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不可視の敵を討て

「空に人が?」


 リーシャの指差す方向を見る。ちょうどステージに迫るヴァイキングの集団、その真上。しかし先ほどと同じく、そこには何も無い空が広がっている。


「どこ、リーシャ?」


「ほら、あそこ、あそこだよ!!」


 ナルカも一緒になって探すが、人影どころか鳥も飛んでいない。


「……ところでリーシャ、何で俺の股に頭を突っ込んでいるんだ?」


「だって、ここからじゃないと見えないから」


 何を当たり前のことを、と、きょとんとした顔で言うリーシャ。


 股の間からしか見えない?


よく分からないが言われた通り、すぐに前屈して自分の股の間から向こう側を覗く。


 両脚の門をくぐった先は逆さまの世界。


 その中で蒼穹(そうきゅう)の空を背景に、同じくらい蒼く輝く鎧を纏った金髪の女性が、虚空で一人静止している。瞬きもせず、指先一つ動かさない彼女の存在は、まるで合成写真のように違和感を伴って見えた。


 誰だ?と考えるまでもない。正体は明らかだ。


 驚いて顔を上げて振り返るが、股の間からでないと彼女の姿は捉えられないらしく、何度確認しても普通に見ていては見つからない。


「どうしたスクナ?」


「……股の間から覗いてみるんだ。広場の上空に浮かんでる奴がいる。多分あいつが、ヴァイキングたちを操っている戦乙女(ヴァルキュリア)だ」


 俺が言うと、同じように前屈して向こうを覗くナルカ。どうやら彼女にも見えたらしく、驚いた顔で何度も見たり止めたりを繰り返している。


「……いいけど、どうしてもその恰好じゃなきゃ見えないの?」


 デューが胡散臭そうな目でぶーたれた。前屈姿勢は格好悪いから不満なのだろう。


「あとは、そうだな。もしかすると……」


 自分の両手の指を互いに複雑に交差させ、その隙間からメガネの要領で向こう側を覗く。股の間から見た時と同じように、はっきりと空に浮かぶ戦乙女(ヴァルキュリア)の姿が見て取れた。手の形を維持したまま、それをデューの後ろから彼女の視線に掛けて重ねる。傍から見ると後ろから抱きしめるような体勢になってるけれども、緊急事態なので気にしない。


 最初は何故か顔を赤らめて視点がおぼつかなかったデューだが、やがて俺の見せたいものが彼女にも理解できたらしい。


 ちなみに俺がやったのは『狐の窓』と呼ばれる、怪異を見分けるための簡単な見鬼(けんき)の力を持つ呪印だ。リーシャがやった、股の間から向こう側を見る『股覗(またのぞ)き』と同じく、日本の民間呪術の一種。陰陽師ブームの時に九字や兎歩(うほ)と一緒に、人に隠れてこっそり練習していたのが役に立つとは。何でこれが姿を隠した戦乙女(ヴァルキュリア)に有効なのかは、この際脇に置いておこう。


「あいつを倒すか撤退させれば、現状は打破できる……と思う」


「その方策は?こんな格好でないと見えない、しかも空に浮いてる敵と戦うなんて、はっきり言って無茶よ」


 無茶なのは先刻承知。でもここで何とかしなければ、騎士団の限界も近い今、最悪押し切られての全滅もありえる。


 頭の中で状況と優先順位を整理。


 援軍を期待できた頃は時間稼ぎが先だったが、状況が変わった。


 戦乙女(ヴァルキュリア)の打倒を第一目標に設定。


 説得工作は排除。こちらが相手を認識していない、という誤解はアドバンテージになりうる。ただし対話の可能性を残すため、手傷は最低限にして無力化を考える。が、それもこちらの安全確保を前提とする。


 現在保有する攻撃手段を整理。投擲(とうてき)武器なし。デューと、多分お姫様も使える精霊魔法は確実性に疑問があり決定打にならない。跳躍(ちょうやく)、飛行または滑空(かっくう)で敵位置に到達可能なのは、翼を持ったナルカのみ。死せる戦士(エインヘリャル)にデューの斬撃が通用しなかったことから、試すのならナルカの(なた)による直接攻撃。また彼女の雷撃は補助手段に留める。


 攻撃成功の条件整理。位置捕捉と接敵。肉眼での捕捉には呪印(きつねのまど)が必要だが、攻撃とは両立できないため別途マーキングが必須となる。マーキングは攻撃と同様接敵が必要になるため、俺がやるしかない。頭上に視線を巡らせる。俺があの高さに到達するには……。


「お姫様、精霊魔法で『植物の操作』は可能ですか?それが木材みたいに、加工されたものであっても」


「え? ええ、できないことはありませんけど……」


「デューは風の精霊魔法は使えるな?」


「それなら簡単よ。精霊魔法の中では一番使い勝手がいいものだから」


 よし、ならばピースがそろった。穴だらけの作戦だけど、やってみる価値はある。


「スクナ……」


 ナルカが俺の表情を見て頷く。話が早くて助かる。あとは、


「お姫様、デュー、あとリーシャも、手伝ってくれるか?」


 三人はしばらく不可解そうに顔を見合わせた後、聞くだけ聞いてみよう、ということでナルカに続いて頷いた。





「騎士団の皆さん!!」


 壇上に立ったお姫様が、良く通る声で防衛戦を続ける騎士たちに呼びかける。


「援軍に時間がかかる今、私は後ろの御輿(みこし)に非戦闘員の方々と籠城(ろうじょう)しようと考えております。舞台全てを守る必要はありません。指揮官の指示に従い順次後退しつつ戦線を縮小、防衛線を厚くすることにより突破されないことを最優先してください!!」


 御護りいただきありがとうございます、あと少しがんばりましょう、と付け加える。お姫様のねぎらいに鼓舞(こぶ)されたのか、多少なりとも勢いを取り戻す騎士たち。負担が減れば、しばらく時間稼ぎはできる。


「姫様っ、我々は聞いておりませんぞ!!」


 騒ぎ始める審査員の街の重鎮さんたち。あ~また存在忘れてた。説明も無くお姫様が移動するので、不安になったのか。


 しかしそこはさすがお姫様、お偉方の扱いにはなれたもの。


「さあ、みなさんもご一緒に私の御輿(みこし)に隠れていましょう。大丈夫です、グリムニル伯がすぐに援軍を率いて現れるはずです」


 にこっ、と笑って手招きする。それだけで審査員たちの不安は吹っ飛んだのか、大人しくお姫様に従って山車(だし)に向かってステージを歩き始めた。ロイヤルスマイルの威力、恐るべし。そしてグリ坊、ここまでお姫様に信頼されてるって何者だろう。


 俺はナルカとデューに視線を送る。お姫様が動き始めると同時に、彼女たちは舞台袖に姿を消した。


「リーシャ、俺たちも行くよ」


「うん……お兄ちゃん、これ難しい」


 俺が教えた『狐の窓』を作ろうと手を動かしているが、なかなか作れないようだ。


「一回だけで充分だよ。できたら壊さないよう、そのままにしておけばいい」


 彼女の背中を押して進み、山車の胴体部分に備え付けられた木の扉に近づく。先にお姫様と審査員たちが中に入り、リーシャと俺がそれに続いた。角材はもう使わないのでステージに置いていく。あばよ、ダチ公。


 元は攻城櫓(こうじょうやぐら)として建造されたというお姫様専用の移動御輿(みこし)、表現するなら車輪付きの木でできた立方体だ。中に入ると表面の豪華絢爛(ごうかけんらん)な外飾りとは裏腹に、太くてしっかりした木材が組み合わされて、小さな城壁の監視塔かとも思えるような実用的な作りになっている。入ってすぐに後ろの扉を、閉め鍵をかけると、中は外材の隙間から差し込む光だけの薄暗い密閉された空間となった。


 最初に目に入ったのは警備用の騎士たちが待機する木製の簡素な椅子と、装備をしまう棚一式。12畳くらいの広さがあるものの、ここに20人程度の全身鎧(フルプレート)を着た成人男性が押し込められるかと思うと、彼らには同情の二文字しかない。風の無いこの場所には、濃厚なメンズスメルが漂っている。


「では審査員の皆様方は、こちらでお待ちいただけませんでしょうか?」


 上に続く階段の途中で振り返ったお姫様が、待機騎士用の椅子を指差す。


「なんですと?姫様はこのような場所で我々に過ごせとおっしゃるのですか!!」


「それはあまりに傲慢(ごうまん)、ご無体にございます!!」


 4人の審査員から口々に不満が上がる。


「お静かに。ここより上は王家の者にのみ許された場所です。そこに土足で踏み入るつもりがあるのでしたら、どうぞ私を置いて先にお上りください」


 押し黙る面々。権威の使い方が上手いな、お姫様。彼らはそれ以上何も言わずに、不承不承(ふしょうぶしょう)各々椅子に腰かける。


「では行きましょうか、スクナさん、リーシャちゃん」


 促しに従い、お姫様に続いて階段を上っていく。審査員たちは何故俺たちが許されて自分たちがダメなのか理解できず、ぽかーんと口を開けて眺めていた。


  階段の一番上には天井裏に通じるような開閉式の木戸が備え付けてあった。お姫様はそれを持ち上げて外に出る。日光がさっと差し込み、一瞬目がくらんだ。


 山車(だし)の頭の部分は板床の上に真っ赤な絨毯(じゅうたん)が敷き詰められ、日除けのための大きな(かさ)と、お姫様が座るための豪奢(ごうしゃ)な革張りのソファが置かれている。


 下を見下ろすと騎士たちがゆっくりと山車を守るように後退してきているのが分かった。山車の中には充分スペースがあるから、いざとなれば最終防衛戦を山車にすることも考える必要があるかもしれない。


「できたよ、お兄ちゃん!!」


 リーシャが『狐の窓』の形になった両手を俺に見せつける。

「よし、じゃあリーシャは、それを壊さないように、気を付けて俺に負ぶさってくれ」


 うん、とリーシャがとてとて俺に近づき、屈んだ俺の首に腕を巡らせる。俺はその小さな足を掴んで、よいしょっと立ち上がった。やはりナルカほどではないけれども、見かけより体重が軽い。彼女は長耳の一族と黒羽の一族のハーフだから想像はしていたけれども、これなら大した負担にはならないだろう。


「リーシャ、手を」


「はい」


 先ほど教えたとおり、出来上がった『狐の窓』を俺の利目(ききめ)である右の眼に被せる。彼女の幼い指の隙間を通して、戦乙女(ヴァルキュリア)の姿が確認できた。


「お姫様、打ち合わせ通り……」


「はい。(むくろ)となりし今も大樹に宿れる精霊たちよ、我が呼びかけに答え、ここに今一度その力を顕界(けんかい)させ(たま)わんことを……」


 精霊に対して祈るように呼びかけ始めるお姫様。その姿は思わず見とれるほど荘厳(そうげん)で美しい。


 俺はきっと空を見る。戦乙女(ヴァルキュリア)は相変わらず何をするでもなく、虚ろな瞳で中空に静止している。


 準備は整った。


 さあ、戦乙女(ヴァルキュリア)。ぼんやり浮かんでいるだけは飽きただろう。


 人間に何ができるのか、見せてやるからしっかり驚け!!

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