時雨に見る夢
なんと言うことのない話をたまに書きたくなる。
しおりを挟んで、本を閉じて。彼女はその時に始めて窓を叩く雨の音に気がついた。
薄く霧がかかっているらしく、窓の外は銀色に見えて、なかなかに幻想的だ。本を読んでいたせいもあるのだろう、ぼんやりとそんなことを考えてしまう。
雨はそこまで強いわけではなく、雲も薄い。わずかに太陽も見えるようで、にわか雨ーーあるいは狐の嫁入りと呼ばれるもののようだ。
しゃんしゃん、と鈴の音が聞こえた気がした。
窓から見える視界の向こう、その端から、神輿を担いだ集団が見える。その周りには傘もささずに楽しげに踊る人々。
少しずつ近づいてきて、そして気がつく。
「……キツネ」
集団は不思議なことに、一人残らず狐の面をかぶっていた。
さらに近づいて、神輿の中が見える。
花嫁衣装の綺麗な女性が座っており、上品に前を向いていた。
なんともなしに、眉に唾をつける。
「おお……」
面をつけて踊っていた人たちも、花嫁衣装の綺麗な女性も、皆が皆、本物の狐になってしまっていた。
御輿を担ぐ狐、二足で踊る狐、花嫁衣装の狐。
彼らの姿を追って、視界の端にあるものを捉えてしまって、そちらに気を取られる。
ほんの一瞬のことだったが、その一瞬で、奇妙な嫁入りはどこか霧の中にでも消えてしまったように跡形もなくなっていた。
狐につままれた気分になりながら、視界の端に入ったものーー雨に濡れている洗濯物を取り込むために急いで庭先へと出る。
人のいなくなった部屋、机におかれた本のタイトルは『時雨の花嫁』だった。
『時雨の花嫁』なんて本は見たことも聞いたこともありません。念のため。