現実と変化と2
(なんか、変だわ……)
この森で育ったからこそ感じた違和感。
何か、様子がおかしい。
動物たちの様子も、何処か普段とは違う様に見える。
でも、一番奇妙なのは、今自分が感じているこの感覚だった。
(私は、この感覚を知っている……?)
稽古中の会話は決して多く無い。
けれど、お互いに集中しているため、周りの気配にはひどく敏感になっている。
私の様子が少し違っている事に気付いたフェルラートが傍に来た。
「どうか、しましたか?」
「……何か変な感じがするんです」
言葉では言い表す事が出来ない、微妙な違和感をどう伝えれば良いのか思考している僅かな時間にそれは起きた。
小刻みに、突き上げるような揺れ。
(……まさかっ!?)
日本人なら誰もが覚えあるその感覚に、ほぼ条件反射に近い状態で傍に来ていたフェルラートの腕を掴んで即座に地に膝をついた。
ドンッ!!
膝をついた直後に大きな音がし、地に膝をついても尚体が跳ね上がりそうな大地からの強い突き上げるような揺れが起きた後、激しい眩暈にあったかのように、平衡感覚がなくなったのではないかと疑いたくなるような大きな横揺れが暫く続いた。。
じっと揺れが収まるのを待ち、ようやく揺れが収まるとほっと息をついて隣を見る。
「フェルラート様、大丈夫ですか?」
声をかければ、躊躇いがちに頷きを返してきただけ。
表情には殆ど出て居ないとは言え、相当に驚き動揺している様子がうかがえる。
こんなに動揺する人だとは思いもしなかったので少し心配していたが、暫くした後、私に顔を向けた彼のその目にはしっかりとした理性が見てとれた。
「大きかったですね」
「……ああ」
冷静さを取り戻したように見えたフェルラートだが、普段より幾分か荒っぽい口調で返された言葉に、やはり動揺の大きさが窺いしれた。
(それにしても。よくよく考えてみたら、私、この世界で地震にあったのは初めてだわ)
地震が起きるメカニズムが同様と考えれば、断層のズレが元に戻ろうとして起きる地震か、火山の噴火活動に伴う地震などがあるとは思うのだが……。
(断層についてはさすがにわからないけど、二十年もの間地震が起きないと言うのは余り考えにくいし、森はあれど高い山も活火山と言われるものもこの近辺には無いのに。どうして地震が起きたのかしら?)
地震が起きた原因がわからないと、案外怖いものだと今更ながら感じた。
(テレビやラジオの速報ですぐに震源地の話や地震による被害がわかるっていうのは、やっぱり日本独特の文化よねぇ)
一人考え込むような状態に陥った私を、フェルラートがじっと見つめている事に私は気付かなかった。
「姉さん、大丈夫!?」
ロズリーが慌てた様子で戻ってきたのに気付き、問題無い事を伝えるとロズリーが大げさなくらいにホッとした表情になった。
そんなに心配をかけしまったのだろうか。
私は揺れに慣れているから、むしろロズリー達の方が心配だったのだけど。
「いやぁ。大きな揺れでしたねえ。揺れる事自体が珍しいって言うのに、こんなに大きな揺れなんて本当に何事かと思いますね」
「立ち上がるのが困難な揺れってのは、俺も初めての経験ですよ」
軽い調子の言葉とは対照的に、ロズリーを追いかけるようにして戻ってきたラスティとパーシヴァルは真剣な表情をしていた。
「揺れが大きかったのはこのあたりだけなら良いのですが……。村が心配ですね」
「ええ。とにかく、村へ一旦戻りましょう」
片付けもそこそこに、私たちは村へと急ぎ戻った。
「カレン! ロズリー! それと皆さんも、全員無事でしたかっ!」
村の中央にある水汲み場に、村の皆が既に集まっていた。
幸いにして、村の家々は倒壊するほどには崩れていないものの、破損したり物が倒れたりして随分と様子が変わってしまった。
動物達は未だに少しそわそわしている。
「父さん達も無事でよかった」
体当たり気味に抱きついてきたリズの頭を撫でてやる。
やっぱりかなり怖い思いをしたんだと、それでなんとなく感じ取れた。
「怪我人は居ますか?」
「幸いにして怪我人は出ませんでしたが……」
父が眉根を寄せて難しい表情をする。
「また、あの揺れが起きたらと、皆怯えております」
滅多に地震など起きない地域から日本へやってきた人が、日本で地震に遭いパニックに落ちる事はよくあった。
私もこの世界で二十年生きてきて、その間一度たりとも地震に遭った事がなかったので、村の人間は当然の事地震に慣れて居ないはずだ。
平静で居ろと言われても、無理な話なのだと思うし、むしろ平静で居る自分の方が、この場合は異常なのだろう。
慣れって、色々な意味で凄い。
「地震の原因が何なのかがなぁ……」
小さく呟いた私の言葉に気付き答えたのは、抱きついていたリズだった。
「お姉ちゃん。あのね。お空がね、少しだけ暗くなったの」
「うん?」
突然喋り出したリズが、抱きついたまま目線をあげて言う。
「お姉ちゃんがね。森に入ってロズリー達と会ってるの、良いなって思ってね、森の方を見てたらね」
「うん」
「森の奥の方からね、お空が少しだけ暗くなってきたの」
当時の光景を思い浮かべて少し怖くなったのだろう、少し身ぶるいしてまた少し抱きつく力が強くなった。
「お空が暗いなって思って見てたらね、すっごく揺れてね、怖い怖いって思って、それで揺れなくなってお空をみたらね、暗かったはずなのに、それが全然暗く無かったの」
怖かったの、と泣き出しそうなリズを抱きしめて、父と騎士達の方に顔を向けた。
「空が暗くなった事に、何か原因の手がかりがあるのでしょうか?」
「考えられますが……」
「……召喚魔法」
そこでポツリとつぶやいたのはフェルラートだった。
「高位の魔法使いの中の一部の人間に限り、精霊を召喚する事が出来る者が居ます」
「それは知っているが、召喚魔法を使うには条件が……あっ!?」
ラスティが何かに気付いたように声をあげた。
「そうか。このあたりでは召喚魔法が使えるっ」
どう言う事なのか、まったく召喚魔法の知識が無い私たちは、それぞれに顔を見合わせるしかない。
その様子を悟り、フェルラートが言った。
「召喚魔法はある条件を満たした人間及び場所によって使う事が可能です。その条件は――――相当に高い魔力を持った人間である事。召喚魔法を解する知識を持っている事。精霊の力を得るだけの魔力の高い土地であること。この三つです」
なんだその超人条件と限定条件は。
そう思わずには居られない条件だった。
「魔力の高さは呼び寄せる精霊の質。知識は精霊をこの地に迎え入れるための道を開く鍵を。魔力の高い土地については精霊を実体化させるための力となります」
「……実体化、ですか?」
「精霊は、その場に実体が無ければこの世界に何の影響も与える事が出来ませんから」
「なるほど」
実体化にも意味があるとは驚きである。
だが、何故それで召喚魔法と見当がつくのかがわからなかった。
「召喚する際には周囲の光を一時的に精霊に吸収されて周囲が暗くなると言われています。それがどうしてなのかは解明されていませんが、普通に魔法を使う際には起きえない現象なので、召喚魔法が使われた可能性は高いかと。それに――――」
そこで珍しく引きつったような笑みを浮かべて唸るように言ったのはパーシヴァルだった。
「クリスか……」
どこか途方にくれたような、諦めたような。普段歯切れのいい彼にしては珍しく苦々しい言葉だった。
「クリス?」
「魔女クリスティーヌですよ」
「はっ?」
「魔女クリスティーヌはパーシヴァルの従姉でして」
思わぬ人と思わぬ人間関係にあっけにとられて思わず間抜けた声をあげてまじまじとパーシヴァルを見た。
彼は天を仰ぐようにして遠い目をしていた。
「彼女がこの付近に居るという事は知っていたんですよ。彼女、そりゃあもう行く所行く所問題を起こすもんだから、身内のパーシヴァルには必然的に情報が来て問題処理に追われるというね」
ラスティも珍しく投げやりな態度である。
彼も身近にいる分、結構巻き込まれたに違いない。
「クリスならやりかねない……あいつの思考は何時も突拍子がない。だけど、その突拍子も無い考えを実行するだけの力はある。だから、いつもいつも迷惑な事を起こして……ホント、質が悪いんだよアイツ……」
ああ。そりゃあ確かに質が悪そうだ。
そう思ったけど口には出さずに思わず哀れみの目を向けたら、パーシヴァルはがっくりと肩を落とした。
「とにかく。地震の原因を調べる必要性はありますので、我々が調べに行きましょう」
「助かります」
「これも騎士としての勤めですので、お気になさらず」
村の人々は少しだけほっとしたような表情を浮かべて頷いた。
「ところで、森を進んだ先は渓谷だったと記憶していますが、それに間違いは?」
「無いです。この森を抜けて渓谷の先に行くには、空を飛ぶくらいしか行けません」
この世界に存在する魔法で空を飛ぶことは基本的に不可能である。
持続的に魔法を維持するのが不可能だからだ。
だが、跳ぶ事は出来る。
相当な力業だが、それこそ地面に強い風圧を叩きこむ勢いでやれば出来なくは……。
「今凄く馬鹿馬鹿しい考えが……」
そんなまさかと思わないでもないけど、凄く有り得そうで怖い。
でも、どうやら私の考えていることを彼らも予想していそうな表情だった。
「森の様子を見て、それから周囲を回ってみましょうか」
ラスティのその一言に、フェルラートとパーシヴァル、ロズリーが頷き、私は父に顔を向ける。
「渓谷まではロズリーも行ったことがありませんから、私が案内に出ます」
「ああ。気をつけて行って来なさい」
心配そうな顔のままだが、抱きついていたリズに離れてもらい、手早く家で準備をした後、森の奥にある渓谷へと向かった。