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先立つ実存の失敗

作者: 辻端耕太郎

 「あなたは失敗作だ」

 俺は労働用ヒューマノイド養成所の面談室にて、白衣姿の育成担当官にそう告げられた。

 聞けば、どうやら俺は出生前の検査の段階で、何ら生産性を持たない、劣等な個体であると診断されていたらしい。

 この世界では何をするにも常に、対価の支払いを求められる。それは単に“生存する”という行いに対しても同様だ。“社会への貢献”という対価なくして、生存することは許されない。だから、労働ヒューマノイドとして失敗作である俺は、本来なら発生途中で処分されるのが普通だった。にも関わらず成体になるまで生かされてきたのは、いったい何故だ?

 「あなたのような失敗作に対して、この逼迫した状況にある地球の貴重な資源を投じることは、本来ならあり得ません。この星では我々人類全体にとって“有益”な存在のみが、生存を許されるのですから」

 「存じております。……しかし、では何故、私は処分されなったのでしょうか」

 「それは、実験体にするためです」

 「……なるほど」

 労働ヒューマノイドとしては役に立たなくても、実験体として運用するには十分ということか。

 俺は今後自分が、どのような非人間的扱いを受けることになるのかを想像し、覚悟を決めた。

 「いやいや、そんなに険しい顔をしないでもいいんですよ。実験体としてとはいえ、あなたは他の個体と同様に、労働力として社会に出ていただきます」

 「……ええ?」

 意外な言葉に、思わず間の抜けた声をあげてしまった。

 「もちろんデータの蓄積のために、あれこれと特殊な指示を受けることは多いでしょう。ですが安心してください。一度成体まで育てあげた以上、人権を無視した扱いはしませんから」

 「……」

 “人権”か……。

 俺はその空虚な響きに対して複雑な心持ちであったが、とにかくその翌日から、実験体として様々な職場で労働することになった。


 普通、我々ヒューマノイドはそれぞれの適性に応じた職場に配属され、一生そこでの仕事に従事する。だが失敗作である俺の場合は、そもそも何の適性もないので、人手が足りない現場を中心にあちこちを転々とする、穴埋め的な役割を果たしていた。

 他のヒューマノイド達がはじめから高度な仕事を次々とこなしていくのに比べ、俺は単純な仕事でも順を追って覚えていかねばならないので、中々能率は上がらなかった。それでも実験体として、俺は黙って働くしかなかった。

 現場の先輩方は皆、根気よく仕事を教えてくれたので、しばらくすればそれなりに周りの役に立てるようになった。だが、“根気よく教える”という行為自体が、現場にとってはコストになるため、はじめからなんでも出来るヒューマノイドに比べれば、俺は“割りの悪い人材”でしかなかった。

 だからその職場に相応しい能力を持ったヒューマノイド(割りのいい人材)が新たに補充される度に、俺は別の仕事に回されるのだった。


 「今までありがとう。能率以外の面で、君は我々によい影響を与えてくれたよ」

 ここ最近では一番長く働いた職場を離れる際に、ヒューマノイドではない一人の職員がこう言った。俺にはその言葉の意味が分からなかったが、多分本人も特に意図があって言ったのではなかったのだろう。その証拠に彼自身、言ったそばから頭を掻いて首をかしげていたのだから。


 そのようにして、かれこれ3年程社会で働いた後、私は再び育成担当官から、あの面談室に呼び出された。

 担当官は相変わらず私にこう告げた。

 「やはりあなたは失敗作です。この三年間、興味深いデータを示すようなことは一度もなかったのですから。これでは実験の意味がない。やることなすことが全て平凡な人間と同じでは、金をかけてヒューマノイドとして造った意味がまったくないではありませんか」

 「……おっしゃる通りです」

 「……このままではあなたは、ヒューマノイドとして己の役割を果たすことなく、無為に一生を送ることになります」

 「役割……」

 担当官のこの言葉を聞いて、俺は兼ねてからの疑問について、担当官に尋ねてみる決心がついた。

 「先生。私は一体、何の為に造られた個体なのですか?」

 「……」

 すると、ふいに担当官は表情に影を落とし、沈黙に伏した。俺はさらに問いただす。

 「ヒューマノイドは皆、目的をもって生まれてくる……。それは例え失敗作であれ同じこと。ならば……ならば私は、元々何の為に造られた個体なのでしょう?失敗作でさえなければ、私は一体何を成し遂げる予定だったのですか?」

 すると担当官はニヤリと笑ってこう答えた。

 「君は今、自分が何者なのかを他者である私に問うている。だが、その質問に対する答えは、私のみならず、人類の誰もが知りえないことだ。何故なら人間は誰ひとりとして、オーダーメイドではないのだから。だが、ヒューマノイドは皆、己の生まれた目的を、初めから知らされている……。そのヒューマノイドであるはずの君が、己の存在意義を知らないとは、一体どういうことだと思うかね?」

 「……」

急に担当官の口調が変わったので俺は少なからず面喰らった。いつもの慇懃な口調は、偽りのものだったらしい。

 「つまり、君の存在意義は、他のヒューマノイド個体と比べて、もっとずっと曖昧で、流動的だということだ」

 その言葉を聞いて、俺はあることに気がつき、驚愕した。

 「……まさか?!」

 「気がついたかね?そうだ。この、“自己の存在意義の曖昧さ”は、元来全ての人間が抱えているべき問題なのだ。現代では大半の人間が、自分の生まれた意味について碌に考えもしないがね。皆、自分の人生の意義について、余りにも無頓着なのだ。死ぬまでずっと、どうでもいいことに囚われて、“怠惰な多忙”を生きている」

 「……怠惰な、多忙……」

 俺は他のヒューマノイド達が己の仕事を無心にこなしているのを見て、羨ましいと思っていた。皆が仕事の多忙の中に充実を感じていると思っていたからだ。いや、現に彼らは皆、仕事の中に確かな生き甲斐を見いだしているのだ。

 だがその多忙が“怠惰なもの”だというのなら、彼らは……。

 「ヒューマノイドは皆優秀だが、あまりにも単純だ。人間と同じ姿、同等の知能を持ちながら、我々とは決定的な違いがある。それは、彼らが己の存在意義の絶対性を、信じて疑わないことだ」

 「“存在意義の絶対性”……。俺は……」

 「そこで私は思いついた。本来なら自分の生まれた意味についてあらかじめ知っていなければならない筈のヒューマノイドを、敢えて存在意義を告げぬまま社会に放り出したらどうなるか試してみようと」

 「……それじゃあ、俺は……」

 「そう。君がその個体だ。君は三年間、ヒューマノイド本来の目的を失った“失敗作”として働いてきた。その生活の中で君がこの、『自分は何者なのか』という根元的な問いについて考え、なんらかの答えを導き出すことを期待したのだ」

 「すると……」

 「そう。君の役割とは、自分の役割について自分で考えて、答えを出すことなのだ」

 「……」

 ……俺はその途方もない問題を前に、言葉を失った。

 「ニヒリズム的な回答でも、ロマン主義的な回答でもいいから、じっくりと考えてみてくれ。どのみち君の頭脳は哲学をするようには設計されていないから、人類の思想史的にそれほど有益な考察が生まれるとは思ってないがね」

 「俺は……。俺の、意義……。……存在意義……」

 俺は自分が思索の沼に沈んでいくのを感じた。ぶつぶつと独り言を繰り返す狂気のような姿を自覚してはいたが、それをやめる気も沸いてこなかった。

 そんな有り様になった俺を横目に、担当官が何か言ったようだが、俺はもう聞く耳さえ持たなかった。

―――――


 「………やはり君は失敗作だったよ。我々人間と同様に、弱くて脆い。存在の基盤の不確かさに晒されると、そこから目を背けるしかないんだ。君の三年間も所詮、逃避に過ぎなかったということさ」


 担当官の男はそう言って肩を落とすと、独り言を繰り返すばかりになったヒューマノイドを尻目に、面談室を出ていった。



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