がくれたこの腕輪が、パスポート代わりになってしまった。私が思うには、痴漢男は北国の宗教国家の王子だと言っていた。おそらくこの腕輪の葉っぱ模様は、金と権力が凝縮された何かのブランドロゴなのだろう。外れない、気持ち悪いと見る度に痴漢男に苛ついていたのだが、これで今までのイライラを相殺してやることにした。
他の旅行客も多い中、パスポートの提示に適当なサイトシーイング発言を疑われた様に、スムーズな入国審査を滞らせてしまった。それによる他の客達からの熱い早くしろよ視線を、痴漢男のおかげで抜け出す事が出来たのは事実なのだから。
自由の国の獣、どこかに行ってしまったあの二人以外の入国は完了した。足下には変わらずくろちゃんも寄り添っている。さて、無事に大きな門を潜る事に成功した訳だが、この街は広くて大きい。ドローンの国や偽物エンジェルの国も大きくはあったのだが、なんだろう、ここからでも遥か遠くに見える、高くそびえるお城の様な物がとても存在感を増している。
〈あれがファルドの城か、〉
「・・・・」
弟の呟きにぷるりんは応えず、目は遠くにそびえる城に注目したままなのだが、我が国の首都、新タワーに高さは及ぶ程ではない。だが、高い塔が何本かあり、城は高台に街々を見下ろす様に作られているので、建物自体に妙な威圧感がある。
(ドローンの国のお城や痴漢男のお城は、横にだだ広く長く大きなイメージだったが、ここのお城の設計者は高さで個性を出したいみたい)
トライド国に関しては、少し離れた所に古城が見えたのだが、木々や森に囲まれてよく分からなかった。結局、城には訪れなかったのだが、街と経営者の王族の様子から、城の外観にこだわる時期ではないのだろう。
通りすがりの私には立ち入れない、奥深い闇を見せられた、あの国。
農家の王女のぷるりんへの行動は、私の理解の範疇を超えていたのだ。ぷるりんの大切な人のお墓を、信者に踏ませて憂さ晴らし。信じられない発想と実際に移してしまった行動力は、ぷるりんに対する狂気を感じた。奴隷とされた女性たちへの救済活動を、ヤカラ貴族風達と医師オカマが一手に引き受けている感じだったし、国の経営再建はまだまだ先なのだろう。
その、奴隷という時代錯誤を容認している後進国家が、このファルド国らしいのだが、あの人々を見下ろす様な城を始め、悪代官の臭いがぷんぷんとする。
「・・・・」
歩き出したぷるりんにより、ファルド見学は始まったのだが、この関所を抜けた街の入り口から、既に私の嫌な予想は当たっていた。
我が国に限らず、世界各国や宗教に於いて女性蔑視や人種差別は未だに根深く存在しているようだが、差別を受ける側も様々な独特の地位を作り出している。
その中に、三歩後ろを女性が歩く、海外諸国には男尊女卑と受け止められてもしかたのない、我が国特有の男性を立てる女性の粋がある。
始まりはただの従属だったのか、世間の目を逃れる夫婦間の阿吽なのかは諸説あるのだろう。昔々の我が国の女性は、戦地や職場へ向かう男性を立て、それを見送る女性の粋と誇りで寂しさや悲しみをカバーしていた時代がある。雇用機会均等法による、男女の格差の是正により、三歩後ろからのチアースキルの存在感が薄まっていくのだが、そのスキルが今現在も継続しているかどうかは謎ではある。この三歩後ろを女性が歩く仕草、是非はあるとは思うが、公の場に於いて、さり気なく女性が夫を立て、受ける夫も俺にドンと付いてこい、と背筋を張りつつ後ろの妻をさり気なく守る姿に、私はなんとなく憧れる。
普段から理不尽に後ろを歩けと強いられれば頭にくるし、それに差別感があるのは当然だが、公の場で自然とお互いを支え合う、それが出来る夫婦は格好いいと思えてしまう。幼い頃におじいちゃんと共に見た、時代劇の影響か?後に火事の原因と禁止された火打ち石で、カチカチと夫を見送る奥さん。そんな魔除けで夫の無事を「行ってらっしゃい」と祈るのだ。男も女も粋、イイ。なんて言ったらいいのだろう。差別ではないのだ、粋、良い。
粋な男性チアーと見せかけて、男を自由自在に操るチアープレイヤーも多数存在し、チアープレイヤーを寛容に操る男もまた、粋である。男女の性差別をも操るシステム、結婚とは、まさしく共存共栄の極みともいえよう。
(だけどあれは違う。粋とかどうとかの話じゃない)
何故突然、三歩後ろを下がる話を脳内展開?それはそれを目にしてしまったからだ。
(目の前を歩く人達、キレイな女の人を後ろに歩かせて、少し前を歩くあの男、あれは無い)
金持ち風の豚男。失礼、太め男性の後ろには、美しい女性が二人歩いているのだが、その表情はどこか陰鬱だ。俯き怯え、挙動不審。体調不良ともとれる青ざめた顔色。前を歩く豚はそれを振り向きもしないで意気揚々。
あれは三歩後ろから男を操縦するプレイヤーでは、確実に無い。まるで、見えないリードに繋がれた、言葉は悪いが飼い犬の様である。
「・・・・」
〈奴隷だな、〉
姉さんの低く呟いた声に、彼女たちの立場が分かったのだが、私は内心で豚男を侮蔑するだけで、結局は何も出来ないのだ。言葉が理解出来る様になり、異世界の情勢はなんとなく把握しているのだが、ドローンの国と敵対しているこのファルド国、私のイメージはあまり良くない。
しかもトライド国を貧しい国とした原因は、この大きなファルド国だというのだ。ぷるりんが私の身体で厳ついおじさん達に鞭撻披露する内容に、トライド国をドローン国に護って欲しいと言った事がある。ドローンと巨人の王国には、華やかさは無かったが人々は活気があった。もちろん奴隷なんて存在もいない。港ではケモミミさん達のお店もあった。表面上しか見てはいないが、なんとなくぷるりんの言わんとしている事が、今はうっすら分かってきている。
(ん?豚男に普通に挨拶してる、あの紳士、奴の後ろにも同じ様にキレイなお姉さん、佇んでる・・・)
豚男の知人の登場。こちらの女性達は、豚男のお連れの女性達よりも前を毅然と向いてはいるが、決して恋人や身内では無い。だって、同じアクセサリーの首輪が嵌められて、露出多めのドレス姿なのだから。
(当たり前の奴隷システム、大きいけれど、人として駄目な国・・・)
彼等を通り過ぎ、気持ちは晴れないまま先へ進む。
街の中心に近付くと道幅が更に大きくなった。ぷるりん達はこの国でも教会巡りをするそうで、弟を先頭に慎重に人気の多い広い道を歩いていたのだが、ざわめく人並みが多くなっていく。
(道の真ん中を空けた群衆、この光景はまるでマラソン大会の観客)
沿道に群がる人々を横目に通り過ぎる。しかし、群がる人々の注目の先、やって来るのはランナーではなく私の見知ったあの人々だった。
初めてこの異世界でお世話になった、福祉施設の皆々様だ。馬擬きに乗った彼等は、福祉施設にいた時の黒い制服ではなく、全身白の制服にユニフォームが一新されている。
(おお、チャラソウ発見!)
田舎の施設に居たときとは、身形への手のかけ方が違う。ダラッと下ろされていた前髪は、営業サラリーマンの様に整えられてきっちりしている。私に呪いの召喚呪文を唱えさせていた時は、どこかいつも疲れて適当なヘラヘラ感が滲み出ていたのだが、今回の騎士風チャラソウはひと味違った。
(偉そう・チャラソウ)
おおーい、おおーい!久しぶり!
ここだよ、ここ、ここ!
ここに、居るよ!
異国での福祉施設職員との再会に、メアーさんと同じ盛り上がりを見せる私。だが、表舞台に立つぷるりんさんは、そんな私の盛り上がりをスルーして、まるで見なかった様に人々の中を突き進む。
(ぷるりん、気付いてないのかな、あそこにチャラソウ居たのにな、エルビーは?)
目の端に映るエルビーも、フードを深く被ったままで見てないようだ。残念である。エルビーは特にフロウ・チャラソウと仲が良かったはずなのだ。
沿道からの大喝采、奴の見た目による女性達からの黄色い悲鳴、通りの窓から笑顔で覗き込む人々。まるで野球かお相撲の完全覇者のパレードみたいだ。私はパレードには否定は無いが、参加もあまり興味が無い派なのである。お目当ての対象は遠く、それこそチアーの為に集まる事に異議は無いのだが、寄り集まった見知らぬ人に、どんどんギュウギュウされることが苦手なのだ。
なのでテレビ中継で満足できるのだが、現場に来た以上、盛り上がらない訳にはいかない。しかし私のチアーも虚しく、弟とぷるりんはさっさと人々を横目に脇道へ入ってしまった。
(まあ、いいか。同じ国に居るのなら、また会えるよね。あの時のお礼もしたいし、・・・待てよ?なんか、忘れてるような?しかしフロウ講師、パレードのメインを歩くとは、奴は一体何者だ?)
明らかにフロウ・チャラソウ登場で、人々の熱狂はピークに達していた。
にぎやかな沿道から遠離り、極端に人の減った脇道。足早に通り過ぎる我々一行は、今日は昼食も取らずに先に教会に向かうそうだ。そしてあと少しで目的地だとぷるりんが弟に告げて間もなく、突然見知らぬ男に声を掛けられた。
(また、出た、)
時代錯誤の奴隷ステイタス勘違いヤローの登場だ。
奴はあろう事か、数人のケモミミ女性と子供たちを背後に従わせ、私達のフード付きポンチョマントを脱げと命令してきたのだ。男の身形は紳士に属し、中肉中背の普通の顔立ちの異世界人。
フロウ・チャラソウや、我が心の婚約者、美巨人オゥストロさんと比べる事は失礼なのだが、目の前の男は普通である。恐そうな人達でも、陰険そうでも太った金持ち風でもない。普通、逆に普通の男が、普通に奴隷ステイタスで、女性達を連れ歩いている事が怖い。
(しかも命令口調。これがこの異世界の、御貴族ヒエラルキーの、残念な結果の一例か)
だが、言われたかっぱちゃんは敵意剥き出しに、ポンチョを脱ぎ捨ててしまう。彼は意外と好戦的なのだ。日頃よく、魔人にケンカを売っている。全身銀色の奇麗なかっぱちゃんに見とれた普通の男は、ケモミミさん達の背後に立っていた警備員に、かっぱちゃんを連れ去るように命じたのだが、その理不尽なピンチに奴が前に進み出た。
かっぱちゃんと同じ様にポンチョをバサリと脱ぎ捨てて、止める姉さんの腕を払って前に出る。唸るかっぱちゃんを捕まえようとした、警備員達の前に悠然と現れた救世主。
その姿を目にした者達は、かっぱちゃんを捕らえようとする手を止めた。畏縮でも警戒でもなく手を止めて、救世主を見下ろしている。
(なぜ、畏縮でも警戒でもないのか?それは疑問に決まっているからだ。不審人物の対応に、ただいま脳内検索の真っ最中なのだろう。私は全て、お見通しである)
男達の前に立ちはだかった救世主、オラツイタところで凄味が無いのは本人が一番理解しているのだ。
だってそれ、ワ・タ・シ。
巨人の多いドローン国ではないとはいえ、このファルド国でも私の平均身長が子供なのは知っている。対峙した警備員の彼らに伝える事は出来ないが、昨日、誕生日と成人の件で、中身の私は異世界ギャップに、幼児認定でメンタルはズタズタだとも念じておこう。
そんな子供に睨まれ、見上げられた男達は困惑に顔を見合わせ、そして再び私を見下ろした。




