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地獄への道は

「あいつを……あの化け物を退治するだと?」

 二の句を継げずに、バウンさんはわなわなと震えている。

「スクナさん、本気なの?」

「デュナさんの最期を見た後で、俺が冗談を言えると思いますか?」

「でも……」

 ジャナンさんは言葉に詰まる。

「無理だっ!!」

 バウンさんが悲鳴を上げた。

「俺たちが20人がかりで敵わなかった相手だぞ!!お前一人に何が……」

「出来るから言ってんだっ!!いい年こいた男が、ぴーぴー五月蠅い!!」

 すぐに俺の剣幕に押し黙る。言葉を続けた。

「あなたたちは負けるべくして負けた。何故だかわかりますか?」

「……彼奴が強かったから、そうでなければ俺たちが弱かったからだ。」

 首を振る。この村の文明レベルでは、この程度の分析が限界か。勝敗は力の強弱だけでは決しない。彼らもそれを生活の中で体感しているはずだが、記録という手段がなければ理論化、体系化は不可能なのだろう。記録媒体が無いため自分の経験以上に学ぶことができない、ビスマルクが例えるところの愚者。彼らに罪は無いが、彼らの無知は、罪だ。

「バウンさん、あなたはで森の動物を狩るとき、いきなり襲いかかったりします?」

「いや、そんなことをしては逃げられるだけだ。こちらからは追いかけず、隠れて獲物が隙を見せるのを待つ」

「場所はどうです?」

「風下を選ぶ。ああ、逃げられた時のためにも、あらかじめ逃げ道に何人か置いておくが……」

 バウンさんの表情が、少しずつ、失敗を見咎められた子供のようになっていった。

「つまりはそういうことです。あれを神ではなく化け物と呼んだのなら、普通に狩れば良かったんだ。それを神殺しだ、女の子を救うためだ、なんて英雄譚の主人公(ヒーロー)気取って考えるのを止めてしまったら、絶対に勝てない。勝てるわけが無い。何たって俺たちは、神に選ばれた勇者じゃないんですから。」

 既に彼の顔は蒼い肌の上からでも分かるくらい蒼白だ。

「どうせ相手の習性を調べもせず、てんでばらばらに襲いかかったんでしょう。」

「ああ……あああああ……」

 図星だったようだ。バウンさんは頭を抱えて蹲り、呻き声を上げ続けている。

 ちょっと単刀直入過ぎたか?

 いいや、これからこちらの言うことを聞いてもらうためには、強烈なショックを与えて一度自尊心をぶち壊す位が調度いい。

 大陸直伝、洗脳工作(ブレインウォッシュ)の基本だ。

「スクナさん……あなたは一体何者なんですか?」

 夫をいたわりながらジャナンさんが質問を投げかける。

「俺のことはどうでもいいんです。肝心なことはただ一つ……」

 ここがハッタリの効かせどころ。

「俺はあいつを倒せる。あんたは俺と一緒に戦うか、それとも自分たちの子供や孫を未来永劫生贄にし続けるか、だ」



 ガーンガーンガーンガーン……

 火の見櫓に吊るされた半鐘代わりの鉄板から、鈍い金属音が村中に響き渡る。

『男衆は集まれ、女子供は家に籠れ』という緊急の合図だ。

 環濠集落の中にある竪穴式住居の方々から、若い男たちが村長の家に向かってぱらぱらと集まってきた。皆、手槍や斧、鉈など思い思いの武器を引っ提げている。

 そんな彼らとすれ違いながら、俺は村の周囲に立っている柵の状態を確認して回っていた。使われている木の色や太さ、そして時折柵を棒で叩き、乾き具合を確かめる。いい感じに使えそうだ。

 そうしているうちに、いい加減人の流れも途絶えてしまい、外に出ているのは自分一人になってしまった。皆待っているだろう、そろそろ戻らなければ。

手に持った大きめの葉っぱの包みを見る。中には河原で取ってきた白い砂と石をいくつか。木の上で腐りかけていた、熟し過ぎて柔らかいイチジクの実。丈夫なツタと、木の枝を何本か。

 胸ポケットのPHSの電源を入れる。24時間ぶりに目を覚ました彼は、圏外表示以外は病棟にいた時と全く同じで、ここでは逆に現実感が薄く感じられた。電池残量は2/3と充分。

 さて、次も続いて正念場だ。ここからどの要素が欠けても目的には届かない。

 何年も前に受けたセンター試験を思い出しながら、俺はゆったりとした足取りで村長の家に戻った。

 村長の家は、集まった男たちの熱気で中華街の饅頭蒸し器状態になっていた。

 石の椅子に座る顔ぶれは、昨日俺と一緒にデュナさんを送ったものと同じだ。そこに村の重鎮と思われる年配の男性らが加わっている。女性はジャナンさん一人。村人たちは、自分たちが何故集められたのか分からず、不安からのざわめきは時間と共に大きくなるばかりだ。

 そんな中俺の姿を認めたバウンさんが、長老の隣で立ち上がり群衆を鎮める。俺は人の輪をかき分けて進み、彼らに向かい合う形で皆の前に立った。

 全員の視線が俺一人に鋭く突き刺さる。

 だがこの程度、毎朝教授の前で患者プレゼンをしていた俺には何するものぞ。

「話を始める前に聞いておきたいことがある……きみたちは戦士になれるか?」

 俺の真意を量りかね、一瞬皆がどよめく。それ以上に、俺が村長とバウンさんを差し置いて話し始めたことに驚いたのかもしれないけれど。

「先ほどの警鐘は、村に危機が迫った時に鳴らされるものと聞いた。そしてきみたちは武器を持ち、村を、家族を護るためにここに集まった……そうだな?」

「その通りだ。何が起きた?大陸からの侵略者か?崖の下からトカゲが来たのか?それとも……」

 最前列の若者が声を上げる。門番の2人とは別の少年だ。いいね、その若者ゆえの近視眼。こんな時でなければ嫌いじゃない。が、

ははははははははっっ!!!!

 俺の笑い声にぎょっとした少年が言葉を飲み込む。

「何が可笑しい、客人」

 静かに初老の男性が尋ねる。驚いて思考停止した少年たちと違い、伊達に年は取っていないということか。

「これが笑わずにいられるか!!あんんたたちみたいなのを、うちの故郷じゃ『茹で蛙』っていうんだよ。侵略者?トカゲ?(うそぶ)くなよ、この阿呆どもが!!」

 そういやカエルって通じるのか?

「客人、ならお主の故郷では、長幼の序は教わらないのかね」

 挑発には乗ってくれたようだ。言葉は努めて礼儀正しくしているものの、怒気をびりびり感じる。だが、(ぬる)い。

「勿論教わるさ。年を重ねただけの古蛙に価値は無い、ともな」

 青い額に青筋が浮いてるのが分かる。さすがファンタジー。

「まだ分からないのか?昨日のことを忘れたのか?あんな化け物の横で暮らしながら、よく平気でいられるな、ってことだよ。あれ以上の危機がどこにある?自分たちが煮立った湯の中にいるのが分からないのか?あれと戦う気概も無いくせに、村なぞ、家族なぞ護れるものかっっ!!」

「客人、それは」

「ああそうか……」

 言い訳する暇は与えない。ここぞとばかりに思いっきり侮蔑の視線を浴びせかける。

「女の子と違って、男連中は食われる心配が無いからなぁ」

 この一言で、村の男たちは皆絶句した。このまま畳みかける!

「いい加減に目を覚ませ。あの化け物をどうにかしない限り、村が襲われる危険は無くならない。いつまで”祭り”なんて言って、自分に嘘をつき続けるつもりなんだ?」

 一呼吸。

「俺には策がある。あの化け物を倒す策が。俺一人でやるつもりだったが、あんたたちが協力してくれれば、より早く、より確実に化け物の息の根を止めることができる。村を護りたいのなら、男になりたいのなら、俺について来い!」

 家の中は騒然となった。老人たちは暴れる巨大アニサキスの恐怖を直接知っているが、若者たちは生贄の儀式を、そういうものだとしか認識していなかったらしい。今初めて自分たちが何をやっていたかを考え、その行為に戦慄しているようだ。まあ、考える余裕も罪悪感も無く儀式を行えるように、さっさと酔い潰れるよう教えられていた可能性もあるけど。

「いかん、いかんぞ!”祭り”を止めるなど、あの荒ぶる神を倒すなど!!」

 若者たちはともかく、老人たちは恐怖が勝ってしまったようだった。あともうひと押しなのだが……。

「バウン、お前もこの痴れ者に何か言ってやれ!!愚かにも神に挑んだお前なら骨身に沁みているだろう。あの神には勝てん、あれには手を出すなと!!!」

 それまで俺の横で黙っていたバウンさんがゆっくりと口を開く。それまでああだこうだと騒いでいた村人たちも鎮まり、次期村長の言葉を待つ。

「俺にはできんっっ、やはり俺にはできんぞっっ!!」

「おおっ!!」

 老人たちが感嘆の声を上げる。

「これ以上、あの化け物に子供の命を捧げるなど!!あの時の俺は、やはり間違っていなかった!!」

「バウン、お前まで……。気でも触れたかっ!?」

「触れていたさ、ついさっきまではな。孫子(まごこ)の未来で今の安寧を(あがな)おうなど、男の、ましてや戦士のやることではない!!」

「あなた……」

 宣言するバウンさんと、その横で彼の手を握り寄り添うジャナンさん。もはや流れは決まった。二人を前にして、老人たちは完全に沈黙する。

 父親がわが子の未来のために戦おうというのだ。そしてそれは、この場にいる若い父親たちにとっても同じこと。反対できる者などいるわけがない。

言いだしっぺとしては、最後の一手を持って行かれたのは何だかもやっとしたけれど、多分これが正解だったのだろう。

 そしてちょっとの疎外感。俺も人の親になる日が来れば、彼らの気持ちが解かるのだろうか。

「皆の意志は決まった、ってことで良いかな?」

「ああ、頼む」

 改めて皆の前に進み出る。その際むき出しの地面に、先ほど取ってきた河原の白い砂を薄く広く撒く。村人たちが見ている中、砂のキャンパスができあがった。

 俺は指し棒代わりの枝を手に取り宣言する。

「さて、狩りの準備を始めますか」




 作戦の説明が終わり、村人たちが役割分担に応じて村へ、森へと散開していく中、俺は一端家に帰ることにした。ずいぶん時間を取られてしまったから、ナルカが心配しているかもしれない。

「ただいま~。ナルカ、寝てるか?」

 そう言いながら竪穴式住居に入る。

 けれども、家の中には誰もいなかった。慌てて家の中を調べるが、元々狭いところに隠れる場所は多くない。荷物をひっくり返したりもしたが、ナルカは影も形も見当たらなかった。

 不味い。

 今彼女が、外で作業をしている村人たちに出会ってしまったら、不審に思われる可能性がある。早く探し出して、家で大人しくしていてもらわなければ。

「どうした、スクナ?」

 と、急に後ろから聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。

 振り返ると入り口に、真昼の太陽を背にして果物を抱えたナルカが立っていた。

「お帰りナルカ。てっきり家で寝てると思ってたから、いなくてびっくりしたよ」

「ん、ただいま。ご飯を取りに森まで行ってた。スクナもいるか?」

 洋ナシみたいな黄緑色の果実を差し出してくる。確かに、朝から何も食べていなかった。

「そうだな、貰うとするよ。中で一緒に食べよう」

「うん」

 果実を受け取りながら誘うと、ナルカは嬉しそうに頷いて俺の隣に腰を下ろす。洋ナシもどきにかぶりつくと、見た目通りの洋ナシ果汁が口の中に広がり、あの謎なざらざらした食感が舌を撫ぜた。ナルカはバナナっぽい物体の皮を剥き、白い中身を小さな口いっぱいに頬張っている。この世界のバナナに種が残っているか気になるところだ。

「そういえば、村のみんなが忙しそうにしていたけれど、何か始まるのか?」

 バナナの一口目を飲み下したところで、ナルカが尋ねる。

 来たな。

 ここでちゃんと答えておかなければ、余計な心配ごとを抱えてしまうことになる。

「ああ。俺もさっきバウンさんから聞いたんだけど、何でも男衆だけで後祭り、つまりお祭りのおまけみたいな事をするらしい。俺も誘われたから、食べ終わったら手伝いに行かなきゃならないんだ」

「さっき、村の柵を壊していたけれど、それも祭りなのか?」

 おかげで横から帰ってこれた、と二口目にかぶり付く。

……見られていたか。まあ家に籠っていなければあんな大工事、気付かない方に視力検査が必要だ。

「祭りに合わせて色々建て替えるんだとか。俺の故郷でも似たようなことをやってたぞ」

「ふうん」

 一応納得してくれたらしく、ナルカはバナナを飲み込んだ。

 しばらく二人とも無言で食事を進める。そうして先に食べ終わったナルカは、甕の水で簡単に手を洗うと、

「私は、スクナに謝らなければならないことがある。」

 と、真面目な顔で言った。まだ洋ナシもどきを食べていた俺は、そのまま耳を傾ける。

「昨日の夜、晩御飯を食べた後、私は寝ていなかった。お祭りで姉様を一目見るため、皆を追いかけて森に入っていた。嘘をついてゴメンナサイ」

「ぶっゴフッ!!……いやいいんだ、気にするな。それで?」

 食べているものを噴き出しそうになる。何とか押し留めたが、果汁に少し鼻への侵入を許してしまった。ずずっと鼻をすすり上げ努めて平静を装うと、彼女は一瞬訝しげな表情を見せたが、そのまま言葉を続ける。

「残念だが、私が追いついた時、既に姉様の姿は無かった。」

 ナルカが最悪の場面を目にするという、最悪の事態は免れたらしい。心の中でほっと胸を撫で下ろす。

「スクナが大声で()いているだけだった。ハゲたちに囲まれて。あいつらにいじめられたのか?もしそうなら……」

「いやいやいやいや、違うから!!俺、実はもの凄く酒癖が悪くてさ。泣いたり怒ったり叫んだりはいつものことだし、昨日も危うく裸になって沼で泳ごうとしたところを、皆に止めてもらったところだったんだ。」

 ちょっと盛り過ぎたか?ちなみにモデルは大学時代の先輩。でもそれがきっかけで、抑え役をやっていた後輩と去年見事にゴールイン。人生は分からん。

「そうなのか。スクナは酒癖が悪いのか。」

 独りごちるナルカ。

「では、姉様がいつ居なくなったか、スクナは知らないんだな」

 ここで俺が一番聞かれたくなかったことが、ナルカの口から飛び出した。撫で下ろした胸に杭を刺されたような気分だ。

 俺は知っている。

 デュナさんは、ナルカの大切なお姉さんは……村人の安心のため、寄生虫の化け物に殺されたのだと。逃げることも叫ぶこともできず、その命を散らしたのだと。

 俺のすぐ目の前で。

 正直、彼女の眼を見たくない。

 今すぐここから逃げ出したい。

 そうでなければいっそ洗いざらいぶち撒けて、楽になってしまいたい。

 ……いや、どれも違う。

 俺は、既に受け止めると決めている。

 後でどんなに()じられてもいい。

 少なくとも今は、彼女を危険に晒すことは避けなければ。

 しっかりと彼女の、濁りの無い金色の瞳を見据える。

「……知らないな。酔っぱらってて記憶に無い。そうだ、お祭りが全部終わったら、一緒にバウンさんに聞きに行こう。」

 今は皆忙しそうだし、俺も忙しいからな、と続ける。

「分かった……」

 そう呟くと、ナルカは黙ってしまった。

 これでいい。

 すべてが終わってから、時間をかけて伝えていこう。

「それじゃ、俺は出かけるけど、工事で危ないから今日は家から出ないように、な」

「ん……」

 力なく答えるナルカ。

 早く帰ってきてやらなければ。全てを終わらせて。

 決意を新たに、俺は作業を続ける村人たちのところへ戻った。

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