これを役得と呼んでいいものか
背中にちょっとしたゴミバケツくらいありそうな籠を担ぎ、大通りをうきうき歩くアイーダさんに続く。
王都は昨夜は後夜祭で盛り上がっていたせいか、そろそろ昼も近い今頃になってやっと軋みを上げて動き出したところみたいだ。
片づけも間に合っていないのか、落ちた花とか飾り布だとか走り回る子供たちとか、道端のそこかしこに宴の余韻が見て取れる。
まあちょっと脇道に入ると、石畳の上で寝る酔っぱらいやら、その口から止めどなく生み出される無限のもんじゃ製やら、見たくも無いものが転がってたりするのもご愛嬌。
熱帯ぽい気候だから放っておいてもいいか。ここが新潟なら警察呼ぶけど。
やがてなだらかな坂になった大通りを歩ききると、昨日俺たちが大立ち回りを演じたあの噴水のある中央広場に辿り着いた。
今日も広場からは城壁の向こうにある白亜の城が良く見える。
ふと横に目をやると、お姫様が移動に使っていた祇園の山鉾みたいな輿が広場の隅に捨て置かれていた。
精霊魔法のせいで木製の本体から枝や根っこが伸び放題になっているそれは、今や学園都市の一通さんが喜びそうな愉快なオブジェだ。
いっそこのまま観光名所にしてしまった方が、町おこしになるかもしれない。
広場の中に入る。
特に破壊された中央にある噴水一帯はナルカの『御神椎』を受け、石畳がめくれ池の彫刻も首が取れ、既に原型を留めないくらい破壊されている。
だが壊れた部分を避けるようにして小さなテントが立ち並び、主に野菜などを扱う小さな市が再開されていた。
俺たちの他にも親子連れとか使用人みたいな普段着の人々が、今日の食材を買い出しに集まってきているようだ。
「おっし、そんじゃまず青物からな」
「うぃっす、お手柔らかに願います」
自分の背中の籠を見る。これを野菜で一杯にされたらメメタァ!!っと潰れる自信があるぞ。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、腕まくりをして早速一番近くのキャベツやらキュウリやらが山積みになったテントに歩み寄るアイーダさん。そして手当たり次第にそこらの野菜を籠の中に放り込んでいく。
おいおい、と突っ込む間もなく瞬く間に籠の下半分が緑色の塊で埋まる。
「ほい、次行くぞ」
「え、もうですか?」
「良い野菜は早いもん勝ちだからな、ぱぱっと決めないと」
そう言って颯爽と次の店に向かう。
なるほど、商品の質が均一化されていないこの町では良いものから先に売れ、そして売れ残りの粗悪品が値段交渉の対象になる、と。
つか値引きに応じる時点で店側がふっかけてるか品質が保証できないかのどっちかなんだよな、本当は。コミュニケーションなんて微笑ましいものじゃなくって、店と客との腹の探り合い。裏寒いことこの上ない。中身が腐ってたり虫が湧いてたりしても値引きしたら文句言えなくなるし。
そうしている間にもアイーダさんは、今度はニンジンやらジャガイモやらカボチャを放り込んでくる。
重い物を後から入れるとか、また大雑把な。そして、
「よっし、買い物終了!!」
「早っ!!そして重っ!!」
いつの間にか俺の背中の籠は、色とりどりの緑黄色野菜がぎゅうぎゅうに詰み込まれていた。肩紐がぎっちりと食い込んでいる。
下手すると自分の体重くらいあるな。想像してたよりはましだけど、女の人には大変だろう。
「いや~荷物持ちがいると楽だな」
「ぬぐぐ……いつもこれぐらい買ってるんですか?」
「これでも少ないくらいさ。でも普段はまとめて店先まで届けてもらうから、お前が背負ってる分は今日明日使うやつな。それでだ……」
にしても多い。飲食店でバイトしたことないから分からないけど。
ぱんぱん、と手を払ったアイーダさんがこちらに向き直る。
「あたしの用事は一区切りついたから、次はスクナ、お前の方だ」
「俺の?」
うんうん、と頷く。
「しばらくイドルドのところに居候するつもりなんだろ?服とか日用品とか、早めに揃えておいた方がいいんじゃないか、ってな。どこか行きたいところは無いか?」
あ~確かに。
そろそろ一枚のパンツを酷使するのにも限界を感じてたところだったし、これはありがたい提案だ。
連続使用で10日間。百年履いても破れない~♪な鬼ヶ島製ならともかく、帰省した時に買った○まむら商品にしては頑張った方か。
そういえば俺の分だけじゃなく、ナルカの服も新調した方がいいだろう。
恐竜の皮を剥いで巻き付けただけの怪物狩人ファッションは、彼女の悪魔娘な外見と相まって街中では悪い意味で目立ちすぎる。
しかしそれはそれ、として、
「じゃあ武器屋行きたいです、武器屋!!」
「は?今の流れでどうしてそうなるんだ?」
呆れ顔のアイーダさん。
「そりゃもちろん、男の子ですから!!」
「いいけどさ。やっぱり変わってるな、お前」
ファンタジー世界の街に来たら、一度は行ってみたい場所ベスト3、武器屋。
ちなみにあとの二つはお城と冒険者ギルド。異論は認める。
そうと決まれば早速、と先ほど野菜を買った店のテントに背中の籠を預け、武器屋や鋳物屋、鍛冶工房が軒先を連ねるその名もずばり鍛冶屋通りに向かった。
で、目についた手近な武器屋に入ってみたものの……
「お~、初めて来たけど意外と凄いな」
抜き身で並べてある大量のブロードソードを手に取って眺めながら、アイーダさんが感嘆の声を漏らす。
行先として普通なら武器屋はネタ選択肢のハズだけど、彼女の反応は悪くない。
朱鷺めもの陰に隠れた実は良ゲーのみつめて内藤を思い出す。どっちも続編が迷走してたっけ。そして小並はさっさと幻水を完結させろ。
「う~現実はこんなもんか……」
対して俺は肩を落としてため息をついていた。
置いてある商品はブロードソードの他にバスターソード、レイピア、メイスといったファンタジー世界で一般的なものがほとんどだ。
安いものは低い位置にある棚にまとめて並べられ、少し装飾が凝った値の張るものは壁に掛けられている。
ざらっと一周して商品を眺めてみたが、やはりメインとなるのは大量生産のシンプルな鋳造剣。
破邪のつるぎやドラゴンキラー、毒蛾のナイフに大鋏みたいなロマン武器は影も形も無い。
一応安売りコーナーに喋る剣が無いかどうかも探してみたけれど、残念ながら見つからなかった。
もしあっても俺の手に紋章は無いし、そもそもこの世界の月は一つだけど。
「どうだい、気に入った商品はあったかい?蟲がいなくなったせいで買
い足が鈍っててね、今なら全部2割引きだよ」
カウンターに立つ若い男が声をかけてきた。
「一応聞いておきますけど……日本刀とか置いてないですよね」
「何ですそれ?武器の名前にしても聞いたことは無いなぁ」
両目に?マークを浮かべてきょとんとする男。
妙に砕けた喋り方が気になるけど、さもありなん。
日本で武器といえば日本刀なのだけれども、実際のところあれは1500年以上かけて日本人向けに進化し続けた超絶ニッチな民族武器だ。需要の無いファンタジー世界に自然発生するわけがない。
とはいえクリスタル的な謎パワーでサムライやニンジャのジョブがあるかもしれないと期待したのだけど、やっぱり無理だったか。
メイド兼密偵のデューも忍者装束じゃなかったし。いや、スク水にマントが戦闘服ってのも、あれはあれでどうかと思うけど。
そもそも俺が何故武器屋を選んだのかというと、自分が使う護身用の武器が欲しかったからだ。
島で戦った時はナルカの鉈を借りてたし、昨日の冥府の女王との戦いではグレリーから借りた呪術ナイフ、デューから借りた直刀で戦った。
俺と同じ翠の瞳を持った分裂男や、デューを襲った道術使いがいつ何時現れるかもしれない状況で、俺だけ丸腰というのはあまりにも間抜けだ。俺が武器を借りたら、その分借りた相手を危険に晒すことになる。
日本刀があれば剣道の要領で幾分ましかと思ったけれども、無いなら仕方がない。
大体だ、これまでみたいに容赦の必要ない怪物相手ばかりならともかく、人間相手に俺が刃物を振るえるかどうか、という問題もある。この王都の治安だって、安全かどうかも分からない。
ということで、最低限自分の身を守れる程度の武器、それも制圧力に優れた装備が必要だ。
「この店って、ここには置いて無い自分だけの武器って注文できますか?」
「できますよ。最近じゃ鞘と柄が一体化して彫刻になる、ってのが貴族の間で流行ってるかな。後は家伝の宝石を組み込んだりとか……」
「そ~ういう無意味なアレンジでなくって、ゼロから作るとなると?」
若い店員は、こいつ本当に金払えるのか?みたいな目で俺を見つめてくる。
「金型から設計するってことなら、大きさにもよるけど、かなり値が張りますよ」
「基本小物なんで大丈夫です。ただ形がイメージしにくいんで、職人さんに直接話ができればな、と」
冷やかし疑惑は少し解けたらしく、店員の表情が柔らかくなる。
「金に糸目を付けないなら、うちの親父を紹介しますよ。ここいらでも名の知れた武器鍛冶職人で、この店の隣で工房をやってんすけど、蟲がいなくなったおかげで閑古鳥が鳴いてまして」
いてもいなくても迷惑だよな、蟲って、とやれやれポーズ。態度が軟化したのはいいけど、今度は打ち解けすぎだろ。
そのうちチョリーッスとか言い出しそうだ、この人。
「じゃ、早速隣を見せてもらってもいいですか?」
「お、もう行くのか」
レイピアで遊んでいたアイーダさんが剣を棚に戻す。えらい勢いでびよんびよんと振り回してたけど、刀身が曲がってないか心配だ。
と、そこで店員が難色を示した。
「あ、親父は女性を鍛冶場に入れるのを嫌ってるんで、お連れさんは遠慮していただけませんか?さーせん」
顔を見合わせる。
「どうします?場所は分かったんで、一旦荷物を運んで俺だけ後から出直してもいいですけど」
「それじゃあ二度手間だろ。いいから行ってきなって。用事がすんだら帰り際に、さっきの店に寄って預けた籠を持ってきてくれれば大丈夫だから。それに……」
自分の胸元を指差すアイーダさん。
「そろそろネムリスに吸わせる時間だから、あたしは先に帰っとくさ」
よく見ると木綿のシャツ一枚の彼女の両胸、ちょうど乳首の部分が僅かに湿ってきている。そういうことか。にしても、
「分かりました。でも……えとですね、このさいハッキリ言いますけど、そういうのを見せつけるのはなるべく勘弁して欲しいといいますか……」
「何がだい?」
あんたのそのおっπだよ、おっπ!!一児の母が無防備すぎるんだよ!!
ブラジャーも母乳パッドも無いからこの世界の女性は大変だろうけど、彼女の場合はちょっとあからさま過ぎるように思う。
元々の性格もあけっぴろげなんだろうけれども、俺や幼馴染のイドルドさん以外にも同じような態度だとすると、彼女の家が酒場ということもあり下衆な欲望に巻き込まれないとも限らない。
もう少し自分の身を大事にして欲しい。
「もしかしてスクナも吸いたくなったかい?」
両手で自分の胸を俺に向かって持ち上げ強調する。彼女の服の丸い染みがさっきより大きくなった。
だからそれをやめいっつ~の!!
「……ははは、また別の機会にお願いしますです、はい」
乾いた笑いで誤魔化してしまった。我ながら情けない。
アイーダさんは俺をからかって満足したのか、ひらひらと手を振って元来た道を戻っていった。
「お客さんの奥さんっすか?色々凄い人っすね」
いつの間にか俺の後ろに立っていた店員が声をかけてくる。
「違うから困ってんの。ほら、近所に無差別に色気を振りまくお姉さんがいても、ちょっと微妙だろ」
「いえ、オレは大歓迎です。お客さん、贅沢な悩みっすね」
どうやらこの若い男の共感は得られなさそうだ。
しっかり高いもん注文してくださいよ~、という彼の言葉に送られて武器屋を出た俺は、その隣に建つ鍛冶屋の扉を叩いた。