終末のレムリアNOAH1 終末のレムリアNOAH
終末のレムリアNOAH1 終末のレムリアNOAH1
英雄は人ではない。
だが、人でなければ英雄になれない。
全てが自動化され、機械化された未来。
そこでは、「ガジェット」と呼ばれる携帯端末が、必需品となっていた。
それは、スマートフォンがハード・ソフトで革新を遂げた形で、鍵や財布、文房具の機能を備え、3Dの映像を見たりゲームをしたりすることもできるようになっていた。
ガジェットの普及率は世界の全人口の96%にも及ぶ。
しかし、一方でガジェットの普及で、バーチャルとリアルは混在するようになった。
「空泣?」
俺の名前を呼ばれる。
空泣空。
俺の名前だ。
「なんだよ?」
拳銃型ガジェットでの3Dゲームをやめた。
ガジェットにはDominatorと刻印されている。
俺のガジェットの名前だ。
由来は第二次世界大戦中にアメリカ陸軍航空軍が運用した爆撃機、B-32の愛称だ。
「お前、今日ヒマ?」
クラスのムードメーカー的存在、国枝に言われる。
彼を動物に例えるならライオンだ。
逆立った髪型といい、親譲りらしい特徴的な犬歯といい、獰猛な野獣を思いおこさせる。
だが、外見に反してこいつはフレンドリーだ。
そのギャップが人を引きつけるのかもしれない。
「ああ、今日は午前で学校は終わりだからな」
何故か今日は午前で学校が終わりだった。
クリスマス記念か?
いや、まだクリスマスには程遠い。
なら、なぜだ?
考えても分からない。
後で学校のシステムにアクセスして調べてみよう。
「ゲーセン行かねえ?」
ゲームセンター。
昔はゲーム機が置いてあったらしいが、今はガジェットがゲーム機代わりなので実際はゲームをダウンロードするだけの場所となっている。
「マリンちゃんの新型ゲームが出たんだよ! ダウンロードしに行こうぜ!」
マリンちゃんとはこいつがご執心の二次元アイドルだ。
俺はそういうの嫌いなんだよな。
作り物っぽくて。
「悪い。やっぱ俺はパスで」
ばっさりと断わる。
「ちぇっ」
俺は国枝と別れると空き教室に入り、ドミネーターを出す。
そして、ドミネーターからホログラムキーボード、ホログラムディスプレイ、通称ホロキーボード、ホロディスプレイを出現させ、学校のデータベースにアクセスする。
閲覧するのは今日の休みについてのデータだ。
どうもクサイ。
何か違和感を感じる。
脳内の指向性音声によるガイドで警告がなる。
『教師用アカウントで再度ログインしてください』
なぜだ?
ただの休みがなぜこんな厳重に扱われている。
普通なら諦めるところだが、ドミネーターにはある機能がある。
「モード。ノン・リーサル。ターゲット、この学校の教師用ローカルネットのファイアーウォール」
音声を認識し、ドミネーターの前の壁に盾を持った兵隊が映し出される。視覚化された学校のファイヤーウォールだ。
「撃つ」
ドミネーターの引き金に指をかけ、引いた。
ドミネーターからホログラムの弾丸が発射され、兵隊を直撃する。
盾を持った兵隊が減る。
それを繰り返す。
「ファイヤーウォール破壊っと」
ドミネーターの機能だ。
ウイルスをホログラムの弾丸として撃つ。
事実、学校のファイヤーウォールは破壊された。
「さて、見ますか」
今日の休みは急遽決まったものらしく、生徒だけではなく教師も完全下校らしい。
警察からの要求らしいが、俺には完全下校に関して思い当たる節はない。
内容を暗記し、ファイヤーウォールを元通りにした後、ドミネーターでゲームをしながら家へ向かって帰っていた。
「ん?」
家の前に誰か倒れている。
「おい、大丈夫か?」
女の子だ。
黒髪ロングで胸もそこそこある。
着ているネグリジェに似た服はボロボロで、顔色が悪い。
端正な顔が真っ青だ。
例えるなら美人ではなく美少女だ。
綺麗というより可愛いという印象を受ける。
「……減った」
小鳥のような小さな声で言った。
「は?」
思わず言ってしまう。
女の子のお腹がグーっと鳴る。
「お腹……減った」
空泣家。
台所。
着ていた服がボロボロだったので、俺の服に着替えた女の子は用意したごはんをハムハムという擬音が似合いそうな食べ方でたらふく食べた。
その結果、冷蔵庫の中身は空になった。
「ありがとう。死ぬところだったよ」
お礼を言われる。
「まさかこの時代に行き倒れとはな。ガジェットで救急車を呼べばいいのに」
当たり前の疑問。
ガジェット無しで出歩いているなんて考えられない。
「……ガジェット。私は持ってない」
ポツリと女の子は言った。
それに驚く。
「嘘つけ?! 今は小学生ですらガジェットを持っている時代だぞ!?」
女の子はきっぱりと言った。
「本当なの。信じて」
しぶしぶ納得する。
「じゃあ、私はこれで」
女の子は外に出ようとする。
その背中に声をかける。
「行くあてはあるのか?」
行き倒れするくらいだ。行くあてなんてないに決まっている。
ガジェットを持たないというのも不安だ。
ガジェットはそれだけ生活に欠かせないものなのだ。
「私、追われているの。警察もグルだから警察にも行けないの」
「……!?」
突然の告白に言葉が出ない。
「ごめんね」
女の子のセリフが両親の面影に重なる。
『ごめんね』
そう言って両親は死んだ。
コンピューターウイルスと爆弾による無差別テロによってだ。
俺は運よく手術で助かったが、両親を失った。
「じゃあね」
女の子が出て行く。
「俺は、このままでいいのか?」
自問自答する。
両親が守れなかったため、守れる力を求めた。
誰かを守れるように。
そして、今、ドミネーターという力を持っている。
女の子一人救えなくて、ただ眺めているだけでいいのか?
「いいわけ、ないだろ……」
女の子を追いかけて外に出た。
空には暗雲がたちこめ、雨が降りそうだった。
「どこ行った?」
ドミネーターからホロキーボードとホロディスプレイを出し、この空を飛んでいる監視用人工衛星をハッキングする。
「最近の監視衛星は雲があっても見えるのか」
女の子の外見を入力し、検索する。
「出た!」
女の子は商店街にいた。
「黒服の男たちがいる……」
女の子を監視するように黒服の男たちがいる。
「追われているのは事実らしいな」
空に向かってドミネーターを撃つ。
監視用人工衛星は証拠を残さないように自爆した。
「それじゃ、行きますか」
女の子は絶対に助ける。
そう、たった今誓った。
終末のレムリア2
商店街。
「ちっ、見失ったか……」
悪役のようなセリフだが、言ったのは俺だ。
女の子の後ろ姿を一回は見つけたのだが、見失なった。
「人混みがウザい」
ドミネーターにリーサルモード、つまり殺人モードがあったら確実に撃っているだろうというほど、人が多かった。
人混みは苦手だ。
嫌いと言ってもいい。
「12月になったからってはしゃぎすぎなんだよ。バカップルどもめ……」
視界を黒服の男が横切る。
黒い服に黒いサングラス。
まるで、メン・イン・ブラックだ。
「あ……」
ドミネーターを持ち、黒服の男に照準を合わせる。
ドミネーターにはリーサルウェポン(銃など)を感知する機能がある。
脳内の指向性音声によるガイドで警告がなる。
『警告。リーサルウェポンを所持しています』
「やっぱりか……」
確か、警察もダメなんだよな。
女の子の言葉を信じるわけじゃないが、疑う理由もない。
こうして黒服の男が女の子を追いかけているのだから。
「まあ、ついて行くか」
黒服の男を追いかければ女の子にも会えるだろう。
歩き始めてから五分。
黒服の男は突然走り出した。
「な……」
俺の尾行が気付かれたのか?
いや、違う。
女の子が捕まりかけているのだ。
「ちくしょう、足速いっつーの」
黒服の男を追いかける。
距離は離れる一方だ。
人混みも少なくなる。
黒服の男から300メートルほど引き離された。
追いつけない。
もう、ダメなのか?
その時、前方にバイクを発見する。
ドミネーターにバイクのスマートキーをハッキングするウイルスを装填し、バイクに照準を合わせ、弾丸を撃つ。
スマートキーとは車やバイクの電子の鍵のことだ。
バイクが起動した。
「借りるよ」
バイクに乗り、黒服の男を追いかける。
ゲームでバイクは何度も乗ったことがある。現実ではこれが最初だが、なんとかなるだろう。
黒服の男に追いつく。
黒服の男の視線の先には昼に会った女の子がいた。
他にも11人の黒服の男たちに取り囲まれている。
「待て!」
バイクの速度を上げ、女の子と黒服の男たちの間に入る。
黒服の男たちがポケットから何かを出そうとする。
「ドミネーター! モード。ノンリーサル! ターゲット、オール」
ドミネーターで黒服の男たちが出そうとしているものを撃つ。
ホログラムの弾丸が命中する。
合計で12発。
黒服の男の一人が言う。
「ただのホログラムの弾か。驚かせやがって」
「それはどうかな?」
ウイルスが感染したか、まだ分からない。
これは賭けだ。
生命を賭けた賭け。
もしドミネーターのウイルスに感染していなかったらあっという間に蜂の巣だ。
「ふっ。これはおもちゃじゃないぞ」
リーサルウェポン。
古い言い方をすれば拳銃を黒服の男たちは取り出した。
「悪いけど、この女の子に用があるのは俺なんだ。下がってくれる?」
黒服の男の一人が言った。
「撃て!」
引き金に指が掛かる。
そして、
バンッ!
リーサルウェポンは暴発した。
成功だ!
賭けに勝った。
「電子制御ブロックを破壊させてもらった。そのリーサルウェポンはもう使い物にならないよ」
そう挑発しながらジリジリとバイクに近付く。
「この人数相手に勝てると思っているのか?」
勝てない。
当たり前のことを聞くなよ。
「いいや」
ここからは子供のおもちゃに頼る番だ。
「アプリ。びっくりパーティー。起動」
ドミネーターの周辺1メートルにホログラムの花火やクラッカーが大量になり響く。
さながら即席のフラッシュグレネードだ。
「じゃあね」
一瞬のうちに女の子を乗せ、バイクで逃げる。
バイクを運転しながら、後部座席の女の子に聞く。
「怖かった?」
女の子は礼を言った。
それと、さっきから背中に胸が当たっている。
指摘すべきだろうか?
「はい。助けてくれてありがとうございました」
「いいよ、礼なんて。勝手に助けただけだし」
「でも……」
何か言いかける。
ああ、まったく。
可愛いじゃないか。
「やっぱり……」
この子は守る価値はある。
そう確信が持てた。
「行くあてないんだったら家に来る? 両親が死んだ時の保険金で金には困ってないし、警察がダメなら学校はどう? うちの学校は自警団を組織してるし、なんなら寮で暮らしてもいい」
一気にしゃべる。
女の子はおずおずといったふうに聞いてきた。
「……あの、本当にいいんですか?」
即答する。
考えるまでもない。
「うん」
女の子を一人守った。
それだけで今を生きている意味がある。
両親を亡くし抜け殻のようになった俺をこうして立ち直らせてくれたのは幼馴染の手があったからだ。
幼馴染には感謝している。
そして、俺は、決めた。
今度は俺が誰かを助けようと。
だから、この子を絶対に守ると。
たとえ、世界を敵に回しても。
この時、俺は女の子に聞くべきだった。
なぜ追われているのか?
その理由を知れば、この時の俺は即座に女の子が追われないように出来ただろう。
今となっては、すべては後の祭りだが。
「着いたぞ」
バイクを降りる。
後で返してこよう。
「ここは?」
女の子をバイクから降ろし、しばらく歩く。
二分ほど歩くと、今時珍しい木造の建物が見えてきた。
木製のドアをノックする。
「龍之介。居るか? 居るよな。入るぞ」
もう一人の幼馴染みの名前を呼ぶ。
女の子はひぇええというふうな顔で言った。
「あの、勝手に入っていいんですか?」
「あいつは引きこもりだからな」
女の子にここを説明する。
「ボロ寮のさくら荘だ。現在の住人は龍之介のみ」
キィとドアがきしみ音を立てながら開く。
そこからひょっこりと出てきたのは、女の子だった。
小柄な身に似合わない、だぶだぶのTシャツにジーパン姿で前髪は美容院に行くのも面倒なのか横一直線に切りそろえられている。
普段は綺麗な濡れ羽色の髪も、寝癖がついているのだが、今日はちゃんと手入れしたらしい。
彼女は外見に似合わないハスキーボイスで言った。
「ボロ寮とは心外だな」
終末のレムリア3
「僕が高坂龍之介だ。よろしく」
龍之介はぶっきらぼうに言った。
女の子が何か言いたそうにするが、手で制する。
さっさと本題に入ろう。
「龍之介、早速だが同居人が出来た」
「だが断わる!」
即座に断わられる。
無視して話しを続ける。
「新しい同居人……」
そういえば名前を聞いてなかったことに気付いた。
「えーっと、名前は?」
女の子は小さな声で言った。
「……黒羽。三和黒羽です」
「だそうだ。仲良くな」
龍之介はばっさり切り捨てる。
「断わる。僕は新しいプログラムの開発で忙しい」
無視する。
龍之介と話す時の基本だ。
まず否定する龍之介には無視して話をするのが一番の対策だ。
「それと黒羽にガジェットを渡してくれ」
散々無視されたためなのか、龍之介はついに怒った。
「話を聞けよ! というか、ガジェットなら幼馴染に貰えばいいだろ。僕はソフト面では天才だが、ハード面はさっぱりなんだ!」
「幼馴染の名前忘れたのかよ。まあいいや。以前お前用にあいつが作ったやつがあっただろ?」
思い出す。
ドミネーターも幼馴染みが作ったのだ。
「ガラケータイプか。あれはボロキーボードとボロディスプレイを廃した素晴らしい失敗作だな」
素晴らしいは皮肉なのだろう。
だが、龍之介は持ってきた。
律儀なやつだ。
「使えるかい?」
龍之介が黒羽に渡す。
黒羽はあちこち触っている。
そして、言った。
「はい。このタイプは私も触ったことありますから」
……。
え……!?
龍之介が驚く。
龍之介が驚くなんて、あまり見られない光景だ。
「おいおい。冗談はよしてくれよ。ガラケータイプはガジェット開発者と幼馴染の二台しかないんだぜ」
「まさか……」
ガジェット開発者と幼馴染の二台しかないガラケータイプのガジェットを知っている。
追われている。
警察もグル。
そんな重要人物ということは……
「ガジェット開発者の知り合い?」
黒羽はポツリと呟いた。
「……娘です」
「娘!?」
驚く。
まさか、娘だとは思わなかった。
龍之介はふむ、と言って続けて言った。
「確かに、ガジェット開発者は三和博士だ。一週間前に他界したな。ニュースを見てないのか空泣?」
バカにされている。
だが、知らない。
当たり前だ。
ニュースなんて見ないのだ。
ついでに言えばバラエティ番組も見ていない。
「いや、知らないって」
龍之介は遠い目をする。
「昔はジョブズが死んだだけで大ニュースだったのにな。今はヴァーチャルとリアルが混在している。ああ、気持ち悪い」
話が分からない。
というか、
「龍之介。ジョブズって誰?」
龍之介はバカを見る目をした。
「スティーブ・ジョブズ。アップルの共同設立者だよ」
アップルってあれか?
あの……
「アップルてあのガジェットOS『MAC』のアップル?」
龍之介はやっと分かったかという表情をした。
「他に何があるんだい。まあ僕はOSは自作するけどね」
アップルはかなり昔の会社だ。
だから、なぜ龍之介が何十年も昔のジョブズが死んだ時のことを知っているのか、考えてみる。
「……」
恐らくネットで調べたのだろう。
龍之介は量子コンピューターにより、部屋に居ながら世界中を覗き見ている。
「で、話を戻すぞ。今日からさくら荘の同居人になる三和黒羽だ。仲良くしてやってくれ」
「話をそこまで戻すのか!? まあ、そこまで言うならいいさ。家事をしてくれるかい?」
黒羽はおどおどしながら応えた。
「はい。一応は出来ますけど」
話がまとまったところで俺は龍之介に言った。
「じゃあ、俺も家具を運ぶから龍之介、この寮にかけてあるバリアを解いてくれ」
この寮の周りには電子機器を誤作動させるバリアが張ってある。
「まて! どういう意味だ?!」
龍之介の問いに、俺は応える。
「あれ、言わなかったか? その子は追われているんだよ。だから俺が24時間体制で守ろうかと思って」
龍之介は珍しく動揺している。
「聞いてないぞ! 追われているなら警察に行け! あ、あと、男と女が一つ屋根の下はダメだ」
龍之介のセリフを聞き流し、さくら荘のバリアの外で宅配業者を呼ぶ。
「あー、家具を運んで欲しいんですけど。GPS座標は……」
宅配業者に頼み終わる。
「龍之介。黒羽は警察にも追われている。頼れる相手がお前しかいないんだよ」
龍之介はこういう状況で、どうしても非情になりきれない。
だから、さくら荘には捨てられていたノラ猫や野良犬が住み着いているのだ。
「うっ……」
終末のレムリア4
龍之介を必死に説得した俺は今、荷物の受け取りをしていた。
なるべく荷物が多くならないような生活をしていたつもりだったが、ベッドや机など、ホログラムで代用出来ないものが意外に多かった。
荷物の受け取りが済むと、龍之介がさくら荘でのルールを説明する。
「まずこの寮でのホログラム利用は最低限にすること。ホログラムを利用するくらいならパソコンやテレビやラジオを使え」
黒羽が質問する。
「龍之介はホログラム無しで生活できるの?」
あー!
その質問は龍之介にとって禁句だ。
またあの冷蔵庫に入ることになるのか。
「ああ、ついて来い」
案内され龍之介の部屋に入る。
途端に冷気が流れこんできた。
まるで冷蔵庫だ。
エアコンの設定温度は16℃。
どおりで寒いはずだ。
そして、冷蔵庫と大量のディスプレイ、キーボード(ホログラムではない)が見えた。
「幼馴染が作った次世代型量子コンピューターだ。おっと、冷蔵庫には触るなよ。ドクターペッパーを冷やしているんだ」
黒羽は呟いた。
「寒い……」
俺は毎回だが同じ提案をしてみる。
「龍之介。エアコン切ったらどうだ?」
龍之介は毎回のように同じ答えを返す。
「僕は頭脳を使うからね。絶えず冷やす必要があるのさ」
「そうかよ」
黒羽を連れて龍之介の部屋からでる。
「さくら荘でのルールその二だ。家事は分担すること。掃除が僕。料理が黒羽、空泣はその他雑用係だ」
これに関して特に異論はない。
「分かりました」
「了解」
龍之介が三本、指を立てる。
「さくら荘でのルールその三。僕を必要以上に外に連れ出さないこと」
思わずツッコミを入れる。
「それ、龍之介が出たくないだけじゃん」
龍之介の引きこもりっぷりはスゴイ。
人工衛星にハッキングしてこのさくら荘は映らないようにしたり、さくら荘外部の一定範囲でガジェット、または電子制御された機器を使うと誤作動するバリアも張っている。
「龍之介。たまには学校に来いよ」
途端に龍之介からドス黒いオーラが漂う。
「僕はあと2日学校に出れば進級できるはずだったんだ。それが、明日から毎日登校だ! ほっといてくれ」
あれ?
おかしいな。
龍之介。お前は、
「ハッキングで出席日数を水増ししたんじゃないのか?」
途端に龍之介が大声を出す。
「邪魔が入ったんだ。うるさいな!」
龍之介に邪魔出来るなんて、それこそ幼馴染並みのハードのガジェットを持つか龍之介くらいのハッキングテクニックを持つ化け物としか思えない。
「で、買い物に行くんだろ?」
「ああ、黒羽の家具を買わないとな」
「バリアは解いておく。一ヶ月分の食糧を買ってきてくれ」
龍之介からメモをもらい、黒羽と買い出しに行く。
「一ヶ月分も食糧ってもつんですか?」
「さくら荘の地下は幼馴染によっていろいろ改造されているからな。超大型の冷凍庫があるんだよ。肉でも二週間は大丈夫だ」
「龍之介さん。なんであんなに……」
「アナログ好きかって? 龍之介曰く、アナログはデジタルに対する最大の防御らしい」
「確かに、このガラケータイプのガジェット、最初は使いづらいですけど、慣れたら他の物に代用出来なくなりそう」
「いや、龍之介がアナログ好きだからそのガラケータイプを幼馴染が贈ったんだけど。龍之介はあの通り嫌だったみたいでね。今はスマートフォンタイプのガジェットを使っている」
会話しているうちにスーパーに着いた。
「横にある店は家具を売っているから、買っておいで」
ドミネーターでホロディスプレイを出し、黒羽のガジェットに数十万振り込んだ。
「あの、本当にいいんですか?」
「ああ」
黒羽が行ってからドミネーターを使い龍之介とDチャットをする。
Dチャットとはデジタルチャット。古い言葉で言えばテレビチャットだ。
「龍之介」
龍之介がホロディスプレイに映る。
「分かっている。今三和黒羽のデータをハッキングして消した。オンラインで接続しているガジェットや人工衛星、エシュロンの90パーセントから三和黒羽は消えた。オフラインのものは無理だがな」
「それと……」
「言わなくても分かっている。三和黒羽の架空の家族を作り、学校への転校手続きを済ませた」
「すごいな。頼もうと思っていたことをもうしてくれている」
「当たり前だ。僕を誰だと思っている。高坂龍之介だぞ」
「さすがだな。今日は肉を多めに買って帰るよ」
「そうしてくれ」
終末のレムリア5
「あの、重くないですか?」
一ヶ月分の食糧は重い。軽く10キロはある。
「私が持ちましょうか?」
本当は持ってもらいたいが、見栄を張る。
男なら可愛い子の前で、見栄を張りたくなるよな。
「いいよ。それよりいい家具買えた?」
「処分セールをやっていて。古い家具が半額だったので買っちゃいました。明日届くそうです」
お金が足らなかったのか?
一瞬そんなことを考える。
「別に新品を買ってもよかったのに」
黒羽はメッと指差してきた。
「お金は大事に使わないと」
「それもそうだ」
さくら荘。
「龍之介。帰ったぞ。ドア開けてくれ。両手が塞がっているんだ」
黒羽がドアノブを握る。
「私が開けます!」
黒羽にドアを開けてもらい、中に入る。と、
パンパパパン!
紙吹雪とクラッカーが鳴った。
ちなみにホログラムではない。
ボケッとしていると、クラッカーを鳴らした張本人が言った。
「曲がりなりにもさくら荘の住人になったんだ。歓迎するよ」
「ありがとう。龍之介」
「龍之介さん」
龍之介は首すじをかく。
「さん付けはやめてくれ、恥ずかしい」
恥ずかしい。
あの龍之介が?
「龍之介が恥ずかしがっている!?」
稀にしか見れない光景だ。
ドミネーターをカメラモードにする。
「龍之介。こっち向いて!」
「えっ!?」
カシャ。
写真を撮る。
「ありがとうございました」
龍之介が怒る。
今日の龍之介はハイテンションだな。
「空泣!」
そんなことがあり、龍之介が紙吹雪を掃除し、黒羽が鍋料理を作った。
「やっぱり冬は鍋料理かなって思って」
「白菜買いすぎたと思ってたしな。いいんじゃないか」
「僕は明日から学校なんだ。うぅ……」
龍之介は肉料理ではなかったのと明日学校に行くため落ち込んでいたが、まあ無視する。
ああ、明日が楽しみだ。
終末のレムリア6
翌朝。龍之介は文句を言いつつ寮を出ていった。
「俺たちも行こうか」
「はい」
学校。
「今日からこの学校に転校する三和黒羽さんだ。みんな仲良くするように」
担任の教師に紹介され、黒羽はペコッと頭を下げた。
「よろしくお願いします」
この学校には制服はない。
前はあったらしいが、ホログラムの服が定着した今、制服は廃止されたそうだ。
俺や黒羽、アナログ好きの龍之介はホログラムによる服を着ていないが、この学校の大半はホログラム対応衣服の上に思い思いの衣服を着るホログラム・アバターというアプリを使っている。
きっと前の女子の着ているフリフリのついたドレスもホログラムで、実際はホログラム対応の服で、競泳水着のようなものを着ているのだろう。
「学校に来てやったぞ! これでどうだ? 満足か!」
龍之介が誰かとケンカしている。
相手は数日前に転校した、えっと誰だっけ?
赤羽……。
ダメだ。
下の名前が思い出せない。
担任の教師がパンパンと手を叩く。
「今日はもう一人転校生を紹介します」
「えっ!?」
いきなりのことに驚く。
確かに昨日まで、転校生は黒羽一人だった。
ドミネーターで確認したのだ。
「入りなさい」
教室のドアがガラガラと音を立てて開く。
「ハロー。龍之介。空泣」
そこにいたのはケンブリッジ大学で教師になっているはずの幼馴染だった。
茶色に染め、腰まであるポニーテール。
幼いネコのように元気そうな表情。
特注品の赤いコンタクトレンズをつけた赤い目。
龍之介と比べてはるかに女性らしい身体つき。
そして、ハード面での天才。
「小鳥遊飛鳥です。よろしくっ!」
昼休み。
「わたしもさくら荘に住む!」
黒羽のことを飛鳥に話すと、第一声がこれだった。
「そうだ。ドミネーター出して」
飛鳥に言われるがまま、ドミネーターを出す。
「んー、流石に10年前のガジェットじゃ、スペック的にヤバイよね」
そう、飛鳥は5歳の頃にドミネーターを作ったのだ。
「龍之介からドミネーター専用の最新型OSをインストールしてもらっているからそこそこサクサク動くぞ」
一応、反論してみる。
実は最近動作が遅く、先日も龍之介にメンテナンスを頼んだのだ。
「ICカードは大丈夫みたいだね」
この場合のICカードとは、本来の集積回路の意味とは別で、ガジェットや電子機器の識別コードのようなものだ。
まあ、人間の心臓のようなものだと思えばいい。
脳があっても心臓がなければ人は生きられない。
「わたしが新しいガジェットを作ってあげよう」
飛鳥はそう言うと、ドミネーターを奪い、俺に指輪を渡した。
大きな宝石が付いて、いや違う。
「結婚はまだ当分先だぞ」
宝石ではなくこれは……
「指輪型ガジェットだよ。試作型だし、一般OSを入れてあるからドミネーターくらいの演算力しかないけどね」
飛鳥はいつもこうだ。
相手に反論するスキを与えず、我が道を突き進む。
「そうかい」
放課後。龍之介は転校生とまだ言い争いをしていた。
「飛鳥。荷物は龍之介のバリアで手前までしか送れてないと思うぞ」
飛鳥に忠告すると、
「じゃあ運んで」
いつもの暴論を言われた。
「なんで?」
飛鳥も手伝えよ。
と、暗に言ってみる。
「雑用係、でしょ」
げっ!?
なぜそれを知っているんだ?
「なんでそれを?」
飛鳥は当たり前のように言った。
「黒羽から聞いたのよ」
ああ、そうか。
黒羽と一日で仲良くなったのか。
「なるほど」
飛鳥は転校生のところへ向かいながら言った。
「わたしの荷物、多いけど、頑張って」
はぁー。
やるしかないのか。
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
その晩、俺はこの世の地獄を味わった。
無論、飛鳥の荷物の多さで、だ。
黒羽の荷物もあったが、それに比べても飛鳥の荷物は多かった。
龍之介は若干人見知りなので、宅配業者の人をさくら荘に入れるわけにはいかない。
「なんでこんなに荷物が多いんだ」
「この箱、ぬいぐるみばっかじゃねーか」
「天蓋つきベッドなんて運べるかー!」
「テレビって、いつの時代だよ」
「試作型ガジェットの山。これは重い」
「外付けHDDだけでこれだけあんのかよ!」
荷物の多さに、その日は、一睡も出来なかった。
終末のレムリア7
「わたし、今日からしばらく休むわ」
飛鳥は転校翌日、不登校になった。
「違うわ!」
飛鳥のツッコミを受ける。
「脳内の文にツッコミ入れるな! 昨日は荷物運んで一睡もしてないんだぞ。労われよ」
飛鳥は面倒くさそうに言った。
「ありがとうございました。はい、じゃあわたしは新型ガジェットの開発で地下のラボにこもるから」
「じゃあ、黒羽、龍之介。行くぞ」
「学校って楽しいよね。龍之介」
「僕に話しかけないでくれるか。気分が憂鬱なんだ……」
相変わらず龍之介は落ち込んでいる。
そんなことがあり、二週間が経った。
その間、龍之介は転校生と仲良くなり、俺と黒羽はお互いを呼び捨てにする仲になっていた。
「黒羽。今日の放課後。ヒマか?」
「あ、はい」
黒羽はすっかりクラスメイトとも打ち解けたらしい。
楽しくクラスメイトと会話していた。
「聞きたいことがある。話してくれるか?」
「……はい」
黒羽はどうして追われているのか。
聞きたいのはそれだった。
それを知る時は唐突にやってきた。
三時限目が終わり、休憩時間。
突然。教室のドアが開かなくなった。
「は、なんなのこれ?」
ガジェットで学校のシステムへアクセスするが、あっさり拒否される。
デジャヴだ。
学校。
開かないドア。
爆発する教室。
「龍之介!」
龍之介はハッと息を飲む。
「ウイルステロだ。10年前と同じ!」
「ウイルステロ?」
他の生徒が群がってきた。
俺はみんなにまだ話していない、十年前の事件について話し始めた。
本当ならこうして話しているヒマはない。
龍之介はとっくに学校を再度ハッキングし始めている。
「十年前、俺が5歳の頃だ。訳あって小学校に行くことになった」
ソフト面での天才、高坂龍之介。
ハード面での天才、小鳥遊飛鳥。
そして、両方の才能を持つ、天才中の天才、空泣空。
学校に通う前からとっくに大学生レベルに達していた天才児たち。
「その日は学校に体験入学する日だったんだ。俺はつまんねー授業だと思っていた」
まだみんな中学生だ。
だけど、言わなきゃいけない。
この状況がどれだけヤバイのか。
それを理解してもらわなきゃいけない。
「その日の三時限目。教室のドアが開かなくなった」
一部のクラスメイトはドアを開けようとしているが、電子制御されているドアは微動だにしない。
「原因はテロリストによるコンピューターウイルスだった」
だんだん理解してきたのか、教室がざわつき始める。
「そして、教室の廊下に仕掛けられた爆弾が爆発した」
淡々と話す。
自身の忌むべき過去を。
「両親は俺を庇って死んだ。犯人はまだ捕まっていない」
そして、俺も飛鳥曰く脳にダメージを受けて天才性を失ったのだ。
「それじゃあ俺たちも……」
ああ、やっと理解出来たのか。
「ああ、爆発により死ぬな」
淡々と話していると、クラスメイトが怒鳴った。
「落ち着いている場合じゃねーぞ!」
「分かっているよ」
龍之介が聞く。
「10年前の爆弾はいつ爆破されたっけ?」
「12時だ」
「後一時間もない、か……」
龍之介のもとに転校生がやって来た。
龍之介は転校生と何か話し、頷いた。
「ウイルスは僕たち二人がクラッキングしてでも破壊する。空泣は
爆弾の解除をしてくれ」
「爆弾の解除って。今の俺はただの凡人だぞ」
「お前は天才だよ。ただ爪を隠しているだけのな」
それから龍之介と転校生は驚きの方法でウイルスを文字通り破壊した。
「龍之介……」
龍之介は手を俺のおでこに当てた。
脳内で指向性音声が聞こえた。
『ミーミルの泉が解除されました』
「ミーミルの泉?」
「空泣は知らないだろうが、空泣は天才ゆえに脳が情報の処理に耐え切れずパンクしてしまう危険性があったんだ。だから……」
「龍之介?」
訳が分からない。
なんの話をしている?
「僕は飛鳥と協力して空泣の脳にリミッターをかけた」
終末のレムリア8
龍之介の話では俺の脳には世界で唯一の生体駆動型ガジェットが直接埋め込まれているらしい。
脳に埋め込まれたタイミングは例のテロの時。作ったのは当然飛鳥と龍之介。
機能は俺の天才性の封印と才能開放時の「記憶能力の向上」と「思考能力の高速化」と「右脳へのアシストによる五感・反射神経などの一時的向上」らしい。
だが才能開放は時間制限がある。
時間制限を過ぎれば脳に負荷がかかり、廃人になる可能性がある。
「爆弾はたぶん前回と同じで全部で三つだ! 解除しろ!」
廊下を走る。
ミーミルの泉を使いネット上から建物の構造。効果的な爆弾の配置を検索する。
「一つ目。みつけた」
指輪型ガジェットを使い爆弾を解除する。
だが、やはりドミネーター並みの演算力しかないのか、爆弾の解除には時間がかかる
「こんな時、龍之介か飛鳥がいれば……」
龍之介たちのガジェットはウイルス破壊の際、過酷に使用したせいで使えなくなっている。
「ミーミルの泉は演算力が低くてガジェットの基本機能しか使えないし」
解除。間に合うのか?
一時間前。
「三和さん。お客様が来てるよ」
「はい?」
私はキョトンとしました。
私は空泣の言うことが正しければすでに存在しない人間なのですから。
「お客様の名前は?」
「300人委員会のリーダーさんだって。外人だし、リーダーって名前なのかしら」
若干天然な教師。
300人委員会。
私は彼を知っていました。
二つ目の爆弾を解除した。
残り時間は五分。
クラスメイトたちを避難させたいが、もし犯人が監視していた場合、クラスメイトたちが逃げた瞬間爆発させる可能性がある。
一人でやるしかない。
だが、残り一つが見つからない。
「どこだ?」
このあたりのはずだ。
「はっ!?」
爆弾を見つけた。
ただし、
「黒羽!」
最後の爆弾は気絶した黒羽に巻きついていたのだった。
「黒羽! 大丈夫か?」
黒羽は謝った。
「……すみません」
「なぜ謝る。今すぐこいつを解除してやるからな」
黒羽はポツリポツリと話し始めた。
「この世界には、ガジェットが世界を支配している邪悪な物だという組織があるんです」
話を聞きつつ、ホロキーボードに指を走らせる。
だが、間に合わない。
せめて、爆弾を黒羽から引き剥がす。
ガジェット。それまでもってくれ!
「その組織の名前は300人委員会」
黒羽はなおもしゃべり続ける。
「リーダーの名前はジョン・スミス」
透明な液体が頬を伝う。
黒羽は泣いていた。
爆発まで残り一分。
「私はあの人に最悪な物を奪われてしまった」
最悪な物?
「空泣。ガジェットが突然壊れたらどうする?」
「そりゃ、代わりのガジェットを買うよ」
「じゃあ、世界中のガジェットが一斉に壊れたら?」
「それは……」
「最悪の場合、死人が出るよね。それも何十億人」
「ああ、だがたとえ話だろ?」
あと二十秒。
間に合わない。
「いいえ。父がガジェット開発の過程で生み出した最悪のウイルス『終末の日』なら可能なんだよ……」
あと十七秒。
「父は最後に形見として、ウイルスの入ったガジェットをくれた。機能は一つだけ。終末の日を世界中に同時にばらまくこと」
「いつ奪われた?」
あと十三秒。
「さっき、みんなが閉じ込められた時に。みんなを助けたかったらよこせと言われて。抵抗したんだけど、無理やり奪われた」
「なぜそんな危険なガジェットを嘘をついてまで持っていたんだ?」
黒羽は俺と出会ってから初めて怒った。
「父の、大事なたった一つの形見なんだよ。捨てられるわけ、ないじゃない!」
「……」
残り七秒。
「私が追われている理由は分かった? もう、全てが終わりなのかもしれないけど……」
「終わりじゃない!」
残り三秒。
黒羽を縛っていた部分だけ解除した。
黒羽の身体から爆弾を引き剥がす。
「えっ!?」
「諦めなければ、希望はある!」
11時59分59秒。
間に合え!
俺は爆弾を校舎の窓に向かって投げた。
ガラスを割り、爆弾が校舎の外に出た。
一瞬、沈黙する。
そして、爆風が俺たちを襲った。
「大丈夫か?」
「はい」
黒羽は何かを決意したような顔で言った。
終末のレムリア9
「今まで隠したり、嘘をついたりしてすみませんでした!」
黒羽はみんなに謝った。
そして真実を語った。
皆さんの力を借りたいんです。
そう黒羽は言った。
それは藁にも縋る思いだったのかもしれない。
しかし、このクラスには秘密がある。
その秘密とは、
「この元天才、天才、変態の問題児のみを合わせたクラス。通称『アブノーマル』に不可能はない!」
龍之介が言いきった。
「みんな、世界の危機なんてとっとと救って、合コン行こうぜ!」
クラスのムードメーカーの国枝も賛成する。
その他のクラスメイトも、
「そうよ。私なんてガジェット工場の社長令嬢なんだから、ガジェットの部品ならいくらでも提供できるわ」
「俺はガジェット開発理論を読み、理解している。微力ながら力添えしよう」
「私は犯人のプロファイリングのプロで警察にも協力したことがあるわ。汚職した警官共々爆弾を設置した犯人を見つけてみせる」
「みんな……」
これは俺のセリフだ。
伊達に天才や変態が集まったクラスじゃない。
「中二病展開キター! 私、この時のために世界中の怪しい場所の情報を集めているの。エリア51とかCERNとか」
国枝が言った。
「とりあえず、みんなのガジェットが壊れたままじゃ何も出来ない。どこかで新品を調達しなきゃな」
ガジェットか。
そんなたくさんのガジェット、すぐに調達出来るのか?
いや、試作品でいいなら、ある!
「それなら……」
俺は手を上げた。
「さくら荘に飛鳥の作った試作ガジェットが大量にあるんだけど……」
国枝が言った。
「行こうぜ! さくら荘に!」
さくら荘前。
「本当にここなのか?」
国枝はつぶやく。
その他のクラスメイトたちも木造のボロ……いや風格漂う寮にガジェットがあるのか半信半疑だ。
「うん、まあ地下に行ってから話をしようか」
みんなをさくら荘の地下に案内する。
エレベーターで地下に向かう。
クラスメイトが騒ぐ。
「うわー。もしかしてCIAより設備がいいかも?!」
建築法を無視した地下のラボに着くと飛鳥がドミネーターによく似たガジェットを作っていた。
「え!? みんなどうしたの? 学校は?」
飛鳥に学校であったことを伝えた。
「ふーん」
「感想それだけかよ!」
もっとこう、なにかないのか?
俺たちは生命の危機だったんだぞ!
飛鳥は淡々と言った。
「試作ガジェットはその箱の中よ。Dチャットにはわたしも参加するからみんな、このドミネーター、いやエリミネーターを開発するのを手伝って! 話が本当なら絶対にエリミネーターが必要になるから」
その自信はどこからくるのだろう。
しかし、
「いや、今すぐ動かないと……」
凛とした声がした。
「大丈夫です!」
声の主は黒羽だった。
「父は終末の日にロックをかけています。多分一週間は持ちこたえられるかと思います」
「よし、じゃあ作戦を考えよう!」
国枝を中心に円形に座る。
クラスメイトたちがささやく。
「俺たち、円卓の騎士みたいだな」
「みたいじゃなくて、実際に騎士なんだよ。世界を救う騎士」
国枝が言う。
「作戦を説明するぞ! まず班に分かれる。エリミネーター開発班。300人委員会の居場所を特定する班。爆弾魔を探す班。そして終末の日のワクチンソフトを作る班と様々な資材の調達班だ!」
解散!
その言葉と同時にクラスメイトは一斉に動き出した。
「情報は全てこの量子コンピューターに入れてくれ。ネットで共有する」
龍之介のコンピューターに次々と情報がダウンロードされていく。
「ワクチンソフト『ロンギヌス』開発率50パーセント」
「世界中のガジェット開発者とのDチャットを設けた! エリミネーター開発班はそいつらに協力を取り付けろ!」
「終末の日のガジェット感染経路が分かった。世界中でランダムにウイルスに感染した軍事人工衛星を通じて地上に感染するんだ」
「軍事人工衛星ってどうやって止めればいいんだ?」
「ワクチンソフトをインストールすればいいんじゃね?」
「どうやって? 直前までどの人工衛星かもわからないんだぞ? 一体いくつ人工衛星があると思っている」
「じゃあ、世界中でロンギヌスをインストールしたドミネーターで人工衛星を撃てば、ウイルスを破壊出来るんじゃないか?」
「ドミネーター?」
俺はDチャットでドミネーターについて説明した。
「その場合の作戦成功率は98パーセントだ」
「話は聞きました。ドミネーター2の量産体制を整えますわ」
ドミネーター2。飛鳥がエリミネーターの開発過程で生み出したドミネーターの上位互換版のガジェットだ。
「新情報! CERNに300人委員会のリーダーがいるという情報を掴みました」
「爆弾魔のプロファイリング終了。各自にデータを送ります」
「みんな……」
「世界を救うぞ!」
「「「おう!」」」
終末のレムリア10
一週間後。
「さあ、決着の日だ」
俺は空にいた。
正確には飛行機の中だ。
向かう先はCERN。
300人委員会のリーダー。ジョン・スミスがいる場所だ。
右手にはエリミネーターがあり、ワクチンソフト『ロンギヌス』をインストールしてある。
他のクラスメイトも動き出している。
「行くぞ……」
俺たちが世界を救うんだ。
12時。
CERNゲート前。
「内部には入れることは出来ません」
「エリミネーター。モードパラライザー」
エリミネーターを門番に向ける。
門番はガジェットを向ける。
おそらく門番の頭の中では指向性音声でこのガジェットがノンリーサルで警戒に値しないと説明されているのだろう。
「ヘイベイビー。おもちゃで遊ぶなら学校でやりな」
エリミネーターを門番に向ける。
そして、引き金に指をかける。
「うげ」
「あが」
「パラライザーだ。死にはしない」
俺は300人委員会のアジトへ足を踏み入れた。
同時刻。
ワシントンDC、レイキャビク、アブダビ、ロンドン、ローマ、マスカット、キャンベラ、ウィーン、オタワ、ソウル、バンコク、サンティアゴ、ベルリン、東京、マニラ、パリ、ブラジリア、メキシコシティー、ウランバートル、ファドゥーツ、トリポリ、ルクセンブルク、モスクワ。
それぞれの場所にドミネーター2を持ったクラスメイトたちがたどり着いた。
「さあ、みんなで世界を救おうぜ!」
国枝の掛け声でクラスメイトたちは動き出した。
CERN内部。
出会った人をパラライザーで片っ端から無力化していく。
毎日モデルガンで練習し、イメージトレーニングしてきたかいがあった。
今のところ、反撃はない。
それがもどかしい。
出て来い! ジョン・スミス!
CERN内部にいるのは分かっている。
監視カメラに向かって言う。
「出て来い! ジョン・スミス!」
スピーカーから音声が出る。
『第二研究所へ来い。私はそこにいる』
第二研究所に向かう。
「やあ、侵入者くん」
老人がいた。
年は七十歳くらいか。
黒いコートを着ていて、メガネがよく似合っている。
狡猾そうな顔だ。
流石は、300人委員会のリーダー。
「お前がジョン・スミスか?」
「当たりだ。そしてたった今終末の日の最終セーフティーを解除したところだ。祝ってくれるかね。新しい世界の誕生を」
スミスはワインをグラスに注ぐ。
同時に黒服の男たちが現れ、リーサルウェポンで俺を狙う。
俺がいなければ味方を撃ちそうなほど密集している。
「お得意のウイルスの弾丸を使ってみるかね」
スミスは優雅にワインを飲む。
中学生はアルコールはダメなんだよな。
そんなことを考えながらミーミルの泉を解除する。
「いや、この人数相手には無理でしょ」
「では、新しい世界に祝福を」
終末の日のガジェットのボロキーボード、そのキーが押された。
終末の日。
最悪のウイルスが世界中にばら撒かれた。
「テレビを見るかね。ニュースになっているかもしれんよ。まあニュースを作るだけの余裕があれば、だがね」
エリミネーターのモードをミーミルの泉経由で切り替える。
「大丈夫だよ。人はそんなウイルス如きで動じたりしない」
スミスは笑った。
「ウイルス如きか。しかし、ガジェットに人々は依存しきっている。ガジェットに支配されていると言ってもいい」
「だから壊すのか?」
準備は出来た。
後はタイミングだ。
「創造の前には破壊がいる
。簡単な道理だ」
簡単な道理か。
確かにそうだな。
だが、俺は、俺たちは……
「だが、俺たちはその道理を否定する!」
「なっ!?」
スミスが初めて驚く。
「エリミネーター! コンポーザーモード」
右脳へのアシストにより、高速でしゃがむ。
パパパパパン!
頭上を弾丸が飛び交うのが分かった。
「なんだ。どうなっている!?」
スミスは慌てる。
無理もない。
リーサルウェポンが勝手に撃ったのだから。
エリミネーターの新機能。コンポーザーモード。
半径二メートルのICカードを使う機器を強制的に支配下におく。
さっきのはリーサルウェポンを支配下におき、同士討ちさせたのだ。
「だが、私を倒しても遅い。終末の日は世界中に広まった」
スミスの最後の足掻き。
だが、
「本当にそうかな?」
世界中に同時配信されているニュースが突然ジャックされる。
映し出されたのは人工衛星に向かってドミネーター2を撃つクラスメイトの姿だった。
それも一人ではない。
二人。
三人。
四人。
どんどん増えていく。
最終的に数十人のクラスメイトが画面いっぱいに映し出される。
テレビからはクラスメイトの声がした。
『300人委員会と呼ばれるテロリストによりガジェットウイルス『終末の日』が世界中にばら撒かれました。しかしご安心ください。世界中の科学者、研究者、協力者によって完成したワクチンソフト『ロンギヌス』が終末の日に感染した人工衛星ごと終末の日を破壊しました』
「そういうことだ。チェックメイトだよ」
「いや、まただ! まだ終わらんよ」
スミスは終末の日のガジェットを回収すると自分のガジェットをこちらに向ける。
ガジェットからホログラムの風が出現し、一帯を覆った。
「エリミネーター モードパラライザー」
撃つ。
しかしホログラムが邪魔で当たらない。
「終末の日は絶えず進化している!」
何を言っている?
「は?」
「ロンギヌスももはや無効だ!」
スミスが終末の終末のガジェットをこちらに向ける。
ホログラムの嵐が終末の日のガジェットを中心にして現れる。
足元のリーサルウェポンを拾い上げ撃とうとするが動かない。
ミーミルの泉も反応しない。
「まさか……」
嵐は止んだ。
俺はエリミネーターの照準をスミスに合わせる。
「エリミネーター。モードパラライザー」
反応がない。
終末の日。
まさかたったあれだけの短時間でロンギヌスを無効化したのか!?
「どうした。ガジェットが無ければただのガキか?」
スミスは不敵に笑う。
「まだだ……」
終末のレムリア11
夢を見た。
それは刹那の夢。
「パパ。ママ。フェルマーの最終定理を解いたよ!」
「おー、空はすごいな」
「自慢の息子だわ」
時間は経ち、テロ直後。
「ごめんね」
「すまないな」
「パパ、ママ。どうして謝るの?」
「パパたちはもうすぐ死ぬ」
「ママたちが一緒に居られなくてごめんなさい」
「嫌だよ! パパ、ママ!」
「諦めるな。空。これからはどんなことがあっても諦めるな」
「そしたらきっといつかママたちのようにかげがえのない人を見つけられるわ」
かけがえのない人。
三和黒羽。
高坂龍之介。
小鳥遊飛鳥。
国枝。
その他のクラスメイトたち。
「諦めなければ希望はある!」
エリミネーターをスミスに向ける。
「壊れたガジェットでどうするつもりだ?」
スミスと格闘しても、その前に終末の日をばら撒かれて終わりだ。
勝負は一瞬でつけるしかない。
「このガジェットには俺から一つ追加で機能を入れてもらった。飛鳥は嫌そうな顔をしたがな」
指先で安全装置を外す。
「しいて言うならエリミネーター、リーサルモードだな」
照準をスミスに向ける。
「壊れたガジェットで何ができる」
スミスと会話している間に安全装置を手探りで外そうとする。
「だから壊れても使えるんだよ」
見つけた。
第二の安全装置を外す。
「このガジェットは一発だけ実弾を撃てる」
「な……」
スミスが動揺する。
だが、すぐに落ち着く。
電子制御のリーサルウェポンなら脅威ではないと考えたのだろう。
だが、
「電子制御じゃないから終末の日は関係ない」
龍之介曰くアナログはデジタルに対する最大の防御というやつだ。
「じゃあな。ジョン・スミス」
スミスは途端に動揺する。
そう、こいつの生命は風前の灯火だ。
「ま、待ってくれ! 手を組もう。二人で世界を征服するんだ」
さっきから気になっていたことを聞く。
「他の300人委員会の連中はどうする?」
「あいつらは既得権益にすがるクズどもだ。死ぬくらいがお似合いさ」
「そうか。で、他に遺言はあるか?」
スミスは一気にしゃべる。
うっとおしい。
「ま、待て! 私を殺すのか!? そうすれば世界を手中に収めることは出来ないぞ。終末の日のセーフティーを解除出来たのは私の頭脳があったからだぞ!」
「くどいよ、あんた」
引き金に指をかけた。
「じ、じゃあ、こうしよう。世界を作り変えたあかつきには……」
パン!
スミスの胸を撃ち抜いた。
乾いた音がなり響き、エリミネーターから空の薬きょうが排出される。
「終わったか……」
俺は終末の日のガジェットを拾うと、歩き出した。
48時間後。
クリスマスイブ当日。
そこでは国枝が世界中から帰ってきたクラスメイトと共に祝杯をあげかけていた。
「世界を救ったぞパーティーをここ、さくら荘で開始します」
「「イエーイ!」」
「さて、まずはこの作戦の要だった空泣空を歓迎したいと思い……空泣は?」
キィと音を立て、さくら荘の入り口のドアが開く。
「疲れた~、ガジェットなしで外国はキツかった~」
「じゃあ、主役が帰ってきたところで、パーティーを始めますか!」
「「「おー!」」」
盛り上がるクラスメイトを遠巻きに眺めていると、黒羽がやって来た。
「空泣。おかえり」
「ただいま。黒羽。クリスマスプレゼントだよ」
俺は黒羽に終末の日のガジェットを渡した。