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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第二章
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幻想と彷徨と4

 案内された部屋に入るまでの道中、非常に辛かった。

 ここを突っ切ったほうが早いという理由で突っ切った場所は、男娼もやっている傭兵たちの寝床が密集する場所だったのだ。

 あちらこちらから色っぽくてあられもない声とか、時々意味深な野太くて悲痛な叫び声が、私の精神をこれでもかと攻撃してきた。

 直接的な被害がないとはいえ、私の精神は短時間でボロボロだ。よく発狂せずに突破できたと思う。

 別に性癖をとやかく言う気はない。無いのだが……。

 ……いや、何も言うまい。

「今夜はここを使うといい。ここは私の住いだから万が一にも間違いは起きない。安心するといい」

 砦の大きさは、どれくらいが大きく、どれくらいが小さいのかはわからないが、砦内にそれなりに広い生活空間を与えられている事から察するに、エドワードはこの砦内ではかなり権力または力関係的に上位にあたる人なのだろう。

 そんな彼が安心していいと断言するほどここは安全な場所らしい。

「私の妻が来たときと同様の警戒をするよう指示しておくよ」

「……はい?」

 今さらっと言った変な指示内容に "妻" という単語が聞えたのだが気のせいだろうか? 

 フェルラートの従兄あになのだから、年齢的には婚姻していてもなんらおかしくはないのだが、正直な話、彼は一人の女性に収まるような人には全く見えないので "妻" という言葉が似合わな過ぎて違和感が半端じゃない。

 しかも、奥さんが来ている時と同様の警戒しろ、なんていう変な指示である。

「妻は王都で蜂蜜を使った商品を売っている商売人でね、彼女が居ないと私の蜂蜜こうぶつが手に入らなくなってしまうから、どんな事があっても妻を無事に過ごさせろと部下にはいつも言っているのだ。万が一妻に何かあれば、連帯責任で隊全員を "吊るす" と言ってあるから、皆いい仕事をしてくれるよ。だから安心するといい」

 ……なんだろう。どこにつっこめばいいのだろう。むしろツッコミを入れてもいいのだろうか?

 奥さんを守るのは自分の好物のためだと言っているようにしか聞こえなかった。私の聞き間違いか? いや、理解力が足りていないという可能性も否定はできない。

 しかも万が一の事が起きた場合の対応が……。

 エドワードの奥さんと部下の方々が不憫すぎてならない。

「私は仮眠室を一晩占拠してしまうから気にすることはない。ああ、何か入用があれば入口に置いてあるベルを鳴らせば私の部下の誰かが伺うよ」

 そう言って、エドワードは颯爽と来た道を戻っていった。

 部屋に残された私とフェルラートはしばし沈黙したままその場に立ち尽くしていたが、なんとか思考を切り替えて、荷物の整理をし始めることにした。

「あ! ジャックさんとエドガーさんの事忘れてた!」

 あまりにいろいろと強烈な事があって、すっかり忘れていた旅仲間の二人を思い出し、早々に部屋のベルを鳴らすこととなった。




 その日の夜。

 久しぶりに髪を洗うことができてさっぱりした私は、時々外から聞こえる物騒な物音に少しドキドキしつつも、すっきりとした気分でベッドの上で横になった。

 私が使うのはエドワードの奥さん用の部屋で、気合の入ったふかふか具合のベッドである。

 日本での生活の中でもこれほどふわふわしたベッドで寝たことはない。

 この世界の実家にある自分のベッドはもちろん硬いし、旅の途中に立ち寄った宿のベッドも実家のベッドと硬さは大差ない。野宿の場合は地べたに布を敷いて寝るだけなので硬くて当たり前である。

 なので、このふわふわしたベッドで一晩寝たら、最悪朝には腰を痛めていたとかありえそうで怖いな、と地味で微妙な恐怖を感じたりした。大丈夫だろうか、私。

 そんなこんなと適当な事を考えていると、次第に眠気がやってきて、私はその眠気にあらがう事無く眠りについた――――んだけれど、気づいたらこの有様でした。

 何かの気配がしたのでまぶたを懸命に開けば、目の前には大層お綺麗な顔の野獣様が私を見下ろしておられました。

 なんで彼が私の寝床にいらっしゃるのでしょうか。

 伸し掛かられて腕を拘束されて口は大きな手で押さえられていて声を上げられない状態。

 見下ろす彼・エドワードの目は、底冷えするような、凍てつく鋭さがあり、いつでも私の喉を掻っ切ってやるとでもいうような色をもっていた。

「フェルが女嫌いなのは知っているかい?」

 唐突の質問に、私は置かれている状況もあって少々混乱しつつも頷いて肯定の意を示した。

「もともとあいつは女嫌いじゃなかったんだ。けれどね、ちょっと前に不愉快な出来事があってね、それ以来、女嫌い、むしろ嫌悪かな? になったんだよ」

 剣呑な雰囲気のままのエドワードは話しながら、殆ど瞬きもせずにこちらの様子をうかがっている。

「その女嫌いになった要因は、従者時代のあいつの友人が無残な死を遂げたのがきっかけさ。友人が無残な死を遂げるくらいならこの世の中じゃあよくある話の一つだけれどね、当事者皆が、それが良くある話だと割り切れるわけじゃない」

 ここでようやく、どうやら彼はフェルラートに関することでこうして私の所に来たらしいことを理解するに至った。

「あいつは潔癖な所があってね、友人の死に女が深く関わっていたことが理由で、自分に好意を寄せてくる女がことごとく友人の敵に見えるようになったのさ」

 静かな室内に、エドワードの静かな声は氷の刃のように鋭く凍てついている。

「見てくれの良さもあって、滅多な事ではあいつに好意を抱かない女は居なかった。おかげで極度の女嫌いさ」

 おどけたように話しながらも、口を押えている手にぐっと力が加わり、私は息苦しくなる。

「そんなあいつがこれっぽっちも負の感情を持たずに接している女が唐突に表れた。そう、君だ」

 フェルラートによく似たエドワードの顔は、奇麗だからこそ、負の感情が表に出たままであると大迫力の恐ろしさがある。

 一度たりとも外れない視線を、私自身も外すことなどできず見つめ返すしかなく、大迫力の恐ろしさにあてられ続けるというこの状況。

 正直、早くどうにかしてほしくてたまらなかった。

「君があいつの、フェルの何であるかは、正直どうだっていい。けれど、大事な従弟おとうとを傷つける存在だとしたら、私は容赦なく君の首を掻っ切るからね」

 エドワードはそう言うと、私の口から手を放した。

 けれど、まだ伸し掛かったままの体制に変わりはなく、剣呑な雰囲気も拡散されないままだ。

 どうしてよいのかわからず、しゃべることができる状態になっても、私は身動き一つ、言葉一つ発することができないままでいると、急に隣の部屋からうめき声が聞こえてきたため、驚いて声のした方へと顔を向けた。

 伸し掛かられているため完全に向くことはできなかったが、声がしたのはフェルラートが眠っている部屋の方向であることはすぐに理解できた。

 すぐにエドワードの方へ視線を向ければ、彼は先ほどよりも剣呑な雰囲気を醸し出し、急ぎ隣の部屋へと駆けて行く。

 私も多少手間取りながらも急いで向かうと、そこには何かに苦しみ必死であらがっている様子のフェルラートの姿があった。

「フェル!」

 エドワードが慌てて側に寄ろうとすると、突如として現れた青紫色の炎が彼の進行を妨げた。

 いつだったか聞いたことだが、フェルラートが扱える青紫色の炎の魔法は、かすっただけでも消し炭にするほどの威力を有していると言っていた気がする。

 だが今エドワードの進行を妨げた炎は、彼を傷つけはしなかったが、その代わりに全く人を寄せ付けない効果があるようで、どんなことをしても一定の距離以内には入ることを許しはしなかった。

「おい、フェル! どうした!」

 どれほどエドワードが声をかけても、フェルラートは答える余裕など全くないようで、ひたすら苦しみに耐えているようだった。

 私はその様子を見て、何故かひどく焦りを覚え、無意識に手の中にあるものを握りしめていた。

『キミの目には何が見える?』

 聞き覚えのある声が頭の中に問いかけてきた。

『キミの目には何に見える?』

 苦しんでいるフェルラートと、その様子を見て焦るエドワードを見つめたままの私に、その声は何度も問いかけてくる。

 私の目には何が見えるのかを。

(フェルラート)

 別に、問いに答えたわけじゃない。

 必要だと思って彼の名前を呼んだだけ。

 彼が何に苦しんでいるのか、私にはわからない。

 けれどもし、あの雨に打たれて彷徨、歩き、涙をまた流しているのであれば、問いかけてくる声が彼を助けてくれるような気がした。

『まだキミの答えは決まってないね』

『まだキミは答えを出せないんだね』

『ならボクは待つよ』

『キミの答えを待っているよ』

 そうして頭の中の声が止む。

 止んでしばらくすると、フェルラートの苦しむ声は徐々に収まり、ぷつりと糸が切れたように身動きをしなくなった。

 ようやく進行を阻んでいた炎も消え去り、エドワードがすぐさまフェルラートの所へ駆け寄り状態を確認する。

 その結果、どうやら眠りについただけらしい事がわかり、私はほっとした。

 その時ぎゅっと握りしめていたものはなんだったのかと思い手を開けば、フェルラートからもらった魔石のブローチがそこにあった。

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