19.幸運のダーツ
19 2013/09/15
「山元さん」
刑事がオレを呼んだ。彼がなにを言わんとしているか、オレにはわかった。
「こういう状況でお伝えするのは非常に心苦しいのですが、あなたを逮捕しなくてはなりません。松垣シノブへの、バス車内での傷害の件です」
「わかりました」オレは言った。「ただ、」
「ただ?」刑事がいぶかしむ。
「ちょっと状況が……マズいようで」
オレはシャツをめくり上げた。もう限界だった。
きゃっ、と剛流さんが声を上げる。たしかに、尋常な状態ではなかった。
「それは……」
刑事もオレを見て呆然とする。
オレの胸に、蜜柑くらいのサイズの穴が、ぽっかりと開いていた。
穴は見る間に大きくなる。そいつがオレの声帯を飲み込むと、オレは喋れなくなった。痛みや苦しみはなかった。
これは一体なんの因果だろう。先にオレの腿に刺さったダーツが原因らしい、というのは判る。だが、なぜダーツはオレの肉体をことごとく消滅させてしまうのか……。
考えてもわからなかった。
顎が消え鼻が消え、ついに目までが消えるとなにも見えなくなった。オレは堕ちていった。深い深い闇のなかに。
◇◇◇
「うわああーん、感動したよーっ」
絹江が号泣している。場所はいつもの、近所の大型スーパー内にある、複数店舗共用の食事休憩スペースである。
オレがネット上で連載していた『ダメだし小説』が今日、晴れて完結した。絹江はその熱心な読者でもあった。
苗字を変え、名前はカタカナ表記にしてあるが、同じ「キヌエ」が登場するということで、彼女の感情移入は半端なかった。
「やっぱりさー」彼女が鼻をすすりながら言う。「キヌエが置手紙して出て行くところだねー……何度読んでも泣けるよー」
「ほかにも、いいシーンがあったろ」
オレが言うと彼女は、
「ん?」と惚けた返事をした。
「サトシが命がけで敵と戦うシーン、感動だよな。そんで勝ったあとにこの世から消えちゃうんだぜ?」
言いながらオレは胸が熱くなった。だが、彼女の反応はあくまでクールだった。
「ああ、そういうのは、べつに」
絹江は赤い鼻のままソーダ・フロート的なものを啜った。
「おまえ……本当に自分大好き人間だな」
「あ、そうそう」
彼女はそう言って、バッグのなかをガサガサやりはじめた。
「いいでしょ、これ。買っちゃった」
もう、ええっちゅうねん。
「幸運のダーツ」




