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れっつ一夜漬け

「ということで、イドルドさんの代わりにパン祭りに出場することになりましたんで」


 工房に帰るなり、自分のベッドに寝転がったまま首だけこちらに向けているイドルドさんに、そう宣言する。


「待ちたまえ。それはどういう……」


「ちなみに引き続きリーシャはお借りしますね」


「お父さん、わたし頑張るから!!お父さんの代わりに、絶対優勝してくるからね!!」


 いや、黒幕をつつくだけだから、別に優勝は目指さなくてもいいんだけど。やる気があるのはいいことか。


「な、リーシャまで……一体これは……」


 理由を求めようと俺を見るイドルドさんに対して、俺は自分の患者説明(インフォームドコンセント)モードのスイッチを入れる。


「それでは簡単に僕の方から状況を説明させていただきますと同時に何故僕がこのような考えに至ったのか今後どのような展開が期待できるかを僕個人の推測も交えてお話しさせていただきたいと思います。まず前提として今回イドルドさんが秋の収穫祭最大の余興であるこの街のパン祭りに参加登録をしていたにもかかわらず所々の事情から参加を断念せざるを得なくなってしまったことは昨年度の準優勝者であるイドルドさんにとって雪辱の機会を失ってしまったばかりか父親の背中を見て育ったリーシャにとってもまた非常に残念なことであると僕自身は考えております。さらに昨夜の不慮の事故により傷を負ってしまったことは痛恨の極みでありこれによりそもそも出場を考えていなかったわけですが物理的にも精神的にもまた社会状況的にもイドルドさんが万全の状態でパン祭りに挑むことができなくなってしまったわけなのです。しかしながら今回はお城のお姫様の18歳の誕生日を控えた特別な秋の祭りでありさらにお姫様ご自身もパン祭りにご参加になり審査員として提出されたパンを実際にご賞味になられるという非常に貴重かつ光栄な機会が眼前にあると知りながらもこれを看過しなければならないのは僕にとってもいえ僕以上に現役のパン職人であるイドルドさんとその後継者として期待されているリーシャにとっては想像を絶する歯がゆい実に歯がゆい事態であると推察させていただきました。しかしながらそこでふと思い至ったのが普段からイドルドさんの手伝いをしておりまた自力でパンを焼くことができるというリーシャの存在。そこで無力ながらも自分にもこの閉塞された現状を打破するために微力ながらも何か協力できないものかと必死に考えてみましたところで気が付いたのがイドルドさん自身で参加するのは無理でもその技術を片鱗だけとはいえ身に着けているリーシャがパンを焼くことでイドルドさんの心気持ち情熱パンにかける思いそして姫様への敬愛を表現することができるのではないかということなのです。そして僕自身もこの街に来てから日は浅いですが様々な人場所場面で姫様の民を思う優しさに触れることができ実際にお会いしてみたいいや遠くから見ることができるだけでも光栄とは分かっているのですができることならばすぐ近くでお会いしたいあわよくばお声掛けいただければ随喜の涙を流し天にも昇る心地まさに天国(ヘヴン)状態そのためならばたとえ鬼悪魔とののしられても手段を選んではいられないならばどうするのか。ということで自分の中で状況を整理してみましたところ自分はパン祭りに出たいけどパンが作れないリーシャはパンが作れるけど保護者が居ないさらにイドルドさんは本来の出場者でパンが作れてなおかつ保護者なのだけれどもケガで動くことができない。ということで三人の足りないところをつなぎ合わせてみるとかけたピースがぴったりとそろうようにして見事に一つの形に組立てることができたのです。つまりこれから僕がリーシャ一緒にパンを作りイドルドさんの枠でパン祭りに出場すれば良いこれでみんな納得これでみんな完璧これでみんなハッピーになれるのです。大丈夫です危険はありません僕がリーシャについています。そしてこの大会はいずれ自分でパンを作ることになるリーシャにとっても初めて父親の手の中から飛び出すことで自分の力を社会の中で試し問いかけそれによってさらなる成長をとげるための大きな一歩となることは間違いありません。勝つことだけが全てではありませんもちろん勝てれば良いことにかわりはありませんがその中で何らかの成長のきっかけをつかむことができるだけでも参加する意義があると僕は考えますのですべてお任せいただければと思います。ということでイドルドさんは心を安らかにしてベッドで体を休め傷の治療に専念しながら僕たちがもたらすであろう吉報を待っていてください」


 立て板に水とばかりに一方的に喋る俺に対して、二の句が継げず、ぱくぱくと金魚のように口を動かすイドルドさん。そこで俺は一瞬真顔に戻り、


「そういえば普段使ってるパン種ってどこにありますっけ?」


「ああと……(かまど)脇の戸棚に入っている青いふた付き壺の中だが……」


「ありがとうございます。行こうかリーシャ」


「うん!!じゃあね、お父さん」


 言いたいことだけ言って、さっさと階段を降りる。後ろの方から「あ……え……あれ……」 みたいな声が聞こえたみたいだったけど、あ~聞こえない聞こえない。


 一階のパン工房では、ナルカとアイーダさん、それにデューが俺たちを待っていた。


「とりあえず、話はついたということで」


「あれをどう聞いたらそう判断できるのか、説明し……やっぱりいいわ、この腐れ詭弁論者(ソフィスト)


「お()めいただきどうも」


 はぁ、とため息をつきながらじと目で俺を(にら)むデュー。それが普通の人の反応だと思う。俺も自分が言われたら相手を殴りたくなるだろうし。


「……スクナが何を言っているのか、全然分からなかった」


「あたしもだ。よく舌が回るもんだね」


 ナルカとアイーダさんは頭の回転が追い付かなかったらしい。


「分からなくても大丈夫。どうせ大したことは言ってない」


 んべ、と舌を出しておどけてみせる。


「さて、優勝できなくても参加することに意義がある……といっても結果が良ければそれに越したことはないから、皆にも協力してもらう」


 4人の顔を見渡す。


「ん、美味しいものを作るなら歓迎」


「ま、こうなったら仕方ねぇか」


「お兄ちゃん、わたし頑張る!!」


「いいけど、フォローできる範囲でお願いするわ」


 反応は色々。


 パンが気に入ったらしいナルカ、腕まくりするアイーダさん、可愛く鼻息を荒らげるリーシャ、やれやれといった感じのデュー。


 うん、こりゃ横並びで(まと)めようとすると面倒臭そうだ。時間もないし、簡単にトップダウン方式でいこう。


「まずパン祭りの試合形式だけれども、一戦目は『普通のパン勝負』。普段食べるパンで味を競って、そこで高評価を獲得した組が決勝に進出できる。そして決勝戦は『自由』。理屈はさておき、創意工夫で美味しいパンを作って審査してもらう」


「ってことはだ、一戦目を通過できなければそれでお終いだな」


 頷く。センター試験と一緒だ。足切りには()いたくない。


「だから俺は一戦目に全力を注ぐ。決勝戦の準備もしておくつもりだけど、それは主にアイーダさんにお願いしようと思う」


「あたし?別にいいけどさ、あたしは自分でパンなんて作ったこと無いぞ」


 いきなり指名されて驚くアイーダさん。


「だから準備だけお願いします。今日明日はお祭りなので、まともに営業しているお店はほとんど無いみたいですから、酒場の在庫を使わせて欲しいんです。とにかく手当たり次第に、保存食料を中心に持ってきていただけますか?あと、酒蔵にもお使いをお願いしたいですし」


「必要経費はうちのすっとこが支払います」


「すっとこ……ああ、グレリーのことか。分かった、そういうことなら任せな。でも酒場を閉めなきゃいけなくなるから、その分も上乗せさせてもらうよ」


 わかりました、とデューが答える。


 そういえば今朝、アイーダさんのところに昨日の酒代を届けたのも彼女だったらしい。おかげで話が早くて助かる。


「一人じゃ大変だから、ナルカ、アイーダさんを手伝ってくれないか?」


「スクナは人手はいらないのか?」


「俺も準備をするけど、説明するのが大変だし、時間と手間がかかるから、一人でいいんだ」


 ならいいが、と少し不満そうな顔でナルカは了承した。多分パン作りをやりたかったんだろう。悪いけど、それはまたの機会で。というか、彼女の場合羽で粉が飛びそう、という懸念もある。リーシャのお母さんも黒羽の一族だったらしいけど、どうやっていたんだろう。


「あと、ナルカにはアイーダさんと一緒に、何か俺の顔を隠すものを作ってほしいんだ」


 俺の言葉に顔を見合わせる二人。


「実は今日、中央広場で暴れたおかげで、あんまり顔を見せびらかしたくないんだ」


「顔を見られたくないって、何やったんだお前……」


「……私を助けてくれたの。お世辞にもスマートとは言い(がた)かったけど、事実よ」


 アイーダさんの疑問にデューが答えてくれる。


「そっか。悪いことしたんじゃなければ、いいぜ、商店街の(もよお)しで使った被り物が倉庫に置いてあったと思うから、それを使えるようにしておく」


「助かります。ナルカもよろしくな」


「ん、分かった」


 よし、これで決勝の準備はOK。


「そしてリーシャ、この中でパンを作れるのはリーシャだけだから、責任重大だ」


「うんうん、任せて!!」


 おお、彼女の後ろに炎が見える。中に立ってるビジョンがウサギだけど。


「まずリーシャには一度パンを作ってもらおう。それを見て、細かい方針を決めていこうと思う。最終的には俺が用意した材料を使ってパンを作ってもらうから」


 それじゃあすぐ始めるね、と厨房に走るリーシャ。確かに発酵時間を考えると、仕込みは早い方がいい。


 アイーダさんもナルカを連れて、工房を出ていく。そして俺とデューが残された。


「私は、何もしなくていいの?お祭りの間はあなたの指示に従うように、って、あのすっとこから言われているのだけど」


「デューの仕事は、明日が本番になる。俺たちの警備と、何かあった時の対応、みたいな形で、影から助けてほしい。つまり、今日はしっかりと体を休めてくれ、ってこと」


「え……」


 俺の提案を想定していなかったのか、一瞬驚いたような顔になったが、すぐに元の冷めたような表情になった。


「だって朝から走りっぱなしだっただろ?明日ばててたら困るし」


「そうだけど……本当にいいの?」


「ああ、休むのも仕事、ってこと」


 しばらく彼女は無言で俺の顔を見つめた後、


「……ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」


 そう言って一旦工房の外に立ち去ろうとした。


「そうだ。グレリーのナイフを返し忘れていたんだけど、どうしたらいい?」


 自分の腰帯から小さなナイフを取り出し、彼女の背中に声をかける。


「あなたが持っていて。彼とは、また会う機会があるはずだから」


「高そうなものだけど、いいのか?」


 ナイフには水たまりに雨が降った時のように、黒い水滴のような文様が刃に浮き上がっている。あれだ、ダマスカス鋼というヤツだな。俺の世界じゃ既に製法が失伝していて、日本の刀鍛冶が再現してナイフなんかに応用しているんだっけ。


 そして同じく金属製の柄には、〇の中に上向きの矢印が彫刻されている。何かの印だろうか。


「短い時間だったけど、それを預けるに値する人、というのは分かったつもり。すっとこの目は確かだったみたいね、悔しいけど……」


「え?」


 最後の方は、声が小さくなってよく聞こえない。


「そのナイフは、勝利のルーン(テュール)を刻んだ呪術(ルーン)ナイフよ。市場に出回るような生半可な代物じゃないから、大切に扱って。明日朝、早い時間にここに来るわ」


 それじゃあ、とデューは今度こそ振り返らずに工房を去って行った。


 呪術(ルーン)ナイフね。そしてこの、〇の中の上向きの矢印が、勝利のルーン(テュール)。言われてみれば、見たことがあるような気がする。テュール、火曜日(テューズデイ)の元になった北欧神話の軍神、最終戦争(ラグナロク)で邪神ロキの娘、ヘルの飼う地獄の番犬ガルムと相打ちになって息絶える神。


 『あなたに勝利を』ってことか。期待されているのなら、頑張らないと。


「ほんじゃ、やりますか!!」


 俺は腕まくりをして、パン生地をこね始めているリーシャのところに向かった。

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