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幸運のダーツ  作者: 大原英一
本番
17/19

17.邂逅

17 2013/09/11 


 気がヘンになりそうだった。なぜあの怪盗がオレの部屋に。いや、オレはヤツの正体はシノブだと思っているわけで……。

「おまえ、シノブだな」

 オレは声が震えそうになるのを必死で堪えた。正直、死ぬほど怖かった。


「キミは、そのシノブというヤツが怖いか」

 仮面の男が訊いた。その声は、オレの知っているシノブのものではなかった。

「あんた……誰だ。まさか本物の怪盗か?」

 すると仮面の男は笑った。


「なにが、おかしい」

「……いや、失礼。キミを含め、世間の人たちが私のことを、あまりに反対の名で呼ぶものだから」

「は?」

 泥棒の反対って、なんだろう。つーか、こいつ誰なんだろう。

「私はむしろ、与える側の人間だよ?」


「はっ、ウソを吐け。おまえが防犯カメラに映っている姿は、日本中が知っているんだ」

 仮面の男は沈黙した。仮面のむこうからオレを凝視しているようで、ちょっと怖かった。

「いいかいボウヤ、よーくごらん」


 その声がすでに、おかしかった。まるで洞窟のなかで聞いているかのように木霊エコーする。凄まじい幻惑感がオレを包んだ。体の自由が利かなかった。

 真っ暗な部屋にいるはずなのに、男の仮面がイヤにはっきり見えた。闇に浮かんでいるようだ。


 その仮面がゆっくりと回れ右をしだした。本当にゆっくりと……おい、待て。これってシノブが言っていた、スローモーションってやつじゃないか。


 仮面が真横を向いた。が、男の耳も側頭部も見えなかった。こいつ、全身黒タイツでも被っているのか。

 やがて男の全貌があきらかになった。くるん、と仮面があちらを向き、仮面の裏側が見えた。こいつは透明人間だ。さもなければ幽霊ファントムだ。

 オレは気絶した。



 灼けるような喉の渇きで目が覚めた。水だ。水が飲みたい。冷蔵庫を開けて二リッター入りのペットボトルを取り出した。キャップを外し一気に呷ろうとしたそのとき、うっかり手がすべった。そこで異変に気づいた。


 空中で、ペットボトルがゆっくりと傾いていく。水が、その零れ落ちる一滴まで鮮明に見える。スローモーションだった。オレは試しに、ペットボトルの落下地点に先回りしてみた。


 ペットボトルが床に届く前にキャッチすることができた。そこまではよかったのだが、急に世界の速度が元に戻ってばっしゃあ、とオレの顔面に水が降りかかった。

「あは……あはは」

 天井を見上げながら、さらに水浸しになりながら、オレは笑った。狂人の笑いだった。


 ともかくオレは手に入れた。シノブと同じ力を。キヌエが手にしたと言っていた能力を。瞬間移動だ。

 この際、それを手に入れたプロセスはどうでもいい。あの仮面の男が夢かそれとも現実の存在だったかなんて、知ったこっちゃない。


 期日が迫っていた。あのパンツ泥棒のシノブが四度目の犯行に及びそうな、少ない可能性のなかでもまだ、ありえそうなその日が。

 あさってからの金、土、日。オレは剛流さんを彼女のマンションの前で待ち伏せする。その許可を彼女から得ていた。


 この能力を手に入れて、あらためて判ったことがある。それは、瞬間移動ではけっして遮蔽物を超えられないということだ。

 たとえば閉鎖された金庫のなかに入ることはできない。同じ理屈で、カギをかけられた剛流さんの部屋にも入れないのだ。


 シノブがもし彼女の部屋を好き勝手に出入りしているとしたら、玄関のドアかベランダか、いずれかを使うしかない。

 要はカギが開いてさえいればいいのだ。地上一〇〇メートルの場所であろうとひとっ飛びだし、ドアや窓から侵入する様子も常人の目では追うことができない。


 玄関とベランダ、そのどちらがより開錠されている可能性が高いか。言うまでもなくベランダだ。

 剛流さんに確認したところ、彼女は帰宅時には必ずベランダの窓を開けて換気するそうだ。部屋も五階だし、通常であればさほど警戒する必要もないだろう。


 だが敵は瞬間移動の使い手だ。それが逆に、同業のオレにヒントを与えた。

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