過去な話① 出会い
お巡りさんの正則くんと、学生の楓さんの出会いの話。
「……凄い」
木崎 楓、十八歳。
私はその日、理想の男性に出会いました。
朝の眠りを妨げるつんざくような目覚まし時計のベルの音に、私は慌てて飛び起きた。
「うっるさいなぁ、もう!!」
眼鏡を掛ける前だからぼやけてて何が何だか全くわからないまま時計を布団の中に放り込んで、上からバンバン力任せにぶっ叩く。叩いて叩いて叩きまくれば、しばらくしてチン……と静かになった。
「……よし、止まった」
良く分からない達成感と共に音が途切れた目覚まし時計を布団から取り出して、先ほどまで置いてあった床の上に戻す。
「いつか壊すな」
分かってはいるけれど、やめられない。
地方から東京の大学に通うために引っ越す際、弟の柏から貰った目覚まし時計は「私を起こす」という仕事は完璧にこなしてくれるが、「私を気持ちよく起こす」という情的な部分は担当してくれない。
よって引っ越してきた初日から、目覚まし時計との格闘は続いている。
「……って、呆けている場合じゃない!」
思わず叫んで飛び起きた。
目が覚めて二十分、適当に身だしなみを整えて鞄を持つとアパートを飛び出す。
「うぁー、早くいかないと部活の準備がぁぁぁ」
今年の春に入学した光陵学園大学で、私が所属している部活は文芸部。という名の、いろんなジャンルの本を読む人書く人集めてくる人。趣味ごっちゃごちゃのなんでもアリな部活でとても居やすい。
実際私は読むのも書くのも集めるのもどれも好きだけれど、すんごいマイノリティな趣味がある為、森の中に隠れたいのだ。特殊な木なのはわかってるし。
毎週金曜日に好きな時間に来て満足するまで本を読むというゆっるい活動をするわけなんだけど、持ち回りでその準備をすることになっていて。
新刊や人気のある本を部費で買って準備する人、倉庫と呼んでいる準備室から部室に本を持ってくる人、そして……
「よりにもよって、全員が避けて通りたい菓子係が回ってくるとは……!」
面倒!
説明しよう! 菓子係とは、その名の通り「茶菓子と飲み物を用意する」係である!
元々のんびりお茶しながら本でも読もうぜ! から始まった活動らしく、茶菓子飲み物は必須なのだ。その為、本が汚れても大丈夫なように、全て部費で買った本もしくは部員たちが置いて行った&持ってきた本、その上透明ビニールで表紙をカバー済みになっていたりする。
故に、茶菓子は必須! 菓子はなるべく本や手指を汚さない種類のものをいくつも用意しポットにお湯を沸かし、冷蔵庫には冷たい飲み物を準備する。
すっごく面倒なのである。――説明終了。
早い人だと九時過ぎには部室に来てしまう為、いつもなら起きてもいないこんな時間帯にアパートを出なきゃいけなかったのだ。
そう、ただいま絶賛遅刻中である。
「あぁぁ、信号赤っ!」
アパートから駅までの道は十分くらいなんだけれど、そこそこ栄えているこの地域は通勤か通学か車の往来が結構あって。近くの小学校に通う児童の見守りの為に、信号や大きな道路には保護者の方と共にお巡りさんが立っている。
前方の信号が赤に変わったのを見て思わず絶望して足を止めた私の声に、周囲からくすくすと笑う声が聞こえてきた。
どうぞ笑ってください! それ以上に、焦ってるので!
焦ってはいるけれど赤信号だし走ることないか……と一息ついて歩き出した私の視界に、旗を持って横断歩道上に立つ一人のお巡りさんがうつった。
「おまわりさん、おはよーございまーす!」
「はい、おはよう」
わらわらと横断歩道を渡っていく小学生の挨拶に、にこやかに応える……
「……悪役……!?」
思わず声に出してしまい、ぱっと両手で口を塞ぐ。車の音や信号機の音で聞こえなかったのか、そのお巡りさんがこちらを振り向く事はなかった。
ほっと胸をなでおろすと、顔は正面を向いたままお巡りさんに視線を向ける。
いやー、凄いギャップだな。正義の味方が超強面とか、激しすぎる。私的強面は好みだけど、小学生泣かないか……?←失礼
がっしりとした肩幅、大きな靴。身長もだいぶおっきいな。その上なんか色々な装備がついてる制服とかホントカッコイイよね。制服着てるだけで+αつくよね。
ずり落ちてきた眼鏡を押し上げつつ、さらに観察を……。
その時、そのお巡りさんがくるりと振り向いた。
「……」
「……」
焦ることなく、ついぃぃっと逸らした視線は一瞬でお巡りさんを視界の端においやり、私はなんでもない様に目の前の信号を見上げる。
ははは、伊達に人間観察を趣味にしているわけではないのだよ。
視界の端っこで見えているお巡りさんはすでに歩道に戻っていたのか、そこでしきりに首を傾げながら腕をさすって……まで観察して、がばっと顔ごと視線を背けた。
私の視界には、自分の足とアスファルトのみ。
睨みつけるようにしながら、ドキドキと高鳴る鼓動を懸命に抑える。
「……っ!!!」
さすっていた、腕……! なにあれ!
がしっとした筋肉に刻まれているそのキレ!!
その上、浮き出てる血管とかなにそれ完璧好みなんですけど、超絶好みなんですけど、うわぁぁぁ!
鍛えて作った筋肉じゃなくて、いや鍛えてるんだろうけれど実用的な職業筋肉!
素敵すぎる!!!
その腕くれ! 部屋に飾りたい!!←変
「お嬢さん、信号渡らないの?」
「んぁっ!!?」
至近距離でかけられた声にびくっと背筋を伸ばすと、目の前には制服のヌリカベ……じゃなかった超絶好みの筋肉の上に乗っかった顔が驚いた表情で立っていた。
うっわその顔、なにそれ超可愛い! 強面の驚く顔とか可愛すぎだろ誰か私を止めろ!!!
「……大丈夫?」
若干引いた声で再び問われて、はっ……と腕時計を見る。
無情にも、時計の針は電車に乗る時間をさしていた。
「ああぁぁぁぁ!!! 遅刻だぁぁぁっ!!!」
慌てて駆け出した私の腕が掴まれて、たたらを踏む。驚いて文句を言おうと振り返ると、強面お巡りさんに視線でとめられた。
「子供でも、もう少し落ち着こうか。危ないですからね、そんなに焦ったら」
「へ?」
「はい、右見てー、左見てー、もう一回右見て。確認したら、気を付けて渡ってください」
言われるがままに左右に顔を振りちゃんと安全を確かめた私の背中を、ぽん……と大きな掌が押した。
「……」
う、うわぁぁ
どくんと、鼓動が一層高鳴る。
あのおっきい手のひらが、背中にポンとか……うぁぁぁっ!
「……あ、あのっ」
「早く行かないと、遅刻なんですよね?」
その言葉にコクコクと頷いて、横断歩道を渡る。渡りきってから振り向けば、すでにお巡りさんは横断歩道で児童の見守りに戻っていた。
「……」
ぼんやりしたまま電車に乗ってすっかり遅刻した私は、たまたま早く来ていた友人たちが準備をしてくれていたのに気が付いて平謝りの一日だった。
こんな感じで、二人は出会いました。
もしくは正則くんがロックオンされました、楓さんに。(笑