01 誰しもが、その道を。
久しぶりの登山は全身の筋肉に響いたのだが、日々の努力により寝込むほどの筋肉痛とは至らなかった。
岩ばかりの険しい山道を終え、たどり着いた森の平地に一息つく。登山道、危険な岩場だというのに、ぷるりんは変わらずフードの中で寝ているのみだ。
おそらくここぞとばかりに、私の筋力トレーニングを促していることは分かっている。だがもちろん、これは結局、私自身の為になることなので異議は無い。
(良い汗かいた、)
エルビーが渡してくれた水筒の、水が最高にうまい。そして改めて周囲を見回した。
異世界だというのに、山を越えてこちら側の空気は懐かしく感じる。初めてこの空気を吸い込んだせいなのだろうか。こちらに家があるわけではないのだが、つい「ただいま」と、口から出そうになった。
「にゃん」
森の景色、足下にはくろちゃん。
この子は私達の出発と同時に、どこからともなく現れた。巨人達の山岳救助施設では、くろちゃんは彼らに人気があったとの話をアラフィア姉さんから聞いている。
私達がガーランド国のお城の街に行った時、山岳施設はテロリストにより大きな被害を受けたのだ。死傷者も多数出た大きな事件の被害者の中には、私と朝練を共にしていたお兄さんも二人いた。
事件後の山岳施設の中、くろちゃんは動物好きな隊員さん達を、この小さな体で癒やしてくれたらしい。
故郷では社会情勢や時事などは素通りだった私だが、この異世界では素通りなんてしない。山のこちら側、ファルドと呼ばれる国が戦争を推し進めている事だって知っている。
異世界に落とされて、旅行気分を想定していた自分も居たのだが、ここから先はそうも言ってられなさそうだ。
そして、私に出来ることは限られている。青い玉に身体を貸すことだけなのだが、もちろんこれからは、無知に欺され玉の言いなりになろうとは思ってはいない。
ここで再び自分が自分に問いかける。
青い玉の出入りには、物理的に体内への侵入があるのだが、私の身体は大丈夫なのだろうか。大量な痰、鼻水の出入り程度に捉えていたが、私の体内のナチュラルキラー細胞などが、青い玉を拒絶したり、または玉に攻撃されたりしていないのか。
(謎である。ぷるりん、たまに液状化しているし、まさか体内物質と溶け合ったりしてないよね・・・)
私の赤血球、白血球、その他諸々の内臓器官、そして脳。心配である。
(心配であるのだが、そこを深く追求することは、今は止めておこう)
大きすぎる問題に、私の脳内がこれを考えることを拒否している。そういう時、蓋をしてやり過ごすことが重要だと、カミナ・メイ取り扱い説明書には明記してある。そして、これも明記されている。昨今の玩具文房具には、当たり前となったあの表記だ。
これは、食べ物ではありません。
私は今、最近見る度に成長しているかっぱに味見をされているのだが、これはどこまでが許容範囲となるのだろう。
足下にはくろちゃん、そして常にかっぱは周囲を纏わり付き、隙あらばほっぺをペロリと舐めてくる。魚らしい行動と言えるかどうかは分からないが、やはり額をグイグイと身体に押し付けてくる事もよくある。
(ペタペタ、ペロリ。さて、そろそろ誰かにヘルプを、)
さり気なく周囲に私の困惑をアピールしているのだが、アピーちゃんは気絶のトラウマにより、かっぱの半径五メートル以内には入ってこない。異性交遊の注意のために天然爆弾を置き去りにしたエルビー先生は、何故かかっぱの試食には関心が無いようで肝心な時に助けてはくれない。
〈メイ、なに考えてるの?スアハは今も、メイのことだけ考えてるの〉
『・・・うんうん、あの、姉さ、は無理だよね』
頼りのアラフィア姉さんと弟は、鳥男と魔人に掛かりきりで忙しそうだ。奴らは未開の森から出てきたばかりの原始人。砦の巨人達も、自分より大きな魔神や鳥男に興味津々だった。原始人には、近代的人間のルールなんて通用しない。
フリーダムを掲げ自由気ままに飛び回り、ふらりと居なくなってはいつの間にか現れるを繰り返している。奴らの手土産を見る度にアラフィア姉さんは歯を食いしばり、腹を押さえる姿をよく目にする。
(ストレス・フル。姉さん、心配です)
なので姉さんのストレスをこれ以上増やさない為に、私はかっぱとの問題を自分で解決する事に決めていたのだが、旅の途中、お世話になった宿屋のお風呂場でそれは発生した。
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『かっぱちゃん、男の子だったんだね。』
一緒にお風呂に付いてきた、かっぱのお股に生えていたあるモノを見て、私は気が付いた。美しい女性になると思っていたかっぱちゃん。実は男の子だったのだ。
〈またカッパチャンて言った!〉
『ああ、うん。えーっと、・・・』
これまでの婚約の決闘宣言、仲間作りの同属作りと思っていたが、ここにきて眠そうな魔人の〔発情発言〕の件がスッキリした。
おそらくかっぱちゃん達、原始人さんは〔発情〕は大人の通過儀礼なのだ。
(いや、それはノット・ケモミミ族の私達も同じことか、発情は、人をある意味大人にさせる)
そして私は男性ではないのでよくは分からないのだが、ツルペタお子様のかっぱちゃんとは南国で共に水浴びをしていたが、ソレは無かったはずなのに、成長期により成長したのだろうか。ソレが謎である。そして続く疑問だが、スーパー銭湯、下町情緒銭湯などで聞いたことがある、少年はいったい何歳までママとお風呂を共にして良いのか問題だ。
かっぱちゃん、十一歳。
痴漢男と混浴経験のある私、今さら何を騒ぐ羞恥心も無いのだが、しかし。
〈メイ、ハァ、ハァ、〉
(ハァハァ、興奮してきた。かっぱちゃん、)
どうしよう・・・。
『・・・え?、』
抜かされはしたが、背の低い私に仲間意識が強めなかっぱちゃん。思春期にあり得そうなこの状況をどう対処すべきか、しばらく観察していたのだがそれがいけなかった。私は不穏なかっぱちゃんに飛び掛かられてしまった。
ピンチ。
大人が数人入れるスチームバスではあるのだが、身体を洗う部屋は別室だ。そう広くないこの密室、押し倒された、ヤバイ。
ゴンゴン、ごろり!
ゴッ!
『痛!こら!落ち着きなさい!かっぱちゃん!』
〈また言った!スアハ、『かっぱちゃん』じゃないの!かっこよくなるの!!〉
それどころでは無い!頭を打った!真っ裸、思春期真っ盛り、意外と力が強すぎる少年を前に出たのは、不様に声が裏返った悲鳴である。
『た、たすケテーーーー!!!』
乙女の悲鳴に現れた救世主、それはなんと。
青い玉、一個であった。
『・・・・』
(・・・・)
(・・・・いや、いいのだが、)
乙女のピンチに青い玉、一つ。奴は風呂場の扉の隙間からスルリと現れて、ぷよぷよ揺れながら襲われる私の口に飲み込まれた。
(いや、ありがたいのだが、)
確かこの、旅のメンバーには、年頃の男性が数人居たはずなのだが。私、未婚の乙女。しかも巷では、巫女という清純派な称号をステータスに記されているはずなのだが。
何故だろう。
腑に落ちない。
ぷるりんに入れ代わった私は、覆い被さるかっぱちゃんを容赦なく平手打ち、更に踵で蹴り上げた。急所にヒットしてしまったのか、転がり丸まるかっぱちゃん。
(やりずぎだ、ぷるりん、やりずぎ、)
更に倒れるかっぱちゃんに踵落としをしそうなぷるりんを、私は止めることに成功した。と、いうか『ぷるりん!!』と叫んだら、奴と入れ代わる事が出来たのだ。
〈ううう、ウウ、〉
ここはドメスティックなお父さんが、愛の鞭と称しての鉄拳制裁と熱く出る幕なのかは分からない。だが、苦しそうなかっぱちゃんに、追い打ちはいけないと思った。誰しも起こる思春期の性衝動、ここは母性愛で見守り、行動は看護師の様にクールにやり過ごすのだ。
思春期の子供は繊細なのだから。
〈行こう〉
クールに手を差し出した私を、震えるかっぱ少年は涙目で見上げた。脱衣所で身体をさっと拭き、衣服を身に付けると呆然と立ち尽くしたままのかっぱ少年を着替えさせる。
風呂場を出ると、廊下に鳥男がへらへら笑いながら見ていたが、奴には構わず俯くかっぱちゃんの手を引いて部屋までつれて行ってあげた。
(とりあえず、今は一人にしてあげよう)
部屋の前、頭をぽんぽんしてあげる。思春期の不可抗力に大人の心で頷くと、さっきから反省しきりのかっぱちゃん、涙目で部屋に入って行った。
そこで私は気が付いた。
(鳥男、あいつ、まさか助けに来てくれたのか?いや、待てよ。その割にはへらへら笑っていやがった)
奴には目の前で、おあずけ焼き肉の刑をくらったことがある。肉に飢えていた南国。朝昼晩のジューシーで歯ごたえの無い甘い果物に身体が震え始めた頃、目の前で焼き肉パーティーを開催されたのだ。ゲストはぷるりんさんただ一人。いや、食べたのは私の身体なのだが、私は食べた気がしなかった。
(しかもあの後、私を一度もお肉の会に招待してくれなかった)
無銭飲食のくせにこの理不尽なクレームは、本来ならあり得ないとは分かっている。だが、ぷるりんは食べたのだ。この贔屓という理不尽に私は憤る。
そう、あの時から、鳥男にはそこはとなく焼き鳥感が増した。そして、カラアゲ・チキン感も。
ぐう。
(お腹空いた。エルビー先生とアピーちゃん、ご飯食べたか聞いてみよう)
その後、私はアピーちゃんとくろちゃんと弟のお財布でご飯を食べた。旅先の煮込み料理は肉の正体が不明でも、とてもとても美味しかった。
もちろん、思春期の失敗に落ち込んだかっぱちゃんのフォローも忘れてはいない。落ち込むかっぱちゃんに私はご飯を届けに行ったのである。




