6.高崎さん
ひさびさに会う面子とはいえ、かつては一緒に仕事をしていた仲間たちなので、しゃちほこばる必要はまったくなかった。飲み会は楽しかった。
皆それぞれ近況を報告したが、オレはただ転職したとだけ伝えた。わざわざ自分の不祥事を暴露することはないし、高崎もこれに触れようとはしなかった。
ただ、帰りがけに高崎がつぶやいたひと言が、オレの心臓を鷲づかみにした。
「そうそう、松垣さん、仕事辞めたんですよ。クビになっちゃったんです」
「えっ」オレはつとめて平静をよそおった。「なんで?」
「もともとあの人、無口で人づきあいも愛想も悪かったし、ちょっと変わってたでしょう。それで、」高崎は少し声をひそめた。「あの事件の後くらいから、あやしい行動をするようになって」
「どんな?」
「なんか、あぶない物を持っているんですよ。……ダーツって、わかりますよね。あの投げるダーツ。あれを針がむき出しの状態で握っているの」
オレは動悸を抑えるのに必死だった。ここでうろたえては、絶対にまずい。
「はあ、ダーツ」オレはビールをぐいと喉に流しこんだ。「なんでそんなものを」
「わかんないっす。で、上司からも注意を受けていたんだけど、ある日ついに……」
と、高崎はさらに声をおとして言った。
「ダーツに赤黒い血みたいなものが付いているのを上司が発見して、即刻それを取り上げたんです」
「うっわ」オレはマジで卒倒しそうだった。
「で、とりあえず松垣さんはその日帰されて、もう次の日からは会社に来なくなったという……」
オレは半ばうわの空で聞いていた。ただ、あの幸運のダーツはいま、それを取り上げた上司の手許にあるのか、とぼんやり思った。
飲み会の次の日は休みだったが、オレの気分は沈んでいた。まさかシノブが、そんな壊れ方をしていたとは……。
あるいはヤツはオレたちに恨みを抱き、この先復讐してくるかもしれない。オレはまだしもキヌエの身が案じられた。彼女を24時間守ってやることなど不可能だからだ。
怖かった。いつ襲われるかもしれないという不安がつきまとう。考えても仕方ない……とはわかっていても、その考えが頭から離れない。
そのときスマホに着信があった。剛流さんからだった。
「もしもし」
「お疲れさまです、剛流です。いま電話、大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です」
「来週からまた、ウチの新しいメンバーがそちらの現場に入りますので、フォローよろしくお願いしますね。ちなみにオペレーション経験者で、マツガキシノブさんっていう方です」
「えっ」心臓が口から飛び出るかと思った。「なんですって……松垣シノブ?」
「お知り合いですか」
オレは呼吸を整えるのに必死だった。
「前の現場で一緒に仕事をしていた人で、同じ名前が」
「まあ、狭い業界だから、ありえるわね。尚更よろしくお願いします」
「あの、剛流さん」
「はい?」
「その松垣さんと、事前に連絡を取りたいんですが」
「え……なにか訊きたいことでも?」
「まあ、なんていうか、いきなり現場で再会するのって照れくさいじゃないですか。ちょっと話したいこともあるし」
「連絡先を教えるのは別に構わないけど。どうせこの先、一緒に仕事をするんだし」
そしてオレは彼女からシノブの携帯番号を聞き出した。
「ありがとうございます」オレは言った。「もし別の松垣さんだったら、簡単にごあいさつだけしておきます」
「了解です」と剛流さん。「それじゃあ、来週からお願いしますね」
電話を切ったあと、しばらく呆然としていた。
一体どういうことだ。なぜシノブがウチの派遣会社に……。しかも、よりによってオレのいる現場に派遣されてくるなんて。
偶然にしては出来すぎている。これは仕組まれた罠か、それとも復讐のはじまりか。
いずれにしろ、シノブに電話して聞いてみなくてはならない。ヤツの真意を。願わくば同姓同名の別人であってほしいのだが。