遠い世界の神語り
薄暗い芝居小屋の中、舞台の上で地球の、人類の歴史が再現されていた。
最初は弱々しい存在だった人間は、文明の発達に合わせて火を使い、服を着、家を建て、やがて村、町、都市国家と数も生活圏も大きくなっていく。
神々はそこに寄り添い、与え、また奪いながらも、自分の民が増え、栄えていくことに喜びながら悠久の時を過ごしていた。
しかしいつからか、人は神々の恩恵も感謝の念も、そしてその存在さえ忘れてしまった。
どこが転換点だったのだろう、と語り部が問いかける。そりゃ一神教が出現した時でしょ、とその後の歴史を知っている俺は自分の中でツッコミを入れた。
古い多神教が風力や太陽光などの自然エネルギー発電だとすれば、一神教はエネルギーを一極集中し発電させる、いわば火力や原子力発電。規模、出力、安定性で、自然エネルギーが叶うはずもない。
風力で織ったと宣伝している今治タオルでさえ、自前の風力発電機から電気を供出しているというだけで、工場の電気自体は四国電力から別に供給されているわけで。
ここで人間は、顔の無い小さな人形の群れで表現されていた。彼らはのうちあるものは去り、あるものは別の神を信じ、あるものは迫害され、あるものは殺され……。
そして舞台の上、墓石みたいな灰色の箱が立ち並ぶ中、自らの民を失い、とうとう誰も信じる者が居なくなった神々が最後の相談をしていた。
『この世界で我々の役目は終わった』
『我らが民も死に絶えた』
『もはや我々も消えるしかない』
意図的に抑えられた照明が哀愁を誘う。
ショッピングモールに顧客を奪われた商店街の定例会って、こんな雰囲気なのかね。
『しかし、一柱の神が提案したのです。この世界で必要とされないのなら、必要とされるべき世界を新しく創れば良いのだ、と』
急に場面が切り替わる。世界が移動したのだ。
かつて世界を創造した神々は、その作業をもう一度繰り返す。今度こそは失敗しないようにと。
新しい世界は全くのゼロから創ることはせず、鳥、獣、魚、植物、その他細かい要素は元の世界を鋳型にして構築された。いや、既に創る時間も力も残されていなかった、というのが正しいのだろう。
そして準備が整い、最後に神々を信じ敬うべき新しい民が創造された。
長耳の一族。
黒羽の一族。
鱗の一族。
蛇身の一族。
皇竜の一族。
亜獣の一族。
獣頭の一族。
7柱の神々に、それぞれ7つの部族。神の人形の隣に、部族を表す7つの人形が追加される。俺が出会ったことがあるのは、長耳、黒羽、鱗の3つ。残り4つを地球式に表現するのなら、ラミア、ドラゴニュート、獣人か。ちなみに獣頭は言葉通り、普通の人間の頭だけが獣、というガネーシャ的やっつけ仕事だ。
「新しい人類」は期待された通り神々に従順であり、彼らにとって『至高の時代』の続きを夢見させてくれた。
しかしそれも永遠ではなかった。姿は違えど人間は人間。それも前の歴史を途中から始めたのであれば、同じ道筋をたどるのにそう時間はかからない。
神々は再び忘却の淵に立たされた。神の人形は舞台を降り、人の人形だけが残る。
『そして、異変が起きたのです』
舞台が真っ赤に染まり、蛇身、獣頭の一族の人形が倒れる。倒れた足元から湧き上がるように、長い生き物が現れた。蛇かと思ったが、よく見ると違う。黒くて巨大なミミズの化け物、といった感じだ。
「蟲だ!!」
「蟲が出たぞ!!」
観客から声が上がる。蟲の数はどんどん増え、やがて舞台を覆い尽くす数になった。えらい小道具を頑張ってるな。
『蛇身、獣頭の一族が消え、飢えも渇きも無い祝福された大地に初めての災厄が訪れました。地に満ちた蟲の群れは人を、家畜を、田畑を襲い、長きに渡り苦しめました』
脳裏にアニサキスの姿が浮かぶ。あれも異変で現れた蟲の一種だったのだろうか。
『そこで先王陛下が立ち上がったのです。近衛騎士団から精鋭を募り、討伐隊を編成して村々を蟲の脅威から守りました。やがて討伐隊は騎士団から独立し、今は王都と国民、国民の財産を守る護衛軍となっています』
書き割りのお城から出撃した輝く鎧を纏った騎士たちの人形が、次々と蟲を駆逐していく。
『先王陛下、現王陛下もこの事業に尽くされました。そして娘であるスノラダ姫が10歳の時、長耳の一族の祖神であるオーディン様より神託が下ったのです。再び神の威光を思い出し、信仰を取り戻せば、国家の安寧と繁栄は約束されると!!』
うおぃ、今聞いたことのある名前が出たぞ!!
自分の中二病データベースとペ○ソナ辞典に検索をかける。
北欧神話の主神オーディン……戦、魔術、詩、知識を司り、フギン、ムニンの2羽のカラスとフレキ、ゲリという2匹のオオカミを従え、神槍グングニルを携え、六本足の駿馬スレイプニルに跨り戦場を駆けるノルドの神。
伝説や言葉としては西洋世界に様々な影響を残しているが、神としての彼を信仰する者は絶えて久しい。でもだからって、こんなところに流れて来ていたとは。
視線を戻すと、ちょうどドレスを着た女の子の人形の前に、槍を持ち、馬に跨った人形が近づいていくところだった。
オーディンは装飾の付いた角杯を女の子に差出し、女の子がそれを受け取って飲み干すのを見届けると姿を消す。
『姫が18歳の誕生日を迎える時、再び現れると言い残して、神は去りました。神の寵愛を受けた姫は強く、賢く、美しく、そして優しく成長したのです』
女の子が先ほど見た、肖像画に似た銀髪の女性の人形に代わる。父や祖父と同じ、輝く鎧を身にまとった姿は、姫騎士とも呼ぶべきか。ジョブ弱点属性はオークで。
『そして今年、姫様が18歳の誕生日を迎え、再び神が現れるのです。その前兆としてつい先日、この王国から全ての蟲が姿を消したのです。調査隊が全土を巡って確認しました。もう影も形もありません!!』
「そうだったのか!!」
「姫様万歳!!」
無駄にノリのいい観客がいるな。しかし長年苦しめられてきた蟲が駆除されたのは、彼らにとって大きな喜びなのかもしれない。つまりもう少し待っていれば、アニサキスも勝手に消えていたとか?あれが徒労と言われると、それはそれで微妙にへにょる。
『今年のお祭りには、初めて姫様がお目見えになります。その時には皆で姫様を祝福してさしあげましょう!!』
最後に姫様人形とオーディンを中心に、残った5つの部族と神々が賞賛を送るシーンで幕が下りた。
隣に座るリーシャは、身を乗り出して拍手を送っている。
「お兄ちゃん、面白くなかった?」
「……いや、ちょっとぼーっとしてただけだ」
遅れて俺も拍手する。
情報が多くて混乱したけれど、中々有意義な時間だった。と気取ってみるけど、最後の取ってつけたような王室アゲはともかく、脚本も悪くないし、放射機構を使った光の演出も上手い。その上あれだけの数の人形を作る労力、そしてそれが動く様は壮で、素直に面白かった。
小屋にかけられた覆い布が上げられ、中に光が差し込む。
「お忘れ物のないように、またのお越しをお待ちしておりま~す」
入口の若い男が外から声をかけ退席を促す。
「ナルカ、少しは楽になったか?」
「ん。暗くて涼しくて、気持ちがいい」
確かに、顔色が良くなっている気がする。元から碧いけど。
もしかして黒羽の一族って夜行性なのか?羽も蝙蝠だし。考えてみれば村でも昼間は皆、屋内でごろごろ過ごしていたような。あの時は夜のために休んでいるのかと思ったけど、単にそういう習性だったとか。
「悪いけどリーシャ、ナルカと一緒に屋台で飲み物でも買って、しばらく待っててくれないか」
「いいけど、お兄ちゃんは?」
「俺は劇団の人に、ちょっと聞きたいことがある」
くいくいっと舞台の方を指さす。
「あ、じゃあ私も行きたい。姫様の人形、しっかり見せてほしいもん」
そういうことなら、と3人で舞台裏に回る。そこにはお姫様と同じくらいの年の女の子が1人と、リーシャくらいの年代の男の子が3人、劇に使っていた人形を片付けていた。どことなく雰囲気が似ているので、兄弟なのかもしれない。次の公演まで時間があるのなら好都合。
「すいません、ちょっといいですか?」
「え、は、はい……あの、何かご用でしょうか」
女の子が顔を上げる。おっとりした雰囲気の、言い方は悪いが素朴というか田舎っぽい感じの女の子だ。少しウェーブのかかった栗色の髪を後ろで二つにくくり、茶色い縁のメガネをかけている。誰に似てるかといえば、秋田出身の裏切り眼鏡?。
「え~と、素晴らしい劇をありがとうございました。で、もし良かったら人形を見せてもらえたら、と思ったんですけど……」
「お姫様、お姫様見せて下さいっ!!」
いきなりお願いされた女性は、準備が~、汚れが~、恥ずかしい~と戸惑っていたが、入場係をやっていた若い男が客を出し終わって戻ってきた。
「どうした、文句でもつけられたか?」
と、そこで俺の顔を見てぎょっとする。そういえば木戸銭を払った時も同じような顔をしてたけど、何かあったんだろうか。
「兄さん、この人が人形を見せてほしいって……。私、そんなこと言われたことなかったから……」
「ちょっと待ってて下さい。集合っ!!」
号令で二人のもとに男の子たちが寄ってきた。そして円陣を組んで密談を始める。
俺とリーシャが?を浮かべて待っていると、突然女の子が俺の顔を見て「え~っ!!」と絶叫した。
「ほ、本当にありがとうございますっ!!私たちの劇なんかに金焔貨を出してくれるなんて、どうお礼を申し上げたらっ!!」
『ありがとうございま~す』
男の子たちが声をそろえてお礼を言ってくる。
入場料として適当に放り込んだ硬貨のことだろうか。
「金焔貨って言われても、どれぐらいの価値があるか知らないんですが……」
「わ、私のひと月分のお給金ですっ!!」
ぶふぁっと吹き出す。グレリーのすっとこどっこい、数十万円の価値がある硬貨を混ぜておくとか、何考えて財布渡してんだ!!
「姉ちゃん、今日は何食べようか?」
「俺、ステーキがいいな」
「デザートも付けていい?」
男の子たちがキラキラした目で話しているのを聞いて、頭を抱える。こりゃ、さすがに間違えましたなんて言える雰囲気じゃないよな。ま、俺にしてもあぶく銭だし、後でグレリーには謝っておこう。
「ちょうどこれから昼休みになるので、その間でしたらお見せできるんですけど」
すまなそうに言う女の子。そういえばそろそろ待ち合わせの時間か。
「じゃあお願いします。俺が見たいのは……」
「わ~い、姫様だ~」
既にリーシャは勝手に箱の中の人形で遊び始めている。
「うにょうにょ、気持ち悪い……」
そう言いながら蟲人形の山を突っつくナルカ。だったら触るなって。
「あ、名前聞いてもいいかな?」
「私ですか?その、ミミスって言います」
後ろで男の子たちが、姉ちゃん頑張れ、目指せ玉の輿!とかもじもじしているミミスに野次を飛ばす。悪いけど日本にいる時ならともかく、今の俺は住所不定、無職、貯金なし、扶養家族ありと、稲生さんの物の怪屋敷並に超不良物件なんで、残念ですけどお勧めできません。
「それで、どの人形を……」
言った瞬間、黒い塊が布で覆っただけの小屋の壁を突き破って中に飛び込んできた。その衝撃で柱が折れ、小屋全体が支えを失って全体のバランスが崩れる。
「危ないっ!!」
とっさにミミスの手を引き、手近にいるナルカとリーシャに覆いかぶさる。布と棒でできた簡素な小屋に耐久力があるはずもなく、3秒と持たずに崩壊が始まった。次々と柱が俺たちの上に倒れこんでくる。
「っつう、皆大丈夫か?」
柱を押しのけて立ち上がる。安普請が幸いしたのか、俺には大した怪我もない。
「だ、大丈夫ですけど」
「あ~、お人形が……」
「やっぱり蟲、嫌い」
少なくとも俺の下にいた面々は無事らしい。ナルカは蟲人形のバケツに顔を突っ込んでしまったらしく、苦虫を噛み潰したような顔になっている。
ちなみに男の子たちも、兄らしい若い男が庇ったおかげで無事なようだ。
「何が起きたんだ?」
先ほど飛び込んできた黒い塊を確認しようとする。が、その前に黒い塊が立ち上がった。どうやら全身をマントで覆った人間だったようだ。マントのせいで体型は分からないが、身長から察するに小柄な女性か子供、といったところか。顔もフードに覆われて判別できない。
「おい、あんたは一体……」
「黒い髪に白い肌の男……なるほど、あなたがオオクニスクナですか。何故こんなところにいるのです。待ち合わせは噴水だと聞いていなかったのですか?」
マントの人物から、凛とした女性の声で俺の名前が発せられる。
「ってことは、あんたがグレリーの使いか」
「グレリー?ああ、またそんな名前を使って遊んでいるんですか、あのすっとこどっこいは」
言い放って小柄な女性は警戒するかのように、両手に一本ずつ握っていた細長い両刃の剣を構えた。
「すっとこどっこいには同意する。けど、何が起こって……」
俺は続きの言葉を飲み込んだ。チャッ、という武器を構える音がする。見回すと、手に手にサーベルのような彎刀を持った黒装束の群れが、崩壊した小屋を囲むように陣を組んでいた。
明らかにターゲットは彼女。
「おっけ、つまりは追われている、と」
「……私は少々不味いものを見てしまったらしいです。どれだけ逃げてもこいつらは、私の居場所を嗅ぎ付けて現れる。何度も何度もっ!!」
敵の一人が切りかかったサーベルを、二本の剣で受け止め、そのまま脇に流す。小柄な分、二本でなければ対抗できないらしい。彼女は受け流した勢いで一回転し、さらに二本の剣で逆袈裟に斬り上げる。が、相手は軽やかなバックステップで斬撃を避け、そのまま彼女の間合いから距離をとった。
「オオクニスクナ、誘っておいて申し訳ありませんが、この連中は睦ごとなど許してくれそうにありません」
「見れば分かる。もてなそうだもんな」
ふっ、と女性が鼻で笑う。
「デートの場所はまた指定します。私が生きていればの話ですけれどっ!!」
言い放つと、彼女は両手に剣を構えたまま姿勢を低くして、死中に活を見出だすべく、弾丸のように走り出した。