7.再会
7 2013/08/25
意を決して松垣シノブに電話した。もちろん同姓同名の別人である可能性もあるので、そこは慎重に。
数回のコールで相手は出た。
「はい」
「もしもし……マンパワー・パラダイスの山元といいます。いま、お電話大丈夫ですか」
「はい」
「じつはオレ、以前システム・イーという会社でオペレータをやっていたんですが」単刀直入にオレは訊いた。「あなたも、以前あすこにいらしたのでは?」
「……ええ、そうですが」
間違いない、あのシノブだ。が、電話の声では本人を想像するのは難しかった。そういえば、オレはほとんどヤツと口を聞いたことがなかった。
「あの事件をおぼえていますか。バスの入り口であなたと糸川キヌエが接触した……オレはキヌエの彼氏で、あの現場にもいました」
「……ああ……本当に……まさか」
電話のむこうでシノブはなにやらブツブツ言っている。そして、ヤツのほうから切り出してきた。
「山元さんといいましたね……一度会って話がしたいのですが」
「オレもそう思っていました。できれば、あまり他人に聞かれたくないので、個室のある居酒屋で話したいんですが」
「わかりました」
シノブはそう言った。
その日の夜にシノブと会うことになった。場所は横浜だ。東口のX番出口を出たところで待ち合わせした。
一九時の指定で一〇分前にオレが到着すると、シノブはもうそこで待っていた。
あまり会いたくない、できれば一生会いたくない相手だが、事情が事情なので仕方がない。来週からこの男が職場へやってくるかと思うと、それだけで気が滅入った。
「どうも、山元です」
「……ああ、どうも」
オレたちはほとんど無言で移動した。適当なチェーン店の居酒屋を見つけて、そこに腰を落ち着けた。個別のブースになっているので、まわりを気にしないで話せる。
オレは生ビールを、シノブは飲めないというのでウーロン茶を注文した。
「山元さん、ボクはこれから、かなりおかしな話をしますが、気持ち悪がらずに聞いてください」
「ええ、いいですよ」
覚悟はしていた。この場でこうしてシノブと対面していること自体、オレにも信じられないのだ。
「あなたの彼女……糸川さんは、ボクを針のようなもので刺した。そう、ダーツの矢です。このことを知っていましたか?」
オレは黙って頷いた。
「そうですか。じゃあ、ここからが気持ち悪い話です。ボクには見えた、彼女がボクを刺している画が」
「は?」
「うしろから刺されたんだから、ふつうは見えるわけがない。でも、その画がはっきりと脳裏に浮かんだんです。同時に彼女の悪意が、ぶわーっとボクのなかに入ってきました」
冷や汗が出てきた。こいつ、なにを言っているんだ……。
「そのあと、信じられない体験をしました。ボクが振り向くと、彼女の動きがスローモーションに見えたんです。彼女はうすら笑いを浮かべながら、ダーツをバッグにしまおうとしていました。本当にゆっくりとした動きです」
シノブはウーロン茶をひと口飲むと、続けた。
「さすがに頭にきましたよ。ボクは思い切り彼女の顔面を殴りつけました。そしたらまた、ものすごいスローモーションで彼女が吹き飛んでいくんです」
「キヌエを殴ったことは認めるんだな? 刑事にも言わなかったはずだ」
「正当防衛ですよ」
シノブは気持ち悪い笑い方をした。ヤツが笑うのを、はじめて見たかもしれない。
「正当防衛だって、じつは、最近気がついたんです」