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ドキッ?! 男だらけの芋祭り!!

「お~い、スクナ。イドルドんところに飯届けた帰りに、こんな奴拾ったぞ」


 酒場の扉が無遠慮に開いたかと思うと、頭からローブを被った細身の男が、今は普段着の上からエプロンという給仕服に着替えたアイーダさんに首根っこ引っ掴まれた状態で現れた。


 思わずカウンターで茶巾を絞る手が止まる。


「こいつ、店の前で入ろうか迷ってたみたいだったけど、面倒くさいから連れてきた」


「やぁ、捕まってしまいました」


 どっかの米食アンドロイドみたいな力の抜ける声でローブの男……グレリーは俺に向かって左手を上げ、ばつが悪そうに挨拶した。


「お祭りが終わったからそろそろ湧いてくる時期とは思ってたけど、何でまたそんないかにも不審者ってな真似してんだ?」


「……いえその、今回のお祭りではスクナさん始め皆さんには色々ご迷惑をお掛けしたので、正直どんな顔をしたものかと。それに看板には、今日酒場は貸切って書いてましたし」


「だそうだけど、どうするスクナ?」


 呆れ顔のアイーダさんと顔を見合わせる。


 しばらくそうしているとあまりにもバカバカしくて、思わず二人同時に苦笑が漏れた。


「気にしてない。ってか、おかげでパン祭りは優勝できたし、デューやお姫様にも会えた。それに俺の方も、借りてたお前のナイフぶっ壊してるしな」


 お互い様だから気にすんな、と手をひらひらさせて軽く流す。が、グレリーの方はまだ、いえだからそれだけでは……とかなんとかゴニョゴニョと口を動かしている。


「ったく、男だったらもうちょっとシャキシャキしろってんだ!!」


 そんな煮え切らない彼の態度に痺れを切らしたアイーダさんが、グレリーの背中を平手で思い切り引っ叩いた。


 びた~ん、と景気のいい音が鳴り響き、一瞬酒場の喧噪が止んだ。


 そして俺は、広島は宮島名物の紅葉饅頭に思いを馳せる。


 そういえば昼間、幽霊船から降りたと同時に、俺もでっかいのを頬っぺたに一発喰らったっけ。


「ひぎゃぁっっっ!!」


「おうおう優男、でかい声も出るんじゃねぇか。スクナがいいっつってんだから、それで話は終わりなんだよ。分かったかい?」


「は、はぃぃ……ひんひん……」


 いかにも痛そうに自分の背中をさする。ローブに隠れていて見えないが、その下では多分涙目になっているのだろう。


「まぁもっかい言うけど、俺は気にしてない。だからお前も気にするな……それより今、俺の知ってる料理を作ってみてるところなんだけど、良かったら味見していかないか?」


「スクナさんの? それって、異世界の料理ってことですか!?」


 途端に色めき立つグレリー。


「もっとも、あり合せの材料で適当に作った奴だけど……」


「いえ、それでも充分です!! 是非、是非ともご相伴に預からせて下さい!!」


 さっき叩かれた背中の痛みも忘れたのか、首根っこを掴むアイーダさんの手を振りほどき、カサカサと音が聞こえそうな見事なG走法で俺のいるカウンターに駆け寄った。


 それを見たアイーダさんはやれやれ、といった顔でカウンター奥の厨房へと姿を消す。


 途中、俺の後ろを通った時に『ちびたちが不貞腐れてたぞ』と付け加えるのを忘れずに。


 その一言でナルカとリーシャが不満そうに小さな頬っぺたを膨らませる様子が目に浮かぶ。


 イドルドさんのお腹の傷も大分落ち着いて動けるようにもなってきたので、明日ぐらいは二人と一緒に遊んであげてもいいかもしれない。


「ところでスクナさん、さっきから何をされているんですか?」


「ん? これはデンプン、片栗粉を作ってる」


 カタクリコ……と、単語の意味が思い当らなかったのか、グレリーは首をかしげた。


「簡単に説明すると、この布の中には擦り下ろした芋が入っている。それを水の中で揉んで洗い、出てきた汁を集めている、と」


 実際に水を張った大きな木製のサラダボウルの中で、手に持った茶巾を洗って見せる。


 小学校の理科で、ジャガイモから取り出したでんぷんでヨウ素でんぷん反応を見る実験とやり方は同じ。


 茶巾から滲み出た白く濁った液体が、水の中でもやもやと煙のように漂った。


「それをどうするんです?」


「十分に汁を絞り出した後、濁った水をしばらく静かに置いておくと中の小さな粒が沈んでくるからそれを集める」


 さっきまで使っていたサラダボウルを脇に寄せ、


「で、しばらく置いていたものがこちらになります」


 その前に仕込んでいたボウルをカウンターの下から取り出す。


「ほほぅ」


 水鏡を覗き込んだグレリーが感嘆とも何とも言えない奇声を上げる。


 白く濁っていたはずの汁は、透明な上澄みと底に沈んだ白い粉の層に別れていた。


 ボウルをゆっくり傾け、排水口に上澄みを流すと、後には出来上がったばかりのデンプン……片栗粉があった。


 後はこれを乾燥させればお終いなのだが、今日は生乾きのまま料理に使う予定。


「おうぃ、スクナ君!! ワインと、さっきの芋料理のお代わりを頼むよ!!」


 と、カウンター近くのテーブルから野太い声が上がった。


 見るとM字ハゲの若い男が、木のワインカップを掴んだ手を振り回している。本日のお客様、王都警邏隊(けいらたい)ご一行のベルタさんだ。


「へぃへぃただ今~」


 壁側にある放射機構(エミッション)のコンロにかかっている大鍋の中身を陶器製の大皿に盛り、新しいワインの瓶と共に運ぶ。


「お待たせしました。俺、謹製『サツマイモのオレンジ煮』、追加攻撃でございます」


 白い皿の中には橙色の液体の海に浮かぶ、輪切りになった皮つきサツマイモの塊がごろごろ。オレンジジュースで茹でたため、黄金色のはずのサツマイモの断面は、見るも鮮やかな黄色に染まっている。


 うおぉぉ!!とテーブルから歓声が上がり、むくつけき男たちはもっしゃりもちゃり、うめぇありがてぇの咀嚼音&感嘆を上げながら、まるで飢えたゾンビのように芋にかぶりついた。


 作るの簡単だってことで先付として出したけど、何やら異様に受けてしまった逸品。


 つかあんたらそんなに繊維質食べてると、明日は腸にガスが溜まりまくって地獄だぞ。


「スクナさん、この方たちは?」


 少し困惑したようなグレリーの声。


「今日の昼、幽霊船探索でお世話になった警邏隊(けいらたい)の皆さん&野次馬に来て船に転落した、カールスラントだかカリフラワー村だかのお上り3人衆」


 テーブルを占領する5人のおっさんたちを紹介するも、皆芋に夢中でこちらを見ようともしない。


 ……あの後色々事情聴取されたりもしたが、結局俺たちは無罪放免。一部始終を見ていたケダルが報告書を作成するということで話はまとまった。


 俺とアイーダさんがケダルと村人Cを連れ、先に酒場に戻って彼らの手当てをしていると、日が暮れてすぐに警邏隊の班長とベルタさんが村人の残り二人を連れて尋ねてきた。


 手土産と称して今年の新ワインを二本ほど持って。


 そこでギャラリーも多いので、せっかくだから地球の料理を作ってみよう、ということになり、今日も閉店貸切になった酒場の一角のおっさん密度が上昇することになった。


 なお、肝心の幽霊船なのだが、既に港内にあり沈めることもできないため、夜明けと共に近くの古乾渠(ドック)に曳航していって、そこで調査と解体を待つことになっている。


 夜が明けたら、なんてホラームービーじゃお約束のフラグなのだが、こればっかしは仕方が無い。無理矢理沈めて港が使えなくなっても困るし。


 本当の敵は幽霊でなく大人の事情であった、と。 


「ははぁ、僕の知らない間にまた妙なことになってたんですねぇ。後でお話聞かせて頂けると嬉しいんですが……。ちなみにどうしてこちらの男性だけ、一人でテーブルに座ってらっしゃるのですか?」


 隣の二人掛けテーブルでしょぼん、とうなだれ、小分けにされた椀の中の黄色いサツマイモをフォークで突っつくケダルを指差し尋ねる。


 今は革製のライトアーマーを脱ぎ、アイーダさんの父で酒場の主人ナズロさんの寝間着を借りたケダルの、袖をまくった筋肉質の左腕には、俺が持って来た点滴の針(サーフロー)が刺さっていた。その脇で点滴台代わりに立てられた物干し竿のてっぺんには、点滴バッグがぶら下がっている。


 酒場戻った俺は、早速ケダルの悲鳴をBGMに足の咬傷(こうしょう)を滅菌水でごしごし徹底的に洗い、縫合せず開放創にしたまま清潔なガーゼを当てて処置を終了。


 そして一回目の抗生物質を点滴し、今やっているのは二回目だ。


 ……この世界の微生物に抗生物質が効いてくれるかわからないが、少なくともお酒やパンを造っているところから、酵母や細菌は存在するのだろう。


 動物の咬み傷となれば、倒すべきターゲットは口の中にいる常在菌のβ溶連菌や黄色ブドウ球菌。なので使っているのは、とりあえず広域ペニシリン製剤のバッグ点滴だ。これは濃い奴を一発どかーんとやるよりも、頻回投与の方が効果があると言われているタイプの抗生物質。


 どっかの変態剣士みたいに「野良犬相手に表道具は云々」と慢心かましていると、感染を起こして創部がパンパンに腫れ上がってしまう。さらにそれが皮下組織の感染である『蜂窩織炎(ほうかしきえん)』にまで移行してしまうと、場合によっては四肢の切断。


 最悪菌が血中にばら撒かれる菌血症を経て敗血症(ゼプシス)となり、死んでしまうこともありえるわけで。


 もっとも抗生物質以外にも破傷風血清を打ちたかったのだが、あれは冷蔵庫管理なのでもちろん手持ちは無い。ついでに細胞内感染タイプの細菌リケッチアや、さらには狂犬病ウイルスにかかっていたりしたらお手上げだ。そもそも敵が既知であるかどうかも分からない今、とりあえずやってみました、という程度。


心許ないこと甚だしい。


 ということで、


「あのぅスクナくぅん……食べ物は仕方ないにしたってお酒ぐらいは……」


「しゃらっ!! とりあえず明日までは健康第一!! ついでに今後も何かあったら、すぐに俺のところに来ること!! お前の怪我の扱いについては、ちゃんと班長からは許可貰ってんだからな!!」


「うぅ、班長……何で僕だけ……」


 恨めしそうな顔で、隣のテーブルで木製のワイングラスを呷る班長を眺めるケダル。


「無事が確認できるまでだ、ケダル。まぁ同情はするが。しかし、スクナ君からあのような話を聞かされてはな……タマ川に建つ謎の洋館、傘屋の秘密、馬粥……」


 うっ、と顔をしかめるチョビ髭の班長。どうやら俺が多少事態を誇張して分かり易く説明してあげたのを、今さらながらに思い出して気分が悪くなったらしい。


「なっ、一体何を聞いたんですか班長!? ねぇ班長ぉぉっ!?」


「くっ大丈夫だケダル。お前に何かあった場合には、スクナ君がちゃんと対応してくれるそうだ。王都の平和は私たちに任せて、お前はゆっくり休んでくれ」


「いやそれはありがたいんですけど……っていうか、一体僕に何が起きるって言うんですかぁっ!?」


 悲痛な叫びは、もう何度目になるか分からない男たちの乾杯の声にかき消された。


……色々言って班長を脅してはいるが、ぶっちゃけ俺にもケダルに何が起きるかは分からない。冗談抜きで今この瞬間にも、唾液から感染するゾンビウイルスを撒き散らしていても不思議ではないわけで。


 なので次善の策として、とりあえず今夜一晩の経過を観察できるよう、彼と気絶していた村人Cには酒場の二階にある宿泊施設に泊まってもらうことにしている。


「あはは、ではお一人だと寂しいでしょうから、こちらに座らせていただきますね」


 そう言ってグレリーは、半泣き状態のケダルの向かい側に腰を降ろした。


「ありがとう!! え~と……」


「グレリー、とお呼び下さい。一応スクナさんの友人みたいなものです。僕も今日はお酒は控えておきましょうかね」


 意外と付き合い良いんだなこいつ、と少し感心しながら、鍋から椀に取り分けたサツマイモとコップに入れたミント水をグレリーの前に運ぶ。


「しかしこれ、スクナさんが作ったんですか?」


 フォークを渡してやると、グレリーは早速オレンジ色に染まった大輪のサツマイモに突き刺し、まじまじと見つめた。


「作ったってレベルのもんじゃないけどな」


 分厚く輪切りにしたサツマイモを、搾りたてのオレンジジュースで煮ただけだし。


「……一体何を考えてたら、こんな面白い料理を思いつけるんでしょうね」


「いや俺じゃなくて、俺の婆ちゃんがよく作ってくれてたんだよ。子供の頃は甘いものに飢えてたからな。爺ちゃん婆ちゃんの家に遊びに行くたび、喜んで食べてた」

 まぁ(かさ)があるから、食べ過ぎてすぐ腹一杯になってたけど、と少し懐かしい気持ちで答える。


 酒場の野菜庫の中にサツマイモを発見して、手軽に作れるということで真っ先に思い出したのがこの料理だった。


 婆ちゃんが死んだのは俺が中学一年の頃だから、最後にこれを食べたのも、もう15年以上も前か。


 ふむふむ、と呟いてサツマイモに一口かぶりつくグレリー。


 しばらくもぐもぐと味わっている様子だったが、途中で何やらキュピーン!!と電流が走る演出が入りそうなくらい表情が固まると、残りの欠片を丸ごと口の中に放り込んで、猛烈な勢いで咀嚼し始めた。


「んっ……ほふっ……これは……」


 そして口の中の物を飲み込もうとするが、案の定のどにつっかえたらしく、苦しそうに胸を叩き始める。


 俺が慌ててコップを差し出すと、グレリーは中のミント水を一息に飲み干した。


「ぷはっ……ありがとうございます。まさか途中で飲み下せなくなるとは……でも素朴で単純ですが、甘酸っぱくて食べごたえがあって、僕は嫌いじゃないですよ」


「おお、王都にも芋の偉さが分かる奴がいただか!!」


 突然隣の大テーブルから伸びた毛むくじゃらの太い腕が、後ろからグレリーを抱きしめる。


 例のお上り三人衆の一人、無精髭で実年齢より老けて見える、確かアードとかいう男。彼はその髭ずらをグレリーのローブの上からじょりじょりと擦り付け、感涙にむせび泣いている。


「でもちくしょう!! 村に来た王都の連中は皆、おらたちの作った芋なんて、家畜と貧乏人の飯だって馬鹿にしやがる!!」


「んだんだ!! 地滑りんときもおらたちが出した芋粥、美味い美味いって食って下さったのは姫様だけで……他の近衛騎士たちは、みぃんな馬の餌にしちまっただ!!」


 同じ村仲間でひょろっと長身のバラム、そして船底に落ちていた村人Cこと無駄に下半身だけムキムキなサンソンが続く。


 作っている人からすれば腹立たしいかもしれないが、元々救貧作物だしな、サツマイモ。


 それに近衛騎士といえば貴族の子息で構成されるエリート人質部隊。


 毎日白いパンをたらふく食べてそうな彼らからすれば、芋を主食にする人間がいること自体信じられないのかもしれない。


「ん、んん?! お前……どこかで見たことがある服だと思ったら、前に姫様を馬鹿にしてた奴だんべか?!」


どうやらアードは自分の絡んでいる相手が、以前同じ場所で喧嘩を吹っ掛けた相手だと気付きたらしい。


「何ぃ、楽天王子派は許さん!!」


「野郎、二度とおっぱいの拝めない体にしてやる!!」


 どんな体やねん。


「まぁまぁまぁまぁ……君たち、何があったか知らないが、ここは王都警邏隊第47班副班長、このベルタの顔を立てて抑えてくれないかね」


 あわや一触即発となったところに、ほろ酔い状態のベルタさんが割り込んでくれた。


 ドヤ顔のM字ハゲ額で汗がきらりと光る。


 さすがに仕事明けとはいえ、警邏隊の前で暴力沙汰に及ぶ勇気は無かったらしく、村人3人は大人しくテーブルに戻り、やけくそペースで杯を空け始めた。


「ふぅ、助かりましたよ……」


 さすがに肝を冷やしたらしく、グレリーがローブの襟元を治す。


「にしても、お姫様の人気は凄いですね」


「そうだなぁ。特に彼らの棲むカッカレアの村は長雨による地滑りで村が半壊した時、真っ先に近衛騎士団を引き連れ救援に現れたのが姫様だったことから、ほとんど信仰に近いくらいだよ」


 ぼんやり呟くと、村人たちの動きに気を配りながらもチョビ髭の班長が答えてくれた。


 なるほど、苦しいときに助けてくれたのなら支持される理由としては十分だ。


「じゃあ逆に、楽天王子ってのは何で嫌われてるんです?」


 ちょっと爆弾気味の疑問を投げつけてみる。


 一瞬、空気が凍り付いたのが分かった。


 やがて村人Aことアードが苦々しく口を開く。


「……あいつのことは、正直思い出したくもねぇ!! あの楽天王子、姫様がおらたちと一緒に泥まみれになって働いてるところに、三日も経ってからのんびり荷馬車で現れやがった!! おらたちが必死こいて家族や友達の死体を探しているのを、あいつは高みの見物に来やがったんだ!!」


「そうだそうだ!! しかも見物し終わったら、おらたちほっぽってさっさと消えてしまうし!!」


「姫様のおっぱいに誓って、あいつだけは赦しちゃおけねぇ!!」


 ありゃ、これは滅茶苦茶恨まれてるな。


 流石に言い返せないのか、グレリーも俯いたまま押し黙っている。


 彼らの言うことが真実なら、王子が嫌われるのも当然。しかし、俺には少し腑に落ちない点があった。


「荷馬車で3日、か。ちなみに王子がいなくなったとき、彼の荷馬車はどうなっていました?」


「荷馬車? そういえばあいつ、自分の荷馬車放り出して雲隠れしてたな」


「おお、本当に馬鹿で間抜けな奴だべ」


「んだんだ。だから万年気楽な『楽天王子』なんて呼ばれるんだべさ」


 げらははは、と男たちは気持ちよさそうに嗤う。


 ふむふむなるほど。だとすれば、確かにこの王子は本物のバカだ。


 ……特に『相手が自分と同じように頭が回る』と考えているところが。


 しかしここで種明かしをしたところで、この村人三人組は納得しないだろうな。


 ケダルの両肩に手を置いて、体をもたれかけさせる。


「それはさておき……となると、問題はどこで情報が止まっているか、だな。お姫様だと面倒くさいけど、側近あたり、もしくは……」


 主語を外し、目の前で最後のイモをフォークで突き刺すグレリーを眺めながらわざとらしく思案を口に出す。


 その意図に気付く者はいない。当人を除いて。


「……本人は知らされていないでしょうね。なんだかんだで、あれは腹芸ができる子じゃありませんから」


「なら、なおさら全部お前が悪いんじゃん」


「面目ないです……」


 がっくし、と落ち込むすグレリー。その肩をぽんぽんと叩いてやり、カウンターに戻る。


 要するに3日かけて集めた補給物資を持って行ったところ、その功績だけ横取りされてしまったわけだ。


 さらに指揮官が二人になると現場が混乱するから、と早々に退散したのが仇となり、敵対勢力、この場合はお姫様派のカウンター広告に利用されてしまったと。


 分かる人にだけ分かればいい、というのも考え物だな。


「おいおいあんたら、何辛気臭い顔になってんだ!?


 と、そこにタイミング良くアイーダさんが奥の厨房から現れた。

 

 その腕には彼女の赤ちゃん、生後数か月のネムリスが、母よりも気難しそうな顔をしてくぅくぅと小さな寝息を立てている。


「それとスクナ、そろそろオーブンにかけたのが焼き上がる頃だぞ!!」


「あっとと、忘れてました!!」


 礼を言いぱっとカウンターの裏に戻る。


 石造りのオーブン、イドルドさんの工房にある薪を焚くのでなく、炎の放射機構(エミッション)を組み込んだ簡易型のもの。


 間をおかず駆け寄り、鍋つかみを着けてその鉄の扉を開く。


 とたんに中から熱気と、焼けてとろけるチーズの濃厚な香りにトマトの酸味が加わったものが押し寄せ、思わず口の中に唾が湧いた。


 熱せられた大皿を取り出すと、そこに乗っているのは俗に言う『パンピザ』。


 それは独身男、心のメニューの一つ。パンにチーズ、トマト、タマネギ、パセリ少々を乗せてオーブンで焼けばできる、超簡単レシピ。


 続いて一緒にオーブンの中に入れていた、ガーリックのオリーブオイル焼きが入った陶器の小椀。


 柔らかく煮えたニンニク自身の味の強さに加え、じゅわっと滲み出すガーリックオイルが最高!!


 明日の外来を心配する必要は無いから、今日は食べ放題だ。


 オーブンから取り出したものをテーブルに並べていく度に、皆のテンションが上がっていくのが分かる。


 いや、まだまだこれから!!


 先ほど作ったデンプンを、アイーダさんの用意してくれた鶏のササミっぽい肉に付け、油でさっとフライ。


 鳥のてんぷらならぬ、鳥のフリットの出来上がり。


 片栗粉を揚げたばかりの香りが鼻腔をくすぐる。


 鳥フリットの山を2つ作り、一つはそのままテーブルへ。もう一つはオレンジとは別に絞ったレモンジュースを火にかけ、砂糖を少々。煮立って来たところで火を止めて片栗粉を投入!!


 すぐさまジュースに粘り気が生まれ、レモンあんソースの出来上がり。


 それをまだ温かい鳥フリットの山にとろり、とかける。


 鳥天のレモンあんかけ完成了!!


 あとは居酒屋恒例の、茹でた青大豆に塩を振ったエダマメ、ゴボウや芋のスライスを上げた簡易チップス、まぐろっぽい赤身魚の炙りに塩を振ったもの。もちろんチーズやハム、ソーセージをそのまま出すのも忘れない。


 料理が全てテーブルに出揃うまで、異世界の人たちは一言も喋らずに俺の動きを眺めていた。


 はっきり言って日本とは全然関係ない料理ばかりなのだが、醤油無しで俺が作れるものとなれば、結局おつまみ系になってしまう。


 だがそれでも、ここにいる皆の度肝を抜くには十分だったらしい。


「それじゃ、改めて乾杯といきましょうか。班長!!」


 一通り料理の皿が出そろったところで、とりあえず目上ということで、やや目がとろりとしてきた警邏隊の班長を指名する。


 班長はふらつきながらもよっこらせ、と立ち上がり、皆の方を向いてグラスを手に取った。


「うむ。まぁ何だ、人には色々と言いたいことがあるものだが、先王がよく仰られていたように、皆仲良くやるのが一番だ!! そうすれば王都は平和だし、我々の仕事も楽になる!! ということで、乾杯!!」


 酔うと意外にお茶目なチョビ髭班長の個人的願望駄々漏れの挨拶に続いて、この日何度目かになる乾杯の声が貸し切った酒場に響き渡った。

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