旅立ちと現実と3
既に父と朝食は済ませていたため、ロズリーたちの朝食には話し相手として混じった。
村にはロズリーと同じ年頃の男の子はおらず、やや歳が下の子が多いためか、ガツガツとものすごい勢いで減っていく様子を見て、なんだか凄く新鮮だった。
男の人って、ほんと良く食べる。
「なるほど。カレン殿はこれから薬草を取りに行かれるのか」
「はい。医者の居ないこの村では、ちょっと風邪を引いたくらいでは町には行かないので、解熱作用のある薬草はその分良く使われるのでなくなりやすいですからね」
ラスティは見た目通り優雅な仕草ではあったが、食べる量も勢いも他の三人と変わらずで、あっという間に平らげた朝食を乗せた大振りな器を置き、カップに注がれたお茶を優雅に飲みながら言った。
なんかこう、いちいち見た目から逸脱したところの多い人だなと感心すら覚えてきたが、まあ、それはそれだ。
「ちなみに、その解熱作用のある薬草というのは?」
「アサツユソウという草です。朝露が付く時間帯に花を咲かせる草で、その時採るのが一番薬草としての効果が高いんです」
「アサツユソウ。聞いたことがあるな。効力は高いけど、あまり採れないから出回っていないんじゃなかったかな?」
パーシヴァルが大あくびをしながら言った。
後で知ったが、彼は山育ちなので野草には割りと詳しいらしい。
「みたいです。この森小屋から北西に少し行ったところに、アサツユソウがよく生えている場所があります。どうせだから、行ってみますか? ラスティ様」
ロズリーが気軽に尋ねると、ラスティは目を瞬かせた。
「そういうの、結構秘密にしておかなきゃならないとかじゃないのかい?」
「心配は要りませんよ。いくら効果が高い薬草と言っても、普通の人はまず森に入って採りに行くより町に薬を買いに行きますし、乱獲しなきゃならないほど珍しいものでもありませんから。それに先日、姉が森に入ると知って驚いたばかりでしょう? この森は周辺の森よりも魔物の遭遇率が高いので危険なんですよ」
そこまで聞いて、私は「えっ!?」と思わず声を上げた。
「周辺の森よりも、この森って危険なの!?」
「俺もここを出るまで知らなかったけど、この森は他の森よりも魔物が全然多いんだ。見かけることなんてしょっちゅうだろ?」
「見かけるくらいなら確かにしょっちゅうだけど」
「その基準がそもそもおかしいんだ。普通は毎日森に入っても、月に一度遭遇するくらいが普通なんだって」
「……ほんと?」
「ホント」
なるほど。通りで微妙な顔をされたわけだ。
『花蓮は一人で何でもできちゃうから、隙が無いのよね。だから、男が寄り付かないのよ』
一瞬、過去に言われた友人の言葉を思い出す。
(あれ? 普通に生活してきて、普通に一人で大体なんでもできる状態になっている気がするんだけどっ!?)
思わぬ所で過去のちょっぴり切ない思い出に一人がっかりしながらも、その状況を改善する術がとりあえず思いつかないので、投げやり気味に考えるのを放棄した。
「とりあえず、行ってみますか?」
「そうだな。行ってみようか」
私たちは朝食の片付けを手早く終えて、アサツユソウを採りに出た。
それからしばらくして。
「森小屋へ向かう時も思ったが、こんな森で育てば、確かに魔物慣れするな」
小屋から二キロ程森の奥へ進んだ所で、目的の場所に着いた頃には、森に慣れていない三人の騎士は少し疲れが出ていた。
「何の話?」
尋ねた私に、ロズリーは肩をすくめた。
「この前騎士団で大規模な野外演習があったんだ。演習場所は最近魔物が増えて来たって言う東の龍鳴山脈の麓の平原で行われてね、まあ、どうせだから出て来た魔物を討伐してしまおうって思惑の元での演習だったんだけど、そこでまあ、結構たくさんの魔物に襲われてさ。大変な目にあった」
「大変な目にって、ちょっとそれ、大丈夫だったの!? いや、まあ目の前に居るんだから大丈夫だったのはわかるんだけど、なんていうかほら……」
「ロズリーはピンピンしていましたよ。傷一つ負っちゃいません」
パーシヴァルはその時の記憶を思い起こしたのか、途端に不機嫌になってロズリーの頭をくしゃくしゃと荒々しく撫でた。
「ちょっ、パーシーさん!」
「慌てふためく新人騎士の首根っこひっ捕まえて『邪魔です』と一言言って背中蹴り飛ばしたと思えば、鳥類系の魔物を面白いように弓矢で射落として行きましてね」
「あれはそうしなきゃその人が襲われるからやっただけでっ!」
「わぁかってるよそんなもん! だけどあれには驚いたんだって! 俺らはお前の弓の腕は知ってても、あんなに魔物に慣れているとも、あれほど的確に的を射落とすのも知らなかったんだからさあ!」
はっはっはー! と笑いながらまるで大型犬同士ががじゃれあう様な様子にちょっと呆れながらも、怪我する事が無かったと聞けてよかった。
やっぱり、治癒魔法が有るからある程度怪我をしても大した問題にならない世界と知っていても、怪我をしない事に越したことは無い。
「でも、これでわかりましたよ。小屋からここまでに一体どれだけの魔物の気配があった事か。それを上手く避けながら進むだけでも、普通は大変な作業なんですが、森で育ったあなたがたは、それが普通に出来る事なんですね」
ラスティが感慨深げに頷き、フェルラートは無言で頷くようなゆっくりとした瞬きをした。
「だが、それにしても魔物の数が多い。やはり、土地柄的に魔力の影響を受けやすくなっているんでしょうかねえ」
「そうなんですか?」
尋ねると、今まで無言だったフェルラートが答えた。
「数千年前に起きたと言われる魔物同士の大きな争いで、多くの魔物の血が流れた場所が世界各所にあります。この森は、その場所の一つです」
ロズリーとのじゃれ合いを終えたパーシヴァルがその言葉に続く。
「魔物に限らず、魔力を持った者が死する時に、宿っていた全ての魔力は大地に還る。……聞いた事があるでしょう?」
「人、死する時、宿りし魔の力は大地へ還り、魔の物、人と同じくして宿りし魔の力を大地へ還る」
「そうです」
ラスティが言った。
「魔力は元々大地の奥深くにあるもの。それが死した時に大地に還るのは道理。けれど、人にも魔物にも体という器があります。普通の生き物たちはそれほど長くは生きませんが、数千年前は、その体に膨大な魔力を持つドラゴンが多く居た時代。ドラゴンは体のほとんどを魔力でもって動かしていると言ってもよく、そしてこの大地に生きる生物の中で最も長く生きます。死すればその体から大地に還る魔力も相当なものです。すると……もうお分かりでしょう?」
「この森は、そうして大地の奥深くに還りきっていない魔力が多い地なんですね。だから、必然的に大地からの影響を受ける森の獣は影響を受けて魔物になりやすい」
「正解です」
知らなかった。そんな事実があったなんて。
「あれ? でもそうなると、村の人も魔力の影響を受けているんじゃ?」
「多分、村人のほとんどが魔力持ちではないかと思いますよ。それを扱えるかどうかは別の話ですけれどね」
自分の知らない世界がいきなりポンと現れたような感じで、なんだが今まで見て来たこの世界が酷く狭く感じた。
日本を出ない日本人の感覚と一緒だろうなぁ、これは。
一人自嘲しながらも、とりあえず目の前の事をやらなければとすぐに頭を切り替えた。
「それじゃあ、摘んで戻りましょうか」
私は地面に膝をつき、自分のそれほど大きく無い手で握れる量を一つの束とし、それを三束ほど採って、それを腰に下げた巾着に入れた。
「あれ? そんなに少なくて良いのですか?」
「はい。そんなに大量に持って行っても、使いきる前に悪くなってしまいますしね」
「ああ。なるほど」
巾着に採ったものを入れた後、腰から巾着をはずして、息を吹きかけるようにして水の魔法を使って、暫くの間水分を保持できるように施して、またその巾着を腰に下げ直した。
「今のは?」
その様子をじっと見て居たのはフェルラートだった。
朝の弓を引いていた出来事があったので、ちょっと話しかけられた事に躊躇いながらも、不自然にならない程度に言葉を返す。
「持ち歩く時間が少しあるので、悪くならないように草の水分量を少しの間保持できるように魔法をかけました。今ので村までの時間なら十分採った時の新鮮さは保てます」
「面白い使い方だ……」
「そうですか?」
「……ああ」
どこが面白い使い方だったのかまるでわからなかったが、それは近い将来に判明する事になる。
だが、この時は他に誰も何も訪ねてくる事が無かったので、その場を後にし小屋へと戻った。
そこからまた私は村へと戻るのだが、その時に何故かフェルラートが着いてくる事になった。
不足しているものを取りに行く為だと言う事だったので私は頷き、帰り道で迷わないようにするための細かな説明をしながら村に戻ったが、すぐに彼と一緒に村に戻った事を後悔した。
(駄目だ。この人は……危険だ!)
別に彼は何もしていない。
……たぶん。
単に、普通に会話をしながら森を歩いて村に戻って、必要物資を村の家々から必要な分を一緒に貰いに行っただけである。
それだけのはずなのだが……。
「……済まない」
彼は無表情ながらも、本当に済まなそうな雰囲気を醸し出してそう呟いた。
「否。別に、フェルラート様は悪く無いですから……たぶん」
とは言った物の、彼による被害は甚大だった。
何を隠そう、彼は大の女嫌いだったのである。
特に、意味も無く寄りつく女性は本当に嫌らしく、その無駄に整った顔で冷やか過ぎる眼差しを向け一言「触るな」と言うだけで、女性達は顔を蒼白にして凍りつく。
なんという破壊力か。
「女嫌いと言う事に気付かなかった私も悪いですし」
正直、普通に会話出来ていたので、まさか彼が女嫌いだなんてわかるはずもないのだが、だからこそ、普通に会話をしている私を見ていた周りが寄ってきてしまった可能性もあり、被害を拡大させた一旦はきっと私にもあるだろう。
「とりあえず、必要な物はそろったみたいですし、良かったです」
私の住む家で荷物をまとめ直した後、彼は案内は不要と言って、迷いの無い足取りで森小屋へ戻って行った。