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野望猫

作者: 常陸橫

 赤い日も落ち、月に照らされ始めた山里のある民家。その縁側から外を眺める少女がいた。

「ミケ、おそいなあ。もうすぐまっくらになっちゃうのに」

「ねこはきまぐれだからねえ。ご飯つくるから、そろそろ部屋に入りなさい」

 家の奥から聞こえる母の声にも、少女は縁側から離れようとしなかった。



『我々には、奴らに対抗できるだけの数がいる!』

 里のある空き地、ここに大量の猫が集まっていた。首輪をつけた飼い猫から泥まみれな野良猫まで、あらゆる生活を送る猫たちがいる。これは猫たちの集会である。

『我々から奪った人間から、今一度、自由を奪い返すのだ!』

 飼い猫が興奮しながら首輪を指して言う。何匹の猫もこれに同調し、鳴き声を上げる。

 しかしながら、全ての猫がそうである訳ではなかった。ある野良猫が嘲笑うかのように言った。

『そう意気込むのはいいが、長年飼われているお前らは、自然の中で生きていけるのか、甚だ疑問なんだが』

 それに対し、また別の野良猫が、

『私は人間に捨てられた身だけども、他の野良猫から生きる術を学んだの。大丈夫に決まっているよ』

と擁護するものの、野良猫の中には難色を示すものも多い。

『こんな数の新入りに教えるなんて嫌よ。こっちの身にもなってみなさい』

の言葉に、飼い猫たちの勢いはすっかり削がれてしまった。それを見た他の野良猫たちは笑い出し、

『そうだそうだ』『長靴でも履いてろ』

と、飼い猫たちを馬鹿にし始めた。飼い猫たちも流石に頭にきて、飛びかかろうとしたが、一匹の三毛猫が間に入り制止した。

『落ち着きな! ここで暴れるつもりか!』

『……すまない、ミケ』

 その猫はこの集会の呼びかけ人でこのあたりを縄張りとする、ミケだった。

『私の目的は、ここに猫の理想郷をつくることなんだ』

 ミケはここ最近の人間社会における猫の生活に疑問を抱いていた。今では人間がこの地球を牛耳るようになり、生態系の保護と謳って野生動物の住む地域を限定したり処分したり、執拗に自然に干渉してくるようになった。無論、猫に対しても例外ではない。

『これだけの数だ。今夜、この村から人間を追い出し、我々の理想の世界を作ろうではないか!』

 ミケの言葉に全ての猫が共鳴した。

 ちょうどその時、近くを人間が通りかかった。この団結力を試すときが来た。

『よし、まずはあの人間を追っ払え!』

 ミケが指示を出すと、他の猫全てがその人間へと向かう。人間はその猫の数に驚き、間抜けな声を上げて走り去っていった。それを見て、ミケは満足そうに高笑いする。

『ニャッハハハ! これならいけるぞ!』

 理想の実現を確信したその時。

「ミケ、みーっけ! やっぱりここにいたんだね」

 ミケは少女に抱えられる。帰りが遅いのを心配した少女が、ミケを探してここに来たのだ。いつもの所にいるだろうという彼女の予想はあたり、すぐに見つけることができた。

『は、離せ! これでは私の威厳が!』

 そう叫んでいるのだが、彼女には「ニャーニャー」としか聞こえない。

「おなかすいたの? もうすぐごはんだから、はやくおうちにかえろうね」

 ねこを抱えた少女はニコニコしながら家に向かった。

『おい、ミケのやつ、人間のもとに帰ってったぞ』

『なんだかんだ言っても、やっぱり今まで通りの方がいいのかしら』

 まさかの首将離脱に動揺する猫たち。そして、一体感のなくなった猫の軍から一匹が離脱する。

『やっぱり山で一人で生活する』

 それに続き、別の猫たちも離れていく。

『そろそろ家に戻らないと、ご飯が貰えなくなるな』

『ネズミを探さないと』

 一匹、また一匹と数を減らし、それまで大量にいた猫の群れは跡形もなく消えてしまった。

 リーダー格のミケの威厳の失墜により、これから数年、このような集会が行われることはなかった。



 若い男が、やや酒のにおいのする男を連れて歩いてきた。

「どうしたって言うんだ。飲み会の途中に、こんな所に連れてきて」

「俺、すごいの見たんです! 百くらいはいましたよ。ほら、このへんに……あれ?」

 後輩はからの空き地に目を丸くする。

「……そうだな、百と言わず、千も万もあるだろな。砂利の数は」

「ええと、その……ねこ、だったんですよね……ここにいたのは」

「肴としてはまずまずだな。上司にかけあって、君に会計票を譲ってもらおう」

「…………恐縮です」

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