06 犠牲 06
この場所での禁忌の存在、空を舞う事が出来ないものは、悠然と港町を横切って木々が薙ぎ倒された森の上空に飛来する。港町でそれを呆然と見上げる者達、森の中からそれを初めて目にした者達、皆、恐怖と驚愕に立ち竦み、それに騎乗した騎士を見上げていた。
〈南方の民に告ぐ!私はガーランド竜王国、竜騎隊エスフォロス!緊急事態により、飛竜騎乗にて我が王の書状を持参した!族長に使者の来報を申し入れる!〉
大きな翼の空を裂く音に、息を飲む森の者達。地長エイグは飛竜フエルに咆哮を上げると、気付いたエスフォロスは地上へ降りる。そして大きな大獅子の王に敬礼すると、書状を広げて差し出した。
無人を玩ぶ空気を引き裂いたガーランド竜騎士の登場に、白けたヴェクトと上空で成り行きを見つめるフェオ。大きな羽を畳んで毅然と甲胸郭を張り、森に潜む者達の気配を確認するのは飛竜フエルだ。
〈飛竜がいる、〉
真存在の民は、全ての生き物の中で頂点に立つ賢く気高い飛竜族が、遥か昔に無人と交ざらずに形を崩さず共存を選んだ事に敬意と恐怖を抱いている。飛竜は一見、ガーランド人に使役されているように見えるがそうでは無い。環境と食事、ガーランド人との交流による生体維持を飛竜が最も最良と選んでいるのだ。
太古より自らの進化の絶頂期の維持を保ち続け、存在絶対数を増やさず減らさず維持している。これを計算ではなく遺伝子に刻まれたものとして行う。今まで彼等に敵は無く、外的圧力による死滅の危険性も無かった事にも理由はある。
目の前に現れた飛竜に、それを見たことの無い者達はそれぞれ大きな肢体に見入っていた。その中、獣人としてもまだ華奢なスアハが、毅然と大きな飛竜に歩み寄る。
〈ギリギリギリギリ〉
〈・・・・〉
灰色の飛竜の攻撃範囲に態と踏み込むと、耳鰭を逆立て短い牙を剥き出しに威嚇音を出した。フエルは小さな蛇魚の子供を見下ろして、鼻で笑う様に息を吐く。それに気付いたフェオは、素早く上空から降り立つとスアハを掴んで遠ざけた。
〈危険犯罪者、南方入国による緊急事態、それによる、飛竜の協定外侵入。これは全て、その天上人と記された、小さな精霊憑きのメイの救出の為とあるが?〉
書状を見た地長エイグは、自身が生まれてから記憶には無い飛竜の領土侵入に、それを見上げて使者の無人を見据えた。
〈飛行許可を長から得る為に、船上で飛竜を待機させていましたが、魔石、赤の発動による爆発を感知した為、緊急事態と判断し入港致しました。我が国から脱走した者は、東ファルドからの犯罪者。その者は危険な魔戦士と同じ組織。そして天上人の巫女メイ・カミナをつけ狙う者です〉
〈魔戦士、〉
エスフォロスが軽く顎を上げた先、そこには腹を押さえて立ったままのエルヴィーがいる。魔戦士の呼称にヴェクトとフェオはエルヴィーを振り返り、地長エイグは眉間に皺を寄せたままだ。
〈犯罪者は連れ帰れ。飛竜飛行に関しては、書状の内容で許諾、甘受する。だが、メイは帰せない。あれは我が国で護る者〉
ーー〈!?〉
予想外の南方族長の言葉に、エスフォロスは言葉に詰まって大獅子の金の瞳を見つめる。
小さな少女の捜索に糸口が見いだせないエスフォロスは、プルム港の外側、協定外の森へメイが侵入したかを懸念していた。更に聞き込みにより、プルム港では珍しい東側の優男の噂に、逃げたエルヴィーの入港を確信する。
エスフォロス自身の森への侵入許可を得る為に帰国し、エミハール大臣に相談した。するとそこで王印の書状を託された。
この数日間でガーランド国内では、行方不明となった巫女メイが切っ掛けとなり、黒竜騎士オゥストロを非難する派閥まで現れている。それの背後には大神官アリアの存在が明白で、国内の混乱を最善に納める為もあるのだろうが、緊急の飛竜侵入許可嘆願書を託された事はエスフォロスにも意外だったのだ。百年を超える飛竜侵入の禁を破らずに事を運びたかったのだが、結果はエスフォロスの判断で入港する事になってしまった。
(上手く進んだと思ったが、)
書状は南方に入ったエルヴィーを危険と判断したエミハールが用意したもので、天上人の巫女捜索の為の森への侵入許可の他に、緊急の飛竜侵入許可嘆願書となっていた。
この嘆願書作成にはオゥストロとエミハールが動いており、オゥストロに関しては私財を崩して南方族が欲する物資の供給を差し出している。思惑通りそれによる地の族長の許可を得られたが、想定外にメイの出国を否定された。
(なんでメイ?)
物資供給と引き替えに飛竜侵入を不問にされた事、更に南方大陸の協定外である森の中で、エルヴィーが魔石により森林を破壊した事での、犯人引き渡し拒否もなかった。それに内心エスフォロスは驚愕していたが、なぜ、その歴史的に重大事件の二つより、少女の出国拒否が重いのかが分からない。
(あいつ、次から次と、何をしやがってんだ?)
生意気に腕を組み、少し離れた所からこちらを見つめる小さな少女を、エスフォロスは目だけで確認した。そして他国交渉中、使者として表情に動揺を出さずに族長エイグに向き合う。
〈メイ・カミナ巫女は、我が国の黒竜騎士オゥストロの婚約者なのです。保護者は彼であり、彼が仕えるガーランド竜王でもあります〉
何故か台詞に違和感が生じるが、間違えてはいない。エスフォロスは自分に言い聞かせて一言一句を発したが、これにはエイグでは無く、その後ろに立つ大獅子のヴェクトが異を唱えた。
〈関係ない。番候補がガーランド人に居るのなら、それも含めて闘うだけだ〉
ヴェクトの言葉と共に、少女の様な魚族の少年が隣に立つ。訝しむエスフォロスに地長は番候補である二人を紹介した。
(番・・・?マジか・・・)
エスフォロスの脳内には、何故メイを取り合うのかとの疑問が過ぎったが、少女をこの国に残す訳にはいかない。
(しかもガーランド国では、エスクランザ国の皇子がメイに手を出したとか、出さなかったとの噂まである。私財を擲ってまでメイを救う為に嘆願書を作った隊長の為に、南方に譲歩は出来ないぞ)
毅然と胸を張る竜騎士は、腕を組んで足を開いた。
〈ならば、我が国にも婚約を賭けた決闘があります。それに参戦されてはいかがでしょうか。先に名乗りを上げたのは、我が国の黒竜騎士オゥストロであります〉
顔を見合わせる獣人達を余所に、メイは今までの話を指折り反芻する。
(巨人、痴漢男、私をカジッタ怖い魔人、かっぱちゃん、私、・・・・それが例のデートをするのか?デートと言ってもこの場合、楽しくは無いヴァイオレンスが待っている・・・おや?私は参加しなくてもいいのか?あれ?これって・・・)
自分を賭けての決闘、思春期の少女の憧れの情景ではあるのだが、メイは喜びではなく血の気が引いた。
**
(待って待って、逆ハーフラグ?ポツリと立った?じゃないじゃない。なんであそこに、凛々しくかっぱちゃんが混ざってるの?殺られる!後ろに野獣魔人が控えてる!しかも私はしっかり気付いている!この決闘に、恋愛要素が一切含まれていない事を!)
ーー婚約詐欺被害者の巨人は、おそらく精霊とのやり取りを楽しんでいる。
痴漢男は問題外。嘲る様に見下してくる。
怖い魔人は食品として見ている。
かっぱちゃんに関しては、同じ身長で出会った事で、思春期にありがちな同属意識による仲間確保のマーキングーー
(この中に、どこに甘酸っぱい、きゃっきゃっ恋愛要素があるのかな?無いな。皆無だ。私の人間観察能力は正しく機能している。脳内恋愛課は一瞬機能したように見せかけて、今も休眠したままなのだから)
婚約を、賭けた決闘?
「むりむり、絶対、むりむり!」
ーーパン!!
ビクッ!
**
メイが突然騒ぎ出し、独り言の後に宙を強く手で叩いた。その音にスアハは驚いたが、少女から支配権を取り戻したオルディオールは〈目障りな虫〉と言って頷く。そして背の高い男達の前に進み出た。
「俺はこの国には留まらない。そして、ガーランドにもだ。もちろん北方でもない」
少女は少し釣り上がった大きな黒目で男達を見上げる。小さな唇は東側の言葉を話し、強い意志で言い放つ。そして腹を押さえて立ち竦むエルヴィーを振り返った。腹部をヴェクトに強打され、痛みに耐えるエルヴィーは今は動けないでいる。躊躇いなく玉の自分を海に投げた、相性が最悪の男をオルディオールは見下ろした。
(メイを見つけた事で繋がった因縁。この機を逃す事はないな。お前は、死体として南大陸に置いていく)
目の前で見下ろすのは冷たい表情の少女。想像以上の負傷に身動き出来ないエルヴィーだが、安堵に微かに口の端が上がる。
「良かった、ミギノ、生きてるね、」
「玉狩り四十五、ここで決着をつけようか」
浅く呼吸をするエルヴィーは、言葉遣いの悪い少女を訝しむ。だが、愛しい顔に血の気の無い笑顔を向けた。
「あいつら、ミギノ、婚約を賭けて闘うって言ってない?じゃあ、僕も、」
ーー「ハーメイラ・ラルドハート」
「・・・?」
「お前はこの名に過剰反応を示した。魔戦士は、五十年前の兵士の犠牲者が大聖堂院で実験体とされたものだろう」
「・・・・」
「玉狩りは、魔戦士の失敗作だと聞いた。ならば、お前はその実験体、犠牲者の一人だと考えられる」
「・・・・」
「ラルドハートには弟がいて、姉によく似た顔立ちだと言っていた。お前に姉は居ないか?」
言われた青年は、少女を見つめているが目線は宙を見ている。何かを少し考えて、そしてまた微笑んだ。
「居ないよ。僕には兄弟と妹が一人居るんだ。姉は一人も居ない」
「?」
意外な答えにオルディオールはエルヴィーを見つめる。予想では、エルヴィーはオルディオールと同じ魔物とされた〔犠牲者〕だと思っていた。
(事実を突き付ければ不安定な心は取り乱し、危険な本性を再び曝すかと期待したが変化が無い。この場で本性を曝し暴走すれば、メイとも精神的に切り離す口実になると踏んだのだが・・・不発か?・・・確かに、こいつは自分の負傷に死を警戒している。青ざめ、苦痛を伴う、それは魔戦士ではあり得ない)
北方で聞いた天上人に入った精霊の話、あれはオルディオールとメイに当てはまると同様に、魔戦士にも当てはまる。メイの身体を支配出来るが、少女の体調が分からない。それは第三の砦を襲った魔戦士と呼ばれる者達と、同じ様な症状なのだ。
(今も噛まれた首は、違和感はあるが痛みは無い。ヴェクトに噛まれた首、手加減はあっただろうが血は出ていた。それに噛まれた圧力に呻きはしたが、やはり痛みを感じなかった。エスクランザで空から国旗に跳ね返った刻も同じ)
オルディオールが限度無くメイの身体を使えば、強度に差はあるが砦襲撃は不可能ではないのだ。
(ガーランド国で砦を襲った魔戦士の情報。その後に北方で精霊憑きの天上人の話を聞きこの結論に至ったが、まだ何か足りないらしい)
大聖堂院の実験の被害者が、魔戦士として形になったことの推定。ならば失敗作と呼ばれる玉狩りも同じ事なのだ。そしてエルヴィーはオルディオールの知人の女性の名前で、一度正気を失った事がある。
(それはおそらく、俺と同じ様に五十年前を思い出したということだと思ったのだが、エルヴィーはそれを否定した。ならば何故ラルドハートに、あれほど取り乱したのか)
今はその名前で、エルヴィーは正気を失う事は無い。そして違うと言い切った。
ーーならば。
「お前は誰だ?」
率直な少女の問いに、エルヴィーは困った顔をする。首を傾げて少し考える顔を作ったが、また笑うと少女を見つめた。
「本当に、どうしたの?エルビーって、呼んでくれるじゃないか、僕はもう、エミーの事は、気にならないんだ。ミギノにエルビーって呼ばれると、すごく嬉しいよ」
〈・・・・〉
腹を抱えて立ち竦む男。訝しむ少女の背後からそれを見ていた地長エイグが、更に眉を顰めてエルヴィーを見下ろしている。そして黒髪の小さな少女に強く命じた。
〈出国は認めない。お前はこの国で守られる身。それが良い〉
「!?」
玉狩りの記憶の混乱により、この場を荒そうと企てた。だが失敗し振り返った少女は、地長エイグを見上げて毅然と言い放つ。
〈ファルド帝国へ行きます。そして、トライド王国に。そこは直に厄災がくる。だから南方人、この身体を賭け、決闘する意味ないです〉
これはこの場に居る者達全員への告知。言われたヴェクトとスアハは地長の少し後ろから、無言で小さな少女を見つめている。
〈何をしに東へ行く?その地から、精霊は苦しんで逃げているのだ〉
〈厄災を、戦争を、止めに〉
〈・・・・〉
荒唐無稽、近く起こることが予測出来る戦争、小さな少女に出来る事は何も無い。無人を力無きものとして笑うヴェクトやフェオ、ガーランド国精鋭竜騎士であるエスフォロス、エスクランザ国で王族を護る為に血に穢れるトラー、まだ背丈に大きな差は無いスアハは、半身となると決めた少女を碧い瞳で言葉無く見つめる。
〈小さな個人のお前に、厄災を止める事は出来ない〉
地長の言葉は現実を突きつける。だが真摯な黒い瞳は、立ち向かえば敵わない大きな真存在を毅然と見上げたまま首を横に振った。それにエイグは、強く少女の中身を見た。
〈精霊では無い、お前に憑かれたメイを犠牲に、その小さな体で厄災に踏み込もうとする。それは数多の精霊を殺す、無人の考えと同じ事〉
「!!」
〈精霊を封じた忌まわしき魔石、それを使い森を傷付けた無人は魂が大きくずれた者。そして無力なメイに宿る水の精霊は、大精霊の影響を受ける泉の水で毎日清めても一向に水の力を感じる事が出来なかった。人の気配に塗れるお前は、真精霊では無い〉
エイグは魂のぶれたエルヴィーを見て、少女と存在の一致しないオルディオールとを重ねた。
〈悲しき小さな者メイ。お前は森で守ってやろう〉
(・・・・)
〈力無き、愚かな無人は、精霊を苦しめ利用する事に飽き足らず、魂に魂を重ねた。これほど不自然で、無意味で、愚かで悲しい事はこの世に無い〉
地長の話を理解できた真存在の者達は息を飲み、理解しているが獣人の長の言葉の重要性が分からない騎士達は訝しむ。
(・・・・)
大きなエイグを見上げたまま、小さな少女の見開く黒い瞳から滔々と涙が零れ落ちる。しかし、その涙は拭われる事無く毅然と大獅子を見上げたままだ。
〈オルディオール、メイの意志を何処に導くのだ。お前はメイを殺し、メイの身体を取る為にこの世に在るのか?〉
〈・・・!〉
そこで初めてエスフォロスは気が付き、小さな少女を見下ろした。東側の嘗ての将軍を名乗る精霊、それが物質化し小さな少女の身体を使う。精霊憑きの巫女とはそういうものなのかと、深く考えた事は無かったのだ。
(確かに、南方の長の言葉を考えれば、あの性格の少女が、戦争に与する事を理解出来ているとは思えない)
少女個人の常識外れの奇妙な行動は、よく言えばこの国の歴史的古い価値観や既存概念に囚われない、自由な行動が多い。それを常に現実社会に引き戻し、強く戦争を意識させるものは精霊が憑いている状態なのだ。
(メイの意思、)
ポロポロと零れ落ちる大粒の涙に、エスフォロスはメイという少女が暗闇に向かって問いかけ泣く姿を思い出した。
「大獅子エイグ、地長と呼ばれる地の長殿。俺はこいつと〔誓約〕をした。それはお互いの望みを交わし、最終目的の達成を目指している」
ーーー帰る。
誓ったメイは、オルディオールの言葉と共に強く一度頷いた。
「俺は、嘗て様々な誓約をしたが、一度も自ら誓いを違えた事は無い」
ーー(誓約だと!?)
エスフォロスの驚愕、オルディオールは目の前のエイグに語るが、それを通して身の内の少女に語る。応えて強く頷き返すメイの涙は地に落ちた。だが今度はそれを見て、自分の言葉に頷く少女の姿をエルヴィーは訝しむ。
「ミギノ、どうしたの?」
突然、涙を流し始めた少女に困惑し見守っていたが、やはり話の内容にエルヴィーが出会った少女との違和感を持った。己の身体を顧みず、無謀にも獣人の領域に飛び込んでまで少女を助けたエルヴィー。蹌踉めきながらメイに執着する奇妙な男に、オルディオールはエイグの言葉を思い出す。
(魂と魂を重ねる、)
言葉はオルディオールに取り憑かれたメイを表現したと思ったが、オルディオールはそれをエルヴィーに置き換えた。
「そうか、お前の中身は別物か」
森で彷徨ったのは自分と同じ姿の魔物。五十年前の大殺戮の犠牲者達、オルディオールの様に魔物となった彼等の中身は誰かは分からない。
(詳細や魔法の仕組みはまだ不明だが、ファルド帝国へ列になった黒い棺桶の死体が実験され、魔戦士と玉狩りとなった。その彼等の身体と魂が違う可能性があるのか)
現に今、オルディオールは空から落ちてきた少女の身体を借りている。大聖堂院にとって、入れ物と中身が違っても、要は動けばいいのだろう。
(その為の魔物狩り、大聖堂院は騎士団に魔物は第一級危険生物だと言って、触れない様に遠ざけていた)
オルディオールの中では、グルディ・オーサの森の魂を、大聖堂院から守らなければならない気持ちが高まる。
(玉狩りがルルを狩るのを、止めなければ)
この地へメイが落ちてきたあの日から数カ月経つが、現在も実験は進行しているから採取されている。もう流れてはいない涙に、濡れた頬で再び地長を見上げた。
〈刻は無い。帰ります。俺は全てに関わる。メイを殺しません〉
真摯な黒い少女の瞳、それにエイグはオルディオールではなく、メイ自身の意志を見つめた。




