信じて添い寝した異世界幼女が俺の体臭にドハマリして全裸で直接服の中に入り込んでくるなんて
――――消え去るのは、いや――――忘れ去られるのは、寂しい――――
白い光の中で彼女は、そう囁いたような気がした。
「で、何か申し開きはあるかい?」
「イイエ、何モゴザイマセン。全テ私ノ不徳ト致ストコロデ……」
王都の大通りから一本脇に入った道に面したドルドッドレイドパン工房、その3階にある元リーシャの母親の寝室、現物置の屋根裏部屋。質素な作りの部屋に反して豪華なクイーンサイズのベッドの上で、俺は蒼い顔で正座しながら答えた。
目の前には今日も様子を見に来てくれたアイーダさんが、やれやれ、という顔をして立っている。
俺の横では薄手の掛布団に包まって、ナルカとリーシャが抱き合い一塊になって眠っていた。
「……うぅん……」
リーシャが寝返りを打ち、布団の端が少しめくれた。その拍子に彼女の小さな背中が露わになる。
殻を剥いたばかりのゆで卵のようなつるっとした白い肌。黒羽の一族なら翼があるはずの両の肩甲骨あたりは一部皮膚の色の違っているだけで、そこは傷痕にも見えた。まだ体に女性らしい曲線は生まれておらず、ピンと伸びた背骨から腰骨のラインに平行になって、脇から腰、太ももまでがほぼ一直線に並んでいる。黒髪だからといってアジア人ではないからか、さすがに蒙古斑は無いみたいだ。いやでも9歳なら自然に消えている年齢……
「くぉら、いつまで見てるんだ変態!!」
言われて気付き、慌ててリーシャの裸の背中に布団をかけ直す。
そう、裸。
昨夜デューと街を飲み歩いて、港で灯台の火が消えていることに気付いて復旧させた後、面倒くさいことは駆け付けた警備兵に任せて帰ってきたところまでは記憶がある。
工房の前でデューと別れ、寝ようと思って階段を上がった。2階では傷がまだ癒えないイドルドさんが、肥満の人にありがちな大音響のいびきを放っていたため、煩さに耐えられず素通り。
また3階の床でごろ寝しようかと思っていたところで、ナルカとリーシャが眠る姿が目に入った。
子供二人には大きすぎるベッドは、すこし詰めればかなり余裕がある。
おろしたての白いシーツ、体重を受けて沈む柔らかそうなマット。対して自分が夕方寝ていた石床の硬さを思い出す。その布団の誘惑に、酔いの回った俺の理性が耐えられるはずも無く……
「お前さぁ、スクナ……リーシャに手を出すんなら、せめてあと五年は待てよ。この国じゃ子供は皆で守るもの、ってことになってるんだ。幼児性愛なんかで捕まったら、お前のそれ、切り落とされっぞ」
冷たい目で俺の股間を見下ろすアイーダさん。朝にも関わらずひゅん、とそこが縮んで痛くなった。
っていうかそもそも俺はノーマルだし、そんな趣味は無い……無いハズだ。
紳士の嗜みとして、たかみちの画集は持ってたけど。
「……俺も無防備だったのは悪かったよ。でもさっき説明した通り、くっついてきたのはリーシャの方で……」
ベッドの脇にくしゃくしゃになって脱ぎ捨てられた、リーシャの着古したネグリジェと少し色あせた白い綿パンツを見ながら弁解する。
そう、俺が爆睡している間に何故かすっぽんぽんになったリーシャが、俺に抱き着いていたのだ。
いや、ただ抱き着くだけならまだ良かった。
アイーダさんに起こされたとき、俺の襟口からはリーシャの頭が生えていた。
我ながら何を言ってるのか分からんが、俺も何をされたのか最初分からなかった。
自分の胸から腹にかけてリーシャの熱い体温と瑞々しく張りのある肌、そして見た目の割に軽い体重を直接感じて、何となく寝苦しかった理由はこれか、と腑に落ちたことは覚えている。
少し時間を置いて、頭に血が巡り始めてやっと状況を理解する。あろうことか素っ裸のリーシャは、俺の服の中に潜り込んで抱き着いていたわけで。
驚いて大声を出さなかった自分を褒めてあげたい。つーか、ある意味日本じゃなくてよかった。
『あいつですか……いつかやると思っていたんですよね。救急外来でも女子小学生ばっかり受け持ちたがって、毎日撫で回すようにして胸の音聞いてましたし。時々聴診器の先でまだ未熟なピンク色の蕾を……』
取材を受ける同僚Sの姿が頭に浮かぶ。
誤解だっ、てかそれはお前だろこの偽装炉め!!何度も俺の名前で狸s0ftの新作予約しやがって!!
「リーシャ、あんたもいいかげん起きな。あんまり寝てると寝坊の癖がつくぞ!!」
名前を呼ばれたリーシャが布団の中でもぞもぞ動き、眠い目を擦りながらゆっくりと四つん這いになって起き上がる。凹凸の無い彼女の身体は、頸元から平らな胸、そして無毛の股間までが遮るものなく一望にできた。
「ふあぁ……アイーダ姉ちゃんがいる……おはよ~。あれ、お兄ちゃんは……」
寝ぼけた顔で辺りを見回す。やがて俺の姿を認めたリーシャは自分の身体を隠そうともせず、そのまま四足でのそのそと近づいてきて正座している俺の膝にぽふっと飛び込んだ。
腰に手を回して抱き着き、俺の下腹部にすりすりと顔を擦り付ける動作は、猫のマーキング行動にも似ている。
それを見たアイーダさんは、頭に手を当ててはぁ、とため息をついた。
「あのなぁリーシャ、兄貴分ができて嬉しいのは分かるけど、あんたのそれはちょっと度が過ぎてやしないか」
「ふぇ?」
「どこの世界に裸で兄に抱き着く妹がいるんだ?周りの目も気にしないで、べたべたくっつき過ぎなんだよ、あんたは」
薄い本の世界には結構いたな、そんな妹も。
「……だってぇ……お兄ちゃん、お母さんみたいな匂いがするんだもん……」
「はぁ?」
「……お兄ちゃんの匂い、すごく安心するの……」
まだぼんやりした頭でリーシャが答えた。そんな理由が出てくるとは。
俺とアイーダさんは顔を見合わせる。
「そうなのか、スクナ?」
「俺に聞かれても困るんですけど……」
ちょっと嗅がせろ、と俺の右腕を取るアイーダさん。彼女の指が運動不足気味の柔らかい二の腕にめりこむ。
「……ん?んん……?」
くんくんと嗅ぎながら、鼻先がどんどん腕の付け根に近づく。
「わわっ、ちょっとくすぐったいです!!」
「動くなって!!」
逆に俺の鼻にはアイーダさんの成熟した女性の体臭と、娘に授乳してきたからだろうか、甘ったるいミルクのような香りが届いた。
「……どうです?」
「なるほど、分からん」
腕を持ち上げ最終的に俺の脇の下、脇窩までしっかり嗅いだアイーダさんは、そう結論づけた。少し拍子抜けする。
「どっちかというと無臭に近いかな。ただ、確かに男臭くは無いと思う。漁師だったうちの旦那は体臭もあったけど、それに磯臭さと魚臭さ、血生臭さが加わって凄かったな。ネムリスが泣き出すくらいだったぞ」
今は無き夫のことを思い出して比較するアイーダさん。冗談にできる位なら、彼女の中で夫の漁船が行方不明になり帰ってこなかった過去は消化できているのだろう。
「一昨日リーシャと一緒に風呂に入ったから、そのせいかな?」
「……ああん?!」
おおぅ失言。ジト目で睨みつけられるが、視線を逸らして誤魔化す。
「ったく……ともかくリーシャ、あんたは今日一日外出禁止!!イドルドがまだ動けないんだから、ちゃんと面倒見てやりな」
「え~っ、どうして?!そんなぁ……」
顔を上げて抗議するリーシャ。その黒髪がはらりと垂れ、小窓から差し込む朝日の下で細いうなじが照り映える。
「娘なんだから当然だろ。あんまり放っておくと、イドルドがへそ曲げるぞ。それに昨日もスクナと一緒に外で危ない目に遭ったばかりなんだから、今日くらいは傍にいてやりな」
「ううぅ……」
そのまま崩れ落ち頭を俺の上着の中に潜り込ませようとした、ところをアイーダさんに腰を掴まれ、可愛いお尻を丸出しにして引き摺り出される。なんつ~か凄い光景だな。
「リーシャ、今日はナルカにも工房にいてもらうから寂しくはないぞ。どうも昼間の街は苦手みたいだから」
俺たちが騒いでいるのにも関わらず、ベッドの隅で相変わらずコタツムリならぬフトンツムリになって寝息を立てているナルカを指差す。
「じゃあお兄ちゃんはどうするの?」
「そうだな、俺は外に出て情報収集を……」
と、再び腕を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。
「……おわわっ!?」
「悪いがスクナは予約済みだ。今日はあたしの買い出しに付き合ってもらうか・ら・な!!」
有無を言わせぬ強制力を持った顔で、アイーダさんが俺に微笑みかけた。