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格差はここにもあったらしい

 村に近づくにつれ、森の様相が変わってきた。足元の落ち葉が増え、偽ク○ックス越しに腐葉土を踏みしめる感触が伝わってくる。時々転がっている栗やドングリの殻が目につく。


 それ以外にも、少し視線を上に向ければリンゴ、ミカン、梨のような見慣れた果樹や、マンゴーと思われるラグビーボール状の青い実などがぶら下がっている。


 季節も地方もごちゃ混ぜだ。


 歩きながらナルカがしなった枝からほどよく熟れたリンゴを2つむしり取り、1つをこちらに投げてよこす。掌に余るそれの表面を白衣の裾で軽く拭い、光沢のある真紅の肌に齧り付いた。途端に口の中に果汁が迸り、甘い香りが鼻腔を通り抜ける。久方ぶりの水分が身体を満たし、果糖が疲労を和らげていくのが分かった。


 やはりおかしい。


 野生のリンゴはもっと小さくて酸っぱいはず。紅玉ならまだしも、フジ並みに美味しいリンゴが自生しているはずがない。村の近くにこれら果樹を集中的に栽培しているのだろうが、甘くておいしい果物の品種は、農家が血の汗を流して作り上げた成果だ。勝手に植えていても突然変異で美味しくなる可能性は無いわけではないが、ここにある全ての果実が「美味しい品種」であるのなら、確率的にありえない。


 ……あれか。超古代文明が作った万能作物があって、それが滅んだあとも品種だけが伝えられているとか、そういう系なのか?んで極地作業用か愛玩用の人工生命体が、人間の代わりに文明を営んでいるとか。便利なストーリーアイテムだよな、古代文明って。


俺がこんなところにいるのも、古代文明かゴ〇ゴムか、乾〇って奴の仕業なんだ。


なんだって!それは本当かい!?


以上、脳内茶番劇場。変身やらデスゲームは、日曜朝だけで十分です。


食べ終わった芯はナルカがそうしているように、適当な場所に投げ捨てた。


 行儀が悪いのは承知だが、こうやって捨てた種が勝手に育って木になっていくのだろう。


 この光景、農協職員が見たら泣くな。いや、萌え絵をつけて売り出すか。


 と、ナルカの投げた芯を木陰から出てきたリスっぽい動物が拾って、そのままどこかへ走り去っていった。どうやら動物資源もあるらしい。


「こんなに食べものがあるのに、わざわざ崖の下まで狩りに出ていたのか?」


「村の近くは村の男たちの縄張りだから、入り込む余地が無い。下まで行く者は誰もいないから、私が狩りをしていて文句を言うものはいない。」


 ナルカの家には男性はいないのだろうか。古代の基準で考えれば、ナルカくらいの年齢でも一児の母、ということもありそうだが。

 ……そこのところは考えないようにしよう。村に着いてナルカの旦那や子供を紹介されると、軽く人間不信になれそうだ。本人もあまり触れたそうな話題では無いみたいだし、会話はそこで途切れた。



 やがて森が林に変わり、しばらくすると突然視界が開けた。

 

 そこはちょうど東京ドームくらいの広場になっていた。周囲をそれほど深くない溝が囲み、1mほどの丈の柵が等間隔に並んでいる。その中に家が20軒ほど立ち並んでいる。


 家と言っても石やレンガ造りではない、ましてや木造でもない。

 

 なんて見事な竪穴式住居!!


 復元住宅でしか見たことない伝説の存在がそこにあった。まあ今でも似たような住居を現代でも現役で使ってる部族もあるわけだから、ある意味ロングセラーモデルともいえないことはないか。材料はそこいらで集められるし、村人総出なら数日で新築できる。


 規模としては中ぐらい、人口は100人程度だろうか。


 周囲に採集用の植物を植え、家以外ではゴミ捨て場らしき穴と、墓地らしき土饅頭、見張り用の高台が目立つ。

 

 全に環濠集落、山川さんとこの挿絵で見たのとそっくりだ。

 

 縄文土器とかドングリパンとか、めっちゃ作ってそう。後でゴミ捨て場を覗いてみよう。土偶とかあったら少しうれしい。


 村の入り口であろう溝に渡した板の前で、20代前後の精強な悪魔男?と呼ぶべきか、ナルカと同じ青い肌と翼を持った男性が2人、槍を持って警備していた。


 ナルカと違うのは、頭の角が大きく曲がって伸び、羊の角のようになっている。春になったら生え変わるのかね、あれは。


「今戻った。それと、うちの客人を連れてきた。一緒に中に入れてほしい」

 2人は顔を見合わせてもじょもじょと話し合っていたが、結論が出なかったのか、結局一人が村長に報告に走ることになった。

 

 それほど広くない村のこと、数分で40前くらいの、偉そうな雰囲気を漂わせる筋骨隆々の男が、一番大きな竪穴式住居から姿を現し、さっきの門番を伴って近づいて来た。


 青い禿げ頭から太くて大きな角が禍々しく突き出ているのが特徴的だ。村長にしては若いから、自警団団長みたいな立場なのかもしれない。


「おいお前、どこの村の者だ」


 彼は俺の名前を聞くこともなく、いきなり不躾な質問をぶつけてきた。


 適当に誤魔化すべきなのかもしれないが、この世界の事情が分からない。不利にならないように、情報を小出しにして答えることにした。


「村じゃなくて、町から来ました」


「すると海を渡ってきたのか、大変だったな」


 勝手に解釈してくれたみたいだ。


「一人で来たのか?親や兄弟は?」


「ここにはいない。ここには俺一人だ。」


 仲間を連れて襲撃しにきたのではないことと、孤独で無力アピール作戦。


「スクナは一人だった。連れてくる途中、誰にも会わなかった。旅人だから、そう遠くない内に村から去る。私の家に泊まらせる。迷惑はかけないから、しばらくの間村に置いてくれないか?」


 ナルカの援護射撃。別に旅人だと話した覚えはないが、定住する場所を持たなければ自動的に職業旅人になってしまうのだろう。現代的にはそれを「無職、住所不定」と呼ぶ。


 しかし、助けてくれるのはありがたいが、たまたま出会って殺されかけただけにしては、家に泊めようとしてくれたり、親切が過ぎる気もする。下衆の勘繰りだろうか?


 屈強な中年男性は金色の瞳で俺とナルカを値踏みするように交互に眺めると、途端に相好を崩した。


「スクナと言ったか。ナルカが頼むのなら仕方がない、町とは違って不便なところだが、今日は祭りもある。次の行く先が決まるまでゆっくりしていってくれ。」


「ありがとうございます」


「なに、お前も黒髪の同胞だ。それに礼ならナルカに言うがいい。」


 中年男性に深々と頭を下げる。下げられた方はきょとんとしていたが、頭を下げることが感謝の表現だと理解すると、町の風習はよくわからん、みたいなことをぼやきながら自分の家に戻っていった。と、振り返り、


「ああ、それから客人。」


「あいっ?」


 ちょっと虚を突かれた。


「その白い外套、悪いが脱いでおいてくれるか?この村じゃ、白は祭りの主役しか使っちゃいけない特別な色なんだ。」


 村の習慣なら仕方がない。郷に入っては、ということで白衣を脱ぎ、くるくると丸めて小脇に抱える。それを見届けて安心したのか、中年男性は去って行った。


「じゃ、客人、ナルカも通っていいぞ」


 門番の青年が道を開けてくれる。


「あの人が村長ですか?」


「いいや、バウンさんは男衆の衆頭さ。バウンさんの親父さんが村長だから、次期村長でもあるけどな。見た目は怖いけど、気のいい人だよ」


 気張らずに青年が答えてくれた。とりあえずお偉いさんに面通しができたのは僥倖だ。


「これ、祭りのために獲ってきたんだ。使ってくれ」


 ナルカが門番の青年に始祖鳥を渡す。それに倣って自分も肩の始祖鳥を差し出した。


「また崖の下に行ったのか。あそこは危険だから止めろって、いつも言われているだろう」


「その代り珍しいものが獲れる。今日は特別な日だから」


 彼はやれやれ、とため息をついて二匹の始祖鳥を受け取った。



 門番の二人にさよならを言い、板の上を渡って集落の中に入る。


「良かったな、スクナ」


「ナルカのおかげだよ。でも家に泊めて、なんて言ってたけど本当にいいのか?家族に悪いんじゃないか?」


 あまり表情のない顔がひゅっと曇った。


「うちには姉様しかいない。それに姉様も今夜嫁ぐから、家には私だけになる」


 なるほど、やっと合点がいった。祭りというのはそういう意味か。ならばナルカの言い分が通ったのも理解できる。祭りの主役の妹が頼んだのならば、無下に断ることもできまい。


 集落の中を進んでいくと、開いた竪穴式住居の入り口から、奥にかまどの火が揺らめ

いて見えた。火にかかっていたのは残念ながら縄文土器ではなさそうだ。赤っぽい低温素焼きの土器だから、土師器だろうか。近くに粘土の地層があるのかもしれない。煮ているのは夕食か、それとも祭りのごちそうか。……流石に米は無いだろうな。


 すれ違う人たちが、好奇の視線を向けてくるのが分かる。日本に旅行に来た外国人の気持ちが少し分かったような気がした。舐められてたまるか、と疲れた体に鞭打って背筋を伸ばす。自分の身長は174cm。村人たちは男性で平均165-170cmほどだから、背の高さで負けてはいない。


 ナルカの家はどこだろうと注目していたが、中々辿り着かない。そうして村の隅まで来てしまった。目の前には竪穴式住居というより、少し大きめのテントといったサイズの草葺きの家があった。これに比べると竪穴式のが文化的に見える。


「ここが私の家」


 ナルカは腰の鉈と足に巻いた鱗皮をしゅるっと解き、それを手に持ったまま屈んで地面の高さにある穴に這うように体を潜り込ませた。


 ……屋根があるだけ幸せか。


 汝等ここに入るもの一切の設備条件を棄てよ。具体的には風呂トイレとかオートロックとか。そんな戯言を脳内でこねくりながら、ナルカに続いて頭から家に飛び込んだ。

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