11 約束 11
定期連絡の為に王都から飛び立った、灰色の飛竜は大空を舞う。
陽の出る前に飛び立って、騎乗する騎士の背後にしがみついているアピーは、朝食の支度に煙の昇り始めた煙突を空から見ていた。早朝のため、ぽつりぽつりと煙の筋はまだ少ない。重厚感がある石垣、歴史的に長く続く石造りの街並みを見下ろして、アピーは大きく深呼吸をした。
(怖くない)
飛竜に慣れてきた自分に実感した。アピーの光彩が入る緑の大きな瞳は、自信に強く輝いて朝日に縁取られた山脈を見つめる。
ガーランド竜王国にたどり着いてから、初めはただ怖い怖いと思っていた飛竜達。だが毎日観察し様子を窺っていたが、彼らはとても賢く紳士的だったのだ。一番の魅力は強いこと。アピーは周囲の人達が魔戦士を恐れる話をよく耳に拾ったが、飛竜に勝てるものはこの世にいないと想像する。
(まだ少し、どきどきするけど、怖くない)
大きな灰色の体は遠くから見ると黒光り、近くで見ると羽を虹色の膜が覆っている。瞳の色に個体差はあるが、何もかもを見通す様な大きな眼球は、瞼の外皮によって切れ長で知性的にも見えるのだ。
(強くて、かっこいい。どきどき)
必要以上に怯えるアピーに対して、安心させるように高い声で宥めてくれる飛竜も中にはいる。数度彼等に乗る機会のあった少女は、今は頼もしく巨体を見ていた。
思いのほか、早く砦にたどり着いた。駐竜場所、少女は難なく飛竜の背から飛び降りる。山と街を幾つも越えて、自分を第三の砦まで運んでくれた飛竜をアピーは振り返った。
〈ありがと!〉
初めて大きな声で礼を言った。彼等に聞き慣れた異国の言葉に、照れたアピーは顔を真っ赤に走り出す。それを伝令の騎士と飛竜は微笑ましく見ていたが、荷物をはずし終わると飛竜は放され大きく空に舞い上がって行く。そして空に一声上げた。
〈ーーーーー・・・、〉
「え、?」
走る少女は空に舞った飛竜の鳴き声に〔また乗せてやるぞ〕と聴き取り振り返る。見上げた空にアピーも一声キャンと返し、この国では珍しい頭を下げる礼をした。友人の少女がありがとうと共によくやる仕草。そして見慣れた石造りの建物に踏み込むと、出勤したばかりのすれ違う大きな兵士に朝の挨拶をする。〈おはよう〉と、返る挨拶に少女の尻尾がゆらりと揺れた。
(私、強くなるの)
海を越えた北方で、大勢の騎士に武器を向けられても、その中心で毅然と胸を張る一人の男の姿。少女は彼を胸に秘めている。その男の事を考えると、自分の怖がっているものが小さな事だと気が付いたのだ。
(黒い人。エスクさんの傍に居るには、強くならなくてはダメなの)
以前は怯えながら歩いていた砦の中。しかし、この砦でアピーを攻撃してくる者はいなかった。ただ必要以上に怯えていたのは自分なのだ。そう気付いて胸を張り、友人の小さな少女の声を探す為に大きな耳を立てる。耳をすませて音を聞き分けるが、朝の人々は準備に騒がしい。だが様々な音の中、不必要なものは切り捨てて集中し目的の声を探す。これはアピーが誇るべき特技の一つ。
南方大陸から来た二人の少年達よりも、アピーの方が正確に音を聞き分けられた。
(ーー居た。やっぱりアラフィアさんの所だった。ミギノ、あ!なんか食べながら歩いてる)
口に物を入れて部屋を歩き回っている。行儀作法だけはよく褒められる黒髪の少女の、数多い欠点の一つ。ふがふがと話しながら足音を立てている。野菜を焼きたてのクラウに折り畳み、それを片手に食べるのだが、友人は何故か行儀悪く歩く事がある。アピーは一度それを嗜めたのだが、やはり見ていない所でやっていた。
(ふふ。後で注意したら、驚くかな?『トウチョウ、コワイ』って、騒ぐかな?)
目的の少女に近寄ると、再会を驚かせる為に気配を抑えて足音を消す。悪戯心にわくわくし、慌ただしく動き回る少女の位置を音で確認するとそっと扉に手を掛けた。
〈噂の〔アピーちゃん〕かな?〉
「!!!」
振り返ると、そう広くない廊下の壁にもたれて鳥族の男が立っていた。全く気配を感じない。匂いさえも分からない。今まで誰も居なかった朝日の照らす廊下。男は壁の影から抜き出るように、一歩足を踏み出した。光に全身が晒される。ところどころ飾りのように赤や朱色が混ざる黒い大きな翼、薄い唇に獲物を狙い笑う黒い眼。南方地方の商人が好んで着る、数枚の布を合わせた身軽な長い上衣を革紐で押さえ、足首に飾りのある素足から長い鋭い爪が剥き出ている。
「・・・、・・・・っ、」
ビクリと肩は跳ね上がり大きな耳は逆立って、アピーは逃げるために素早く扉を開いた。勢いで部屋の中に踏み込むと、何故か全身が恐怖に硬直する。身体は動けないが、ざわりと総毛立った耳だけが先に横を向き、恐怖の源を確かめた。遅れて顔がそこに続くと、長椅子に足を組んで座る、見たこともない大きな獣人を発見してしまった。
「むぐ、アピーちゃん!!!」
アピーの予想通り、黒髪の少女は片手に野菜を挟んだクラウを持って立っていた。だが、それも床に落ちた野菜の音で判断したもので、目は恐怖に見開いたまま大きな獣人から離せない。
〈・・・・〉
特に何もしていない。恐怖の獣人は座って何かを飲んでいる。男はアピーを見てもいないのに、少女の総毛立った体は動かない。流れた冷や汗に再び全身が総毛立ち、駆け寄ってきた黒髪の友人はアピーの正面に立った。
「良かったねぇ、良かったねぇ。一緒だね」、
『アピーちゃんの到着はお昼くらいかなって、姉さん言ってたんだよ。あれ?それはエルビーだったかな?まざった?』
少女の声に安心し、なんとか強張る体を動かして目線を正面にずらす。アピーは縋るように友人へ意識を集中した。ようやく動いた首、向き合った黒髪の少女の背後、それは目を最大に見開いていた。
〈ウウウウ、ウウウウ、〉
「!!!!」
小さな牙はガチガチと威嚇音を発している。少女の細い首の横から覗き込み、敵意をぶつけてきた真っ青な眼。それと見合ったアピーは、ふつりと途切れた緊張に意識を失った。
******
正午過ぎ、第六の砦に一時幽閉されていたエルヴィーの到着を待って、東ファルド潜入を開始する事になった。アラフィアを隊長とする特殊部隊、既に他の隊員は昨夜のうちに出発し先行している。
今回の任務の最終目的は、ファルド国内にある大聖堂院調査である。
「表向きは北方エスクランザ国から、天教院巫女の教会訪問移動となる」
「懸念すべきはファルド騎士団との遭遇だ。騎士団を率いるフロウ・ルイン・ヴァルヴォアールの対策としては、エスクランザ国で会った、メアー・オーラが鍵となるだろう」
第三の砦騎士隊長オゥストロの横に、生意気に腕を組んで立つ少女は東大陸の広げられた地図を見下ろしながら呟いた。その言葉に、オゥストロは北方で出会った怜悧な男を思い出す。エスクランザ第一皇子の知己であるファルド騎士団長の一人は、軍医と言うよりいけ好かない施政者の雰囲気を持っていた。
「その男、オーラってことは、大聖堂院の一派なのでしょう?信用できるのですか?」
アラフィアのもっともな疑問に少女はそれに頷く。だが、答えたのは大神官アリアだった。
「彼はオーラ公家といっても、ファルド国内では大聖堂院と対立する分家らしいよ。まあ、古くはオーラ公家の繋がりで、我が国の者と関わりがあったそうだけど、魔法というより、薬学の医療技術での交流らしい」
「テスリド・メアー・オーラ、奴は必ず〔メアー〕を外さない。グルディ・オーサ基地でも、大聖堂院側ではなさそうだった」
「ファルド国内でも、大聖堂院の力が増して、それを抑える派閥に用意したんじゃないのかな?もし、ファルド国が大聖堂院を切り捨てる場合、オーラ公家の跡取りが分家にでもいれば、いろいろと収まりがつくからね」
その通りだろう。オルディオールはファルド元貴族として、アリアの意見を肯定する。しかしまだ怪訝な顔のままのアラフィアに、更に説明を加えた。
「要は、メアー・オーラはエスクランザ国とファルドに繋がりがあるということだ。大陸統一を掲げてファルドは戦を続けたが、出来るだけ物事は有利に運びたいだろう。ガーランド竜王国という堅牢な壁を崩すには、あらゆる方面の手を考える。その一つにあるエスクランザ国との細い繋がりは、メアー・オーラが握っている」
ガーランド竜王国を崩す。その手段の一つとして、エスクランザ国との国交を望むファルド帝国。それをガーランド国、最精鋭竜騎士達の前で少女はのうのうと語ったのだが、不可思議な巫女の少女へ上がる文句は今更出ない。
「騎士団長であるヴァルヴォアールがメイを利用しようとすれば、天教院が神聖なる巫女様を守るだろうが、その力が足りない場合は貴族院に属するメアー・オーラが役に立つ。王家も貴族院も、簡単に今回のメアーのエスクランザ国との交渉功績を無視はしないだろう」
ーーだが、正直どう転ぶかは分からない。
「まあ、メアー・オーラに縋る事は、最悪の想定の一つだ。これはあくまでも可能性の話で、ヴァルヴォアールの世話になるとも決まってはいない」
それは誰しも思っていたが、それも想定の内ではある。アラフィアは了承に頷いたが、黒髪の少女は別の問題を困った顔で見上げた。
「それも全て、お前達によって、方向転換されないかとの不安が大きいのだが。本当に、付いて来るつもりか?」
地図を囲み見ていた者達の、少し離れた所にある椅子に寛ぐ者、会議室内を興味津々と物色し続ける者。気絶したアピーを覗き込んでいる者。
質問さえも聞いていない。だが、飾り付きの耳だけ動かしたヴェクトは、向けられた音に瞑っていた片目を開けた。
〈ファルドは奴隷先進国だぞ。お前達、捕まって皮を剥がされるかもしれないぞ〉
率直なアラフィアに、返す言葉も無いオルディオールだったが「今は、前よりマシなはずだ」と呟いた。このアラフィアの言葉に笑顔で振り返ったのはフェオ。にこにこと近寄ってくると〈ブーブー!〉と、音を鳴らして笑い離れて行く。
〈・・・クソガキどもめ、〉
吐き捨てたアラフィアは、隊長としての前途多難の想定に獣人を睨み付けた。
〈俺達、勝手に見て回るから、大丈夫!〉
少し離れた所から適当に安心を促したフェオだが、逆にアラフィアは熱り立った。
〈勝手という言葉は、軍の規律に必要ないぞ!〉
〈いっそのこと、巫女巡業じゃなくて、旅芸人とかの方が怪しまれないんじゃないか?〉
呟いたエスフォロスを、冷やかす獣人と同等に睨み付けたアラフィアだがその意見にフェオは手を打った。
〈芸?、分かった。じゃあ、俺がスアハを担いで空から水を撒いてやる。な!〉
了承を問われたスアハは、愛しい少女がよくやる仕草の真似をして、片方の眉を上げて笑う鳥族の男を見た。
〈あんた。もしそんなこと、スアハにしたら、二度と海の上は飛べないからね〉
〈・・・・海の上。〉
フェオは蛇魚族のスアハの両親が脳裏に過ぎる。彼等に喧嘩を売った巨大魚とやりあって、逃げる魚を海の果てまで追いつめて仕留めて帰って来た噂を思い出した。縄張りから逃げたのに追いかけた。〈蛇魚しつこいね〉〈蛇魚こわいね〉そう、一部始終を見ていた海鳥達は歌っていたのだ。
フェオはスアハに頷くと、しないと心に誓う。スアハは疑いに碧い目を眇めたが、元の定位置に戻ると長椅子に横たわるアピーの顔を再び覗き始めた。
〈・・・・〉
**
今はオルディオールの支配となっている身体から見える景色の中に、倒れたアピーを心配し覗き込んでいるスアハが居る。
(かっぱちゃん。微笑ましいね。自分が驚かしてアピーちゃんが倒れたと、心配しているのだね)
スアハ十一歳。アピーは十二歳。
年頃の近い獣人達の微笑ましいやり取りに、オルディオールに身体を乗っ取られているメイは、温かい気持ちでそれを見つめていた。
会議室にアピーを連れ込んで来たのは他でもない。スアハなのだ。アラフィアとエスフォロスの宿舎で倒れたアピーは、そのまま兵舎に寝かせていたのだが、会議室に人が集まるとスアハがアピーを担いで連れ込んでいた。
獣人の者のやる事に、今更頓着しない面々はそのまま放置して今後の話し合いをしていたのだが、暇なメイは獣人の子供達をほのぼのと観察している。初対面のアピーに緊張して、メイの後ろに隠れていたスアハを思い出す。その隠れたスアハに驚いて、倒れた繊細なアピーを介抱している姿。
(微笑ましい・・・。動物というものは、どうしてこうも、人の心を穏やかにするものなのか・・・)
嫌いな人には分からない。好きな人にのみ脳内に放出される癒し物質。アピーが身動ぎする度に、スアハは少女の顔を覗き込んでいた。
**
(別種類の動物達の戯れ、胸きゅんです)
しかし、気を付けなければならないのは間に挟まる飼主だ。
獣の性質、それは人には制御できない未知の領域。
ーー私のにゃんこは、ぴよこちゃんを食べないのよ。とっても仲良しなの。
はたしてそれは、本当か?
飼主を挟んだコミュニケーションならば、お互い飼主という、共通の敵が支配する場所で警戒しているかもしれないが、仲良しだから大丈夫はあり得るのか?
弱肉強食。
それは絶対的自然界のルールである。
うちのにゃんこは大丈夫。
だが、にゃんこは強者、飼主に褒められたくて、やってしまうかもしれない。
ーーただいま、帰ったよ!
ぽとり。
ーーお帰り!
ーー見てみて、やったよ!褒めて褒めて!
・・・・・!!!!!
ぴよこちゃんの惨劇により、二匹の仲良しは幕を閉じるのである。
コレはにゃんこの所為では無いのである。にゃんこは不可抗力なのである。動くものは、いつかやってやろうと、スイッチが入ってしまうものである。
もちろん本当に仲良し異種生物が居るのだとは思うし、自然発生ならば温かい目で見守りたい。むしろ見たいのだが、そこに人の作為があったら悲しいと思う。
(でもあれは、正真正銘。かっぱちゃんの優しさなのである)
「う、・・・、」
目を覚ましそうなアピーちゃん。心配そうにそれを見つめるかっぱちゃん。微笑ましい。
〈スアハ、止めろよ。気絶、繰り返させたら身体にあんまりよくないぞ。メイ、お前のこと嫌うかも〉
・・・フゥオワッツ?
〈ウウウウウ、ウウウウウ、〉
唸ったかっぱちゃんは碧い眼で私を振り返る。そして悲しげな顔になり、アピーちゃんから離れて行った。
・・・ホワイ?
(気絶・・・?)
カラアゲチキン男が言った気絶という症状に、憧れを抱いていた時期がある。
儚いお姫様に憧れた幼少期、そしてこの異世界に落とされたあの時だ。度重なる死の恐怖に何度か気絶を熱望したが、確かに、言われてみればかなり身体に悪そうだ。
いち早く恐怖からの迷いや苦しみから逃れ、精神的自由の世界に到達を試みるゲダツ的ものかと思っていたのだが。
(違う。これは、ただの強制終了)
強いショックによる思考の断絶。パソコンも何度も強制終了をする事は止めた方がいいらしい。ログアウト・ログオフ、手順を踏めば、人を小馬鹿にした様な悲しげな落下音と共に訪れる暗闇の静寂。
(プチッと何かが途切れた事により、強制ブラックアウトしてしまったの?)
『アピーちゃん、すごく心配、』
私の漏れた呟きに、アピーちゃんを弟が振り返った。だがまだ寝たままの姿を確認して、弟は不審に私を見下ろしている。私はすぐにぷるりんにゲヘンと追い払われてまた室内観察に戻ってしまったのだが、この後直ぐにアピーちゃんは無事に目が覚めた。
良かった。本当に良かった。
そして、嬉しいサプライズは続くのである。
エルビーが、帰って来たのだ!
だが、ぷるりんに支配されたままの私は、扉から入って来たエルビーをクールに見ただけで目を逸らした。
ぷるりん、大人気ないのである。
***
ーーーガーランド国境線。第三の砦、屋上。
竜騎士は、空に舞い上がった相棒を見上げていた。いつもは興味津々に建物の中を覗き込んでいた飛竜は、別れの言葉と共に高く上空に舞い上がって降りては来なかった。
〈別れは済んだか?〉
振り返ると居た姉が、同じ様に空を見上げる。気ままに砦の上空を舞う数匹の飛竜。それを見て、昨日別れを告げた自分の嘗ての相棒を、目で探してしまったと姉は笑った。
敵国への潜入、それには死の危険性が高まる。ガーランド国境線を任務で出る竜騎士は、相棒である飛竜に別れを告げて出国する事が規則なのだ。
別れた飛竜は別の騎士を相棒に決めるか、別れた騎士を待つかは分からない。それも全て飛竜次第である。再び騎士が帰国して同じ飛竜と出会うまで、相棒であった騎士が名付けた名前では、もう呼ぶことは出来なかった。
ーー戻ってきたら、また、乗せてくれるか?
問いかけた騎士に、飛竜は返事をしなかった。大きく羽撃くと、騎士を見ながら灰色の巨体は蒼い空に高く高く舞い上がって黒い飛影となる。
飛び去った美しい灰色の姿を眺めた騎士は、振り返らずに空に背を向けて歩き出した。
**
敵国への潜入に見送りなどは無い。密かに別れを告げるものたちは砦の一室に集まった。巫女の教会訪問、それに従う天教院従者の姿に扮している。ただ南方の者達だけはそのままで、日よけの外套を被るだけとなっていた。
オゥストロは婚約者を託した嘗ての英雄を名乗る聖霊に頷くと、片膝を付いて指輪の嵌まる少女の白い手を取った。
「俺は天を制する者だ。俺の名を、知らない者はこの大陸にはいない。必ず、俺の名を呼べ」
オゥストロの整った美しい顔、黒宝石の瞳は少女本人を見つめた。跪かれた事にメイは動揺していたが、頬を染めて鼻の穴を広げながらも何度もしっかりと頷く。それにオゥストロも笑み返した。
(・・・隊長、)
少女の身に危険が及べば、オゥストロの名を呼べと黒竜騎士は言った。その名を呼ぶ事態となれば、もう命は無いかもしれない。空を飛べるとはいえ、窮地に即座に駆け付ける事など出来ないのだ。今の約束は、オゥストロがメイを害した者達を血の雨が降るほど根絶すると誓ったものだった。
その内容を分からず頬を染めている者は、やはり不可思議と言われる本人だけである。少し離れてそれを見守るアピーでさえ、共に旅立てないオゥストロの心を感じ取っていた。
「ならば僕は、君に神の目をお渡ししよう」
立ち上がったオゥストロから、場所を奪うように大神官アリアは進み出た。そして同じく跪くと、少女の腕に青い腕輪を嵌める。複雑な紋様が彫り込まれ、その中に天教院の象徴である、樹木の紋が中央にあった。
「全ての天教院信者は、その目を通して僕に繋がる。全ての天教院は、天上の者を護るだろう」
東ファルド国内の天教院、分派としているが総本院のエン・ジ・エルと天上人の巫女は神と仰ぐ存在。信者からの噂は直ぐにアリアに集まり、その情報収集は各国の諜報を凌ぐ力となっている。皇子を苦手としているメイだが、この場の雰囲気に彼にも腕輪の感謝を述べて軽く頭を下げた。
頷き立ち上がった皇子は、壁際に待機する口当て布の守護騎士に近寄ると耳打ちする。
[お前達を、穢れとしない主に、全てを差し出せ]
アリアへ目線で頷き返したトラーは、獣人の者達と新しい腕輪を眺める主を見つめた。その主の少し後ろには、人形の様に表情の無い男が立っている。まるで人では無い様にそこに存在する者から主を護るために、トラーは男を警戒し背後に回った。
「・・・・」
エスクランザ守護騎士に警戒されている事を気にしないエルヴィーは、少女に別れを告げる者達をある感慨を持って見ていた。そして気になる事は再会に無愛想な少女の態度。それに初めとは変わってしまった少女の環境を考える。
(悪い言葉遣い、異性からの声かけ、)
トラーの心配を余所に、怪しげなエルヴィーはメイに異性との関わりを注意すると、直ぐに部屋から出て行った。
**
歴史上、永きに渡る、恋の謎。
コジレ・コジラセ、ヒクツ・ヘリクツを恋愛感性に混ぜてしまう。そんな彼氏居たこと無い歴、イコール年齢の私にとって好きと恋のなんたるかを、語る資格はないのだが、だがしかし。
これだけは分かるのだ。
(オゥストロさん、とっても心が広い)
良い男。
ぷるりんにより印象付けられてしまった、シリガール・タカリビッチ・ミギノメイと周囲からは認知されているこのワタクシを、彼は広い心で包んでくれていたのだ。
エルビーのボランティア精神に勝るとも劣らず。
甲乙付けがたいのである。
(いやエルビーは、たまに大きな天然爆弾を置き去りにしていくので、ここは巨人に軍配か?)
そんな妄想の中、皆さんも準備万端のようで、もう出発の時間となった。お名残惜しいので、背の高いイケメン巨人を目に焼き付ける私。
(オゥストロさん。前にも思ったんだけど、私、この人のこと、嫌いではない。むしろ、本当に好「愛しい巫女姫、ご武運を」
巨人への気持ちの再確認中、邪魔な痴漢男が現れた。
『痴漢、嫌いです』
「僕も寂しくて耐えられないよ。早く帰ってきてね。僕の待つ、このガーランドに」
周囲がどん引きなのは、空気の読める我が民族でなくとも分かるのである。
『私の唯一の心残りは、エナガ・シスターズとのお別れが出来なかったこと。痴漢は嫌いです』
怒れる私の宣言に反応したのは痴漢男ではなく、何故か隣に立っていたかっぱちゃんだ。耳鰭が広がり、白眼の無い魚眼が私をガン見する。
〈メイ、前から気になってたんだけど『エナガシスターズ』って、何?〉
『・・・・え、それ?それを今聞く?』
無理である。搭乗手続きが終わり、出発ロビーで待機中の彼らの前でエナガの生態を披露するには、時間が足りなさすぎるのである。だが、これだけは言っておこう。
「皆・・・また、会いたい」
〈・・・・・・・・〉
そう、エナガ・シスターズに対する思いは、この一言で終わらせよう。おや?おかしいな。なんだか、皆が私を見る目がおかしい。これは、どこか憐れみを含む目つきで見つめられている。
いいじゃん!
カワイイものが、好きでもいいじゃん!
過去に我が国では、つり目な私は女の子らしいものよりも、何故かクールなイメージを周囲から与えられていた。だから毎日スカート派よりもパンツ派である。だけど内心は、我が国を代表する可愛い文化に全身浸かりたかったのだ!
ここは異世界。ぷるりんという未知の生物と身体をシェア中の私に、外からのイメージ他己評価、隠し事なんて今さら必要ないのだ。
カワイイものが、好きでもいいじゃん!
はっ!
〈・・・・〉
[メイ様・・・]
我が心の婚約者と、痴漢男まで切ない目つきで見送らないで!
私、イタタマレナイ。
穏やかな陽射しの午後、第三の砦から東ファルド国を目指して、私達はガーランド竜王国を後にした。




