5.剛流さん
剛流と名乗ったその女性は、いかにもキャリア・ウーマンっぽく、黒のスーツがとても似合っていた。
「さっそくですが、お仕事を紹介させてもらってもいいですか」
「えっ」オレは仰天した。「だって今、荒井さんが……」
すると彼女はしたり顔で微笑んだ。
「たしかに、荒井くんは立場上、厳しいことを言わざるを得ないかもしれないけど。だからといって山元さんにお仕事を紹介してはいけない、ってルールはないですよ」
「いいんですか、オレで」
「……コーヒー、お飲みになります?」
なんだかよくわからないまま、剛流さんのペースに乗せられてしまった。
来客用のいかにもインスタントっぽいコーヒーをオレにすすめると、彼女は本題に入った。
「山元さん、先の現場には結構長くいらっしゃったのね」
「ええ……6年ですか」
「ずっと印刷のオペレータを?」
「はい。おもに、それです」
「サーバの監視業務とかは?」
「あ、はい。以前は、やっていましたね」
こんな感じでまるで医師の診察を受けるかのように、オレは自身の業務経験とスキルを申告した。
剛流さんはファイルをぺらぺらと捲りながら訊いた。
「東京のM市なんだけど、通えるかしら」
「あ……はい、なんとか」
勤務地としてはちょっと遠いと感じたが、この際贅沢は言えない。
「それじゃあ、お客さんに提案してみますので。また連絡しますね」
「よろしくお願いします」
頭を下げて席を立とうとしたオレに彼女が声をかけた。
「山元さんなら、きっと(面接に)通りますよ」
それから先はとんとん拍子に話が進み、オレはまんまと次の仕事にありつくことができた。剛流さん様々である。
新しい職場は印刷ではなくサーバの監視や障害連絡がメインだった。これらはオレが前の職場で新人時代にやっていた業務なので、仕事をおぼえるのは早かった。
慌しくも充実した日々が過ぎて行った。いつしかダーツやシノブのことも記憶の隅に追いやられて行った。キヌエのヘッド・ギアも無事取れた。
いまの職場へきて半年が経とうとしていた。シノブの事件からも半年になる。彼のことは正直、忘れていた。そのメールが来るまでは。
オレのスマホにメールが入っていた。キヌエかな、と思いきや差出人は高崎だった。
『お久しぶりです。今度、旧メンバーで飲み会をやるんですが、よかったら参加しませんか?』
メールはそんな内容だった。
高崎とは前の職場でわりと親しくしていた。
オレはシノブの事件がもとでクビになったこともあり、ばつが悪くて高崎とも会っていなかった。が、いまとなっては別に気にしていない。久々に旧メンバーと会いたいと思った。
旧メンバーというのは、前の職場でオペレータをやっていた連中(ちなみに全員、男)のことで、いまはそれぞれ別の仕事に就いている。
高崎自身はまだあの職場に残っているが、オレも含めた旧メンバーたちが集まるための音頭を執ってくれているのである。
『了解です。ひさしぶりに皆に会えるのを、楽しみにしています!』
オレはそんな内容のメールを返信した。
2月のいちばん寒い時季だった。オレは高崎が指定した店へ行くために、小田原くんだりまで足をはこんだ。
旧メンバーはこっちが地元のやつらが多く、仕方ないのである。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです」とオレ。
高崎はオレより5つ年下の30歳だが、互いに敬語で話している。
もちろん、興が乗ってくると互いにタメ口になる。気心が知れている仲間というのはラクだ。
集まったのはオレと高崎を含め5人だけだった。ちなみに高崎以外、全員OBだ。オレもヘンな負い目を感じずに済んでよかった。