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めぐり逢う恋  作者: 茶とら
第二章
44/47

幻想と彷徨と3

 すっきりとした青空の下、私たちは旅を再開した。

 相変わらず徒歩での旅である。

 あの出来事が疲れによって引き起こされたとは考えにくいが、慣れない旅によって今後体調を崩す可能性は十分にありえるため、ならいっそ慣れるために徒歩での移動の方がいいと思うと言ったら、全員あっさりと了承してくれた。

 結構乱暴な理由な割にはあっさり了承されたものだから、本当にそれでいいのかと逆に問いたくなってしまったのは仕方がないと思う。

 フェルラートの場合は私情が大いにからんでそうな気もするのだが、ジャックとエドガーに関してはいまいち不明だ。

 そもそも二人の旅をする理由が不明なままである。

 何かものすごくごまかしている感はあるので、何かしら理由はありそうなのだが、いったい何なのだろうか?

 それはさておき、町からしばらく続いている森林から抜けると、そこには見事な荒野が広がっていた。

 潔いほど森林と荒野がくっきりと分かれている。

 いったいどうしたらこんなにくっきりと分かれるのだろうか? 自然になった地形とは考えにくかった。

 理由を知らないかとりあえず隣を歩くフェルラートに尋ねてみた。

「ここは少し前まで、と言っても百年以上も前の話になるが、バジリスクが生息していたらしい。バジリスクは知っているか?」

「確か、ヘビとかトカゲのような姿をした魔物だって話は何かの本で見たことはあるけど」

「概ねそれであっている。まあ、爬虫類の姿をした巨大な魔物という認識で居れば問題ない。生まれながらの魔物なのか、自然に魔物化したのかはわからないが、ここに居たバジリスクはかなり強大な力を持っていたらしく、視線が合わさると生き物は即死するほどの強さだったそうだ」

「うわぁ。えげつない魔物……。でも、そのバジリスクがこの荒野に何の関係が?」

「バジリスクは肉食寄りの雑食だ。生きるために食料となる獲物を探しまわる。その行動する範囲は獲物が減っていく毎に広がっていった。バジリスクの通った後は猛毒が残る。それで草木が枯れ、生き物も食料や住処が減っていくせいで、その数も減っていく。減った分だけバジリスクの移動する範囲も広がっていく。悪循環の結果、この荒野が生まれた」

 荒野が生まれた原因を知り、思わず顔が引きつる。

 この荒野の広さ地平線が見えるほどの広さなのだ。どれだけの行動範囲だったんだバジリスクよ。

「ここにバジリスクが生まれたのは環境的に見て例外中の例外だったらしいが、バジリスク以上の魔物がいなかったのは災いだった。もしバジリスク以上の魔物がいたら、この地はこれほどの荒野にはならなかっただろうと言われている」

「でも、そのバジリスク以上の魔物が居たら居たで困るようなきがするんだけど……」

「そうだな」

 日本人としての記憶もあるものだから空想上の生き物だという認識が強かったけれど、聞けばバジリスクは王都よりも南に位置する場所では未だに生息している現役の魔物だそうな。

 なんでも、他にも強力な魔物が居るそうだからあまり被害とかは無いそうなのだが、どんだけ南は危険地帯になっているんですかって話である。

 南も行ってみたいとちょっと思っていたけど、一気に怖くて行く気が……。

 聞いてよかったのか、聞かないで行って絶望するのとどっちがいいのかと言われたら、すごく迷う。

「この荒野の南側には砦がいくつかある。今日の宿はその砦の一つだ」

 なんでも、バジリスクのこともあるが、この辺りは結構突然変異の強い魔物が生まれやすい土地らしい。

 そのため、ある程度の戦力をとどめておく場所が必要になり、砦がいくつかたてられたのだとか。

 砦って堅強で無骨なイメージがあるのだが、実際にはどんなものなのだろうか?

 ちょっとうきうきしながらたどり着いた砦は、ある意味想像通りの外見で、予想の斜め上を行く内情だった。

「えっと……。ここ、砦なんだよね?」

 おかしい。なんか違う。

 砦にはガラの悪そうでてんでバラバラの服装をした厳つい男達と、騎士服とはやや異なる制服を着込んだ厳粛な感じの男達と、やたらときらびやかな容姿としなやかな体躯の色男達の三種類に分かれていた。

 女性は高齢の女性ばかりで、若い女性はまるで見当たらない。

 まあ、男だらけなのは良いとして、しかしながら、いったいこのごちゃまぜ感はなんなのだろうか。

「噂で聞いたことはありましたが、もしかしてこの砦、男娼の居る砦ですか?」

 エドガーが微妙な表情で尋ねた内容に、あっさりと頷きを返すフェルラート。それを見て何故かエドガーではなくジャックが後ずさった。

「正確にはこの砦は傭兵たちの根城になっている砦だ。制服を着ている連中は国から派遣された衛兵、それ以外は全員傭兵だ。まあ、見た目の良い連中は男娼もやっているようだが、本業は傭兵であることに間違いない」

「うわぁ……」

 どう反応していいやらわからなかったので、思わずそんな声を出す以外にできなかった。

「おや。そのやたらと奇麗な顔には見覚えがありますね」

 漆黒の髪は短く、髪色と同じ黒い瞳を持つ目は切れ長でどこか油断ならない鋭さを持っている、男性にしては大変細身な人物が声をかけてきた。

 黒を基調とした衣服はあちこちベルトがついており、何かを戒めるように見えてどこか禁欲的で近寄りがたい雰囲気を持っている。

「エドワードは居るだろうか。居るなら従弟おとうとが来たと伝えてほしい」

「なるほど。通りで見覚えがあるわけですね。――――ついてきなさい。伝えに行くより行ったほうが早い。ああ、お嬢さんは男娼が多い場所が嫌ならここで待つことをお勧めします。ここはガラの悪い連中が多いですが、この場では年齢問わず、女性に手を挙げると問答無用でしょっぴかれるので、下手なことをする奴はまずいませんから」

 どうしよう。全然安心できる要素がない!

 けれど、ついていけば見たくないものを見る可能性も大いにあるわけで……。

「てちょっと、どこ触ってんだお前!? おい、エドガー見てないで助けろっ!」

「頑張ってくれ。私は自分の身が大事なので助ける気はこれっぽっちもない」

 後ろで些細な仲違いも起きているようなので、これは見たくないものを見る羽目になってもついて行ったほうが安全な気がする。

「一緒に行きます」

 私は決意しフェルラートと共に彼の従兄が居る場所へと向かった。

 歩いているさなか、やっぱり見たくないもがいろいろ視界の端をかすめて行ったが全力で無視した。うん。私は何も見ていない。

「入りますよ、エド」

 流石にどこも重厚な感じの扉がある中、立ち止まった場所にある扉はやや豪華だった。

 先頭を歩いていた男が中の返事も待たずにおもむろに扉を開けると、そこは質のよさそうなソファーの上で優雅にくつろいでいる男が居た。

 甘い蜂蜜のような長く波打つ髪に、陶磁器のように白い肌。黒に近い紫色の衣服をくつろげて、目元は腕で隠している。

 そして、けだるそうな雰囲気は全開である。

「貴方に客人です。従弟おとうと殿ですよ」

「従弟? それはそれは。今度はどんな面白い設定の従弟なんだい?」

 どうやら客人が本物とはこれっぽっちも思っていないらしい。

 慣れた様子で客人が本物の従弟だと思っていないことを表すかのような冷ややかな声で答えた男は、次のフェルラートの言葉でようやく意識をこちらに向けた。

「正真正銘あんたの従弟だ、エド」

 流石に本人の声を聞けばわかったようで、けだるそうな雰囲気が一気に拡散し、やや驚いた様子で身を起こしてこちらを向いた。

「おやまあ。確かに本物だ。久しぶりだね、我が従弟おとうとよ」

「ああ」

 ソファーから身を起こし、くつろげた衣服はそのままに、立てた左ひざの上で頬杖をついたエドワードの顔は、確かにフェルラートとよく似た造形の顔だちをしていた。

 どちらも氷細工のような繊細で凍てついた感じのする顔だちであるが、エドワードの方が色合い的に優しげな雰囲気に見える。

 ややたれ目がちなところもよく似ているが、視線の鋭さは明らかにエドワードの方が鋭く獣じみている。

 衛兵の服を着ていないでここに居るのだから、彼は恐らく傭兵なのだろう。

 剣を持って戦う様には見えないが、その鋭利な雰囲気は、決して一般人とは思えないものだった。

「ああ、君は下がっていいよ、フェイ。ご苦労様」

 フェイと呼ばれた案内をしてくれた男は、静かに一礼して部屋を出て行った。

「三年ぶりくらいかな? ずいぶんと図体がでかくなったものだ。まあ、その容姿が成長に伴ってむさ苦しくならなかったようだから、なんら問題はないがね」

 にやりとした笑みを浮かべるエドワードに、ややむすっとした表情を浮かべるフェルラート。

 お互いにそのやり取りが普通なのか、そこに剣呑な雰囲気はかけらもない。きっと仲が良いのだろう。

「今日はここで一泊していく。だから、安全の確保をしてほしくて訪ねた」

「なるほど。いいよ。従弟の身の安全は私がしっかり守るとしよう。ついでにそこの御嬢さんの分もね」

 突然向けられたエドワードの視線に少し驚きながらも見つめ返すと、彼はどこか愉快そうにうっすらと口の端を釣り上げ、軽く鼻で笑った。

 その姿にどこか覚えがあり、少し首をかしげたが、その正体はすぐにはわからなかった。

「それと、調べてほしいことがある」

「身内と言えどもタダで情報はあげないよ? 私はそれで食っているんだからね」

 無論だとフェルラートは頷き、しれっと物騒な事を言った。

「ブレイクニル侯爵家に請求を回してくれればいい」

「ああ、あのいけ好かない金髪坊やのところか。いいよ。存分に集りなさい。気合を入れて請求書を侯爵家に送りつけてあげよう」

 しれっと自分の上司に請求を回す従弟に、何故か私怨しえんたっぷりな雰囲気で軽く答える従兄。

 その様子に思わず引いてしまった私の反応は正常だと思いたい。

「さあ、部屋に案内しよう。御嬢さんもちゃんとついておいで。こいつの面倒を見てくれている分、きちんと払ってあげるよ」

「はい?」

 よくわからない言葉にきょとんとしてしまったが、そこでやっと気が付いた。

 フェルラートの従兄エドワードは、あの "真っ白な三毛猫" によく似ていると。

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