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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
誓約の地~エスクランザ天王国
102/221

11 再会 11


 [一命は、取り留めました]


 [愚かな事を、]


 憔悴し眠り続ける少女は、天上人の巫女に仕えていた若い女官の一人である。寝台に付き添う母親は、女官長に少女と同じくらい憔悴しきった蒼白な表情で頭を下げた。


 [申し訳ありません、この様に、恐ろしい事に、]


 震える母親の肩に手をおいた。そして眠る少女の首に目をやり溜め息を吐く。


 [お嬢さまに罪はありません。・・・あるとすれば、生を手放しこの世を放棄しようとしたこと]


 泣き崩れる母親に、少女の呼吸に上下する胸元を確認した女官長は立ち上がった。


 [私は本日出国致します。目覚めたら、お伝え下さい。再びこの世を放棄しようとすれば、その事で一番心を痛めるのは巫女様ミスメアリであると]


 [女官長様、]


 [体を治し、心を鍛え、巫女様をお守りしお仕え出来るように準備をしなさいと、必ず]


 [・・・はい、]



 数多く居る女官の中で、少女が最も得意とする礼装着付け。天上人の巫女の着付け担当になったと、誇らしげに喜びを家族に手紙で報告していた。だが少女が着飾った自慢の飾り帯、その留め紐に仕込まれた地の精霊により、仕える尊い巫女は命を落としそうになったのだ。



 眠る若い女官の首には、生涯消えることの無い悲しみの痕が残っている。








******








 カイアス・センティとは軍用関係者の為の宮殿、王宮殿よりも華やかさに欠けるが重厚感のある石造りの装飾が所々に配置されている。セファ・センティと呼ばれる宮殿、天教院エル・シン・オールの本院から少女を片手に歩き続けていたオゥストロは、与えられた一室に戻ると初めて手を離した。


 〈・・・・〉

 『・・・・』


 晒し者にされた事は否めない。だが、メイは詐欺という罪の露顕に怯えている。首根、正しくは襟元から背中なのだが、締め付けられる圧迫感から解放された少女は、恐怖を隠して美丈夫を見上げた。


 「どんなご用事ですか?」


 教本通りの疑問文。オゥストロは眉間に皺を寄せたまま、見下ろした少女の肩に手を置くと低い声は落ちる。


 「精霊殿。メイから出てはもらえないか?話がある」


 『!!!!』


 (・・・・)


 ズルリ、青い液体は間を置かずに少女の鼻と口から零れ出ると地表で拳の大きさに纏まる。そして留まること無く、少し開いた扉の隙間から出て行った。


 『・・・・・・・・』、

 (私、ご指名?、待って待って、落ち着こう。何が起きているのか、整理しよう)


 混乱したままのメイは、去り行くオルディオールを追わずに立ち竦む。青い玉が自ら広い居室を出て行くと、オゥストロはそれを追って扉を閉めた。


 (あの痴漢男が余計な爆弾を投下した事により、婚約詐欺という細い綱渡りは途切れたのか?いや、待て待て。落ち着いて。痴漢は婚約者だと言い張って、巨人はそれに対抗し、よくよく考えてみると、これは俺の女を取るんじゃねえ、というような、乙女には憧れシチュのスクリーン回収的な・・・?)


 〈・・・・〉


 改めて目の前に立ちはだかったオゥストロ、メイは即座に妄想をかき消した。


 (じゃないよじゃないよ、冷静に、冷静に。そういやぷるりん、あいつ、なんで逃げ出した?)


 元はといえば、婚約に関してのやり取りは全て精霊とされるオルディオールから始まっている。そして何かあれば青い玉が全てを解決するのは最早メイの中では大喜利だった。今更ながら青い玉の去った方向を見つめたが、閉ざされた大きく重厚な扉へ向かえる雰囲気ではない。


 〈ハァ、〉


 『!?』


 気付けばオゥストロは、長椅子に腰掛けて足を組み、背もたれに肘を掛けて薄い唇に触れて何かを考え込んでいた。


 (どっかで見た光景、メンズモデル雑誌、もしくは高級ブランドの広告・・・、やめてやめて!気を散らしている場合では無い。これは先程の第二の落下に続く大惨事、いや。最早、ぷるりんを装備していたスカイダイビングよりも大惨事、)


 空から何かに引っ張られる様に落下したが、メイはオルディオールを内在している事により、あまり恐怖感を感じてはいなかった。それよりも、目の前のオゥストロの方が遥かに問題である。


 (整理の続きを、スクリーン回収した後が問題だ。確か、私が痴漢にコーヒーの存在を尋ねた・・・、痴漢の国?私、失礼にも、権力者の奴に痴漢の国って言葉に出した?・・・いやいや、待て待て、そもそも私は異世界語では、痴漢というワードを知らないはずだ。漏れ出たとしても、それは我が国の言語である〔痴漢〕。彼らに意味は分からない。はず、)


 少女の中の混乱は増していく。


 (!?、来た!ピカンと閃いた!〔コーヒー〕か?このワードが機密情報だと気付いたんだよ、さっき、)


 ごくり。


 眉間に皺を寄せたまま、目まで閉じてしまったオゥストロに、この緊迫した状況を打破するためメイは勝負を挑んでみた。


 『コーヒー・・・』


 〈!〉


 二重の切れ長、鋭い黒い瞳は少女を射貫いた。


 (伊達に一人で空から落下して、この異世界を地球上だと無理やり思い込み乗り越えて来た訳ではない。頼るべき青い玉が居なくても、生理的に苦手な痴漢男と過ごした数日間も無駄ではない)


 意を決したメイは、詐欺の負い目と威圧感に既に負けそうだが、オゥストロに問題の解決を挑んだ。


 ーーカタン。

 ーービクリッ!


 しかし無言で立ち上がった背の高い男に、腰は抜けてその場にへたり込んでしまった。

 


**


 

 ぼんやりと窓硝子から庭園を見下ろしていたオルディオールは、背後に立って同じ様に庭を見下ろす気配に気がついた。


 「この国では、親の名前を消すことが、子供にとっては初めて大人として認められた証なのです」


 見上げた先の庭園には、ガーランド王が散歩をしその後に二人の青年王子が歩く。オルディオールはそれを見て、共に見下ろすエミハール・ゾルデイトを見上げた。


 「私の名前はエミハール・ゾルデイト。息子はソート・エミハール。孫はフランシー・ソート。ファルドとは違い、姓や一族の名は継がず、それは一代限り。力が無ければ個人の名は残らない。血は継ぐが、名を残せるかは自分次第」


 それ故にガーランド竜王国では、力ある親の名を消す事が難しい。財産を引き継ぐとしても、引き継ぐ年に子供が親を上回る要素や功績を示さなければ、分不相応だと侮蔑の対象となるのだ。


 「エミハール、私の名は、未だ消す事が出来ないそうです。これもこの国の誉の一つ」


 老人の自慢話、聞いていたオルディオールはその意図を訝しむ。


 (剣聖大臣、このエミハールという老将は、無駄に過去の栄光、自慢話をするような人物では無いと思うが)


 メイが北方セウスに攫われて数日間、アピーと共に街を彷徨くオルディオールをエミハールは精霊と意識して軍事会議に招待してくれたのだ。


 仮にも敵国の大将を名乗ったオルディオールを、軍事会議に招いた意図を計りかねていた。おそらくこの話にも、何か意図があるのだろう。


 「私が当時十歳の頃に、」


 (・・・ん?)


 「飛竜に初めて単独で乗ったのですが、やはり舐められ振り落とされた事があります。・・・今でもその傷は残っていて」


 (・・・本気か?本気の昔話か?年寄りにありがちなあれか?)


 硝子に映る老人は、穏やかに微笑んでいる。


 「運悪く、落下後に山犬オルカルにまで追われてしまい、命からがらのところをある人物に救われました」


 (・・・お前、暇なのか?独り言だと思われるぞ、今、後ろを通り過ぎた兵、明らかに見ないふりしたぞ、いいのか?年齢的に、ある病を誤解されるぞ、)


 窓枠に寄り添うオルディオールの姿は、通り過ぎる兵士には全く見えない。声を潜めることなく語り続ける老人は、誰も居ない硝子窓に独り微笑んでいる。


 「その人物の山犬オルカルを仕留める剣技に魅了され、私はしつこく教えを請うたのですが、困った彼は誓約グランデルーサをすれば、教えてやると言ったのです」


 (・・・?)


 「もちろん私は引き下がりませんでした。そういう性分で。ただ、このガーランドでは誓約グランデルーサは人と人では禁忌とされていたので、恐くはありました。けれどそれ以上に彼に教えを請うた」


 少年の出会った剣士は力の抜き方が絶妙で、ただ練習に型を熟せば会得できるものではないものだった。相手の次を、動作を読み取り勘と経験を必要とする。更に彼の持つ剣は、少年が見たこともないほど磨かれていて、鏡面になる刃は風景に溶け込み見えなくなる。舞うように動いた次には獲物を断ってしまうのだ。


 (・・・・)


 「二刀流の剣士は、国境の山に落ちた私を救い、しつこく縋る私と誓約グランデルーサをして、その剣技の基礎を教えてくれました。今、名を残す私は、その二日間で生まれたのです」


 エミハールは、穏やかな微笑みを消して精悍な将の顔で精霊を見下ろす。


 「私が落ちたのはトラヴィス山脈、グルディ・オーサ国境線。救ってくれた敵国の騎士の名は、オルディオール・ランダ・エールダー」



 (・・・・)




 「あなたがエールダー公であるのなら、私との誓約グランデルーサの内容を、覚えていますか?」



 

**




 腰を抜かせたメイの傍らに跪いたオゥストロは、少女の両手を掴み顔を覗き込んだ。蒼白、慎重に呼吸をする少女の怯える顔を見下ろすと、耳元で低い声は囁いた。


 「もう、それを二度と口にするな。俺のために。出来るか?」


 優しく低い声は耳に落ちる。言ってはいけない。それを理解したメイは、息を飲み込み慎重に一つ頷く。オゥストロは顔を上げると同じ様に頷いてメイの頭を撫でた。そして立ち上がると足早に扉へ歩き出す。


 (・・・・セーフ・・・?)


 メイの首は繋がった。目の前から居なくなった威圧感に、吐き出されるのは長い安堵の溜め息。オゥストロが開いた扉からは、青い玉を手に持ったエミハールが立っていた。


 〈何かありましたか?〉


 〈いや、こちらをお連れしたのだ〉


 差し出した手袋の右手から、青い玉は転がり跳ねて少女の傍らまでやって来た。それを見て今更来たかと目を眇めたメイは、一人で乗り越えた危機に胸を張る。


 『ぷるりん、大事な時に敵前逃亡を図るとは、私はお前に失望だ。脱帽だ。どうだ?脱げる帽子も、髪も無いな?脱毛か?この、丸め。ただの丸め』、

 〈ルンルン!〉


 異界言葉は全く理解出来ないが、丸、丸と連呼した少女の生意気な顔に、自分への確実な侮辱を感じたオルディオールは、有無を言わさず口の中に飛び込んだ。 


 『ふが、』憐れな音と共に少女は押し込まれ、指先の動きに身体の支配を確認したオルディオールはオゥストロを振り返る。


 「このクソガキを、躾ける役を押し付けたな。すまない」


 突然の本人からの謝罪に、オゥストロは困惑に笑みを返す。公然と卑猥な言葉を成人男性二人に言い放つ。十九歳と言い張る大人の女に何を言えばいいのか迷ったが、メイの怯えように間違いは理解できたと期待したい。そして彼女は、オゥストロにもう言わないと約束してくれたのだ。


 「過ぎたことだ」


 「黒竜騎士は寛大だ。恐れ入る」


 「巫女様はクソガキか?さすがは精霊殿は言葉を選ばないな。このオゥストロが、戦闘以外で眉間に皺を寄せるのも、片手に巫女様を持って歩き回っていた事にも、それが理由なのかな?」


 〈・・・・、〉


 何かを見透かされ笑い出したエミハールに、その経緯の説明が出来ないオゥストロは肯定を沈黙でやり過ごす。その刻、扉の向こうからはエミハールを呼ぶ声が掛かり、老将は応えるとオゥストロと少女へ微笑み去って行った。


 「お待ち下さい!」


 軽い足音はオゥストロを通り越えて、年を経ても伸びた背筋を追う。それに気付いたエミハールは振り返ると、少女は扉の前に立っていた。



 ーー俺達は今は敵だ。たが、


 「遠い将来、味方、同胞となれるように尽力出来るか?ーー」



 〈!〉


 始まりの無い、少女の言葉にオゥストロと伝令は訝しむが、それにエミハールは強く頷いた。誓約グランデルーサとするには曖昧な〔尽力〕という言葉を、過去のオルディオールは少年へ提案した。何度言っても教えを請う事を諦めない敵国の少年の未来、その先にオルディオールは夢を誓う。



 それはエールダーを名乗った不審なものを、国に招き入れたエミハールへと繋がった。



 

 

***


ーーーガーランド竜王国、赤の港付近の丘。



 「ミギノ、なんか雰囲気違ったね。お姉さんて、感じ。結婚したのかな?北方セウスつがいを見つけたのかも。僕も早く見つけたい」

 〈ヤグ、そういう話は東言葉で話したら駄目だよ!聞かれたら怖いから〉

 〈あ、そうだね。彼、ミギノの事になると怖いよね〉


 お昼の焼き肉を食べながら、二人の獣人ゴウドの少年は遠くの王宮を見ている。黒い飛竜に乗って騎士の腕に抱かれていたメイを思い出し、ヤグは子供らしさが抜けた少女に憧れていた。


 〈でもさ、この港までミギノを遠鳴きで呼ぶのはいいけど、いつも一緒の男の人はどうやって離すの?〉


 疑問にイグを見たヤグは、少女と共に居たアピーの事を思い出す。


 〈そういえば、アピー、あの子もなんだか急に可愛くなったよね。アピーに連れて来てもらう?ミギノ〉

 〈それは良いかもね。・・・でも、ほんと、あの毛先が白髪の北方セウスの人、ミギノを見張ってるからなー。どうしよ、〉


 エルヴィーは少年二人に、少女メイを赤の港まで遠鳴きで呼び寄せてと言っていた。エルヴィーとミギノが会えば、イグとヤグは北方セウスへ行けるのだ。それまで手を貸してと頼まれていて、既に渡航費用などを手渡されている。


 金を握らされる以前に、イグとヤグ、この二人はエルヴィーとの奇妙な上下関係に縛られている。南方ゴウドの獣人は、性質により上下関係が身についてしまっているのだ。イグを上と決めたヤグは、彼が上と決めてしまったエルヴィーにももちろん逆らわない。二人はエルヴィーの言うなりに少女メイを呼び寄せて、彼女の護衛騎士であるトラーを引き離そうと計画中だった。


 ーーワオーーーーン!


 試しに遠鳴きでヤグはメイの傍に居るアピーに話し掛けてみたが、アピーは意外にも素気なくヤグの遠鳴きを何度か無視した。それに見かねたイグがアピーに話し掛け、漸く少女メイの外出予定を聞き出す事に成功する。


 〈明日ミギノはお忍びで買い物に出るんだって、都合良いかもね。これを逃すと、国境の砦に行くみたいだよ〉

 〈アピー、僕のこと、嫌いになったのかなぁ?〉

 〈・・・変な誘い方するからだよ。女の子はおませだからね。さ、行こう。場所の確認だ〉





***


ーーーガーランド竜王国、赤の港街、市場。



 翌日に第三の砦へ向かって出発するオゥストロ隊に、彼の強い要望により巫女の婚約者が付いて行く事になった。大神官であるアリアは自分との婚約を主張し反対したが、オゥストロの今までの功績、そして今回の北方セウス攻略の功績に彼の主張が優先される。ガーランド天教院エル・シン・オールは、噂される戦争の開始まで、巫女の砦滞在を認める事にしたのだ。


 砦への出発の前日、メイはアピーとトラーとエスフォロスと共に、街へ買い物に出た事に浮かれていた。



 『すごいすごい!ケモミミアナザーワールド・イン・アキバ?インスタ、インスタ、エスエヌエス!エスエヌエス!』



 赤の港街には、王都城下街よりも獣人が多い。城下街はアピーの様に犬の様な耳の者を見かけたが、この港には鳥の羽を背負う者や、海の中から直接荷揚げする鱗を身体に纏う者もいる。


 『本物、?一切のかぶりもの無し?』


 メイは目を輝かせて、土産の商品ではなく人々の観察に夢中になっていた。


 「ここには飛竜は来ないからな。獣人かれらも安心して取り引き出来る場所になっている」

 「ああ、南方ゴウド人は飛竜が怖いのでしたね、協定ですか?」

 「そうだ。古くから、ここには飛竜は来させないし、飛竜も分かっていて来ない」


 『鳥人だ、背中に羽!まじ、あれがホントのエンジェルじゃん。お宅の偽物エンジェルに、あちらの方をご紹介してはいかがですか?』


 振り返ったメイは半笑いで守護騎士に何かを話しているが、トラーもエスフォロスもさっぱり分からない。ただ少女の顔が怪しく半笑いな事に、碌でもないとエスフォロスは軽く交わして店を見繕っていた。


 「隊長が午後に空く間に、メイを連れて来いって言ってたから、」

 「アリア様も午後の礼拝が終わったら、巫女様に面会希望だと、テハから申し出がありました」

 「そうか、じゃあ、やっぱり昼食が終わったら、直ぐに戻ろう」


 予定の確認に頷く男達を余所に、アピーは若い獣人に軟派され、メイは獣人の商人の周りを無駄に彷徨く。


 『犬種が違う、もふもふ。あ、あのオジサン、パグっぽい!』


 「こら!早く欲しい物を探せよ。昼メシ食ったら戻るから、刻が無いぞ!」


 掛けられた声はメイ限定。彼女の服装は町人の少年の様な短下衣に、黒の長靴下、上衣は質素な長袖に帽子付きの外套だ。帽子の中には精霊が入っている。黒髪は一つに纏めてあり、間違えれば少年に見えるが間違えても高貴な巫女には見えない。


 『どうなの?ダックスフント的な人は、胴が長いのかな?いないかな?、ハゥッ!あの人、ミミズクちゃんじゃない?フォルム、丸!』


 〈ッチ。あのガキ、〉


 公に何度もオゥストロの腕の中で曝されている少女なのに、誰一人として巫女だと気付きはしなかった。少女へ悪態を吐く竜騎士に、更に現実が遠のいていく。


 「俺、飯屋探してくる」


 溜め息に近くの店に入ったエスフォロス、その少し離れた所で南方ゴウド少年に、頻りに話し掛けられているアピー、羽を持った獣人の後を付け回すメイ。それを目で追っていたトラーの耳に、大きな悲鳴が聞こえた。



 ーー『『『ここだよ!!!』』』



 頭に響いた慣れない音に、驚き辺りを見回したトラー。だが、周囲は先程と同じただの市場の賑わいだ。不穏に再度見回すが、やはり大きな変化は無い。騒音が耳に突き刺さったのは自分だけかと片耳を押さえる。


 「どうした?」


 店の席を確保したエスフォロスが、辺りを見回すトラーに問うがそれに答える前に、護るべき対象が目に入らずにそこを見た。先程は樽を持った蛇魚メアハ族と、共にその中身を覗き見ていた黒髪の小さな少女。蛇魚メアハ族に駆け寄り少女を尋ねるが、男は首を傾げると〈あれ?今、居たよな?〉と同じ疑問をトラーに問う。


 〈何だ、あいつ、また何処に〉


 気付いたエスフォロスとそれにアピーも加わるが、誰も少女を見ていない。おかしな悲鳴に気を取られたトラーは、それに舌打ち故意だと二人に異変を告げた。



**



 『エルビー!!まだ山岳救助施設に居ると思ったのに!明日行くところだったんだよ!まさか、お迎えに来てくれたの?身体は大丈夫なの?』


 誰かがすれ違いに、人形の様に自分を小脇に抱え風の様に市場を抜けた。その感覚に覚えがあり、更に声を出すことも出来なかったメイは、防波堤で降ろされて見上げた顔に驚き喜んだ。


 「無事で良かった。ミギノ。本当に、」


 エルヴィーは微笑み少女を強く抱きしめると、彼女の匂いを確かめる様に首筋に顔を埋める。久しぶりの再会、その余韻に浸る前にやることはあった。


 「そういえば、ルルはまだ持ってるの?」


 「ルル?あ、ぷるりん居ます。ここです」


 微笑むエルヴィーに問われたメイは、言われるままに首元に現れた青い玉を手で掴む。


 (・・・・)


 それに笑顔で頷いたエルヴィーは、新調したが既に狩りで汚くなった袋から皿を一枚取り出した。メイの前に差し出される白い皿、少女が掴むものは青い玉。


 エルヴィーと目が合ったメイは、出された皿に悪巧みを察してニヤリと笑い頷いた。


 (・・・・)


 皿に置かれたものは、半透明な青い憐れな玉である。それは屈辱にぷるりと震えてメイは微笑んだ。が、次の瞬間皿は大きく宙を飛び、音も聞こえない遠くへ放られた。


 『え、あれ?』


 「すっきりした。これで安心だね!じゃあちょっとここで待ってて、今、乗船手続きしてくるから!直ぐだよ!」


 笑顔で走り去るエルヴィーを愕然と見送ったメイは、慌てて海を見下ろした。穏やかな海、青い波は投げられた玉と同じ色。

 

 『やばい。マジでやばい。え?どうすんの、これ、どうやるの?これ、』


 荷物を乗せた小船は多く浮いている。船着場に走り寄り、飛び降りれば乗れる船の上。メイは何も考えず皿の落ちた付近を目指す為、すたっと一つに飛び乗った。果物が積まれた箱を避けて、紐で結ばれた隣の船を跨いで乗り込む。ゆらゆらと揺れるが、波は穏やかで身を寄せ合う船には安定感がある。端の船までたどり着いたが、その先の手だては丸で無い。


 『待って、駄目だ。サルベージ?いや、違う。これって・・・』


 最悪の状況が頭を過ぎり、空白になったまま海を眺めていたメイに背後から強い声が掛かった。


 〈こら!ガキ。駄目だろ、もう船出るから。勝手に乗るな、ん?〉


 振り向いた少女の蒼白な顔に、大きな黒目には涙が浮かぶ。それに驚いた船頭の男は〈どうした?〉と、取り敢えず尋ねた。


 『ぷるりん、マジで、どうしよ、これ、無理じゃないですか?探すの、』


 〈プルム?南方ゴウドに行きたいのか?〉


 『ぷるりん、どうしよう、ぷるりん絶対やばいです。海は無理、海は無し、』


 投げたエルヴィーが問題なのだが、居なくなったオルディオールの方が大問題である。それを探す手だてを考えるが、全く思い浮かばない。零れた涙に頭を掻いた男は〈困ったな・・・〉と呟いた。


 〈知り合いでも居るのか?まさかあっちでお前一人じゃないよな?置いてかれたのか?〉


 「ぷるりん、探します、絶対探します」


 〈迷子かよ、・・・・分かった。しょうがねーな。プルムだな〉


 神妙な表情で頷いた男に、途方に暮れたメイも何度も頷き返す。男は繋がれた綱を手際良く外していくと、大声で岸に出発を叫んだ。


 (・・・・)


 水面にぷかりと浮かんでいたオルディオールは、桟橋付近で居なくなった少女を必死で探すエルヴィーと、出航した貨物船に立ち竦むメイを見て溜め息と共に泳ぎだした。波に乗り大して苦もなく少女の乗る小さな貨物船に乗り込むと、船尾に呆然と立ったままの少女を見上げる。


 『・・・・ぷるりん、発見』


 掴むと喜びに『ふおぉおおっ!』と、叫び更に泣き出す少女。気が触れたかと慌てた船頭の男が振り返ると、疲れた少女が見上げてきた。その表情は、一気に老け込んだ顔で。


 〈すまない。戻る、いいか?〉


 〈無理だな。ただでさえ、誰か攫われただのって、こっちの港まで今まで規制されてたんだ。待ちに待ってて、皆、相当苛ついてるから。戻って順番乱したら、ヤラレルな〉


 その原因がここに居る。口が裂けても言えない内容に、オルディオールは疲れた少女の顔で頷いた。


 (まあ、行ったら直ぐに、戻ればいいか・・・)


 穏やかな波に乗り、心地よい風と共に船は南方ゴウドへと舵を取った。




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