真昼の幽霊船
「……しっかし鍛冶屋のレベル微妙だったな~」
手の中で買ったばかりの片刃の短剣を弄びながら、石畳の道を青物屋のテントが居並ぶ中央広場へと戻る。
武器屋の店員に紹介されたのは、彼の父である王都一の鍛冶師……という触れ込みだったけれども、刀鍛冶や現代の鉄鋼業を知っている自分からすれば、彼の技術は鍛冶師と言うより鋳物師と呼んだ方が正しい。
実際に鋳造―――溶かした鉄を型に流し入れて成型する技術で剣を作る彼の姿を見て、昔読んだ『プリデイン物語』を思い出してしまった。
剣を失った主人公が自分だけの新たな剣を作り出すシーン。金槌で鍛造を始めるかと思っていたら、手作りチョコの要領であっさり鋳造剣が完成したのを見て、子供心に拍子抜けしたっけ。
しかも試し切りの相手が剣の鋳物型だし。
節子、それ刃物やない、鈍器や!!
まあ日本刀みたいな芸術性と機能性を兼ね備えたチート武器が、一般家庭の物置にゴロゴロ転がっている国と比べても仕方がない。大陸では剣とは膂力の限りに叩き斬るものなのに、リアルでも創作でも『刃物はスパッと斬れるもの』と認識している日本人は、自然と刃物に対する鑑定の目も厳しくなる。
とはいえ鍛冶師のおっさんも流石はプロ。
俺の欲しがっているものが一般的な鋳造品と違うことに気が付いて、店の奥から昔造った試作品とかいう刃渡り20cm程度の小さな剣を持ち出してきた。
硬い鉄と柔らかい鉄、二種類の鋼板を張り合わせるようにして鍛錬した、という説明に、それって包丁の作り方じゃんと突っ込まなかったのは自分でも偉い。
俺の中で彼の称号が鋳物師から野鍛冶にジョブチェンジした瞬間だった。
とはいえ今後王都を離れたら、野宿や狩りも考えなければならない。どうせサバイバルナイフとして使い潰すつもりだったから、その試作品をすぐさま購入決定。
価格は小金貨で3枚。日本円に直すと一万円前後らしいけど、正直高いのか安いのかは今後の働き次第。まあコミケカタログより厚くて重い、筋トレや電球交換の踏み台としても大活躍なハリソン内科学に比べれば安いもんだ。
その後短剣が売れたことに気をよくしたおっさんと、まだ年若い彼の弟子が入れてくれた謎葉っぱのお茶を飲みながら一般的な金属加工技術についてしばし雑談。
金属武器を鍛造―――ハンマーで叩いての鍛錬でなく鋳造で行うのは、別にこの鍛冶工房に限ったことではないらしい。そして仕上げに火入れ―――剣の表面を再加熱することで金属を結晶化し硬くする原始的な手法―――をするわけだが、それでも蟲討伐で剣は基本的に消耗品。硬い蟲の外皮に叩きつければ、どんな剣でも枯れ柴のようにばっきばきと折れていったとか。
逆にこちらから日本刀の作り方と刀匠について少し説明してみたが、『そんな技術を持ってる奴がいるんなら、そいつは鍛冶師じゃなくて鍛冶神だな』と一笑に付されてしまった。
知らない人間からすればさもありなん。そもそも大業物級になれば、今の日本の最新技術でも再現できないオーパーツだし。
結局色々と話し合った結果、実現可能なレベルだろうと思われる元の世界の武器を、オーダーメイドで作ってもらうことする。新しい武器の構想ということで、蟲がいなくなった後の商品開発を考えていたおっさんも乗り気だったのが幸いした。
作ってもらうことになったのは、鉄菱と、寸鉄・峨嵋刺。どちらも外国人観光客が喜びそうなNINJAアイテムだ。
鉄で作ったテトラポット型の小さな撒き菱である鉄菱と、指を入れる輪っかが付いた短い鉄の棒、寸鉄。鋳鉄で作る暗器、というか忍具だが、作るのも簡単だし持ち歩いても邪魔にならないし、護身用としては妥当だろう。
個人的には十手も候補だったけれども、マッチョが繰り出すブロードソードの一撃を受け止められる自信が無かったので却下。それなら無敵手甲(笑)とかの方がまだ実用的だ。
「なに刃物握ってへらへらしてるんだい?不気味な子だねぇ」
いつの間にか先ほど野菜籠を預けた青物屋のテントの前に辿り着いていた。
店番をしているアメリカンサイズな体形の中年おばさんが、ちょっと引いた感じで声をかけてくる。
「買ったばかりで嬉しくて、つい眺めちゃってて」
「にしちゃあ誰にもぶつからずに器用に歩くもんだね。足に目玉でもついてるのかい」
そこは歩きスマホで鍛えてますから。地下鉄で落ちそうになったことはあるけど。
するとおばちゃんは野菜や果物を陳列している箱の上から、身を乗り出して俺の顔を覗き込み、
「あら、あんた確かアイーダちゃんと一緒にいた子よね?もしかしてそれ、あの娘に買ってもらったの?」
「……違います。ちゃんと自分で払いました」
正確には身元不明の男に貰った金で、だが変な噂を立てられてはたまらない。そこはきっぱりと否定しておく。
「ならいいけどねぇ。あたしゃてっきり、アイーダちゃんが悪い男にでも引っかかったのかと思ったわ」
よっし地雷回避成功。
「……改めてよく見ると、ここらじゃ珍しい顔ね。肌の色は私たちに近いのに耳は短いし、髪が黒いなんて黒羽の一族でもあるまいし」
「あははは……黒羽と長耳の混血、ということで」
自分と特徴が似ているリーシャと同じ、と誤魔化す。会う人全部に『別の世界から来ました!!』なんて言って回ってたら、いつか奇人変人の烙印を押されそうだ。俺なら外来で患者さんに『先生、私異世界から来たんです!!』とか言われたら、ちょっと席を外して精神科の当番医にヘルプを頼むし。
おばちゃんはああそうなの、と言いながらごそごそと果物箱を漁ると、余りものだけど、と少し形の歪んだリンゴを差し出す。
ありがたく受け取り、王都に来てから着た切り雀のチュニックの裾で表面をごしごしと磨いて齧り付く。しゃりっ、という歯ごたえと共に果汁が口の中に広がった。
熟れ過ぎて少し鬆が入っているが、とても甘い。相変わらずこの世界の果物は農協泣かせだ。
満足そうな顔のおばちゃんに、それにしても、と周囲を見渡しながら話しかける。
「広場、さっきに比べて人が少なすぎやしません?」
昼飯の時間だからだろうか?しかし市場をぐるっ取り囲む形でスープや揚げ物、パンなどを売る屋台が並んでいるが、そこにも人影はまばらだ。
「ああ、何だか知らないけど港に幽霊船が来たってんで、皆そっちに行っちゃったのよ」
「幽霊船?」
さっ、と脳裏に昨日、灯台の展望室で見た古いマストの柱が浮かぶ。
気のせいかと思い込もうとしていたが、あれが幽霊船のものだったとすれば、確かに目の前でひょーいぽん、と消えても不思議はない。
だが幽霊船、か。
王都に来る途中、人魚である鱗の一族イクナと一緒に遭遇したサンマが大好きな幽霊船と、何か関係はあるのだろうか?
「いやでも真昼間にってのは……」
「怖く無いわよねぇ。どうせただの難破船なんでしょうけど……」
なんにしても今日は商売あがったりだわ、とぼやくおばちゃん。
まあ今王都に集まっているのは近隣や地方から来たお祭り観光の人たちが多いから、野次馬がそっちに流れてしまうのも無理はない。
俺も荷物を運び終わったら見物に行こうか。
「そういえばアイーダちゃんもさっき来てたんだけれど、周りの人が幽霊船のこと噂し始めたら血相変えて港の方に走っていったっけ。あの子も見た目に寄らず、意外と物見高かったのねぇ」
「アイーダさんが……」
娘がご飯の時間だから、と先に帰った彼女がどうして?
「そうそう、難破船といえばあの子、確か旦那さんが海に出てからもう半年以上音沙汰が無いっていうじゃない。もしかして……」
「―――おばさん、荷物もうしばらくお願いします!!」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ、あなたまで!?」
食べかけのリンゴを掴んだまま、踵を返してその場を走り去る。後ろからちゃんと取りに戻って来るのよ~、と叫ぶおばちゃんの声がドップラー効果で追いかけてきた。
広場を横切り、海へと一直線に続く王都の中心の大通りへ。少し下り坂になったそこを、通行人やらのろのろ動く荷車やらを避けながら全速力で駆け下りる。
港が近づいて来ると、錨を降ろして停泊中のガレオン船っぽい軍船や商船の隙間からボロボロの帆が張られたままのマストが目に入った。そして周りに群がる黒い人だかり。長耳の一族は金髪や銀髪だから黒くはないけど。
やがて海のすぐそばまでたどり着いた。額に湧いた汗の珠を拭いながら人混みを掻き分け、ゆっくりと幽霊船とやらの船体を目指す。
ちょうど停泊している船と船の隙間に、佇むようにして着岸しているボロボロの船の姿を見つけた。
船の種類としては、中型の輸送船なのだろう。竜骨を持った木造の船体に、3本のマスト。よく見えないが、甲板の中ほどに小屋のような構造物が一つと、ガレオン船のように船尾にも居住区がある。船腹にいくつか丸い船窓が備え付けてあるが、船内は真っ暗だ。
ざっと全体を見渡す。
船尾の方に水が溜まっているのか、少し後ろ向きに傾斜してはいるものの、今すぐに沈む心配はなさそうだ。
その船は眩しい南国の光の中で、水面で反射した輝きを船体に映しながら、いかにも難破船といった姿とは裏腹に、のんびりぷかぷか浮かんでいる。
大きな破損は無いもののペンキが剥げた木造の船腹はフジツボに覆われ、所々木材の間に開いた穴が沢山の黒い目玉のようにこちらを見ていた。
これが黄昏時の薄暗がりでたった独りならともかく、真昼間に衆人環視の中だから全然怖く無い。
……自分も船で渡って来たから分かるが、風が穏やかで波も小さいこの世界の海だからこそ、何とか沈没することなくここまで帰ってくることができたのだろう。
しかし天候が穏やかとはいえ、難破船がそうそう都合よく堤防や停泊中の船を避けて、器用に入港できるものだろうか?
生存者がいれば操船も可能だが、船体を見た感じ、かなりの間風雨に晒されていた印象がある。中に生き物の気配は無い。
その姿はまさしく幽霊船。新橋のサラリーマン100人に尋ねても帰ってくる答えは同じだろう。これが夢のネズミ王国なら、甲板の上でパイレーツな深き者どもがヒャッハ―しててもおかしくない。
船首の方に回ると、かすかに残った黒ペンキの跡から船名が読み取れた。
『ディメティール』
……どっから引っ張ってきたか知らないけど、もう少し縁起のいい名前は無かったのだろうか。操舵輪に括り付けられた船長の死体とか、ヘルメェスな伯爵専用棺桶が無きゃいいけど。
さて、アイーダさんはどこに……。
「だから通せって言ってんだろ!!」
「ですから!!沈没の危険があるので一般人は立ち入り禁止って、何度も説明しているじゃないですか!!」
「うっさい!!あたしの旦那はな、この船で副船長やってたはずなんだ!!関係者なんだよ!!」
あ、いた。
船には警邏隊がかけた調査用のものだろうか、渡し板がかかっていて乗り込めるようになっている。
しかしその前で、昨日も見た警邏隊の制服の上に皮鎧を着た槍持ちの男たちが、侵入者を拒むように円陣を組んで立っていた。
身を乗り出して彼らに喰ってかかっているのがアイーダさん。しかし今の彼女の表情は普段の頼れるお姉さんではなく、何やら焦燥感に満ちていて余裕が無い。
今朝は『死んだ旦那は』なんて笑いながら言ってたけれど―――やっぱり人間そう簡単に割り切れるもんじゃない、か。
幸いにもアイーダさんの剣幕が激しいせいか、周りの群衆も遠巻きに眺めるだけで、彼女のように押し入ってまで幽霊船に近付こうとする者はいない。
無理矢理引っ張って帰るか?
でもそうすると彼女は納得できず、皆が寝静まった深夜にこっそりと一人で船に侵入。次の日惨殺死体になって海に浮いている状態で発見、なんて鬱イベントのフラグが立ちそうな気配がびんびんしている。
自分の考えに気分が悪くなり、頭を振った。
この幽霊船の正体が分かるまでは、正直なところ彼女にはあまり近寄って欲しくない。
一番いいのはざっと船の現状を見せ、生存者が期待できないことを直感的にでも理解してもらうことだろう。
正直気は進まないけれど……恨まれ役なら俺のような行きずりの人間の方がいい。それにアイーダさんも、乗員の生存が絶望的だということは船の悲惨な有り様を見て直感的に理解しているはず。
それはともかく何をするにしても、一旦船に上がらなければ話が始まらない。
もう一度辺りを見回しながら考える。
こっそり侵入は危険が大きすぎるし、見物人の視線も多すぎる。
お約束なら見張りを買収か。手持ちアイテムを確認。ナイフを買ったおかげで財布はすっからかんだから、使えそうなのはさっきもらった食べかけのリンゴくらい……なもん、もらってもポイ、だな。誰だってそーする、俺もそーする。
と、揉めてるアイーダさんたちのいる場所から少し離れたところで、警備兵が数人集まって何やら相談話しあっているのが目に入った。その中に一人、皮鎧でなく鉄の胸当てを着け、凝った装飾が施されたロングソードを腰に提げた、指揮官らしき中年男性の姿に視線が留まる。
こいつは使えるかも。
目立たないように人ごみに紛れて兵士たちのところへ接近。
「ちょり~っす!!」
手を上げてコンビニのチャラ男みたいに馴れ馴れしい声をかける。
いかがわしいものを見るような兵士たちの無言の視線が突き刺さってきたが、ここまでは予想通りの展開。
「いやぁ昨日は大変でしたね、皆さん!!」
「昨日……?」
意図が分からないのか、互いに顔を見合す兵士たち。
「またまた~秋祭りの後夜祭で皆が飲んだくれている間に、風詠みの塔が何者かに襲撃されたじゃないですか~」
途端に空気が変わった。彼らの表情が、『なんだこいつ』から『なんでそれを知っている』と訝しむものになる。
ちなみに中央広場であったヘルとガルムとの戦いの方は、近衛騎士たちが事態の収拾に当たったことからことから、ここにいる警備兵たちは関与していない。
突っ込むのなら昨夜の件だと考えヤマをかけてみたが、上手くいったらしい。
思った通り、昨日の夜俺とデューが灯台の火が消えていることに気付き、港にある気象庁と灯台を兼ねた『風詠みの塔』を探索したことはおおっぴらにされていない。もちろん塔の人間たちが誰かに襲われていたことも。
「あれ、ご存じないないのですか?王都の海の守りが簡単に破られたんですよ!!なのに誰も危機感を抱いていない……こんなに俺と兵隊さんで意識の差があるとは思わなかった……!!」
「おいお前、その話をどこで……」
「勇気を振り絞って通報したのに、それなのにこの国の連中ときたら……!!これじゃ、俺……王都を守りたくなくなっちまうよ……」
最後は少しばかり群衆の注意をひくように、大げさに両手で頭を抱えながら嘆息して見せる。狙い通り、周囲の何人かがこちらに視線を向けるのを背中で感じた。
「小僧、ちょっとこっちに来い!!」
と、鉄鎧を着た指揮官……近くで見るとちょび髭がチャームポイント……が、血相を変えて俺の腕を取り人の群れから引きずり出す。焦っているらしく、掴む力に遠慮が無くて少し痛い。
連れてこられたのはさっきの兵士たちの井戸端会議、そのど真ん中。皆顔が怖くて、居づらいことこのうえなし。
ま、望んだ状況だけど。
「ここどこですか、何で俺連れてこられたんですか?力づくで口を塞ごうっていうんですか?でも、根本的な解決にはなりませんよね?」
「ふざけやがって……それより小僧、さっきの話、どこで聞いた?!」
青筋を立てながら俺の胸ぐらを掴んで、指揮官のおっさんが詰問する。
どうやら煽り過ぎたらしい。
さすが暴徒鎮圧のプロフェッショナル語録。期待以上に効果的だ。
「聞くも何も、さっき言いましたよ。自分が通報したって」
「班長、今思い出したのですが……」
俺を取り囲む兵士の内、一番年若い男がおずおずと口を開く。
「自分が引き継ぎで読んだ報告書に、昨夜、風詠みの塔で起きた事件の通報者について記載がありました。確か若い男女で、女は姫様付メイドのデューフェさん。一方男の方は身元不明の黒髪、白肌に翡翠色の瞳をした奴だと……」
その言葉をきっかけに、じろじろと見定めるような視線が容赦なく俺の全身に注がれる。男にガン見されて楽しいわけがないけれども、我慢我慢。
しばらく鑑定タイムが続いた後、
「なるほど……黒羽の一族じゃない黒髪の人間なんて、ここらじゃ昨日のパン祭りで優勝したリーシャちゃんくらいですから。班長、報告書の男とは多分こいつのことでしょう」
さっきの兵士とは別の、年若いが額が野菜王子みたいなM字に後退した兵士が呟く。
分かってもらえたのはありがたいけど、リーシャに気安くちゃんをつけるなデコ助野郎。
「姫様付メイドの男か。まったく、王宮の連中の男趣味は分からんな」
やれやれ、とあきれた風に首を振る班長と呼ばれた指揮官おっさん。
うっさい余計なお世話だ。
「で、何でわざわざ挑発するようなことをしたんだ?事と次第によっては、騒乱と機密漏洩で牢屋行きだぞ」
「これぐらいやらないと、俺の言う事なんて聞いてもらえないと思ったからです」
もちろん昨夜の件について、警備兵たちの不手際を喧伝するつもりは無い。
「最初に確認しておきたいんですが、船内の調査は終わったんですか?」
「いや、船を製造した工房関係者の到着を待って捜索隊を組織する予定だ」
「ふむふむ……」
頷きながら、まだ渡し板の前で騒いでいるアイーダさんを指差す。
「あそこで兵士に詰め寄っている女の人、俺の友人なんですが……」
「そうか、なら丁度いい。一緒に行って、彼女に帰るよう説得してくれないか?しつこくて我々も手を焼いているところだ」
「でしょうね。この幽霊船は旦那さんの船だったらしく、普段からは考えられないくらい興奮してますし。このままでは集まった群衆にも熱が移りかねない」
そう、アイーダさんが一人でヒートアップしているから群衆は一歩引いているが、何かのきっかけで他の人たちも幽霊船に入ろうと動き始めたら、ここにいる警備兵では多勢に無勢。簡単に押し切られて収拾がつかなくなってしまう。
そうなると怪我人続出で大混乱になること間違いなし。彼らの提案ももっともだ。
「話が早くて助かる。では早速あちらに……」
「だが断る!!」
「なっ!?」
よっし、言ってやったぜこの台詞!!第四部完!!
「この大国健那が最も好きな事のひとつは、無難でつまらない提案に『NO』と断ってやる事だ!!」
「小僧、生意気をっ!!」
群衆より先に火が付いた警備兵たちが、腰の剣の柄に手を伸ばす。
あんたら煽り耐性無さすぎ。半年ROMってろ。
「船に生存者がいたらどうする!!今この瞬間も中で飢え乾き苦しんでいる人がいるとすれば、関係者の到着なんて悠長なことを言ってる暇は無いはずだ!!」
男たちの動きが止まった。
畳みかけるべくばっ、と腕を仰々(ぎょうぎょう)しく払い、幽霊船のフジツボだらけの船腹を指差す。
「俺は医者だ!!信じられないなら姫のメイドのデューに確認を取ってくれ!!中に怪我人がいれば俺が診る!!だから今すぐ俺を船に上がらせろ!!」
自分でも無茶なことを言っているとは思うが、正直これくらいしか中に入る手段が思いつかない。
どう見ても生存者がいないことは明白だが、ここがファンタジー世界だということを勘案すれば、完全に見当違いというわけではない。可能性がゼロでないのなら、アイーダさんのことはともかく調べに行く意味はある。
「……お前、本気か?」
驚きから真っ先に回復した班長が尋ねる。その声色はまだ半信半疑といった感じだ。
「こと人の生き死にに関して、俺が冗談言えるかよ」
真っ直ぐにおっさんの瞳を見つめ返す。
両者動かず、しばらくにらめっこ。いいかげん黒髪が太陽の熱を吸収してホットプレート状態になってきたところで、根負けしたおっさんがふぃ、と視線を逸らす。
「仕方がない、誰かこいつに付いて船に入れ。それでこいつの気が済むまで、一緒に中を捜索してこい」
「班長、いいんですか!?」
「構わん。この手の輩は、下手に拒否すると別の厄介ごとを引き起こす。なら目の届くところに置いておいた方が得策だ」
その通り、よくご存知で。
「……ちなみに駄目だと言ったら小僧、お前はどうするつもりだったんだ?」
「別に野次馬集団に火をつけるのは、誰がやってもいいんだよな~、ってことで。まあこれで公的な救助探索が始まったって言えますから、そうなればわざわざ押し入ってまで邪魔しようって気も失せるでしょうし」
口元に手を当ててメガホンのポーズ。
それを見た兵士たちからため息が漏れた。班長のおっさんは全員の顔をぐるり、と見渡して、さっき最初に口を開いた年若い兵士の肩を叩く。
「ケダル、昨日の事情に詳しそうだからお前が付いて行ってやれ」
「えっ、自分がですか?!」
まさか指名されるとは思っていなかったのだろう。ケダル、と呼ばれた青年は、動揺してずり落ちかけた頭の皮兜の位置を直す。兜の下でパーマがかった金色のくせ毛がぴょこ、っと跳ねた。
「入隊したばかりの自分にそんな大役が務まるわけが……」
「だからこそだ。良くも悪くも軍人臭さが無いお前の方が、下手にプライドを刺激され、この小僧に踊らされ操られることも無いだろう」
おい、俺は学園都市のみさきちかい。他人にエクレア食べさせるくらいなら自分で20個食べるわ。
ケダルは班長の言葉の意味がよく分かっていない様子だったが、とりあえず船内探索のための道具を隊員たちから受け取り、自分の背嚢に次々と詰め込んでいく。
まんまマグライトの形をした、電球の部分に光の放射機構が填め込まれた懐中電灯。手斧、縄梯子、体育教師が首に下げてそうな警笛、水筒、棍棒、油、着火用のライター型放射機構……。最後に太いロープに手が伸びたところで、それを制止した。
「悪いけどロープはこれからすぐに使う。俺とあんたと、あそこにいる女性を結ぶんだ。船内ではぐれないように」
「は!?あの人も連れて行くつもりなんですか?」
俺がアイーダさんを指差すと、作業を止めたケダルは困惑した顔と声で俺を見る。
ああ、おかしいのは十分承知しているし、俺の自己満足だということも理解している。
でも、連れて行ってあげたい。
変わり果ててしまってはいるが、この船はかつて彼女の、アイーダさんの大切な人がいた場所なんだから。
最悪の結果を突き付けられることになっても、せめてその最期の残り香には触れさせてあげたい。
「ああ、言い忘れて悪かったけど船内の案内は……乗務員家族の彼女に頼むつもりなんだ」
嗚咽交じりの声で見張りの兵士に縋り付き、頼むから入れてくれと懇願するアイーダさんの姿は、一児の母であるにも関わらず……自分の無力さに泣く少女のように見えた。