僕の奮闘記 ~アンタッチャブルな乙女たち~
別作品のリハビリで一気に書き上げた作品です。宜しくお願いします。
朝起きて身支度を整え、手早く朝食を済ませる。
いつも通りの日課にプラスして、この日はもう一つやることがある。
真新しい制服に袖を通すのだ。
白を基調にしたシックなデザインで見るからに高そうな制服だ。
流石名門校の制服だけはある。
袖を通せば、まだ数回しか着ていない筈なのに体に良く馴染んでいた。
適当に自分の髪を整えるように撫でつけてから部屋を出る。
階段を下りて玄関に行くと父さん、母さん、一つ年下の双子の妹たちが出迎えてくれた。
「うん、とてもよく似合っているね」と父さんの藍川昴。
「私の息子は何を着ても似合うから。でも今日は一段と綺麗よ」と母さんの藍川陽紗英。
「お兄ちゃんすごく綺麗」と下の妹、晴美。
「似合ってるよ、兄さん」と上の妹、帆夏。
僕は家族の賛辞を聞いて顔では笑いながらも内心溜息を吐く。
男の僕がなぜ綺麗なのだと。
僕は物心がついてからずっと自分と世界に違和感を感じながら生きてきた。
誰とも共有できない感覚だった。
なぜ男は髪を短く切ってはおかしいのか。
なぜ男は泥だらけになって遊んではいけないのか。
なぜ男は体に傷が出来ただけで大騒ぎされるのか。
なぜ男は女より力が弱いのか。
なぜ男は運動で女に負けて当然なのか。
なぜ男は家庭に入らなければいけないのか。
なぜ男は仕事をさせてもらえないのか。
なぜ男は社会で認められないことが多いのか。
なぜ男は必ず婿にならなければいけないのか。
なぜ男はお嫁を迎えてはいけないのか。
沢山の疑問に明確な答えはない。
ただ僕が男だからという理由で全てが片付けられた。
もちろん小さいときは今ほど社会の在り方を理解していなかったため結構、いやかなり変わった子どもとして周囲に認知されていた。
何年も奇行を繰り返し、いつしか周囲の反応に煩わしさを覚え、僕は場に応じて社会の言う「男らしい」振る舞いをするようになった。
大人たちは僕の奇行がただの一過性のものだと安心しただろうけどとんでもない話だ。
僕は今も違和感を持っている。
視野が拡がった今の方がより強く、社会に対する違和感を持っていた。
人とちょっと違う思春期を過ごしていた変わり者の僕はある夢を持っている。
定食屋を開きたいという夢だ。
人に料理を作って食べた人が喜ぶ顔が見える、そんなお店を自分で造りたいという夢だ。
それを両親に相談した時、大反対された。
理由は?
とてもシンプルな魔法の言葉。
「男だから」
男性は社会に出ると女性から常に下に見られ地位が低い。能力が低いとさえ思われている。
確かに運動能力に限って言えば絶対の差がある。
しかし仕事全てが肉体頼りのものばかりでない筈なのにどの仕事も男性の地位は低かった。
両親は僕が社会に出ることで味わう差別を敬遠したのだろう。優しい人たちだから。
だけどこの夢だけは譲れなかった。
他の男性としての扱いは我慢できても、男性だから夢を捨てるなんて絶対に嫌だった。
両親と何度も話し合いを重ね、僕は絶対に折れない決意で両親を説得し続けた。
結果からいえば二つの条件付きで許可が貰えた。
「父さん、母さん。これで条件その一クリアだね」
「ああ、よくやったわよ、本当に」
「ははは……」
僕は両親と並んで校門から校舎へと続く長い道を歩いている。
格式ある洋風の建物が散見し、桜の花が校舎を彩る。
この場所を歩くために死に物狂いで頑張ったのだ。
条件の一つ目、それは超難関にして日本随一の名門校である大和英蘭高等学校に合格すること。
これは大変だった。
僕はそれなりに勉強が出来たが、本当にそれなりでしかない。
両親の説得が終わったときには受験まで1年しかなかった。
1年という短い時間でこの高校に合格するために1年間きっかり使った。約365日起きている時間全て勉強していたと言える。誰とも遊ばずガリ勉をしていたため僕の青春は灰色一色だった。
「条件を出しておいてなんだけど、日本王国でも屈指の名門、大和英蘭高校に合格するなんてね」
「為せば成る、僕の本気を甘く見ないでよ」
両親は苦笑いしながら校舎を見やり、僕はそんな二人ににこやかに笑いかける。
「あともう一つ条件があるでしょう。まだ安心はできないのよ」
母さんがそう僕に言って聞かせるが、そんなもの僕にとっては既に達成したも同然の条件だ。
「あははは、受験に比べれば簡単だよ。3年間ここに通って卒業を迎えればいいなんて。真面目に頑張っていくさ」
そう、僕は第二の条件をクリアした気でいる。
確かに厳しい進級試験はある。
だけど手を抜くなど一切考えていないし受験に合格できるだけの学力があるものならば勉強をサボらない限り留年することはない。
僕は入学式の会場に入り、保護者席に移動する両親と別れた。
「僕たちに出来るのはここまでだね」
「ええ、後はあの方次第よ。でも期待しているのはあの方だけじゃないけどね。陽彩はとても魅力的な男子だから周りが絶対放っておかないわ」
「僕はあの子が幸せになれるなら誰が相手でも構わないよ?」
「私は誰だろうと気に食わないわ」
「ふふ、君は頑固な母親だね」
僕が去った後両親が何か話していたが人の喧騒でその声は聞こえなかった。
僕は両親がなぜ名門校の合格と3年間の通学を条件にしたのか、その意味を理解していなかった。
ある意味僕だから気付けなかったことなのかもしれない。
『―――――以上を持ちまして第121期生の入学式を終了いたします』
壇上の袖に立つ生徒副会長がそう締め括る。
入学式に特筆すべき点はない。
強いて上げればこの国の女王が挨拶したことくらいだろうか。
年齢は母さんと同じくらいだけど背が高くて後光というか貫禄というか、何かエネルギー波でも放出しているような存在感があった。どうやって出しているのか気になる。
あと意外と生徒が主導で入学式を取り仕切っていたのが印象的だった。
それくらいかな。
担任の先生が生徒たちを先導し教室へ向かう。こういうところはどこも変わらないらしい。
僕もそれについて行き教室へと入った。
教室には生徒と教師だけ。保護者は別室で待機だ。
「では学校についての説明を始める前に私の自己紹介をしておきます。この1年3組のクラス担任になりました西木葵です。趣味は登山や植物採取。担当する教科は数学です」
「あ、そこは生物学じゃないですね」
思わず口からぽろっと言葉が出てしまった。
所々クスクスと笑い声が漏れ、自分の顔に熱が集まるのが分かる。
植物採取イコール生物学、安直でごめんなさいね。
「ふふ、とてもいい質問ですよ。私は生物学も納めていますから皆さんにお教えすることも出来ます。ですからテスト前に質問があればお答えできますよ?」
先生はこちらに向けてウインクをして答えてくれた。
教室のみんなも先生の言葉に感心していた。
流石名門の教員といったところか、早速失態をおかして生徒をホローするとは。
僕はウインクなどという高等テクニックは収めていないので、取り敢えず感謝を込めて笑い返しておいた。
「さて、それでは出席番号順に自己紹介していきましょうか」
誰だよ、出席番号1番のアンラッキースチューデントは。
「初めまして、藍川陽彩です。えーと趣味は料理全般です。自慢は嫌いな食べ物がないことです。人生で口にしたことがあるものに限りますが」
はい、僕でした。
今まで1番以外になったことないぜ。敗北を知りたい。
その後も自己紹介は滞りなく進んでいく。
みんな緊張していて初々しい。女の子は美人な子が多いし、この高校に頑張って入って良かったと今日一番の喜びを感じている。
そして半分ほど終わったところでついにあの人の番となった。
「私はアーシェ・サース・エルランド。英蘭王国から来ました。まだ日本王国には不慣れですが色々教えていただけると嬉しいです。趣味は乗馬や武術の修練でしょうか……」
今までの生徒と違い言葉によどみがなく堂々としたものだった。明らかに人前に出ることに慣れている人物だ。
しかも美女である。とんでもない美女である。
白い肌にエメラルド色の瞳。
腰まで届くほど長い銀髪はうなじの辺りで三つ編み編んでいる。
身長は僕と同じか少し高いくらい。スカートから覗く足は長く実際より高身長に見える。
これだけでもとても魅力的なのに、神は彼女に二物を与えてしまっていた。
胸が大きいよ!すごく大きいよ!窮屈そうに制服に収まっているところも眼福だよ!
何という発育の良さだろう。これが人種の差というやつなのか。
普通の男子は女子の胸にあまり魅力を感じないらしい。
しかし僕には女性の胸がとても魅力的に感じる。
出来れば穴が開くほど見詰めていたいが不審がられるので我慢だ。
ちょっと熱心に見詰め過ぎたのかアーシェ様はこちらにチラリと視線を寄越していた。
流石に目を逸らすもどうかと思ったので微笑みを返しておいた。お胸様をありがとうと。
アーシェ様はそれに応えるように魅力的な微笑みを返してくれた。
あーこの人すごくかわいい。
ただ絶対に付き合いたいなんて思わないけど。
自己紹介の後の連絡も終わり放課となった。
僕は机から立ち上がろうとしたが、目の前に影が掛かりハタと動きを止める。
「やあ、陽彩。これからお茶でもどうだい?」
僕の目の前に現れたのはアーシャ様だった。
ああ、予想していた以上に軟派な人だったようだ。というかよりによって僕かよ。他の男子に行ってよ。
「すいません。これから家族と予定があるので……」
「そうか……それは残念だ。また誘うよ」
アーシェ様は残念そうな顔を張り付け切なそうに僕を見詰めた。あーやっぱりかわいい。
ほだされそうになるが絶対に甘い顔はしない。
「ありがとうございます、エルランド様」
「もう私の名前を憶えてくれているんだね!でもその呼び方はいただけない。私のことはただアーシェと呼んでほしい」
今度は手でも握りそうな感じだ。そして顔が近い顔が。
「考えておきます、エルランド様。急ぎますので僕はこれで」
僕はそう言い残して素早くその場を去る。
周りの女子や男子の視線が痛い。
やってくれたよ、あの美人!
彼女のセカンドネーム、あれは貴族の称号だ。しかも出身国は英蘭。
日本王国と同じ古い歴史を持つ王家を中心とした封建制の国家だ。
日本は一妻一夫が絶対である。これは王家でも変わらない。
しかし英蘭王国は一妻多夫。ハーレムを推奨している国なのだ。側室や妾を多く持つ。
勿論これは一般家庭には適応し辛い。
一般人の妻では複数の夫を養う財がないためだ。
しかし王家や貴族はどれだけ多く、どれだけ美しい夫を持っているかを競うようにハーレムを形成する。男の数こそ財の象徴とでもいうかのように。
言いたいことは簡単だ。
私はハーレムになど絶対に入りたくない!
僕は自分の容姿が優れているとかそんなことは言わないし思えない。
両親に髪を切るなと泣いて頼まれて結局腰までの長さになってしまった黒髪。
父方の遺伝で一切のムダ毛のない肌。
筋トレしても筋肉の付かない細い体。
正直どこに魅力があるのか分からないが女子にとっては魅力的に映るらしい。
未だに疑問は晴れないけど、人生経験で理解した。
おまけに外国人にとっては日本人の男の容姿は好みであり、傍迷惑なことに貴族の中では日本人の婿はステータスになると捉えられている。
事実日本人の夫を見繕うのが目的で留学に来ている貴族も珍しくない。人間を宝飾品と一緒にしないでほしい。
そういうわけでアーシェ様がいくら魅力的な女性でも絶対に近付かない。男だらけのハーレムなんてゾッとするよ。
僕は定食屋を開く。
婿に行くのではなくお嫁さんをもらいたい。
末永く一人の嫁さんとイチャイチャして過ごしたい。
貴族と王家などノーセンキューなのだ。
……あの立派なお胸様の揺れには心が揺れるけどね。
両親と家に帰り妹たちを連れだって外食に出掛けた。
ちょっと豪華なご飯を食べて買い物を楽しんだ。
僕は抗菌まな板と欲しかった新しい鍋を買ってもらった。高いんだよ、このまな板。
家に帰ってお茶を入れて人心地付いていると妹たちが話しかけてきた。
「お兄ちゃん膝枕してー」
ソファーに座っている僕の膝の上に下の妹の晴美が頭を置く。仰向けに僕を見上げる体勢をしている。
「返事をする前に乗せておいて……」
「ふぎゅ〜、ひゃめて」
僕はそう言いながら妹の形のいい鼻を押し不細工に変えようと努力する。
だめだ、鼻を潰しても可愛い。
僕は諦めて晴美のボブカットの髪を撫でた。妹は嫌がらず、むしろ喜んでそれを受け入れる。
妹曰く女の子というのは信頼している男子に頭を撫でられたいらしい。どこの愛犬の話しだろうか。
そんなことをしていると上の妹の帆夏が隣に腰かけてきた。
ソファーは十分に開いているが、僕と拳一つくらいしか隙間を空けずわざわざ近くに座る。
「晴美、兄さんが休めないでしょう。膝からどきなさい」
帆夏は長い髪をポニーテールにしている。目はきりっと切れ長の瞳だ。優等生で晴美とは性格も顔も違う。双子とはいったい。一卵性じゃないとここまで似ないものなのか?
「僕は大丈夫だから」
「ほら、お兄ちゃんもいいって言ってるじゃん」
晴美の軽口に青筋を立てる帆夏。
うん、兄さん帆夏のそう言う顔も好きだけど威圧感を出すのは止めような。
「帆夏もちょっと眠るか?肩なら貸すよ」
「え、いえ、そういうことがしたいわけじゃ……」
「じゃあ僕が眠たいから肩を借りようかな」
そう言って帆夏から返事が返ってくる前に彼女の肩に頭を乗せた。実に丁度いい具合だ。
「に、兄さん、そんな、駄目だよ……」
「ぐー」
「スピー」
「うう〜」
僕と晴美は狸寝入りを決め込み、帆夏は僕を振りほどくことなく結局されるがままだった。
冗談で眠っていたけど昨日は緊張で寝つきが悪かったからいつの間にか本当に寝ていた。
父さんが夕食の準備を頼みに来るまで三人寄り添ったままだった。
帆夏は眠らず彫像のように固まり僕の肩枕であり続けていた。
そんなところでも真面目さを発揮する妹は、やっぱり可愛い。
今日も両親と二人のために美味しいご飯を作りましょうかね。
次の日はオリエンテーションがありクラスメイト同士で簡単な交流など在った。
アーシェ様も特に絡んでこず平和だった。
オリエンテーションの次の日は土曜日で休日となる。
そして週末を挟んで月曜日から通常の授業が始まった。
「思ったより難しく無かったね」
「最初だけだと思うよ?でも学力テストがないのは意外だった」
「あ、それ僕も思った」
お昼休み、ポーイズトークである。
弁当片手に男子会議。僕の苦手なものの一つだ。
会話という点で言えば男子は女子の数倍も面倒臭い。何が面倒くさいって無駄な話が長い。1言えば済む話を10にも20にも変えてしまう。
まず結論を言おうじゃないか君たち。話はそれからだ。
「平和なのも今だけだね」
まあ僕も迎合しちゃっている時点で面倒くさい男子の仲間なのさ。はあ、女の子と話したい。下ネタもいけるんだよ、僕。
男子たち3名と取り留めもない話をしながら弁当を突っついていると、どこからか喧騒が聞こえてくる。廊下が騒がしいな。
「失礼する。おいアーシェはいないのか!」
うん、やっぱり二回揚げると冷えても美味しい。妹たちも美味しく食べてくれているかなあ。あいつら肉食だから唐揚げの時点で喜んでいるだろうけど。
「誰も知らないのか?肝心な時にあいつは……ん?あれは」
唐揚げに時間をかけすぎたからちょっと弁当の内容変えたんだよなあ。僕なんで朝から揚げ物なんて作ろうとしたんだろう。謎だ。
「そこのお前、少しいいか」
んー今度からは手間のかからない唐揚げにしよう。油は殆ど使わないで済むしヘルシーだし。本格的なのは夕食だけだな。
「おい!」
やたら近くから声がして顎を持ち上げられる。
丁度口に何も入っていなかったからよかった。
じゃなかったらびっくりし過ぎて噴飯するところだ。目の前に現れた少女の絶世の美貌の所為で。後近い。
透明度のある白さといい、バランスよく整われた目鼻立ちといい。まるで人形のように愛らしい少女だった。
アーシェ様のものよりもっと深い色合いの緑の瞳は強い光がチラチラと揺れているようだった。眩しい。
取り敢えず僕のパーソナルフィールドがガリガリ削られているのでいったん顔を離……せない!
この子完全に僕の顎を固定してるよ。全然力が掛かってないのに後ろに下がれない。前ならいけそうだ。いったら社会的に終わりそうだけど。
「……お前、美しいな」
鳥肌が立った。
何でかって?
気持ち悪いからだよ。
慣れてはいても限度がある。こんな間近でこんな綺麗な女の子からそんなこと言われたくなかった。
自分の中の何かを否定されているかのようだった。
「友好のための留学だったが思わぬ拾いものだったな。この国の男は噂以上の美人ではないか」
「何をしに来られたか存じませんが、アーシェ様ならクラスの男の子を伴われて学食へ行きましたよ」
へりくだった言い方だがこれが正解だろう。この子はアーシェ様の名前を呼び捨てにしている。
それは対等かそれ以上の地位の人物ということになる。
「いや、あいつはもういい。お前、名は何という?」
「……藍川陽彩です」
「だとすれば名は陽彩というのだな」
「はい」
「良い名と良い声だ。益々気に入った。お前を私のハーレムに入れてやろう」
目の前の少女は僕の顎から手を離して体を一歩分離す。
波立つウエーブの掛かったはちみつ色の髪が揺れる。
身長は僕より低いけどスタイルが良い。アーシェ様みたいな派手さはないけどバランスという面ではこの少女が圧倒している。
あれ、今この子なんて言った?ハーレムとか聞こえたような……。
「喜ぶがいい。私の名はレイシア・ファース・ブリスティン。英蘭王国の第2王女だ」
ぎゃーーーーーーー、最悪の女子じゃないか!
僕が驚き目を見開いてこの形の良さそうな胸を張った少女を見ることコンマ5秒。結論は出た。
「すいません。お断りします」
「光栄であろう。そなたであれば側室待遇で迎えよう」
すごい、聞こえていない。ノリツッコミじゃなくて本当に聞き流してるよ。
「ハーレムには入りません」
「ハーレムは嫌なのか?まあ、社会と隔離された後宮が嫌なのは分からんでもないが、通い夫は認められんな。外聞が悪い」
今度は聞こえたけど意味が通じてない。面倒くさい女子だ。でも可愛いから許す!
「いえ根本が違います。私はこの国で生きてこの国で骨を埋めます。ですからあなたの国には行きませんし、あなたとも結婚しません。分かりましたか?」
「分からん」
あ、やっぱり許せないかも。
なんでこの説明で分からないんだろう?僕も分からないよ。
「なぜ私の話を断ろうとするのだ?贅沢は好きなだけできるぞ。欲しいものは何でもそろう」
本当に不思議そうな顔をして聞いてくる。
だから苛立ちがスッと収まった。
代わりに少し悲しくなる。
この子は贅沢だけで人が幸せになれると思っているのだろうかと。
「簡単な話です。王女と結婚すれば僕は幸せになれなくなるからです」
「ますます意味が分からん。私の側室と言えば皆が喜ぶ。私と結婚したいという者は山のようにいるのだぞ」
「人の幸せはそれぞれです。僕はその結婚を申し込んでくる方たちと価値観が違います。幸福の感じ方が違うのです」
「分からん!私がそれを与えてやってやると言っている!」
まるで子供の駄々だ。でもここで言い聞かせないとこの子とんでもないこと仕出かしそうだ。
「僕は傲慢な人間です。僕は他人からただ与えられる幸福で満足できる人間ではありません。自分でつかみ取った幸せでなければ意味がない。僕を幸福にできる人間がいるならそれは僕だけです」
ははは、言ってやったよ。
人から与えられたものでも僕は幸せになれるけどね。家族から色々なものをもらってるし。
こうやって言い聞かせない限り諦めないだろうから仕方がない。
「何故だ……。宝石だって服だって好きなだけ買ってやるぞ」
弱くなった眦がいっそう哀愁を引き立てる。美人はこういうところも絵になる。罪悪感が刺激されるが心を鬼にする。
「それが、あなたが私に与えてくれるものですか?」
「そうだ!私がお前に……」
「元をただせば国の税でしょう?あなたが得ているお金は誰から頂いているものですか。貴方は国民から頂いたお金で私に贈り物をするのですか」
「それの何がいけないのだ!」
「そのお金は国のために使われるものです。国民はあなたたち王家のためにお金を収めているわけではありません。今の封建制度は王家から民に利潤するという実績によって成り立っています。もし税が不当に扱われていれば国の大事になりますよ」
元々ハーレムは金食い虫だ。
王族の決まった給金でやりくりするなら、まあまだ許せるだろうが国庫まで手を出せば今の社会は黙っていない。
昔と違い国の横のつながりは強い。下手をすれば外国からの粛清が掛かる。
第2王女に出鱈目が出来るほどの強権が与えれていないのは明白だが彼女の発言は危うい。
「そんなことは分かっている!」
「ならば僕の言うことも分かるはずです。他国の男子一人をハーレムに呼ぶためにお金を使うくらいなら国民のために使うべきでしょう?何度も言っていますが私は欲しいものは自分で掴み取ります。王女から何を贈られようと何とも思いません」
「………ぐう」
ま、詭弁だけどね。札束で顔を叩かれたら反対も差し出しちゃう。
僕の発言も大概だ。明言はしていないけど封建制度における王家を否定しているものだからな。
お茶を濁して誤魔化せたかな?どうかな?
レイシア様はジッと僕を睨み付けてくる。
あー怖くない。君の権力は怖いけど顔はとってもかわいいよ。頬っぺた撫でまわしたいくらいだ。出来れば写真に残したい。
取り敢えず僕に女の子を睨む気概はないのでジーとレイシア様の目を見詰めた。
赤い顔が面白かったので僕は耐え切れず笑ってしまった。
レイシア様はそれを見て林檎みたいに顔を真っ赤にし、口をうにょうにょと動かした。
と思ったら無言で踵を返し大股で歩き去っていった。
あーこれは不味いかもしれない。
嘲笑したと思われただろうか。英蘭王国って不敬罪があるよな、確か……。
思い出して蒼い顔をしていると廊下からクツクツと笑い声が漏れ聞こえてきた。
「エルランド様。お知り合いならば止めてほしかったんですが」
僕はジト目で笑い声のする方角を見詰める。すると教室の扉から肩をすくめた、いや肩を震わせたアーシェ様が現われた。
「くくく、済まない。余りにもあの王女が小気味よく言い負かされていたからおかしくて……」
まだ笑ってるよ、この人。
アーシェ様は目元を拭いながら、って泣くほど笑ってたのか!えーと目を拭いながら僕に近付いて耳元に唇を寄せてきた。彼女から甘い香りが漂ってくる。いい匂いご馳走様です。
「これから大変だよ、陽彩」
そんなことを言ってまた笑い出しながら自分の机に座った。
まさか犯罪者にされてしまうのかとアーシェ様に問いただそうとしたが、男子の集団に囲まれて進めなかった。
「ちょっと!陽彩君かっこよすぎだよあの啖呵!」
「うん!僕同じ男だけドキッとした」
「僕も!」
へいへいどうよ!
モテモテだろ、僕!
男子限定だけどね!
王女が乱入してきてから男子はハラハラしながら事態を見守っていたけど、女子は我関せずと言った様子で大半が静観していた。
王家が粉かけた男子って多分色んな意味で爆弾物件だよね。灰色の青春に戻りそうな予感がする。
あと女子の中でも男子に混じって盛り上がっている人はいるけど完全に面白がってるだろ、あれ。
何でアーシェ様といいレイシア様といい、手を出したら人生アウトコースの女の子とばかり関わりが深くなるんだろう。
その日はいつ処罰が下るのかと戦々恐々としていたけど結局何もなかった。
次の日もその次の日も。
どうやら僕は助かったらしい。
あれから時間が経ち、再び週末を挟んで月曜日を迎えた。入学から10日たった4月15日の月曜日。晴天なり。
いつも通り授業を終え帰途に就く。
部活には入っていない。
興味深いものは多いため仮入部してみて良さそうな部活に入ろうと思っている。
夕食のことを考えながら僕が校門に繋がる道を歩いていると、どこからか視線を感じた。
何だがチリチリするというか背中にぼんやりとしたものが当たっているような、奇妙な感じ。
見回りしてもそれらしい人は誰もいない。
首を傾げつつ校門を出たのだが違和感は拭えず家に帰る時まで続いていた。
まあこれがただの勘違いなんてよくある話だろう。
だけどこの視線はあの日、レイシア様とトラブルを起した日から続いていた。
最初はあの人がどこからか見ているのかとも考えたが違っていた。
普通に教室の窓から車で下校しているのを見たからだ。その日も変わらず奇妙な感覚はあった。
あの人じゃないにしてもあの一件で悪目立ちしたのは事実だ。
僕は視線には敏感だけど悪意なのか興味なのか視線の種類を特定できるようなエスパーじみた直感はない。一体どうしたものか。ちょっと辟易としていた。
次の日の放課後は料理研究会を見学した。
本格的な手の込んだ料理を専門に扱うのは料理部。
家庭的なものを中心に作るのは料理研究会。
料理部は女子が中心で男子はいない。
逆に料理研究会は男子だけだった。こういうところでも男女の違いは出る。
未だ世界の常識として厨房は女性の仕事場という意識が強い。高級店に行くほどそれは顕著だ。男性などウェイターとしてしか雇ってくれない。僕は女の子に給仕される方が好きだというのに横暴だ。
料理研究会の施設は名門校だけあって立派なものが揃っているし、部員同士の雰囲気も良かった。自分が怠けるようなことをしなければうまくやっていけるだろう。
先輩部員たちも是非にと言ってくれたが返事は保留した。
一度は体験してみたい部活もいくつかあったのでそれがすんで気が変わらなかったら入部しても良いだろう。
この日は普段より1時間ほど遅い下校だった。
特段何もないだろうと油断しているところに思わぬ不意打ちを受ける。
黒服で長身サングラスの女性が目の前に立っていたのだ。
「やあ!君、今帰りかい?ちょっと私と散歩でもどう?」
「散歩って……おじいちゃんじゃないんだから。で、何で息子をナンパするのさ、母さん」
ジト目気味に見ると目の前の女性はサングラスを外し家族だけに見せる顔に表情を緩める。
「私の言いつけを守ってナンパに引っ掛からないかテストしたのよ」
「人選間違いだよ、それ」
「ふん。テストであろうと私の目の前で息子にナンパなど許さないわ」
ふて腐れたように仏頂面をする母にため息が漏れる。
「……はあ、まあいいけど、仕事はどうしたの?有給でも取った?」
「いや、仕事中よ。あるお方の警護をしているのだけど……いい加減出てきてくれませんか?」
母さんがそう言うと背後の建物の影から人が静々と歩いてきた。
制服を着ていることからこの学校の生徒だとすぐに理解できた。なぜそこにいたのか不明だが。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
古き良き大和撫子を指す言葉だ。これは主に美しい男性に対して使われる言葉だけど、僕はこの女性を見て、彼女にこそぴったりの言葉じゃないだろうかと思えた。
その女性は僕の黒髪よりずっと長いそれを闇の帳のように揺らしながら歩み寄ってくる。
同じ色合いの瞳はどこか不安げで庇護欲をそそった。
身長は僕より高い。姿勢の良さがそう感じさせるのかもしれないが、劣等感がビシバシ刺激される。
同時に彼女に対する僕の警戒感も刺激されているけど。
「母さん、この方は……」
「ああ、そんな他人行儀に呼ばないでください!」
彼女は気弱そうな印象からは想像できない断固とした否定の言葉を口にし近付いてくる。
早っ!あと僕のパーソナルスペースがピンチ!
梅の香のような香りにクラクラしながら助けを求めるように母を見る。
「私の仕事は知っているでしょう?今日は臨時でこの方の警護を任されてね」
母さんの仕事は近衛だ。
簡単に言うと日本王国の王家の警護を取り仕切る超エリートである。
身体能力は女性の中にあってもずば抜けており鬼神のごとく強い。
ちなみに双子の妹たちは目に入れてもいたくないほどかわいいが、母の功夫を受けており僕が喧嘩しても手も足も出ない。手を出されたことないけど。
母さんはいつもは女王様の警護についているらしいが今日は違うようだ。
「この方も王家の……すいません、気付かずに失礼を」
僕が謝ろうとすると強い力で肩を掴まれ制止させられた。
「もうそういう態度は止めてください!私をお忘れなのですか!」
だから近いよ!肩に指がめり込んでいるしどれだけ必死なんだ。
「はい。初めてお会いするかと思いますが……」
目の前の女の子の目から光が消え、黒真珠のように綺麗な淡い光を宿した瞳は炭の塊のような色になった。
怖!後地味に力を籠めるのを止めて、爪が立ってます。
「陽彩、お前は昔に会っているだろう。小学生の時に家に滞在していた。大和美琴さまだ」
「え、嘘!美琴ちゃん?でも全然……あー美人になってたから分からなかった」
「そ、そんな美人だなんて……。それを言ったら陽彩君の方がずっと……」
いつの間にか光が戻った瞳は恥ずかしそうに細められていた。最後の方はぼそぼそと呟いていたから聞こえないけど碌なこと言っていないだろう。精神衛生上聞かなかったことにする。
僕の記憶が正しいならこの子は美琴ちゃんらしい。
でも印象が違うんだよなあ。
面影がないこともないけど昔の美琴ちゃんっていつも下を向いて僕には見えない何かと会話しているような子だった。
結構、いや当時はかなり苦手だったのだ。
気付けば無言で背後に立つのも怖かった。
でもあれは彼女なりの懐いた人にする精一杯のアピールなのだと母さんに聞かされていたから邪険にできず、実の妹に接するように世話を焼いたっけ。
目の前の少女に当時の面影はない。人は変われば変わるものだ。
「本当に美琴ちゃん?」
「はいっ!」
どうやら本当らしい。
「やー彼女の専属護衛が急病でね、大変なのよ。私は偶々陽彩の姿が目に入ったからちょっと声を掛けたの。仕事中なんだけと息子が心配でつい」
「……そうなんだ」
そうなのか?
美琴ちゃんの様子を見る限り違うような気もするが。何だから母さんの言葉遣いが言い訳がましいというか胡散臭い。
僕は内緒話をするように母さんに近付いて小声で話す。
「母さんが護衛しているってことは彼女、王家の人間なんだよね」
「私は陽彩が知らないのに驚きだけど、彼女は第一王女、日本王国の王太子殿下よ」
げえ!時期女王じゃないですか!
「聞いてないよ母さん!そんな人と一時でも僕は暮らしてたの!」
小声で叫ぶ僕に母さんは申し訳なさそうに眉を下げる。
「それについては後で話すわ。今は彼女の相手をしてくれない?」
どうやら僕たちが内緒話をしているのが気に食わないらしい。顔は微笑んでいるが目力が半端じゃないっす。王家の人間ってやっぱり何か出せるんじゃないの?
「えーと失礼しました、美琴さま。……母さん、取り敢えず僕は夕食の支度があるので帰っていい?ちなみに今日は息子カレーだよ」
後半は母さんに話しかけた内容だが、母さんは困った顔をしていた。
因みに息子が作るおうちカレーだから息子カレー。父さんが作れば父カレーとなる。
「それなんだけど……今日はこのまま美琴さまを家に招待しようと思っているのよ」
「えっ」
「すいません。久しぶりに陽紗英とお話が出来たので何だか懐かしくて、私が彼女に頼んだのです」
「そ、そうなんですか」
「ええ、それに陽彩君とももっとお話がしたいの……駄目ですか?」
「まあ、家主の母さんが良いと言っていますから僕に異論はありません」
上目遣いで見つめられ、僕はあっさりと折れた。
いくら関わるのがアンタッチャブルな王女でも可愛い女の子の頼みは断れませんとも。
「……陽彩君。敬語は止めていただけませんか?私、あなたに敬語で話しかけられると悲しくなります。昔みたいに話したいです」
「えーと」
チラリと視線を向けると母さんは無言でうなずいた。
「……流石にいつもは無理だからね。特に他人の前では」
「はい!私も弁えています!」
ところで彼女は終始敬語なのだが、つっこんでいいのかな?いけないよなー。
「では行きましょう……いえ行こうか」
そう言ってみたものの殆ど歩くことはなく、美琴ちゃんの迎えの車で家に帰った。
時間が短縮できて良かったような、余計な時間を使ったような。
家にはまだ双子の妹たちは帰ってきていなかった。恐らく武術の道場だろう。彼女たちはどれほどの高みを目指しているのか兄さん心配です。
妹たちに思いをはせながら家に入ると、リビングで父さんが洗濯物をたたんでいた。
「おかえり、陽彩。それにお母さんも。美琴ちゃんもいらっしゃい、ゆっくりしていってね」
「お邪魔します。お父様」
事前に連絡していたから父さんも美琴ちゃんに驚いていない。いや、この子王太子なんだけど、どうしてそんなに冷静なの?
「私は危険が無いか辺りを見回ろうかしら」
「僕も丁度畳み終ったし気分転換に散歩でもしようかな」
そう言葉を掛け合う両親が意味深にアイコンタクトをしていた。何だ、この違和感。
リビングに入ってから美琴ちゃんは懐かしそうに部屋を見回す。
あ、そこの隅に良く座り込んで虚空を見詰めていたよね。何が見えていたのか未だに気になっているけど僕に聞く勇気はない。
「じゃあ美琴ちゃんはテレビでも……見て待ってる?」
言ってみて首を傾げた。王家の人間ってテレビ見るのか?
「あ、大丈夫です。でも、あの、お邪魔じゃなければ料理しているところを見ていてもいいですか?手伝えたらいいんですけど私不器用だから……」
「うん?まあ……それくらいならいくらでも」
何が面白いのか分からないけど、確かに王家の人間ともなれば料理が出来上がる過程も珍しいのかも。でも昔も見ていたはずだけど。
取り敢えず美琴ちゃんのことは気にせず料理を始める。
僕のカレーは根菜類を一切使わない。玉ねぎとキノコが中心のポークカレーだ。
キノコと玉ねぎを適当な大きさに切って準備する。
それからバターを引いた鍋に玉ねぎを半分だけ投入し飴色になるまで炒めた。
スパイスは事前に作ってあるので小麦粉やその他調味料と一緒にフライパンで炒める。
難しいのはここまでで後は適当にカレーを煮込む工程をこなす。
煮込み始めれば付きっ切りにならなくてもいいので、その間に付け合わせのサラダやデザートを作ってしまう。
僕の場合スパイスで辛さの上限を作ってから蜂蜜や牛乳などで味に深みやコクをプラスしている。使う肉が豚肉なのも蜂蜜とよく合うからだ。
そうしてできたものを味見して程よく整ったところで手を止めた。
「ふー、てうわっ!」
振り返ると奴がいた。
気配なかったんですけど。不吉な番号で呼ばれる凄腕の暗殺者ですか、あなたは。
「び、ビックリしたー、ずっと見てたの?」
「はい、とても……とても魅力的でした……」
ぼんやりと熱のこもった眼で見つめられドギマギする。吊り橋効果だろう。きっと驚かされてドキドキしているのだ。
あと言葉の使い方可笑しくない?料理していただけなんだけど。まあいい。
「えーと、今のうちにお皿を出しておこうかな……」
「それなら私でもできます!是非私にやらせてください!」
王家の人間を働かせるのもどうかと思ったが、やる気満々の彼女に何もさせない方が気まずい。
「分かった。一緒にやろうか」
「はいっ!」
嬉しそうに笑う彼女を見ながら、やっぱり可愛いよなあと改めて思う。
どうやっても付き合うなんてできないやんごとない相手だけど、人が人を思う気持ちに垣根など無いのだろう。
社会には往々にしてあったとしても。
お皿を出していると双子の妹たちも帰って来たのでそのまま夕食となった。
妹たちは美琴ちゃんが王太子だとすぐに気が付いたが、昔ここに暮らしていた美琴ちゃんだとは母さんに言われるまで気付いていなかった。
まあ、そうだろうね。今の彼女と昔の彼女では違い過ぎる。
食事を進めながら会話を交わす。
マナーがどうとか無粋なことを言う輩はうちの家族にはいない。
「へえー美琴姉、お兄ちゃんと同じ大和英蘭なんだ」
「はい、残念ながら2年生なんですけど」
「え、そうなの!」
僕もびっくりである。同じ制服を着ているから年下でないことは分かっていたが年上だった。
今の彼女に対してなら確かに納得できるが、昔の美琴ちゃんは年下にしか思えない。いや実際年下扱いしていた。
「ますます昔の美琴さんと一致しないですね……」
あ、帆夏それを口に出しちゃうんだ。
「ふふ、私も王太子ですから。暗いままではいられません」
「あ、そういう意味では」
「分かっていますよ」
美琴ちゃんも特に怒っているわけではなく朗らかに笑う。
あ、カレーのお皿が空だ。
「美琴ちゃんお代わりする?デザートもあるから余裕があればだけど」
「はい。こんなにおいしいものなら何杯でも食べられそうです」
本当に幸せそうに見つめてくる美琴ちゃんに僕は照れてしまう。口には合わないのではと思っていたのだけど気に入ってくれたようだ。
「美味しいですよね、お兄ちゃんのカレー!」
「はい、とてもポカポカとします」
晴美と美琴ちゃんがそう褒めるのを聞きながら帆夏はうんうんと頷いている。
両親は微笑ましそうにそれを見ていた。
いつもと違うにぎやかな雰囲気に僕の気持ちも自然と和んだ。
夕食の後思い出話を少ししてから美琴ちゃんは帰っていった。気付けば結構な時間が過ぎていた。
母さんも美琴ちゃんの護衛として随伴する。本当に仕事していてのだなと今更ながら思ってしまった。
名残惜しそうに「また学校で会えますよね?」と聞く美琴ちゃんにノーとは言えず再会を約束する。
ドンドンと何か見えない糸に絡まれているような錯覚に襲われた。気のせいだと思いたい。
「ねえ父さん、どうして美琴ちゃんは僕の家に昔滞在していたの?」
玄関に戻ってから父さんに声を掛ける。
「そうだねえ……確かにいい機会かもしれない。陽彩はこの国の王家の昔話を知っているかい?」
「うん、それなりに。でもどの話のこと言っているの?」
何となく長い話になりそうだったので台所に行ってお茶を入れる。妹たちはもう部屋に行っている。
ソファーに腰かけていた父さんの前にお茶を置いた。
「ありがとう。昔の日本王国の王家は血の繋がりを重んじて近親結婚ばかりしていたのは知っているかい?」
「うん。大分昔の話しだったはずだけど」
「医療が発達した現代では遺伝疾患の要因にもなるし忌避すべきことだと分かっているけど、当時は流石にね」
僕も父さんの隣に腰かけお茶で喉を湿らせる。
今から百年以上も前の話だが、日本の王家は短命で30か40ほどの歳で亡くなっていた。
その原因は近親婚によって遺伝子の機能が弱くなったためだろうと言われている。
「遺伝疾患の要因が特定されたここ百年は、昔と違い貴族や王家に連なるものとは結婚せずに同じ国の中で優秀な男子や女子と結婚して外部の血を取り入れるようにしていたんだ」
「へー確かに今の日本の王家の伴侶って貴族がいないよね。外国の王家の正室は絶対貴族以上の階級じゃないとなれないのに」
「そうだね。だから王家の人間は幼少時代に一時的に一般家庭に預けられ庶民の生活というのを学ぶんだ。一般人の感覚を取り入れて婿を迎えたときに余計な壁を作らないように」
「それでうちが選ばれたのは……母さんが近衛だから?」
「うん。勿論他にも家族の品位やその他もろもろクリアしないといけない面はあったけど、僕らは見事それに合格したというわけだ」
「ふーん。確かに小学生の僕や妹には言っても分かることじゃないね」
「ごめんね、黙っていて」
「父さんが謝ることじゃないよ、あー謎が解けてスッキリした―。僕お風呂沸かしてくる」
「ああ、お願いするよ」
結局美琴ちゃんも懐かしくてこの家を訪ねただけだったのだろう。
彼女が一体誰と結婚するのか興味はある。
日本王国は王家であろうと伴侶を一人しか選べない。
きっといい人を選ぶことだろう。
彼女が知らない誰かと寄り添う未来を想像し、何となく残念な気持ちになってしまうのは仕方がない。
こんな感情を抱くのも僕が普通とは違う感覚を持っているせいなのかどうなのか。
それは僕には分からなかった。
まあ、考えてもしょうがないことは考えないでおこう。
僕は僕の目指す道を歩み、これからも奮闘していくしかないのだから。
僕の奮闘記 〜アンタッチャブルな乙女たち〜 了