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幸運のダーツ  作者: 大原英一
前説
4/19

4.反省会

 キヌエが退院した。

 彼女は、しばらくヘッド・ギアをしての生活を余儀なくされた。サッカー選手などが着ける、バットマンみたいなアレだ。

 オレたちは今後のことも含め話し合う必要があった。なによりあの事件について反省会をしなくてはならなかった。

 場所はいつもの、近くの大型スーパー内にある複数店舗共用の食事休憩スペースである。ここはフォーティーワン・アイスクリームやらーめん月下など、そこそこ有名なチェーン店が入っている。

 月下で味噌らーめんをふたつ注文し、それをすすりながらの反省会となった。彼女の食欲が戻ったので少し安心した。


「キヌエちゃん……本当に、本当にゴメンね」

「こちらこそ、だよ。サトっちゃん、仕事クビになっちゃったんでしょ?」

「自業自得だよ。それより、」オレは核心にせまった。「あのダーツ、どうなったの」

 彼女は首を振った。

「わかんない、どっか行っちゃった」


 そしてオレは、ようやく彼女の口から事の顛末を聞くことができた。

 キヌエはあのダーツで、たしかにシノブの尻を刺したという。だが、その直後から記憶が飛んでいるらしい。ダーツをバッグのなかに回収するという当初の計画は、失敗に終わったのだ。


「シノブは本当にキヌエちゃんを殴ったのかな」

「ごめん……本当に、マジで憶えてないの」

「いやいや、ムリに思い出さなくていいよ。ただ、」オレは残りのスープをひと口すすった。「あのダーツって、いわば証拠品じゃん? バスのなかに転がったか、それともシノブが回収したかで話が変わってくると思うんだ」

 彼女も納得したように頷いた。

「シノブさんが押さえていたとしたら、完全にこっちが悪くなっちゃうね」

「そう。つまり、こういうことじゃないかな」オレは言った。「シノブは尻を刺されて、怒りにまかせてキヌエちゃんを殴った。けれど弾みで、ついやり過ぎた。そこで証拠品としてダーツを押さえておく。もし訴えられたとき、先に危害を加えてきたのは相手だと主張するために」


「うん……たぶん、そんなところだと思う」キヌエは低い声で言った。

 オレはホッと息を吐いた。

「とりあえず安心したよ。シノブが訴えてこなかったのは、彼もやり過ぎたと思ったんだろう。実際、キヌエちゃんはそれだけの怪我を負っているしね」

「今回ばかりは反省した」とキヌエ。「本当ならシノブさんにも謝りたいくらいだよ」

「うん、気持ちはわかるけど、あまりほじくり返さないほうがいい。オレもあの会社とは接点がなくなったわけだし」


 二人とも、しばし沈黙した。

「……で、これからのことなんだけどね」

 オレがそう言うと、彼女はぺこりと頭を下げた。

「ふつつか者で、根性もかなり曲がってますが、これからもよろしくお願いします」

「キヌエちゃん……」オレは半端じゃなくウルッときた。「こんなオレで、いいの?」

「いいです。サトっちゃんこそ、こんな私でいいの? こんなバットマンみたいなお面つけてますけど」

 オレはにっこりと笑った。

「アイスクリーム、買ってこようか」



 幸運のダーツ……まったく、とんだ代物だった。が、いつまでもヘコんでいられない。オレも失業して尻に火が点いているのだ。

 とりあえず派遣元のマンパワー・パラダイス社(通称マンパラ)に顔を出した。オレの不祥事というかたちで現場を撤退することになったのだから、マンパラさんにも相当迷惑をかけている。


「今回は本当に、すみませんでした」オレは頭を下げた。

「もういいですよ、終わったことですし」

 担当の荒井は冷ややかにそう言った。

 派遣先の会社との契約が打ち切られた時点で、オレはただの派遣登録者に成り下がっている。オレがこの先どうなろうと、基本的に荒井たちの知ったことではない。

「ウチとしても、山元さんがああいうかたちで現場を終了してしまうと、今後お仕事を紹介するのは難しいんですよ」

「はい」

 重々承知していた。ここで仕事を紹介してもらうのは、もうムリだと思った。


「ちょっと、待っててくださいね」

 そう言って荒井は中座した。代わりにオレの目の前にあらわれたのは、初対面の女性担当者だった。彼女はオレに名刺を渡しつつ言った。

「はじめまして、剛流といいます。よろしくお願いしますね」

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