18.対決
18 2013/09/14
瞬間移動は水泳に似ている。ずっと水の中にいるわけにはいかず、息継ぎをしなければならない。
その息継ぎのあいだは、常人と同じスピードになる。姿もばっちり見えてしまう。
シノブを捕まえるとしたら、ヤツが息継ぎをしているとき以外にない。逆に、オレが息継ぎをしているあいだにヤツを見失ったらアウトだ。
これは頭脳戦であり、同時に体力勝負だった。水泳と同じで、体力の消耗が半端なかった。
一三日の金曜日、午後一〇時過ぎ。オレは剛流さんが住むマンションの、すぐ近くを歩いてスタンバイしていた。
彼女からメールがきた。もうすぐ着く、と。
オレはすぐさま、五階にある彼女の部屋のベランダまで瞬間移動した。そこには人が入れるほどの大きなダンボール箱が、あらかじめ用意されていた。オレはその箱の中で待機した。もちろん覗き窓がついている。
シノブが下着泥棒をはたらくとすれば、かならずヤツがこの近くでベランダの様子をうかがっているに違いない、そうオレは踏んでいた。剛流さんが帰宅し、窓を開放して換気するのを、きっとヤツはどこかで見ている。
部屋の中がパッと明るくなった。彼女が帰宅し、電気を点けたのだ。カーテンを開けるシャッという音がした。そして彼女は窓を開放した。
運がよかった。本当にそう感じる。ヤツが息継ぎのため、ほんの一瞬だけベランダに姿をあらわしたのを、オレが先に見つけたのだ。
オレが隠れているダンボール箱から、一メートルもない距離にシノブがいた。なんともいえない厳かな気持ちになった。
すぐにヤツは見えなくなった。網戸の開閉も見えなかった。だが、ヤツが部屋の中に入ったのは間違いない。
オレの番だった。ダンボール箱から出て網戸を開け部屋の中へ入る、そうして窓を閉め施錠する。すべてが一瞬の出来事だった。
「見つけたぞ、シノブ!」
オレは叫んだ。これは威嚇であり、オレにとっての息継ぎだった。部屋の中では剛流さんが口に手を当て、目を丸くしている。
ふたたび瞬間移動に入ろうとした刹那、右脚の腿に激痛が走った。ダーツが刺さっていた。
痛みと衝撃で、オレはその場に崩れ落ちた。瞬間移動ができない。息継ぎが合わずに、あっぷあっぷする感覚に似ていた。
目の前に脛毛だらけの気持ち悪い脚が見えた。シノブが立っていた。
オレはヤツを見上げた。ヤツは仮面を被っていなかった。相変わらずの五分刈りにダサい眼鏡、ランニング・シャツに短パンという、まるで裸の○将のようないでたち。妙に懐かしかった。おまえこそ我が宿敵。
「キミとは、よくよく縁があるようだ」シノブは言った。「そら、ダーツは返したよ。もともとキミたちの物だからね」
「この……野郎」
荒い息が治まってくれない。腿からもだいぶ出血しているようだ。
「キミにも正義の鉄槌をくださなきゃね」シノブはニヤリと笑った。「瞬間移動しながらパンチすると、その威力は通常の何倍にもなる。キミの彼女、面白いように吹き飛んだだろ」
バス停でのキヌエを思い出した。悔しさと苦しさで涙がでた。
オレを見下ろすシノブの表情が変わった。あきらかに殺意があった。オレは覚悟した。
ごいん、と鈍い音がしたと同時にシノブが倒れた。そのうしろに、フライパンを握っている剛流さんの姿があった。彼女がふり下ろしたのだ。
「これって正当防衛……それとも過剰防衛?」
彼女はそう言って笑った。グッジョブです、剛流さん。
警察が到着するまでのあいだ、剛流さんがオレの怪我の手当てをしてくれた。腿に刺さったはずのダーツは、跡形もなく消えていた。
すでにオレの身体に変化が起こりはじめていた。が、オレはそのことを黙っていた。
ほどなくして警察が到着した。そのなかに、あの佐久間刑事も混じっていた。
「大丈夫ですか」
彼がオレを心配して言った。
「ええ……それより、シノブにいますぐ手錠をして、それを鎖で二、三人の方につないでおいてください。ヤツが意識を取り戻したら、また瞬間移動で逃げるかもしれません」
「わかりました」
刑事はオレが言ったように手配してくれた。シノブが担架で運ばれて行く。鎖につながれた状態で。




