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サンマを求めて奴が来る

 熱せられた銀色の魚体から脂が溢れ出し、フライパン代わりに熱した鉈に触れた途端、じゅうっと泡を上げて蒸発する。その瞬間、えも言えぬ芳醇な香りが船上に舞い、鼻腔をくすぐった。知らずの内に、口の()(よだれ)が浮かぶ。


 もういいだろう、というより、もう我慢できない。


「いっただっきま~す!!」


 俺は遠慮なく、焼き上がったばかりの秋刀魚(さんま)にかぶりついた。たっぷりと脂の乗った濃厚な白身が、湯気を上げながら舌の上で解きほぐされる。口の中全体で堪能したそれ を、唾液と共に一気に飲み下す。咽頭、食道、そして胃が、久しぶりの日本食に喜び踊る。


「うんまぁ~い!!」


 そう一度だけ吠え、行儀が悪いと知りつつ手づかみでひたすら目の前の秋刀魚と格闘を続ける。


 海水を蒸発させて作った塩を振りかけただけのシンプルな味付けだが、それだけでも充分だ。


 1匹、2匹、3匹と瞬く間に食べ終え一息入れたところで、自分を見つめる2人分の視線に気が付いた。


「いやぁ、(おか)の人なのに凄い食べっぷりだな~って」


 秋刀魚を持ってきてくれた張本人、先ほどの赤髪の人魚少女が、海中から船縁(ふなべり)にもたれかかりながら呆れたように嘆息した。


「だってサンマだぞサンマ!!まさか異世界に来てまで、こいつらに出会えるとは思ってなかったから」


「お兄さんの住んでたところにもサンマがいたの?」


「勿論!サンマどころか数えきれない種類の魚がいたし、その殆どを食べてたぞ。大きいの、小さいの、長いの、短いの、浅い海から深い海、毒のある魚も全部。」


 積んであった草の葉で口を拭い、海水で簡単に手を(すす)ぐ。


「そもそも何種類も魚の名前を知らないと、まともに生きていけない国だったからな~」


「わぉ、あたしたちよりずっとすご~い。鱗の一族の皆も、魚がいたら捕まえるってだけで、名前とか種類とか、あんまり頓着しないし」


 よく食べる魚は覚えてるけどね、と頭と骨だけになった秋刀魚を眺める。というか秋刀魚という言葉が通じているのも流石ファンタジー。


 彼女が「獲ってくる」と言って海に潜ってから10分。いきなり水族館のシャチもかくや、という勢いの水面ジャンプと共に、4匹の秋刀魚を抱えた状態で船の中に飛び込んできたのだ。白衣を屋根にしたままだったら、魚型に穴が開いていたところだ。


「でも助かったよ。久しぶりに美味しい魚を食べられたし、これで心置きなく王都に向かえる」


「うんうん、喜んで貰えたみたいで嬉しいよ」


 頷く人魚少女。この調子なら他の海産物にも期待できるかもな。


 ちなみに先ほどの秋刀魚、ナルカの雷魔法でアニサキスを倒した時に使った鉈に電熱を帯びさせる方法で調理した。試験的だったが上手くいって何より。ナルカにも1匹秋刀魚を渡したのだが、あまり食指が動かなかったらしく、皿代わりの葉っぱに乗せたまま放置されている。


「スクナ、言ってなかったかもしれないが、王都にも魚市はあるぞ?昔見た記憶がある」


「新鮮さが違うんだよ。その魚市、ハエが沢山飛んでなかったか?黒くて小さな虫が。」


「ん。一杯魚に止まってて、近付いたら一斉に飛んでた。それがどうかしたのか?」


 肩を落としてやれやれ、とポーズをとる。


「俺が欲しいのはそんな『魚の死体』じゃない。下手すると腹を壊すしな」


「そうそう、お魚はお肉と違って、時間が経つとどんどん悪くなっていくんだから。全部じゃないけど、基本的には泳いでいるのをすぐ食べた方が美味しいんだよ」


 マグロは寝かした方が美味しいらしいけどね。流石人魚、魚のプロはよく分かってらっしゃる。


 とはいえ、流石にこの世界で刺身を食べれるとまでは考えていない。生ものは寄生虫のリスクがあるから、できるまで避けた方がいいだろう。そもそも醤油が無いし。ただ、古代ローマのガルムみたいな魚醤は手に入るかもしれない。


「お兄さん、陸の人っていうより、あたしたち鱗の一族みたいだね。魚を生で食べたりするの?」


「ああ、種類にもよるけどな。」


「……もしかして、あたしたちと同じ尻尾を隠してないよね?」


 じろじろと下半身を凝視される。


「隠してない、隠してない。」


 そのままパンツを引きずり降ろされそうな雰囲気を感じ取り、慌てて足を引っ込める。


「俺の国、日本じゃ普通のことなんだって。海に囲まれた島国だから、魚や貝や海藻を当たり前に食べていただけだ。」


「え~、だってそんな国聞いたことないし。名前もあたしたちと一緒じゃん」


「名前?」


 そういえば彼女の名前をまだ聞いていなかった。


「お兄さん、スクナっていうんでしょ?」


 船縁から身を乗り出し、ぐいっと俺との距離を詰める。濡れて光る少し赤みを帯びた肌が間近に迫った。女の子の匂いと、海の匂いが混ざって漂ってくる。


「ああ、そうだけど。スクナ、正式には大国健那(おおくに すくな)だ」


「あたしはね、イクナ。香水瓶のイクナっていうの」


 胸元にぶら下げたガラスの香水瓶を俺に見せつける。


「鱗の一族は兄弟が沢山いるから、海の中で好きなものを拾って自分の名字にするの。あたしはこれ。子供の頃遊び場所にしてた難破船で見つけた香水瓶、これがあたしの名字」


 面白い風習だが、確かに水の中だと個体識別が難しいことを考えると、理にかなっているかもしれない。にしても、思った以上に俺と名前が似ていて驚いた。


「スクナの正体は魚だったのか?生き別れの妹がいたのか?」


「違うって。」


「だって魚を生で食べるし、名前が一緒だぞ」


 その程度の共通点からどうすればその結論に結びつくのか、小一時間問い詰めたい。


「あ~ん、お兄ちゃ~ん!!」


「こら抱き着くなっ!!うおぅ、ぬるぬるするっ」


 いきなり飛びついて来た人魚の少女、イクナの身体を支えきれず、船の上に押し倒される。


「でも不思議。スクナって本当に陸の人なんだね。こうやって触ってみるとよく分かるよ」


「そりゃどうも」


 ぺとぺと、と水かきの付いた手でほっぺたを弄ばれる。思ったよりも指先は暖かいことから、人魚も一応恒温動物らしい。


「こら魚、スクナから離れろ。……ああでも、兄妹の邪魔をするのは……」


「だから違うっつ~に。」


 じゃれ付くイクナと、あわあわするナルカ。


 と、そうしているうちに、いつの間にか太陽の光が遮られ、辺りが暗くなってきた。


「ちょっと待て。つか落ち着け」


 騒ぐ二人をなだめる。


「何かおかしい。さっきまであんなに晴れていたのに」


 しかも日没はまだのはず。原因はすぐに分かった。水面は相変わらず凪いでいるが、辺りが分厚い霧のヴェールに覆われていたのだ。


「あちゃ、ヤバい。もうこんなとこまで現れるなんて……」


「何か知ってるのか、イクナ?」


 彼女は俺の質問に答えず、


「二人とも、すぐに魚の食べ残しを海に捨てて。」


「それとこの霧に何の関係が?」


「いいから早くっ!!」


 さっきまでのふざけた調子とは違うイクナの様子に、急いで俺が食べたサンマと、ナルカが食べなかった分の合わせて4匹を海に投げ込む。


 しかし、


「遅かった……みたい」


 霧の向こうから、何か楽器の演奏のような音が聞こえてきた。銅鑼やラッパが中心だろうか。聞いたことの無いメロディーだが、荘厳であるにも関わらず、どこか重苦しい、そして哀愁のようなものが感じ取れた。きゅっと、イクナが俺の腕を握りしめる。


「イクナ、あの音は一体……」


「説明は後で。スクナと、ナルカ、だったっけ、海の中に隠れるよ。んしょっと!!」


「海の中って、うおっ!!」


「スクナ!!」


 言葉も聞かずに、イクナは俺に抱き着いたままの恰好で寝返りを打つ。抵抗できなかった俺は、そのままイクナと一つになる形で海に転げ落ちた。


 ざぶん、と水飛沫が上がり、全身が水に浸かる。ここ数年、海にもプールにも行ってなかったから、この感覚は久しぶりだ。予想より水温は低くない。目を開けると一瞬塩水が沁みたが、すぐに慣れた。


 と、上から続いてナルカの身体が水中に飛び込んできた。だが、飛び込んだはいいものの、上手く泳げていない。手足をばたばた動かしているが、ただもがいているだけだ。


 助けなければ。バタ足でナルカに向かう。その俺の横を、すいっと大きな魚影が通り過ぎた。イクナだ。彼女はナルカに近づくと、右手をナルカの顔に向けた。途端、その掌から気泡が生まれ、どんどん大きくなり、ついにはナルカの上半身を覆うほどのサイズになった。水魔法とか、泡魔法とでも呼ぶのだろうか。気泡に包まれたナルカは最初何が起こったのか理解できていなかったようだが、息ができることが分かると冷静さを取り戻す。それを認めたイクナは、俺の方を見てにっこり笑うと上をくいくいっと指差し、そのままナルカの手を取って水面へと泳ぎだした。俺もそれを追いかける。


「ぷふぁっ、あ~びっくりした」


 水面に顔を出して、空気を思いっきり吸い込む。辺りは完全に濃い霧に覆われており数m先も見えない状態だが、何とか船の位置は判る。そのまま平泳ぎで丸木舟まで泳ぎ、船縁に手をかけた。


「いきなり水に落とすなよ。溺れたらどうするんだ」


 先に行って待っていたイクナに文句を言う。


「え~、だってあれだけ魚好きな人が泳げないわけないじゃん、ね。あと、ちゃんと断ったよ~」


「そうゆう問題でなくって。ナルカは大丈夫だったか?」


「……少し水を飲んだ。しょっぱかった。」


 うえっと顔をしかめる。俺が女難なら、ナルカは水難の相が出ているな。


「無事で良かった。けど、ナルカは泳いだことは無いのか?」


「水遊びをしたことはあるけど、泳げない。泳げる人の方が珍しい。」


 確かに、俺の世界でも国民のほとんどが泳げるのは、主に日本と他数か国くらいだ。そもそも小中高大全ての学校にプールが常備されている、ということ自体が世界的にも珍しいんだとか。でも日本じゃ泳げないと、というか水に慣れていないと死ぬしな~。


「しっ、船の陰に隠れて。奴らが来るよ。」


 既に頭を船縁より低くした状態のイクナが、俺たちに手招きする。今は彼女の言うことに従った方が良いだろう。ナルカと一緒に船縁を掴んだままイクナに倣って頭を低くして、奴ら(・・)とやらに備える。


 そういえば、先ほど聞こえていた音楽は、今はもう聞こえなくなっている。しかしながら霧が濃くなると共に、存在感というか、重苦しい感覚は強くなってきたような気がした。


「イクナ、奴らって……」


 話しかけようとしたその時、霧の中からぬっと木造の(へさき)が現れた。言葉の続きを唾と一緒に飲み込む。舳に続き、船体が姿を現した。それは大型のガレー船だった。古代から地中海で使われていた、船の横から突き出したオールを動かして進む細長い船。風が弱いためか、マストは立っていない代わりに、オールの数が多いような気がする。


 が、それよりも不思議なのは、オールが全く動いていないにも関わらず、船は水面を滑るかのように音も立てず進んで来ることだ。


 水面下の衝角が静かに水をかき分け、生まれた波が丸木舟を揺らす。ガレー船はそのまま俺たちの丸木舟とすれ違った。その際に船を観察する。外見は図鑑で見たことのあるガレー船そのまま。厚い霧のせいではっきりしないが、甲板の上にはかなりの数の人影がある。漕ぎ手か、戦闘要員かの判断はつかない。しかしそれらの人影は、少なくとも俺が見ている間、誰一人ぴくりとも動かなかった。


 そしてガレー船は来た時と同じく、物音一つ立てずに霧の中へ消えていった。


 船が消えた後もしばらく霧は立ち込めていたが、やがてゆっくりと薄れていき、再び亜熱帯の日差しが俺たちの上に戻ってきた。あの重苦しい感じもいつの間にか消えている。


「ふぅ、もういいよ。あ~気持ち悪かった。」


 思いっきりのびをするイクナ。


「あれは一体?」


「それより船に上がったら?風邪ひいちゃうよ。」


 お言葉に甘えて勢いをつけて丸木舟によじ登り、ナルカを引き上げる。俺はともかく、ナルカは水に浸かったこととさっきの船のせいで、すっかり衰弱してしまっていた。黒羽の一族は翼が蝙蝠タイプだから、身体が水に濡れることには元々弱いのかもしれない。


 ぐったりしたナルカの身体を拭き、布団代わりに白衣を掛けてやる。


「これでよし。で、さっきの船の話だが……」


「う~ん、残念だけど、あたしもよく分からないんだよね。10年くらい前から海のあちこちで、霧と一緒にあんな感じの不気味な船が出るって噂が広まったんだ。」


 ちなみにあたしは3回目、と半身船に乗り出したイクナが続ける。


「ってことは、前の2回はどうだったんだ?」


「う~ん、最初に遭ったのは、客船が海賊船に襲われた後を通り過ぎた時だったかな。で、2回目は肝試し!!」


「肝試し?」


 また妙な単語が出てきた。


「そうそう。ちょうど友達と飲み会やってた時に、ノリで噂の変な船を見に行こうって感じになって。事故や事件のあった場所に出る、みたいな話があったから、探しに行ったんだよね~」


「そうしたら見つけた、と」


「何日か前に海戦があった場所をうろついてたら、さっきみたいな感じで霧が出てきて、あんな船が現れたんだ。種類は違ったけど、不気味さは同じ。何もしないのに走ってて、乗ってる人はぴくりとも動かない。夜だったのに明かりも付けない」


 俺もあの手合いに、夜出会いたくは無い。


「それから酔った勢いもあって、あの船が来たところに行ってみようって話になっちゃって。流石に顔を出すのは怖いから、潜ったままで来た方向に泳いでみたんだよね」


「で、何があったんだ?」


「船、それも沢山!!」

 霧の奥には、色々な船の集まった溜まり場があったらしい。


「船団って感じじゃなかったな。どっちかって言うと、船の墓場の方が似合ってる。」


 どこに行くでもなく、波間にただ漂ういくつもの船底を見て怖くなったイクナは、友人と一緒にそのまま逃げ出した。


「確かに怖いな、それは」


「でしょ?あ、でも気付いたことがあるの。逃げる時沢山船を見たんだけど、真ん中あたりにあった一隻だけすごく細長くて、喫水が浅かったの。周りの船と違って、あれだけ川用だったんじゃないかな?」


「細長くて喫水が浅い、か」


 海川両用の船は、それほど珍しい話でもない。例えばバイキング船は航海しながら川を遡って村々を略奪するため、細長くて喫水もそれほど深くない。とはいえ海専門のイクナがそう言うなら、一応心に留めておこう。


「あとね、これはあたしの推測なんだけど、あの船、っていうか霧が出てくるのは、

『命が失われた時』なんじゃないかなって」


「ということは、もしかして俺がサンマを食べたから……」


「出てきたんじゃないかな、と。この海域で霧を見たことは無かったし、サンマ程度で来るなんて考えてもみなかったけどね。」


 なんつ~迷惑な話だ。


「でも、実害は無いんだろ?」


「これを見て」


 イクナは丸木舟の隅に積んであった、俺たちの食料を引きずり出す。


「うわ臭っ!!」


 島の人たちから貰った食料は、その全てが腐って悪臭を放っていた。甕に溜めた水も濁って泥水のようになってしまっている。


「人間に対してはどうかわからないけど、少なくとも食べ物に悪影響はあるみたい。」


「って、水と食料がダメになったら遭難するだろ!!」


「あ、本当だ。人間にもあったね、悪影響」


 船の上にいたらどうなっていたか。少なくともこれまで安全だった海中に引っ張り込んでくれたイクナの判断は正しいと思う。


 それは別にして、何故か笑っているイクナにいらっときて彼女のほっぺたを引っ張った。


「いひゃい、いひゃい」


「とにかく、早く王都に向かわないといけなくなったな」


 手を離して、オールを引き出す。


「痛かった~。あ、王都行くなら手伝うよ。」


「手伝うって?」


「こうするの。見てて」


 そう言って水の中に戻り、丸木舟に肩を押し当てる。


「うおおおぉぉぉりゃぁぁぁっつ!!」


 女の子にあるまじき気合いと共に、船が進み始める。


「……おいおい、まじか」


 船のスピードはどんどん速くなり、やがてモーターボートなみの速さに到達した。水しぶきを上げて進む丸木舟。明らかに速度限界を超えているため、船体は猛烈に揺すられる。


 俺はとっさにナルカの身体を抑え、余った足で残りの荷物を抑える。


「うりゃうりゃうりゃ~っっ!!」


「もっと、スピード、落とせ~っっ!!」


「……スクナ……吐きそう……」


 そんな俺たちにはお構いなしに、船を押し続けるイクナ。早くこの海域から離れたいというのもあるのかもしれない。それから約30分、設計ミスした遊園地のアトラクションみたいに揺れる丸木舟の上で、地獄の耐久レースが始まった。



「もう王都が見えたよ~」


「そりゃどうも……。うぐっ」


 滝登りしてきそうな胃の中のサンマを押し戻して答える。俺の腕の中でナルカは意識

を朦朧とさせており、答える力も残っていないようだ。1kmほど離れた先には、王都の港と思われる石造りの堤防が見えた。その中には停泊中の船の帆柱が乱立している。


「あれれ、お疲れ?大丈夫?」


「誰のせいだ、誰の……」


 あれだけの猛スピードで船を押していたにも関わらず、イクナはけろっとしている。


「あんまり王都に近づくのもあれだから、あたしはここいらで失礼するね」


 と、さっさと海の中に消えようとした。


「ちょっと待ったっ!!」


「やん」


 その腕を掴んで引き止める。


「一応礼を言っとく。魚を持ってきてくれたのもそうだし、あの霧と船のことを教えてくれたのも、ここまで連れてきてくれたのも。本当に助かったよ」


「い~のい~の。海で出会ったら助け合いはお互い様よん」


 照れているのか、尾びれでぴたぴたと水面を叩く。


「それに陸の人で、こんなに鱗の一族に共感してくれる人に会ったの、初めてだしね。」


「俺も楽しかったよ。ありがとう、イクナ」


「どういたしまして、スクナ」


 面と向かって似た名前を呼び合うのは、どうにも締まらない。彼女もそう感じたらしく、顔がはにかんでいる。多分俺も同じ表情をしているんだろう。


「あたしたち、大体この港の近くにある洞窟か難破船を棲家にしているの。スクナたちが王都にいるんなら、また会う機会があるかもね。」


 陸の人間の遺物をリサイクル利用しているのか。難破は沿岸や湾港近くが多いと聞くから、意外と彼女たちとの接触機会は多いのかもしれない。


「そうだ、ちょっとそのままでいてくれるか?」


 待ってもらっている間に、島から持って来た自分の荷物を調べる。そして中から包帯を取り出した。イクナに近づいてもらい、その海藻のように広がっている赤い髪を包帯で纏めてやった。


「え、これって?」


「お礼。大したものじゃなくて悪いけど」


「ううん、嬉しい。実を言うと、泳ぐのに少し邪魔だなって思ってたところなんだ」


 あれで全力でないとは、人魚恐るべし。イクナは言葉だけでなく満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに自分の髪をぺたぺたと触って確かめている。


「ありがとう、大事にするね。それじゃ、またいつか」


「そうだな、またいつか」


 互いに手を上げ、彼女は海に潜ろうとして、ふと思い出したように振り返った。


「そういえばあたしたち鱗の一族には、出会いについてこういう言葉があるの。『一度目は偶然、二度目は必然、三度目は運命』って」


「へえ、面白いな」


 群れ以外の同族と出会う機会の少ない海の中の生き物だからこそ、という感じの言葉だ。


「次に出会ったら、それは必然だからね。じゃっ!!」


 それだけ言って、彼女は海の中に戻っていった。俺は彼女の髪を括った包帯の白が消えるまで、ずっと水面を見守っていた。


「さて、ラストスパートといきますか」


 改めてオールを手に取る。王都はすぐそこだ。丸木舟はゆっくりと、港の喧噪に向けて進んでいった。

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