08 厄介 08
質素な石造りの建物、空には見たことの無い数の飛竜が自由に舞っている。それを窓から見上げたアリアは[竜臭いね]と、呟いた。
〈砦の礼拝は日にちが決まっている。今日は人を集める事が出来ませんが?〉
挨拶も無しに、暗に帰る事を促した。振り返り背の高いオゥストロを見たアリアは、美丈夫の憮然とした表情にほくそ笑む。
[おや、ここの主は神官に挨拶も出来ないのだね。まあ、いいよ。大方、天上の巫女を放って非道と噂された事を、根に持っての無礼だろうから。許してあげるよ]
そんな稚拙な思いなどみじんも無い。だが、敢えてアリアはそれを口に出して周囲の兵士に聞かせた。今回、天教院信者が積極的に民衆にオゥストロの根も葉もない非道を吹き込んだことにより、国内で傷害事件が数件起きている。
血の気の多いガーランド人は、自分が慕うオゥストロを悪く言われて暴力沙汰起こす短慮な者も少なくない。更に新参者の大神官アリアを支持する者達とは、特に仲が悪いのだ。
噂だけでなく、実際に会って更にアリアが嫌いになっているオゥストロは、苦手な敵に苛立ちを募らせる。
〈ご用件は?〉
事務室が続く廊下、これ以上の侵入を許さずに、そのまま帰院を促すオゥストロにアリアは更に笑みを深めた。
[持て成しくらいしたらどうなの?お前、ここの主の品位が問われるぞ。早く部屋を用意しろ]
オゥストロの隣に控えていた副隊長ストラに、顎で命令をするアリア。さすがにストラも微かに眉間に皺を寄せたが上官の無言に従った。動きの無い兵士達、焦る砦の神官達、その場の緊張を笑うアリアは不愉快を顔に刻んだオゥストロを流し見た。
[これくらいで済ませてあげたんだよ。感謝は無いの?僕は出国の刻に煩わされた〔けち〕の回収をしたまでだ]
〈・・・?〉
なんの事かと思ったが、それに気付いたオゥストロは内心溜め息を吐き出す。事務室前で行われる騒ぎに駆けつけていたテイファルも、皇子の言った内容を思い出し理不尽に目を見開いた。
〈エスクランザ国の者が犯した罪により、我が婚約者が竜から落とされた事か?〉
頷くアリアは[当たり前でしょ]と、吐き捨てる。迷惑を被ったのはガーランド国側なのだが、謝罪の所在を議論する事は無駄だと悟る。だが、この皇子の言うなりに砦を彷徨かれる事も迷惑なオゥストロは、強く退出を勧める為に相手を見据えた。
[それはそうと、僕は巫女様に用事があるんだよ。何処なの?]
飄々と周囲を見回し進み出したアリアに、オゥストロはそれを睨み付けて一歩前に踏み出した。皇子は立ち止まり、一触即発の空気となる。だがその刻、慌ただしく廊下奥から兵士が駆け寄り、オゥストロの姿を見つけて声を張った。
〈報告します!西館に侵入者が!メイ巫女殿が、侵入者に捕らえられています!〉
その場の全員が驚愕に伝令を振り返った。そして誰となく西館へ向かって走り出した。
**
〈見つけたぜ〉
人は時に、想定外な理不尽な行動により、苛つきが生じる事がある。
例えば、カンチョーがその一つだ。
全くの想定外。それが訪れる事を知らない、気の緩みきったお尻に向かっての幼稚な攻撃。最低である。
しかも時には的を外し、ケツ肉に突き刺さるという悲劇まで生んでしまう。最悪である。
(これ、大人になってからは、大型犬に背後からやられたあれと、おんなじ・・・)
突然、お尻を下から突き上げられた。私は見事に前のめり、受け身は取れずに顔面着地。怒りと共に振り返ると、大きな奴が覆い被さった。
〈俺が一番だからな。逃げるんなら、もっと***入れろよ。毎度毎度**ぬるい〉
脱ぷるりんにより、ところどころ飛びはしたが理解は出来た。私のヒアリングは日々上達している。そして牙を剥き出して笑う獣男に怒りは吹き飛んだ。
目尻の入墨、見ようによってはヤカライケメンだが、剥き出された本物の牙により、全ては台無しなのである。
それどころでは、ないのである。
(し・・・死ぬ・・・)
この異世界においては〔死〕のワードが、もはや身近なものとなりつつある。だが怖い魔人は意外にも、まさに大型犬かの如く私に頭を擦りつけた。
〈痒い〉、ゴシ。
〈なんか、山で虫ついたカモ〉
グリグリ。
(え・・・ギーって、虫?)
〈痒いな、ヴォウ、〉
待って、
私で身体を拭くの、
ヤ・メ・テーーーーー!
「やめてぇー!やめてぇー!
一人にしないでぇー!
ごめんなさいごめんなさい!
許してえー!!!」
逃げられない私の必死の悲鳴に人々は集まったが、獣の唸り声に救いの勇者は未だ現れない。かっぱちゃんが頭をぎゅんぎゅんするのとはわけが違うのだ!
「たべぁーべーるぅー!!!」、
『まじ、誰か、誰か来て!!!』
山ダニなのか、なんなのか、魔人が痒がる恐怖の虫に、山育ちでは無い私が太刀打ちできるはずはないのだ!
グリグリ。ゴシゴシ。
〈かゆ、取れねー、〉
気分は意識不明、だが、しっかりと現実を認識できている私は、諦めに窓の外を眺めた。そこには大きな鳥が一羽舞い降りる。
あれは・・・、ヤキトリ・カムバック?
しかも、付属にかっぱを装備している。
ーーガシャアン!
窓を破壊して飛び込んだのは銀色のかっぱちゃん。笑いながらヤキトリ男が窓枠に腰掛けた。そして魔人とかっぱちゃんが、私を人形の様に取り合いフザケ合い、一通りはしゃぎ終わったところに巨人達がやって来た。だが、その後ろにはまたしても奴が居たのだ。嫌いな奴ほど目に付き、そして何故かすれ違う。
はい、出ましたー。
『ちかーん・・・、』
呟いた私を不審に見下ろす魔人とかっぱちゃん。その後は頼れる巨人の配慮により、私は速やかに解放されて浴室に向かって走り出した。
***
ーーーガーランド国第三の砦、西館廊下。
小さな少女を襲う、見たことも無い大きな獣人に、兵士達は腰が引けた。勇気を振り絞り近寄ると、一歩踏み出しただけで地を這うような威嚇音と共に鋭い牙を剥き出しに振り向かれる。伝令は警備隊と上級騎士に向かって走り出したが、更に窓を割って、新たな獣人の侵入者が乗り込んできた。
その場に居た者は、飛竜では無く飛ぶ大きな黒い翼に息を飲む。商人の羽ある獣人は見た事はあるのだが、窓から入ってきた羽ある男は雰囲気が丸で違う。涼しげな表情をしているが動く者を仕留める狂気を笑顔で周囲にまき散らし、銀色の美しい魚族は、鰭耳を逆立てて奇声を発していた。
〈ヴェクト、やめて、メイを、はなして、ギギ、ギギギギ、ギギギギギギギギギギギギギギギギ・・・〉
兵士達は、今まで南方の民に感じた事の無い恐怖を肌身に感じて、少女が玩ばれる光景にただ立ち竦んでいた。
*
〈遅すぎだろ〉
少女に存分に頭を擦り付けた、ヴェクトは顔を上げてフェオを笑う。体当たりで窓を割ったスアハは飛び込みヴェクトに齧り付いたが、ものともせずに軽く薙ぎ払われた。
〈山三つ、町三つ。スアハが重かったのかなー?〉
〈スアハのせいにしないで!フェオのせいで、メイが!〉
振り返ったスアハは、鳥族のフェオにギーギーと威嚇音を発する。それに肩を竦めたフェオは、疲れたと窓際に腰を下ろした。エスフォロスが飛竜で三刻、陸路で一日かかるところを獣人達は二刻で見知らぬ土地を駆け抜けた。
〈やっぱ、風だよね。今日は向かい風だから〉
〈言ってろ〉
鳥族の言い訳にヴェクトは笑うと、勝者の景品である少女を小脇に抱えて立ち上がる。それに更にスアハがぶら下がったが、気にすること無く廊下の奥を見た。
〈来た来た〉
〈・・・・〉
取り囲む兵士達、廊下の奥から背の高い男が近寄ってくる。周囲の空気が変わることを敏感に察知した真存在の者達は、その空気を作り出す男が辿りつく事を待った。
『ぃかーん・・・、』
〈〈〈?〉〉〉
威圧的な無人が前に進み出ると、それと同じく小脇に抱えた少女が鳴いた。ヴェクトとフェオ、スアハもその音の意味を探ったが、少女はうな垂れたまま動かない。
〈南方の者、何故この場で問題を起こす〉
低い声の主、ヴェクトは手に持つ少女から目線を移し首を傾げた。
〈お前がここの長か?〉
頷いたオゥストロに、獣人達は男がメイの婚約者であることを直感する。オゥストロは初めてガーランド国を訪れた大きな大獅子に臆する事無く歩み寄ると、抱えられた少女に手を伸ばしヴェクトの了承を得ずに取り上げた。
〈・・・・〉
笑いながら見ていたのは鳥族のフェオ。ヴェクトに威嚇音を発していたスアハは、オゥストロが現れてから碧色の瞳を見開いて、黒髪の少女を傍らに下ろした無人の男を凝視している。
〈お前が地の長の部族の者だな〉
ヴェクトより少し背は低いが、無人としては大きなオゥストロを真存在は見つめる。上から下まで、そして見えない内なる力を測るように目を眇めた。
〈地の部族、ヴェクト〉
名乗った大獅子にオゥストロは頷くと、正式な名と第三の砦の指揮官だと告げる。
〈俺は空の部族フェオ、これは海の部族スアハ。共にお前との〔決闘〕により、そこのメイを取り合う為に来た〉
言った鳥族の男の口は、楽しげに笑い裂けた。
**
(なんだか、面白い事になってんなぁー、)
黒猫の頭に乗ったオルディオールが騒ぎの中枢に辿りついた時、オゥストロに対して獣人達が笑いながら敵意を剥き出しにしていた。そのやり取りを暫く黒猫の上で観察していたが、周囲に話題の中心である少女が居ない事に気が付く。
(面白くはあるが、勝手に話を進められても困るな。あの獣ども、人の話を聞いてないようだしな)
南方大陸で地長エイグに告げ、メイを対象に賭をするなと申し出たのだが、それを無かった事の様に彼等は付いてきた。更にオゥストロを巻き込まれると面倒になると判断したオルディオールは、言い訳をする為に少女を探す。黒猫の上で数度弾むと、猫は向きを変えて走り始めた。
**
兵舎に戻って洗い立ての隊服に着替えたエスフォロスは、一服すると溜まった手紙や書類の封を開けた。一通り中を見て、半年前に出会った女からの誘いの手紙をもう一度開いて暫く悩む。
ーーばたん!
〈!?〉
突然開けられた扉に咄嗟に手紙を隠したが、開けた者が直ぐに人の出会いを冷やかす、無神経な姉では無かったことに安堵した。
「どうした?急いで、」
青ざめ慌てる少女メイ。要領は得なかったが少女は『山ダニ山ダニ!』と、言いながら浴室に駆け込んだ。
〈『ヤマダニ』?、何だ?おわ!〉
足元をヌルリとした感触に見下ろすと、黒猫が木卓の下をすり抜ける。それを頭を掻いて見過ごしたエスフォロスは、やましい手紙を諦め上衣に袖を通した。鏡で髪を整える、身支度を終え扉に向かうエスフォロスの横を、今度は髪の毛を半乾きに少女が急いで駆け抜けた。少しの肘の接触に片手を上げて「悪!」と過ぎ去る少女にオルディオールを見たエスフォロスは、嫌な予感にそれを追う事になった。
**
〈決闘、お前達がメイの婚約者候補に名乗り出ると、〉
にやつく二人の獰猛な南方人と、少女の様なスアハを見下ろしたオゥストロは面倒ごとに柳眉を上げて目を眇めた。三人の南方人は、明らかに森の奥に潜む者。本来ならば、他の大陸に気を向けない真の南方の民だろうとオゥストロは推測する。
商人として旅に出る南方の者は、人が良く欺されやすい。気性はそれぞれ異なるが、人に対して礼儀正しく様々な事に興味を持って学習している。
(だが、この三人にはそれが無い。真の南方人は、外に出たがる獣人とは真逆だと言っていた学者が居たな)
ーー狡猾で獰猛、気分により人を弄ぶ。
彼等は人に敬意を示さない、そのふりもしない。むしろ見下し食糧だと考える者が多いと伝えられている。それ故に南方以外に興味が薄く、大陸の奥から出て来ないとも言われていた。
(その真の民が、メイを求めて現れたのか?)
[獣臭いね]
言い放ったエスクランザ国の皇子は、獣人達を見渡すと次いでオゥストロを見た。
[いつまで僕を立たせておくの?]
不機嫌なアリアを横目に見たオゥストロは、続く面倒に目を伏せ、溜め息を吐いた。




