01 失敗 01
[ねぇ、英雄オゥストロ。君はあの子供から精霊が居なくなったら、どうするの?]
国王と王族への挨拶、その帰り道に王宮殿ですれ違った北方の皇子は、挨拶に目も合わせなかったが振り返りそう言った。
[あの子の価値は、ガーランド国では巫女であること、それと君の婚約が基準だろ?君はあの子供の巫女である価値が無くなったら、どうするの?]
〈・・・・〉
アリアに追従する天教院の神官達も、皇子の唐突な質問に戸惑っている。足を止められたオゥストロはアリアを見据えると、逆に〈何故そんなことを?〉と、質問を返した。
[精霊と何度か話したけど、必ず急かすように言うでしょ?何故だか分かる?]
試すようにまた返す。続く質問にオゥストロは表情を変えなかったが、内心この遊びのようなやり取りに苛ついた。
〈申し訳ありません。私は王都を離れるので準備に刻がありません。難し過ぎるこの話の続きは、次に王都へ来た日で構いませんか?〉
高貴な王族へ、慇懃に言って終わらせる。会釈をするとオゥストロは去ろうと長い足を踏み出した。だが、更に皇子は声を強める。
[このガーランド国では敵国の過去の遺物、オルディオールを名乗った精霊殿の、口癖を知っているかい?]
〈・・・・〉
オゥストロに答えは無い。アリアは勝利者の様に笑った。
[〔刻が惜しい〕って言葉を使うと思わないかい?あれは無駄な議論を省きたいのではないように、僕には聞こえるよ]
思い当たるオゥストロは、それに肯定を沈黙で返す。アリアよりも多くオルディオールを名乗る精霊と、オゥストロは第三の砦で会話をしていた。確かに、口癖のように刻が惜しいと前置きをし、話の先を進める事がある。
[焦っているかもしれないよ。精霊は]
〈何をだ〉
皇子への敬意を示さずに返したオゥストロに、騎士の苛立ちを感じたアリアは益々笑う。
[あれ?答えはもう、言ったのに。黒竜騎士って意外と鈍いんだ。残念だよ]
〈・・・精霊殿の、存在の刻か?〉
良く出来ました。出来の悪いものを見る目でアリアは微笑んで頷くが、オゥストロはそれに構わずアリアを見据える。
[精霊と共に在る、エスクランザ天教院では、その存在をどう見ているのだ。巫女が精霊を宿さないと短命だと言ったな]
負けを潔く認め、敬意に北方語で質問したオゥストロへ、アリアは気をよく頷いた。
[巫女と共に居た風の精霊の詳細は経典にも記されてないよ。〔等しく天へ帰るのみ〕それだけだ。ただ、短命かは分からないけど、確実に失うものがある]
それに気付いたオゥストロは、アリアの言葉との符合に少女の顔を思い出した。
[神威だ。精霊の加護を失ったあの子供と、君は婚約して徳になる事はないんじゃないの?天上の巫女って言ったって、貴族の後ろ盾も無い。この国では最も必要な、武力による功績もあの子には難しい。加護を失った天教院のただの巫女と英雄黒竜騎士と謳われる、君とは釣り合い取れないよね?]
少女だけの価値。それを突き付けられたオゥストロは、答えの言葉選びに逡巡し、否定の即答をアリアへ返さなかった。それに更に笑ったアリアは宣言する。
[僕なら彼女を幸せに出来るよ。迷いが有るならば、今、ここで手を引け]
〈・・・・〉
オゥストロからは言葉が出ない。それを肯定だと決めたアリアが頷こうとしたが、慌ただしい伝令の兵士が二人を裂いた。
〈お伝えします、天上の巫女殿が行方不明となりました。港で何者かに攫われた可能性もあるのですが、〉
[何だって!?]
〈続きは〉
〈それが、エスフォロスの報告によると、目撃情報では、巫女殿は海に何かを落とされて、それを探しに南方の貨物船に単身乗り込み・・・〉
[・・・・?]
〈つまり、〉
〈事件性も高いのですが周囲の状況、目撃証言から、何者かに攫われる前に、自ら南方の貨物船に乗り込んだ手違いの可能性の方が高く、その、〉
伝令は上官を前に歯切れ悪く言い淀む。それに何かを感じたアリアは、まさかと半笑いであり得ない予測を言った。
[手違い・・・?それで南方に出航しちゃったとか?で?結局は、南方方面に迷子ってこと?そんな間抜けは居ないよね?]
大神官へ気まずい目線を向けた伝令の表情に、アリアはあり得ない予測の現実を悟った。
〈エスフォロスが追ったか?〉
〈は!エスフォロスは巫女殿の護衛を連れて、先ほど飛竜と共に、〉
報告を終えて立ち去る伝令を、溜め息を吐き出したアリアは情けない表情で見送った。
[うちの者の目を外すって事は、本当に故意に攫われそうになったんだろうけど、黙って船で出航しちゃう?]
〈あれは興味深いのだ。これを失礼なく女性に例える言葉を、俺は思い出せない。それが婚約に至る気持ちだ。皇子へ譲るつもりは無い〉
[え・・・、]
想定外のオゥストロの言葉。愛や恋では無い、興味深いを婚約の理由に上げた黒騎士を、アリアは間抜けな表情で見上げた。そして皇子であるアリアの言葉を待たずに、オゥストロは颯爽とその場を後にした。
******
『・・・ティ、ティンティンテン』
穏やかな青い海を見ていると、メイが漏れ出て陽気な節を口ずさむ。いつもは咳払いで追い払うが、疲れたオルディオールはそのまま放っておいた。
貨物船としては大きくない小船、木の箱には金属が多く積まれている。昼飯刻も過ぎ少女の腹がグーグー鳴っているので気の良い船頭の男から焼き飯を貰ったが、オルディオールは〈酔った。後で食べる〉と言って直ぐには食べなかった。
(酔ってない。酔ってるのはぷるりんだけ。私のお腹はギューギュー苦しんでいる)
握り飯に似た食事を目の前にして食べられないメイは、鳴り続ける腹の虫に悲しくなってきた。そして酔ったと嘘をついたオルディオールに内心邪推をしている。
(ぷるりん、青い玉のくせにお育ちが良さそうな雰囲気だから、きっと庶民の食べ物、ソールフードお米擬きを拒絶したのだ。この、罰当たりめ!)
岸辺が遠くに見え始める。空腹に不満を募らせるメイだが、自分の軽率な行動により海を渡ることになった事は自覚していた。メイに入れ代わったオルディオールは、ぼそりと「こじらせやがって。俺は泳ぐのは得意だ、クソガキ」と、呟いたのだ。それに気付いたメイは、自分の青い玉探求が余計な事だったと後悔した。そしてガーランドの港に置いてきたエルヴィーと、市場で別れたエスフォロス達の怒る姿を思い浮かべては、戻ってどう言い訳をしようか悩んでいる。
(まさかこんなに陸が遠いとは。・・・はあ。弟よりも、なんだかエルビーが無表情になりそうで、怖い)
〈あと、どのくらい?〉
岸辺を指した少女の問いに、中年の男は笑って〈あと一刻だ〉と答えてくれた。
〈早い〉
〈ああ、魚族の若いのがその辺に残ってたら、頼めば引いてくれるから、もっと早く着くぞ〉
(魚族、獣人の魚のことか?実際に見たことねーな。ガーランド国は本気で獣人と交流が多い・・・さて、)
黒髪のガーランド語が拙い少女は立ち上がり、親切な船頭ににこりと笑った。
〈お前、俺をいくらで売る?〉
突然の質問に、男は驚きそれを聞き返す。
〈おいおい、家族と離れたお前さんを、俺は善意で連れてくんだ。心配すんな〉
豪快に汚い歯を見せて笑う男に、少女は晴れやかに笑った。
〈無い。いくらだ?〉
しばらく観察していたが、やはり泣きながら助けを求める子供を、周囲に隠れて急ぐように南方へ運ぶ者はおかしい。船頭は順番を気にして戻ることを拒否したが、よく考えると広い港でそれもおかしな話なのだ。再び試しに男へ問いかけてみると、面倒そうに凄みのある表情へ一変した。
〈あんま、うるせぇと、縛り上げるぞ!〉
それに少女は怯えるどころか笑み返す。男は多少の薄気味悪さは感じたが、強がりと思い再び船の操舵に戻る。少女に背を向けて歩き出した男は、次の瞬間、後頭部を何かに殴打されて倒れ伏した。
カラン。
細い金属の廃材で男を昏倒させたオルディオールは、溜め息をついて船を調べる。小さいが燃料で動く船は、このままガーランド国へ引き返す燃料の蓄えが無い。それも確認し、南方の港に入る事にした。何より知らない土地で目立った行動を取ることは危険だ。陸岸を目視出来るこの場所で、不自然に転進すれば目を付けられるだろう。
そして穏やかに港で姿を暗まそうと考えていたが、船頭が南方族の仲間を呼びそうだったので計画を変更した。
(海の上で、魚族と呼ばれた者達とやり合う事は不利だしな)
男が親切だと思い込んでいたメイは船頭の豹変に沈黙し、オルディオールは船に向かって不自然に進んで来た波を見て、倒れる男に商材を隠すための布を被せた。
バシャリ。
遠慮無く乗り込んできたのは、背びれを持つ体格の良い若い男。黒い瞳には瞼が無く、鍛えられた鱗で覆われた太い腕、指の間には水掻きがついている。
〈あれ?おっさんは?〉
〈病気。俺は代わり〉
小さな少女を見下ろした魚族の男は訝しむ。不審に見つめる瞬きの無い黒い目に、オルディオールは船頭に貰ったが食べなかった飯を差し出した。
〈食べる?〉
〈なんだ?ガーランドの飯か?〉
意外にも、直ぐにそれに食いついた魚族の男は、焼き飯の包みを剥ぎ取ると一口で食べてしまった。
(魚も豆飯を食うのか・・・)
オルディオールの観察を余所に、飯を完食した魚族の若者は程なく頭を横に振り出すと、そのまま甲板の上に寝転んだ。
「あー、そうだった。獣人は素直な奴が多いんだったな、」
怪しげな船頭に渡された飯を食うはずも無く、それを逆に利用したのだが、ここまで上手く行くとは思っていなかった。並べた男達に布をかけ終わった頃、船は港に近づいた。小船は少し離れた所へ碇泊し、少女は浅瀬に飛び込むと港を避ける様に岩礁を登り渡る。そして衣服を乾かす為に、近くの森の中に入り込んだ。
***
ーーーガーランド竜王国、赤の港。
〈何で駄目なんだ!?〉
第六の砦守備隊は、エスフォロスの飛竜での南方飛行を許可しなかった。それに憤ったエスフォロスに、第六の砦守備隊長は首を横に振る。
〈協定だ。南方の部族長との古くからの約束。これは南方側から攻めて来たのでなければ破棄出来ない〉
厳しい表情の壮年の隊長は、エスフォロスがどんなに巫女の重要性を話しても頑なに首を横に振る。
〈私も巫女殿は大切だと理解出来るが、今回は、その巫女殿が自ら船に乗り込んだという。それでは確実に南方海峡の飛行許可は無理だ〉
〈・・・ち、〉
砦の駐在所から頭を掻きながら出て来たエスフォロスに、トラーは飛竜での追跡の困難を知る。
〈駄目だ。あの石頭!・・・っていうか、メイの馬鹿が悪いんだけど〉
〈飛竜で直ぐに追えない理由は何なのですか?天上の巫女様の安否を、ガーランドは軽く見すぎです〉
冷静だが、薄い茶色の瞳で強く射抜いてきたトラーに、それにもエスフォロスは気持ちだけが空回り憤る。
〈協定なんだ。南方のプルムの港へは、飛竜の侵入が禁止されてる。南方の連中は、基本的に飛竜を怖がるからな。ガーランドや北方に商売に来る奴らは、それを分かって来るから良いが、南方の港町には飛竜を知らない子供も居る。これは南方から、攻めて来ない限り敗れない。しかも、今回、全面的にメイが悪い〉
何かを探しながら、自ら船に乗り込んだ少女。だがトラーは確実に自分が故意に呼ばれた事で、少女から目を外されたのだ。そして連れ去られた。状況証拠でこれを軽く見た周りに憤るのは同じだが、今は動かなければならない。
〈・・・そうですか、では、次の船に乗りましょう〉
同意で走り出した二人の男の後ろには、真剣な表情のアピーが付いて来た。たがエスフォロスはそれに気付いて少女を止める。
「やだよ!アピーもミギノ探しに行く!前も連れて行ってくれたのに!」
膨れる少女にエスフォロスは首を横に振る。
「駄目だ。アピー、南方で婚姻するのか?お前くらいの女の子だと、あっちで番だとか騒がれたら、外部の俺は何も出来ないぞ。南方でアピーが暮らすなら連れてくけど、じゃないなら止めときな」
「え、え?住まないよ。アピー、もう、お嫁の行き先決まってるもん。黒い人、南方に住んでないよ」
「お?そうなのか?じゃあ駄目だな。アピーはこの事を、お城のオゥストロ隊長に知らせてくれ」
少女は不安そうに頷く。エスフォロスとトラーの二人は、次に出る南方行きの船に無理やり飛び込み乗り込んだ。
***
ーーー南方大陸、プルムの港付近。
黒髪の小さな少女は陸に上がると半長靴を脱ぐ。中に溜まった水を捨て、上着を脱いで木に掛けた。
「火は熾せねーしなぁー・・・、クシュッ!」
頼りない白い二の腕は、水に濡れた後に外気に晒され鳥肌が立っている。
「すぐ鼻垂れるよなー・・・このガキ・・・え?俺の所為?」
出来るだけ陽当たりに出る。外はまだまだ肌寒いが、幸いにも陽は出ているので脱いだ靴を立て掛けた。その間にも少女の腹はグーグー鳴り続けている。
「分かった分かった。健康で何よりだぜ。なんか、この辺に食えそうなもの、生ってるか見てやるから、」
立ち上がったオルディオールは、気付くのが遅れた気配に振り向いた。木々の影、囲まれた者から殺気が放たれる。慎重に一歩下がり、息を浅く周囲を目で確認すると、真横に大きな男が立っていた。
「!!、・・・・」
見下ろす鋭い琥珀の目の周りには、墨で何かの模様が描かれている。短めの金の髪は逆立って、口元は憮然と引き結び、鍛え上げられた腕を組んでいた。
〈侵入者かと思えば、獲物にも見える。だが、お前の不吉な臭い、それを俺は怖れないぞ〉
言って笑った男の口元からは、鋭い牙が零れ出た。




