09 確認 09
不機嫌な王都大神官と南方の不審な者達を、とりあえず別室に入れようと考えたが、彼等は全く動く気配が無い。立つことに不満を示したアリアでさえ、南方人の行き先を見届けてからの移動を考えていた。
〈ギュルギュルグル?〉
珍しく騒々しい来客に、気付けば数匹の飛竜が窓から三人を覗き込んでいる。フエルを先頭に窓辺から中を覗き込む大きな影に、小さな南方人はそれに立ち向かい牙を剥き出した。
「お前達、勤務してる奴らの邪魔だから。とっとと、どっかに移れよ」
呆れた高い声が落ちる。声の主を振り返った者達は、片方の眉を上げ生意気に腕を組む少女を見た。軍事施設の廊下には異質な存在。何故かその少女に従うように人垣も崩れると、渦中の者達も用意された部屋に素直に移動する。最後まで睨み合っていた若い南方人を羽のある男が連れ去ると、飛竜も空に舞い始めた。
人気の無い静かな廊下は割れた窓硝子を除いて、漸くいつもの平穏を取り戻した。
***
ーーーガーランド国第三の砦、中央客室。
用意された部屋の、主の席に腰掛けたアリアを余所に獣人達は部屋の内装を興味深げに見回している。南方の彼等と同じ室内に、アリアは再度[獣臭いね]と強調していたが、案内の者もオゥストロももちろんそれを黙殺した。
「改めて言うが、決闘は遠慮する。メイの保護者としては、現在、ガーランド国の騎士オゥストロに彼女の今後を託そうと思って婚約している」
少女の口から出た言葉に、獣人達は顔を見合わせて、アリアは涼しい顔で見返すだけだ。東言葉に気付いたオルディオールは、繰り返し南方へ同じ内容を発したが、それに鳥族のフェオは笑って精霊を騙る者へ言った。
「大丈夫。東の言葉は二人も聞けるんだ。ただ、口に出さない奴もいるけどね」
にやついたフェオの目線の先にはヴェクトが憮然と立っている。そして首を傾げると少女に取り付くものを見つめた。彼等の長は、メイの身体を使うものは精霊ではないと言った。しかも身体を捨てた無人の魂だと。真存在の者にとっては不気味なそれに、ヴェクトは興味と嫌悪を持ってそれを見た。
〈お前達が行う戦争に、その小さな身体を使うな。〔それ〕は我が部族が守ると地長は言った。俺達は〔それ〕を賭けて戦いに来たんだ。これは決定だ〉
大獅子と呼ばれる真存在人。背丈は長身の隊長オゥストロよりも高く、鍛え上げられた硬い筋肉に鋭い爪。逆立つ短い髪は鬣の様に首筋から背中に続き、南方の民特有の入れ墨と石の装飾で身を飾る。
(同じ室内に居るだけで、威圧感と発する殺気に背筋がビリビリする)
オゥストロに付き添い、成り行きを見守るストラとエスフォロスは常に緊張を解くことが出来ないでいた。意外にもヴェクトの言葉に反論せずにアリアは見守り、オゥストロはオルディオールの言葉を待つ。
「南方の者、南方大陸から外に出れば、その土地の規則が存在する。全て南方を基準に物事は進まない」
正論に胸を張る小さな少女を見下ろしたヴェクトは、それを見下ろしてフェオを見た。笑う鳥族は首を横に振る。
「オルディオール、君との話の中で、無人は誓約というもので、約束事をすると聞いたよ」
北方の皇子とガーランド国の竜騎士は、力強く頷く少女を見つめている。
「我々の番を賭けての戦い、それと長の言葉はお前の言う誓約と同じものだと捉えるんだ。ヴェクト、スアハはそこの無人と戦う。俺は三部族の長の言葉に従い〔不自然の犠牲者〕メイを見守る役を持つ」
「・・・・そうか」
フェオの言葉に、オルディオールにはそれに反する言葉は出なかった。
ーー不自然の犠牲者。
身体を借りている少女の事を、そう言われては返す言葉は無いのだ。自分が全てに関わると公言しているオルディオールには、メイを欺して誓約で縛り、犠牲にしている自覚が強くある。その中、静観していたアリアは控えるストラにお茶を出せと命じた後に、沈黙した少女と精霊を見つめて言った。
「大丈夫。獣がなんと言おうと、君は僕と婚姻の誓約をしているんだよ。野蛮な戦いの見せ物は、その人達にお任せして、安心して僕の下に来るといい」
皇子の言葉に怒りを表したのはオゥストロのみで、南方人は三人とも意味が分からずきょとんとしていた。そして彼等をある感慨で見守っていたメイは、オルディオールを押し退けて呟きを漏らす。
『私は、あなたが一番嫌いです。生理的に、嫌いです』
「分かっているよ。一刻も離れたくないのは」
『噛み合いません。ナニもカモ』
「生涯を共に誓おう」
「無効!!!」
北方の誓約にオルディオールは拒絶を示し、それを行わない方が良いと言われてきたガーランドの国民は意外な内容にアリアを見た。
「北方では、魂の誓いに誓約をするのだよ。これからは、ガーランド国でも流行るかもね」
歴史的に操作された誓約の真相、アリアはそれを流行と言って終わらせる。
「ああ、でも、東側の様に、物騒にも殺し合うものでは無いよ。本物の誓約はとても神聖で、愛あるものだ」
皇子は鼻で笑うと、偽物と言われた誓約に命を架けるオルディオールを見た。
「・・・オゥストロ、間抜けなメイを救出するために、影で大きく尽力してくれたと聞いた。感謝する」
総意で皇子を無視した少女は、美丈夫を見上げると神妙に頷く。それにオゥストロは何でもないと首を軽く横に振ったが、オルディオールは黒猫と共に砦を巡り、その内容の詳細を手に入れていた。
南方大陸は、一部の草食の種族の者が食欲に負けてしまい、ある種類の森林を枯らしてしまった事が数年間問題になっている。自然の淘汰は干渉しない彼等だが、外から持ち運んだ調味料による森林の消失を、三部族の長は不自然と判断して他の生態系に影響を及ぼす前に、迅速に森を戻すことにし植樹を選択したのだ。
失われた木々の再生には、同じものが生えるガーランド国からの輸入により行われる。巫女救出のための外交問題は国庫から負担すべき事であったが、今回オゥストロはその費用の負担を自分の問題解決とし、南方侵入の対価として国に申し入れたのだ。木々の本数は数多く、更に船で運搬し、植樹の手間に人員を使う。膨大な額となるが、それをオゥストロは資産の中から全て支払った。
「お前ほど、良い男を、俺は過去に見たことが無い。感謝する」
少女が態と見せつける様に言った、二度目の力強い感謝にアリアは目を眇め、ヴェクトは今度はアリアに目を移す。羽虫程に気にも止めていなかった青年は、ヴェクトが苦手な香を身に纏っていた。
〈お前も番候補なのか?〉
身体の線の細さ、官服の上からでも分かる筋力の薄さに、ヴェクトはアリアを悲しげな笑いで見る。皇子は憮然と見返すと[候補では無い]と言い切った。
〈スアハは候補だよ!〉
意味は分からないが、対抗心に蛇魚のスアハはやる気満々で鼻息荒く大人の番候補者達を見回している。魚族の特殊な瞳と目が合って、この場に関わり合いたく無いエスフォロスは、目を伏せ一歩後ろに下がった。
「分かった分かった!では、こうしてくれ。見せ物の決闘も、それを準備する刻も惜しいが、俺の目的が終わってから、好きなだけこのペラペラを取り合って決闘してくれ」
(・・・ペラペラ?取り合ってくれ?、なにこの無責任発言。おい、玉、)
疲れに余計な一言が付いたが、その場を納める様に少女は両手を広げた。オゥストロとアリアは精霊の言葉に何かを思い、黒髪の少女の顔、その中身のものを見つめたフェオは問う。
「ファルド国、大聖堂院を探りに行くって言ったよね」
頷く少女はオゥストロを見上げる。
「予定外が立て続いたが、議会の承認は得られたか?」
「潜入部隊をお前に付ける」
黒竜騎士の言葉に頷く少女に、フェオは満面の笑みを浮かべた。
「東ファルド国、大聖堂院、魔戦士。それに会いに行くことは、俺は面白いと思う。むしろ、賛成だね」
〈・・・・〉
ヴェクトは沈黙し、少女は怪訝に南方の者達を見上げる。興味ある、鳥族の獣人は血が滾ると言わんばかりに笑っていた。厄介者の反転援護、獣人の乗り気の勧めにオルディオールは彼等を共にしようとオゥストロを見上げたが、黒い瞳は慎重に少女を見下ろしていた。
「精霊殿、部下に諭されて気がついた。俺は、想う女を危険に晒して笑える男ではない」
(・・・・)
初めから決まっていた事ではある。不審者として出会った精霊憑きの少女は、彼女に憑いたオルディオールとの交渉により、ガーランド竜王国での交渉後に東ファルド国へ旅立つと決まっていた。
オゥストロとオルディオールとのやり取りで決まった内容。巫女となった少女はガーランド王城、軍事会議で思いを述べ、速やかにファルド国へ戻り、大聖堂院に潜入する。組織を瓦解させる事が出来れば、それを合図にオゥストロは再び軍事会議でオルディオールの案の承認を得るというものだった。
オルディオールの案とは、大聖堂院を混乱させれば、不安要素の魔法を封じる事が出来る。それを機にガーランド国が国境線のファルド属国トライド国、グルディ・オーサ領に攻め入りファルド前線基地を落とす。その後は国境線をトライド国とファルド帝国の境界に移すという事だった。
だが先に、魔戦士のガーランド国境の砦基地の急襲が起きた。大聖堂院という狂団との現実の遭遇。これで精霊オルディオールの荒唐無稽とされた提案をガーランド国は無視出来なくなり、ガーランド竜王国に大聖堂院の脅威を知らしめたのだ。
魔法院という得体の知れない組織と、それに懸念を示した精霊憑きの天上の巫女。飛竜と竜騎士によるファルド国への報復戦の前に、大聖堂院の瓦解を企てる巫女の作戦は願ってもない申し出となった。
元ファルド帝国軍人を名乗る不審な精霊への見返りは、トライド国の保護だという。敵国の将でもオルディオール・ランダ・エールダーの軌跡はガーランド国でも有名だ。国を捨てた国賊として捉える者と、身を挺して前線基地を守ろうとしたと捉える者とに分かれるが、議会は精霊を利用してファルド大聖堂院の様子を見るという事に決定した。
その為の危険な潜入部隊には、提案者である小さな巫女が含まれる。
(・・・・)
自身もそれに賛同していたオゥストロだったが、婚約者と決めた風変わりな少女の涙を部下に指摘され、彼自身、正体の知れない精霊オルディオールに思いを告げた。
少しつり目の大きな黒目は、オゥストロに応える様に彼を見上げる。そして儀式的に片腕を前に出した。
「オゥストロ、俺はお前に誓約をする。お前がメイを思い続ける限り、こいつの命を〔俺が〕守ってやる」
切れ長の黒い瞳は小さな少女を見下ろした。少女はオゥストロの腕の袖を掴むと、それを自分の細い腕に交差する様に重ねる。息を飲み見つめるストラとエスフォロスだが、獣人は興味深げにそのやり取りを眺めていた。
「俺は何を差し出すのだ?東の誓約、それは互いに何かを誓い、命を架けるのだろう?」
小さな少女を見守る様に見下ろしたオゥストロに、少女は少し首を傾げるとにやりと笑う。
「そうだなぁー・・・、お前には世話になり通しだが、まあ、もし、トライド王国が、ガーランド国に庇護を求めたら、それに反対しなければいい」
「・・・・」
「黒竜騎士、お前の存在は、思ったよりもこの国では大きい。それに期待する」
他国の騎士との誓約。オルディオールは昔、この国の少年に誓った曖昧な誓約を、同じ様にオゥストロに求めた。
ーー「違った者には天が落ち、
死で二人を引き離す」ーー
交差した手、少女の澄んだ声が静かに部屋に落ちた。
魔法でも呪文でも無い。だが、ガーランド国では禁じられた誓いを二人は交わす。誓約の本質を知る皇子も口を出さずにそれを見つめていた。
〈なら、お前、それと一緒に行かないってことか?〉
ここでようやく理解出来たヴェクトは、首を傾げて小さな少女を指さした。そして彼女と相対する男を見る。オゥストロの無言の答えにヴェクトは笑い出した。
〈無人って、意味分からんな。好きな女も守れないのか?、ふーん、なら、誰の子供を孕んでも、文句言えねーな〉
(好きな女・・・?)
メイは耳聡くヴェクトの言葉にきゅんとし、侮蔑に笑うヴェクトにオゥストロは鋭く目を眇めた。
〈貴様!〉
ここで怒りが爆発したストラはヴェクトに掴み掛かろうとしたが、それをエスフォロスが羽交い締めて制止する。応戦に哮るヴェクトと自分の獲物を探すフェオ。アリアは神妙に沈黙し手も口も出さないが、この殺伐とした場を収めた者は意外な者だった。
〈ヴェクト。スアハはヴェクトみたいに、大きくなってから小さな子供に乗っかったりしないよ〉
〈・・・・〉
(乗っかる?、・・・・かっぱちゃん。今の発言は一体・・・待って待って、その前に、小さな子供に私が当て嵌められるのか?)
ーーゴン!!
〈ウギャ!〉
片方の眉を上げて獣人を不穏に見つめるメイ。ヴェクトに拳骨を落とされたスアハはしゃがみ込み、フェオは腹を抱えて笑う。二人の部下に後を任せたオゥストロはその場を去り、アリアは遅れて運ばれてきたお茶を一口含むと顔を顰めて杯の中を覗き込んだ。




