お菓子の裏に潜むもの
「餡麺麭男?」
「そう、私は親の心、子の心、愛の絆を守る男、餡麺麭男!!」
ずびしっ、とお姫様の目の前でO面ライダーばりのポーズを決める。
羞恥心は因果地平の彼方に置いてきた。どうせ顔を見せるつもりもないし、こうなったら破れかぶれ、とことん行くところまで行ってやる。
「あのぅ、頭が欠けているようですけど……」
「魚棲まぬ池は毒の沼、鳥啄まぬ樹果は毒の実!!食べられた痕とは、これ安全、これ美味の証。即ちパンの勲章なり!!」
自分で言いながら、どういうキャラ付けなのか分からなくなってきた。
「先ほどのパン、とても美味しかったです。あれは貴方が作ったのですか?」
矢継ぎ早に質問を投げかけてくるお姫様。周りが笑っているにも関わらず、この人の目は面白いものを見つけた子供と同じだ。
「否!!私は材料を用意しただけだ。全てはここにいるリーシャの作。賞賛なら彼女にこそふさわしい!!」
ずずいっ、とリーシャを前に押し出す。実際、俺自身は準備とアイデア提供だけで、パン作りの技は彼女のもの。そもそも俺はパンなんか、ホットケーキ程度が限界だし。
「そうなの……リーシャちゃん、だったかしら。良かったらどうやって作ったのか、教えてくれないかしら?」
お姫様はそう言って止める間もなく、純白のドレスをひらめかせながら壇上から飛び降りた。リーシャの傍に近づくと腰をかがめて、視線の高さを彼女に合わせる。
リーシャは急なことで驚き戸惑って俺に視線を向けたが、俺が頷くと意を決して憧れのお姫様に説明を始めた。
「え、えとですね……まずわたしのパンは、真っ白なパンにするため、綺麗な小麦粉と、綺麗な水を用意しました。ここにいるお兄……餡麺麭男さんが、一晩かけて小麦粉から余計なものを取り除いて、お水も湯気を集めて作ってくれたんです」
そう、この街で使われている石臼で挽いた小麦粉には、俗に「麬」と呼ばれる小麦の皮や麦芽、あるいはゴミやチリなど余分なものが混ざってしまう。
それを肉眼で選別し、取り除く。ただひたすら単調な作業を繰り返す苦痛、自分との闘い。そこのところ浪人時代に暇を持て余して味の素の粒を数えたことのある俺に、ぬかりはなかった。
さらにリーシャは忘れているようだが、小麦粉に糖質の多い、日本米に似た丸い形のプディングライスを挽いた米粉を混ぜている。
水もこの近辺の井戸水は、海が近いせいか微妙に塩っぽくて泥臭い。それを避けるため、使う水はすべて鍋で沸かした蒸留水だ。
「それからパン種に、ワインを作っている人から分けてもらった、お酒の種を混ぜました」
これはあんぱん作りの有名な秘技。実際のあんぱんでも、イーストと一緒に酒種を入れることで、お酒の持つ甘さと香ばしさをパン生地に与えることができる。焼成の熱でアルコール分は飛んでしまうので、子供でも安心。
「最後に生地を発酵させる時、いつもより一回多めに発酵させることで、生地の中に空気を沢山入れたんです」
「それであんなにふかふかだったのね……」
パン生地は二回発酵させるのが基本だが、俺たちのパンは二次発酵の後、生地の空気を抜いて三次発酵を行っている。これで活性化したイースト菌が大量の炭酸ガスを発生させ、パンに含まれる空気が多くなる。
どこまで分かったかは知らないが、ふむふむと頷くお姫様。とりあえずリーシャと俺の苦労は理解してもらえたようだ。
「ありがとう、リーシャちゃん。決勝戦も頑張って下さい。期待しております」
「はぅ……はいっ、頑張ります!!」
初めて直接お姫様と話して、感無量といった感じのリーシャ。お姫様は降りてきた時と同じように、ごく自然にふわっとステージに飛び上がり、デューを伴って自分の席に戻って行った。ステージの高さ1mくらいあるんだけど、どんだけ身軽なんだよ、あの人。
にしても、この仮装のことを深く突っ込まれなくて良かった。多分お祭り期間中だから許されたんだろうけれども、平時ならとんだ不敬罪。こんな格好のまま、頭と胴が泣き別れ~なんてことになってたら、一族郎党末代までの恥だ。この場合、御先祖さまに何て言い訳すればいいんだろ。一身上の都合?
そうこうしているうちに先ほどの笑撃から立ち直った司会の女性が、決勝進出を決めた5組の参加者に、ステージに上がるよう促す。
俺もリーシャの手を取って、脇の階段を上る。被り物をしているから、足元が見えにくくて仕方ない。
全員がステージの上で、割り当てられた簡易厨房の前に立つ。俺たちの分は本来想定されていなかったので、近くのピザ屋台から持って来たらしい少し古い型のものだが、使えるのなら問題ない。
『それでは決勝戦です!!課題は恒例の自由種目、各々持てる技の全てを出しきって、一番美味しいと思えるパンを作って下さい!!壇上で調理も可能、もちろん予め作って来た物を提出していただいても結構です!!』
一斉に参加者が動く。最初に予選突破した4組のうち、2組がすぐに自分たちの荷物からパンを取り出し、審査員席に運ぶ。準備のいいこって。
先に動いたのはおっさんの一人。仮におっさんAとしよう。
彼が手に持っているのはどうやらミートパイの一種らしい。まず審査員の目の前で、ウェディングケーキに入刀するかのように、おごそかに背の高いホール型のパイを切り分ける……と、断面からごろりとした脂のしたたるサイコロステーキ状の肉と、脂にまみれて表面が鈍く照り輝く四角くカットされた熱々のジャガイモがまろび出た。
それで終わりかと思いきや、おっさんAはどこから取り出したのか、湯気を上げる小さな鍋を手に持ち、その中の黒い液体を切り分けられたパイに注ぐ。
会場に漂うビーフシチューにも似た濃厚な溶けた肉の香り。あれは……イギリスのグレイビーソース!!そう、おっさんAがかけたのは、グレイビーソースをベースにした、挽肉の入った黒い肉あんだったのだ。ミートパイに肉をかける、肉on肉、まさに冒涜的な肉のシンフォニー!!
そこに続くのは、パティシエ風の若い男。彼が取り出したのは、一人用サイズの小さな円型をした、普通の苺ショートケーキ。
さっきのおっさんAに比べるとインパクトが少ない、と思いきや、彼はケーキを一つ一つスープ皿のような深いお皿に移すと、その周りに苺ソースを満たす。
それだけでショートケーキは、真紅の湖に浮かぶ白亜の城へと姿を変えた。
だがここで終わりではない。
彼は次にボールで泡立てたメレンゲをケーキの上に山盛りに乗せ、エベレストのようにそびえ立つ白い巨峰のその上から、瓶に入った赤黒い液体を振りかける。そして、おもむろに放射機構の着火装置を取り出し、液体に凌辱されたケーキの上の雪景色に火をつけた。さあっと青い炎が全体に広がり、サクランボのコンポートを鍋で温めた時のような香りが周囲を満たす。
これはまさか……チェリーブランデーでメレンゲをフランベした!?
な、知っているのか電雷?
うむ、腐乱部とはアルコール濃度の高い酒をかけ、そこに火をつけることでアルコール分を飛ばし、香りだけを食品に与えるという技法。
古代中国で猿が木の穴に残した果実が腐乱して出来た猿酒が、山火事で燃えた後に芳しい香りだけを残して消えたという故事から生まれた調理法であると、林民明書房の本で読んだことがある。なのです!!
日本人の俺からしたら珍しくもない調理法だけど、審査員たちは自分の目の前で炎を上げるケーキに目を白黒させている。かなりのインパクトだ。
こりゃ俺たちも負けていられない。
アイーダさんが先に搬入していた箱から自分たちの道具と材料を取り出す。
この勝負、パン勝負のように思われるが、純粋なパンの出来を競うのは予選のみ。決勝戦はパンを焼く時間もないことから、いかに美味しい「パンを使った食べ物」を作れるかがキモになる。
リーシャはパンを焼けるが、それ以上のことは難しい。
俺はそもそも料理など門外漢。
だから、「誰がやっても失敗しない」料理で決めさせてもらう!!
「リーシャ、教えた通りに卵でソースを頼む。俺は魚をっ!!」
「うん、わかったっ!!」
ゆで卵と玉ねぎを取り出し刻み始めるリーシャ。
その間に俺は下準備していた魚の身を解し、成形して小麦粉、卵、パン粉の順に衣をつける。コンロの上には程よく熱した油の入った鍋。その中に準備のできたものから次々に魚を放り込む。揚げ物のじゅわ~という調理音が会場に響き、てんぷらの匂いにも似た熱い油の香りが広がり、鍋の中で浮かぶ衣がきつね色に染まる。
「ソースできたよっ!!」
玉ねぎのせいで少し涙目のリーシャが叫ぶ。
「よし、じゃあパンの準備をっ!!」
俺は揚げ物で手が離せない。ソースを作り終えたリーシャは、別のコンロでフライパンを炙る。鉄板が熱くなったところで、正方形に切ったパンを取り出し、片面を焼く。
さらにその上からぱらぱらとゴマを散らし、別のコンロで温めたフライパンを持ち上げ、一気にパンに叩きつけた。熱せられたフライパンとフライパンの間に押しつぶされ、パンはじゅうじゅうと悲鳴を上げる。短い時間で焼き色が付いたパンを取り出し、仕上げに霧吹きでオリーブオイルを一吹き。パンの余熱で余分な水分が飛んでいき、オリーブの風味だけが残される。
そして最後に蒸留水で洗った新鮮なレタス、魚のフライ、ソースの順にパンに乗せ、上から同じパンで蓋をする。
そう、俺たちが作ったのは誰でも作れるフィッシュフライサンド。
名付けて『干しタラフライのパニーニ・タルタルソースかけ』
いくつか仕掛けはしているものの、魚のサンドイッチ、それ以上でもそれ以下でもない。だが、勝てる自信はある。
『残った方々も審査を始めます。審査員席にパンをお持ちください』
司会のアナウンスに従い、自分たちのパンを運ぶ。
途中で見かけたおっさんBのパンは、地球式に呼ぶのならミルフィーユクレープ。普通はクレープとクリームを何層にも重ねたものだが、彼が作っているのはそんな生易しいものではない。使っているのがクレープ生地という点は同じだが、その間に挟んでいるのは溶けたチーズをベースに、トマト、ナス、ベーコン、パプリカといった、ピザ屋で見かけるようなお馴染みの具材。それを挟んでは乗せ、を繰り返し、イタリアンピザで作ったピサの斜塔、とも呼ぶべき恐ろしい代物を作り上げている。隙間から染み出して垂れる溶けたチーズが塔の外壁を黄色くコーティングしており、圧倒的な存在感を放つ。
さらにおっさんCはというと、こちらはスペイン風のシーフードを基本とした一品だ。パエリアのような赤いソースをベースに、タコ、イカ、エビ、ムール貝といった海の幸をたっぷりと放り込んで水分を飛ばしながら煮詰めた後、スープポットパンの要領でくり抜いた半ドーム状のパンにそれらを詰め込んでいる。これで完成かと思ったら、最後に唐辛子とネギ、ニンニクを炒めたスパイシーオイルを、ぐつぐつと煮立ったままの状態でポットの中に注ぎこむ。じゅっという音に遅れて、海産物を揚げた時の香りが鼻を擽った。
ぬぬぬ、いずれも劣らぬ強敵揃い。
審査員たちは、料理が来るそばから驚いたり騒いだりしながらぱくぱくと平らげていく。年寄も混じってるのに、みんな健啖家だな。
特にお姫様。さっき予選落ちした人たちのパンも食べたのに、栄養が全部胸に行くから平気なのだろうか。
その横に立つデューは運ばれてくる料理を見ながら、今度は必死に涎を我慢している様が見て取れる。さすがに可哀そうだから、後で俺たちの分は試食させてあげよう。
『……それでは審査員の皆様、採点をお願いいたします』
やがて全てのパンが食べ終わり、審査が始まった。
採点方式は持ち点方式。審査員一人当たり3点を気に入ったパンに振り分け、得点数によって順位が決まる。今回は審査員4人に加え、お姫様の5人。お姫様だけ持ち点が4点らしいので、計16点が振り分けられることになる。
リーシャの手を握り、どきどきしながら結果を待つ。
ほんの少しの時間が永遠のように感じる。
『……集計が出ました。得点の少なかった順に発表させていただきます』
司会の女性がメモを見ながら厳かに読み上げる。
『第五位……クルクラックラン工房 1点』
おっさんAががっくりと肩を落とす。最初に飛び出したのに、結果には結びつかなかったようだ。
でも、ああいう肉に肉みたいなガチのスタミナ系料理、俺は好きだよ。パン要素あんまりないけど。
『第四位……ザザイザルザンム商会 2点』
おっさんCがやれやれ、といった風に首を振った。
シーフードのポットパン、美味しそうだったけど、水分が少なそうだったからな~。オイルはいいアイデアだったけど、一番いいのはパンも具材もばらしてオイルフォンデュにすることだと思う。
『第三位……パレンバンパン店 3点』
おっさんBが帽子を脱ぎ、頭を抱えた。
クレープで作ったピサの斜塔。あれをパンと呼んでいいかは微妙だけど、発想はとても面白い。倒れそうだったけどね。もし店頭販売してくれるなら、是非とも買いにいきたい作品だ。あとで店の住所調べとこう。
さて、残りは準優勝と優勝……。
『最後は一緒に発表します』
どきん、どきんと自分の鼓動が聞こえる。リーシャが俺の手を強く握るのを、思わず握り返す。
『モントマルトル窯……5点、ドルドッドレイドパン工房……5点。以上です』
わっ、と観衆が沸き立つが、すぐに疑問の声が混じり始める。
なぬ、同点?
「どういうことですか、納得できません!!」
俺が質問しようとする前に、例の若いパティシエ風の男が声を張り上げる。彼がモントマルトル窯とやらの代表だったのか。
「僕のケーキ……いやパンがこの変人のパンと同格だというのですかっ!!」
あ、自分で言い間違えてら。そして変人というのも反論できないです、そこは甘んじて受けよう。
「言葉を慎みたまえ!!きみはスノラダ姫の前にいるのだ」
「しかし区長!!同点優勝なんて、伝統あるパン祭りにあるまじき、前代未聞の珍事ではありませんか!!」
一番年寄で偉そうな人が、立ち上がって若者を窘める。ああ、この人行政区の区長なのか。
しかし若い男は顔を真っ赤にしてヒートアップするばかり。そんなに餡麺麭男を嫌わなくてもいいじゃん。
彼を観察するに、単に怒っているというより、不安をぶつけているようにも思えた。視線は俺たちを見るでもなく、どこか宙をさまよっている感じだし、しっとりと湿った額を拭いながら、しきりに手足をもぞもぞと動かしている。
これは……もしかして怯えているのか。でも何に?
説明しても納得してもらえないため、区長は助けを求めるようにお姫様を見る。彼女はそれを理解したらしく、司会の女性からメガホンを受け取った。
『それでは今回の判定について私の方から説明させていただきます。まずモントマルトル窯の紅の城、素晴らしいの一言です。ケーキ自体の美味しさもさることながら、見た目の美しさも一級。さらにあの初めて見た、口の中で溶ける白い泡と、そこにお酒をかけて燃やすという驚天動地の発想。このケーキはパン祭り、そしてケーキ作りの歴史に大いなる足跡を残したと言えるでしょう。区長も仰ていましたが、例年であれば文句なしに優勝です。本当に感動しました』
お姫様の口から惜しみない賞賛の言葉が紡がれる。それで少しは溜飲が下がったのか、若い男は幾らか気色を取り戻す。
にしても、お姫様の言い方からすれば、メレンゲもフランベも、この世界ではあいつが一人で作り出した技術だというのだろうか。もしそれが本当だとすれば、彼は並みの天才ではない。
『しかしドルドッドレイドパン工房のリーシャちゃんと餡麺麭男さん、このお二人が作った干しタラフライのパニーニ・タルタルソースかけ?でしたか……素朴な味ではありましたが、精いっぱいの知恵を絞って作られた、その一生懸命さが伝わってきました。味が凝縮された干しタラを丁寧に戻してパン粉を使ったフライにし、それをパンにはさんで卵のソースでいただく。酸味のある濃厚な卵油のソースに、タマネギ、黒胡椒、パセリ……そして刻んだゆで卵をわざと少しだけ潰して入れることで、食感に変化を与え飽きないようにする。添えられたレタスが全体に清涼感と瑞々しさを与え、非常に理想的な調和を完成させています。さらにパンに焦げ目を付けることで、香ばしさと食感の変化が生まれました。良い材料、匠の技術……それはそれで素晴らしいものなのですが、彼らのパンはちょっとした心遣いで、普段の食事が何倍にも楽しく、そして美味しくなる可能性を示してくれたのです。それを気付かせてくれたということで、私は自分の点数を全て彼らのパンに入れました』
お褒め頂き光栄至極。でもつまりなんだ、お姫様がいなければ俺たちは問答無用で最下位だったのか。他の審査員、全員合わせて1点しかくれなかったとか……俺たちのパンはその程度といわれているようで、どうにも釈然としない。
「姫様、けれどもやはり私めは、同点優勝には納得がいきません。何らかの形で白黒をはっきりとつけることはできませんでしょうか……どうか……」
弱り切った青い顔で、膝をついてまで懇願する若い男。どうしてここまでするのか、正直理解に苦しむ。
俺は彼のある意味無様な姿を見ていると、頭の芯が妙に冷めるような気がした。
……なるほど、そうか。
もしかするとこれが、俺たちの行動によって表面に引き摺り出された『歪み』、なのかもしれない。
俺たちが出場していなければお姫様の点数も彼に入り、モントマルトル窯は順当に優勝していたはず。その流れが今、捻じ曲げられた。
では俺は、ここから果たしてどうするべきだろう?
とりあえず同点優勝して良かったね、で終わりにしても構わないはずだ。
既に状況を掻き乱し、イドルドさんを襲った黒幕関連の怪しいアクションを引き出す、という当初の目的は達成されている。因果関係は依然として不明だけれども、ここからさらに調べていけば次の手がかりに繋げることができるだろう。
デューの方を見る。
彼女は澄ました顔でお姫様の横に控えており、俺たちの方はときどき視線を送る程度。そう、決断の主体は彼女ではない。
リーシャの方を見る。
優勝できた嬉しさと、何が起こっているのか付いて行けずに困惑している様子が手に取るようにわかる。幼い彼女には、これは十分な結果だろう。家で待つイドルドさんにも凱旋報告ができる。
俺は――――まだ足りない!!
相手は揺れている。ここでもうひと押しできれば、さらに情報やアクションを引き出せるかもしれない。
今この瞬間は、絶好のチャンスなんだ。そして、このチャンスは二度と訪れない。 幸運の女神は前髪ばっかり長くて、後ろがハゲと相場が決まっている。
ならば、多少の危険は伴うだろうが、俺は前に進む!!
まだ揉めているパティシエ風の男と区長の前に歩み出る。彼らは俺の姿を認めると、騒ぐのをやめて一瞬静かになった。
「無意味な諍いを阻止する男、餡麺麭男ッ!!」
「黙れ変人っ!!そもそもお前たちが出てこなければ……」
すぐに再沸騰した若い男が、俺に詰め寄ってくる。
「待てぃっ!!先ほど白黒つけたいと言ったな。ならば私もそれに応えよう。区長、これは提案なのだが、今ここで、ここにある材料だけを使って、我々の最終決戦を行うことは可能か?」
「む、それは構わんが……」
区長は押し黙りちらちらっ、とお姫様に視線を送る。自分より偉い人がいるため、判断を迷っているらしい。
俺はお姫様に向き直り、深々と一礼した。
「姫様、ご無礼の程お許し下さい。そして重ねて僭越ながら、この私とあちらの彼が優勝の名誉をかけて再び競うことを了承していただきとうございます。そして姫様におきましては、その見届け人を是非にお願い申し上げます。いかがでございましょう?」
頭を上げずに、お姫様の回答を待つ。
壇上の皆も、そして会場の群集も静まり返ってお姫様に注目している。
『……良いでしょう。承りました。双方とも祭りの伝統に恥じぬよう、また遺恨の残らぬように』
お姫様が高らかに宣言すると、会場から拍手と歓声が沸き起こった。